(旧版)高血圧治療ガイドライン2004
第11章 二次性高血圧 |
1)腎実質性高血圧
二次性高血圧の中で腎実質性高血圧の頻度が最も高く、高血圧全体の2~5%を占める414,415,416,417,418,419)。40歳以上の一般住民を対象とした久山町研究では、1961年からの20年間に131例の高血圧者が剖検されたが、二次性高血圧の頻度は3.8%で、腎性高血圧のそれは3.1%であった421)。
高血圧の治療により脳卒中や心臓病の発症および死亡率は減少してきたが、末期腎不全の発症は増加の一途にある。2002年に透析に導入された32,308名の基礎疾患を見ると、糖尿性腎症(12,630名、39.1%)の増加が顕著で、慢性糸球体腎炎(10,309名、31.9%)を抜いて第1位となった。第3位の腎硬化症(2,536名、7.8%)、第4位の胞腎(779名、2.4%)を含めると、80%を上位4疾患が占める285)。これらの慢性腎疾患の多くは高血圧を合併するが、高血圧はさらに腎障害の進展に対する重大なリスクとなる。慢性腎疾患の発病機序をコントロールする方法のない現在、高血圧のコントロールが末期腎不全を予防する上で極めて重要である。本態性高血圧と関連する腎硬化症に関しては第6章で取り扱われた。
慢性腎疾患は高血圧の原因となりうるが、逆に高血圧によりしばしば腎臓が障害されることから、両者が合併している場合、どちらが原因か判断できない場合も多い。一般には、高血圧に先行して腎疾患、妊娠腎、検尿異常が存在したことが確認できれば、腎疾患に基づく高血圧である可能性が高い。また、検尿異常や腎障害に比較して、高血圧が軽症である場合や、腎以外の高血圧性心血管合併症が少ない場合も、腎疾患が基礎にある可能性が高い。検尿、血清クレアチニン測定は高血圧患者全員に施行すべきであり、継続して異常がある場合は、超音波診断装置ないしはCTにより腎形態の評価を行う必要がある。腎疾患、特に腎実質疾患に対する特異的治療法は限られているが、早期の治療により予後が改善される可能性があり、腎疾患の存在が疑われたならば、速やかに専門医へ紹介することが強く推奨される。
(1) 糖尿病性腎症
高血圧患者で新規に2型糖尿病患者と診断された患者の大多数は、尿中アルブミンは正常であり、腎症は認めない422)。しかし、ひとたび微量アルブミン尿が出現すると、顕性腎症への進行の予兆であり、高血圧の合併率が急増し、心血管事故のリスクが増加する423)。さらに、顕性蛋白尿が出現すると、腎実質障害の進行はほぼ不可逆的となり、末期腎不全から透析に至る確率が高くなる。このため、微量アルブミン尿の段階で早期に診断し、積極的に治療を行うことが重要である。
基本的治療方針は糖尿病合併高血圧と同じであり、詳細は該当項を参照されたい。微量アルブミン尿424)や正常アルブミン尿425)を有する正常血圧の2型糖尿病に対してACE阻害薬を使用すると、腎症の発症や進展が抑制される。さらに、2型糖尿病で微量アルブミン尿274)から顕性蛋白尿83,273)を有する患者に対して、ARBの有効性が証明されている。糖尿病性腎症におけるメタアナリシスによると、長時間作用型Ca拮抗薬はACE阻害薬と同等の作用を有する282,426)。J-MIND研究でも、長時間作用型Ca拮抗薬はACE阻害薬と同等に糖尿病性腎障害の進展を遅延させた168)。そこで、糖尿病性腎症に対しては早期よりACE阻害薬またはARBにて治療を開始すべきであり、病変の進行に即して、長時間作用型Ca拮抗薬をはじめとした多剤併用療法を導入し、厳重な降圧を達成する必要がある。
(2) 慢性糸球体腎炎
慢性糸球体腎炎患者では高血圧の合併率が比較的高く、一般に腎機能障害の強い例、腎生検組織所見の高度な例ほど高血圧を呈しやすい。原因として、食塩排泄障害(食塩感受性亢進)による体液貯留、レニン・アンジオテンシン(RA)系の不適切な活性化、交感神経系の活性化をはじめ、多くの因子が関与していると考えられている427)。高血圧、腎機能障害、蛋白尿がそれぞれ独立した心血管系疾患のリスクとなるため、十分な降圧とともに、腎保護、蛋白尿減少を考慮した治療が必要である。
慢性糸球体腎炎に伴う高血圧では、基本治療として減塩、蛋白摂取制限が重要である151)。降圧薬はARBないしはACE阻害薬、Ca拮抗薬を中心として、十分な降圧を図ることが重要であり、多剤併用が必要となる場合も多い。慢性糸球体腎炎の中で最も発症頻度の高いIgA腎症で高血圧を伴う患者では、ACE阻害薬が蛋白尿の軽減、腎障害の進展抑制に有用である428)。さらに、ACE阻害薬は正常血圧のIgA腎症においても蛋白尿を軽減させる429)。慢性糸球体腎炎を含む非糖尿病性腎症に対し、ACE阻害薬とARBの併用が有効との報告がある278)。
(3) 多発性嚢胞腎
両側の腎臓に嚢胞が多発する疾患であり、診断は超音波断層像またはCTで両側の腎臓に多数の嚢胞が存在することを確認することが重要である430)。多発性嚢胞腎が疑われた場合は、腎臓専門医に紹介することが望ましい。多発性嚢胞腎の大部分を占める常染色体優性遺伝性多発性嚢胞腎の原因遺伝子はPKD1(第16番染色体短腕)とPKD2(第4番染色体長腕)であり、その他に常染色体劣性遺伝の多発性嚢胞腎がある。PKD1が80~90%を占め、残りがPKD2である431)。多発性嚢胞腎により医療機関で受療している患者数は、人口2,000~4,000人に1人である432)。
疾患は進行性であり、腎機能は経時的に低下し、50歳代で約40%が末期腎不全に至る432)。併存する高血圧に対する塩分制限は有効であるが、腎障害進行に対する低蛋白食は効果がないとの報告が多い。高血圧は約60%に認められ433)、腎機能障害を促進すること、頭蓋内出血の危険因子となることから、他の腎疾患合併高血圧と同じく、130/80mmHg以下にコントロールすることが勧められる。血漿レニン活性が上昇することが多く、高血圧はACE阻害薬に反応する434)。また、ARBやACE阻害薬に腎保護作用があるとの報告があり、これを第一次薬とする435,436)。ただし、急激な血圧低下がみられる場合があり、降圧薬は少量より慎重に投与することが望ましい。低カリウム(K)血症が腎嚢胞の進展に関与しているといわれているので、ループ利尿薬使用時には注意する。頭蓋内出血の合併が明らかに高頻度で、原因としては脳内出血が多数を占めているが、MRIにて約10%の症例に頭蓋内動脈瘤が検出されており、一般住民より明らかに高率である437)。頭蓋内出血の家族内集積もみられ、頭蓋内動脈瘤の定期的なチェックと十分な血圧管理が必要である。