(旧版)高血圧治療ガイドライン2004

 
第9章 特殊条件下高血圧


4)女性の高血圧

a 妊娠に関連した高血圧

妊娠中にみられる高血圧のうち、特に蛋白尿と浮腫を認める場合に妊娠中毒症として取り扱ってきた。しかし妊娠中毒症に関する臨床データの集積や研究から、この病態の中心をなすものは高血圧もしくは血圧の上昇であることが明らかにされてきた。そこで、日本妊娠中毒症学会、日本産科婦人科学会の妊娠中毒症問題委員会とが中心となり新しい“妊娠中毒症”の定義・分類が提案され382)、本ガイドラインでもこの提案を基本的に取り入れた。妊娠中毒症と称してきた病態を妊娠高血圧症候群との名称にしているが、本ガイドラインでは、妊娠高血圧とした。

(1) 妊娠に関連する高血圧の分類

(1) 妊娠高血圧(gestational hypertension)
     妊娠20週以降にはじめて高血圧(収縮期140mmHgもしくは拡張期90mmHg)が発症し、分娩後12週までに正常に復する場合
(2) 子癇前症(preeclampsia)
     妊娠20週以降にはじめて高血圧(収縮期140mmHgもしくは拡張期90mmHg)が発症し、かつ蛋白尿(基本的には300mg/日)を伴うもので、分娩後12週までに正常に復する場合
(3) 子癇(eclampsia)
     妊娠20週以降にはじめて痙攣発作を起こし、てんかんや二次性痙攣が否定されるもの。痙攣発作の起こった時期により、妊娠子癇、分娩子癇、産褥子癇と称する。
(4) 加重型子癇前症(preeclampsia superimposed chronic hypertension and/or renal disease)
    
(i) 高血圧が妊娠前あるいは妊娠20週までにすでに認められ、妊娠20週以降蛋白尿を伴う場合
(ii) 高血圧と蛋白尿が妊娠前あるいは妊娠20週までに存在し、妊娠20週以降、いずれか、または両症状が増悪する場合
(iii) 蛋白尿のみを呈する腎疾患が妊娠前あるいは妊娠20週までに存在し、妊娠20週以降に高血圧が発症する場合
症候による分類および発症時期による病型分類も行われているが、必ずしも一定の見解は得られていない。

(2) 妊娠高血圧の降圧薬治療

妊娠を対象として無作為化比較対照試験を行うことは、現在では大変困難になってきている。しかしメタアナリシスでは降圧による母子の保護が示されている383)。さらに発症した週数により結果が異なる可能性があり、統一したプロトコールが作成しにくい。妊婦は治験に繰り込まれるのを好まないことなどから、本邦では今後妊娠高血圧の治療に対して大規模臨床試験が行われる可能性は少なく、従来の成績、および諸外国のガイドラインを参照とした43,104,384,385)

(3) 治療対象

妊娠高血圧ではどの血圧値から降圧薬治療を開始するかについて、明確には決定されていない。
通常まず非薬物治療を数カ月試みることになっているが、妊娠高血圧では数カ月経過した場合には出産したり、血圧がさらに上昇してしまう可能性が高い。妊婦の場合には、血圧上昇の放置は危険につながるとされている。したがって妊娠中に非薬物治療(減塩や運動療法)を行っても効果があがるまでは時間がかかることより、収縮期140mmHgあるいは拡張期90mmHg以上であれば降圧薬治療を開始する。降圧目標についても十分な成績は得られていない。しかし尿蛋白との関連において考えるのであれば、130/80mmHg未満を目標にすることが安全と思われる。これに対して胎盤血流量の減少も懸念されるが、利尿薬以外の降圧薬では130/80mmHg前後に下降させても胎盤血流量が低下する可能性は少ないと思われる。

(4) 降圧薬の選択

表9-5に記した降圧薬が中心に用いられている。メチルドパとヒドララジンについては安全性が十分に確認されていることより、現在に至るまで妊娠高血圧の治療の主流として用いられてきた。最近ではCa拮抗薬の有用性が少しずつ認められてきており、欧米諸国のガイドラインでも使用を認めている43,104,384)。しかし、本邦では多くのCa拮抗薬は妊娠中は禁忌とされている。重篤な副作用の報告がほとんどないこと386)、また諸外国では使用がガイドラインでも勧められていることより、今後は必要に応じて使用してもよいと考えられる。さらにβ遮断薬についてはαβ遮断薬であるラベタロールが用いられている。アンジオテンシンII受容体拮抗薬(ARB)とACE阻害薬は妊娠中には禁忌とされている。ともに胎児に羊水過少症、腎不全、成長障害などさまざまな障害をもたらすことが報告されている387)。しかしこれら薬剤を服用中にたまたま妊娠し、それを継続した成績が報告されており、それでは、必ずしもすべてがこのような障害を起こすのではなく、確率はそれほど高くはない388)。しかし、いかに確率が低いといっても妊娠中にはARBとACE阻害薬は禁忌であることにかわりはない。利尿薬については理論的に胎盤血流量を低下させることより、用いない方が安全である。子癇を起こした患者にはMgSO4の静注が最も効果がある。
授乳に関してはほとんどの降圧薬が何%かは分泌されるので、注意が必要である。もし拡張期血圧が100mmHg未満の高血圧で、授乳の目的があれば、数カ月は降圧薬を中止することも考慮すべきである。しかしそれ以上の高血圧に関しては、降圧薬による治療を優先して、授乳は中止することが望まれる。


表9-5 妊娠高血圧の治療に用いられる降圧薬
薬 剤 投与量 胎児への移行 乳汁への分泌* 副作用
母体 胎児
1.交感神経抑制案 メチルドパ 500〜2,000mgl
1日3〜4回
100% ほとんどなし 抑うつ・起立性低血圧 低血圧
クロニジン 150〜900μg
1日2〜3回
不明 不明 抑うつ・口渇 不明
2.β遮断薬 プロフラノロール 40〜120mg
1日2〜3回
25% 40〜60% 易疲労感 徐脈
メトプロロール 40〜120mg
1日2〜3回
100% 300% 易疲労感 徐脈
アテノロール 50〜100mg
1日1回
100% ほとんどなし 易疲労感 徐脈
ピンドロール 5〜15mg
1日2〜3回
不明 不明 易疲労感 徐脈
3.αβ遮断薬 ラベタロール 150〜450mg
1日3〜4回
50% 100% ふらつき・筋肉痛 不明
4.血管拡張薬 ヒドララジン 30〜200mg
1日3〜4回
100% ほとんどなし 動悸・頻脈 血小板減少
ACE阻害薬とARBは禁忌。Ca拮抗薬の投与は慎重に。
*母体血中濃度を100%とする。
 
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