(旧版)高血圧治療ガイドライン2004
第9章 特殊条件下高血圧 |
3)外科手術前後の血圧管理
高血圧自体は、一般に待機的手術の禁忌とはならない。しかし、高血圧性臓器障害や合併症は、周術期の心血管病発症の危険性を増す。したがって、高血圧患者では左室肥大、冠血流予備能低下、虚血性心疾患、頸動脈の狭窄、脳血管障害、腎機能障害などを評価する。これらがあれば、周術期の血圧の過度の低下によって虚血性合併症が生じやすくなる。また、左室拡張能低下を伴う場合は、術中、術後の血圧上昇によってさらに機能が低下し、肺うっ血を招くおそれがある。高齢収縮期高血圧患者では、術前から血圧の変動が大きいが、術中にも同様に変動が大きく低血圧に陥りやすい。これによって虚血性合併症を起こす危険性がある。したがって、周術期の過度の血圧変動を避けるために、安定した血圧のコントロールが術前から必要である。術前の血圧が高いほど、挿管時の著明な血圧上昇、頻脈、術中の低血圧域を含む大きな血圧変動、術直後の高血圧によって合併症の危険性が高くなる。高血圧患者では日帰り手術は避けた方がよい。
待機的手術で血圧が180/110mmHg以上であれば、手術前に血圧をコントロールすべきである378)。一般的な降圧目標は140/90mmHgである。長期にわたる血圧のコントロールが望ましいが、少なくとも2〜3週間かけて行う。手術に間に合わせるために2〜3日で目標までに降圧させた場合には、術中の血圧変動が大きくなりやすい。やむをえない場合は、心選択性の高いβ1遮断薬を中心に降圧を図る。β遮断薬を長期服用していた者では、中断によって術中の頻脈、血圧変動、心筋虚血をきたしやすくなるので、中断は避けるべきである。β遮断薬の継続は、中断症候群を回避する目的だけではなく、周術期のストレス、交感神経活動亢進状態に対して防御的に働き、虚血性心合併症の危険性を減らす。虚血性心疾患患者でβ遮断薬を使用していない場合は、新たに開始した方がよい。術中は必要に応じてプロプラノロールを経静脈的に用いる。降圧薬は手術当日まで服用させるのが原則である。利尿薬については、術後の脱水、低カリウム(K)血症の可能性を認識し、対処できれば中止する必要はない。術前に血清Kが4.0mEq/L未満では補正が必要である。緊急手術および術中の血圧上昇に対しては、経静脈的に、Ca拮抗薬(ニカルジピン、ジルチアゼム)、ニトロプルシド、ニトログリセリンなどの持続注入によって降圧とその維持を図る。
術後数時間から数日間は、循環動態が不安定であり、できるだけ早く降圧療法を再開し、経口投与(胃管も含む)ができない場合は、経静脈的に行う。呼吸管理と適切な輸液による体液量管理により、循環動態の安定化を図る。周術期の血圧上昇の因子として、術前の不安、術後の疼痛、興奮、高二酸化炭素血症や循環血液量の過剰などがあり、原因に対する対処が第一である。ニフェジピンカプセルの内容物の投与は降圧の程度、速度を調節できず、行ってはならない。
褐色細胞腫が否定できない症例は、手術を延期して検索を進める。診断が確定すれば、目的の手術の前に腫瘍の摘出術を行う。腎血管性高血圧、原発性アルドステロン症、クッシング症候群などは、術前に血圧が軽症高血圧域までにコントロールされていれば、全身麻酔に問題は少ない。しかし、待機的手術であれば、治癒可能な二次性高血圧の治療を先に行うべきである。動脈硬化性腎血管性高血圧の患者では、脳虚血、心筋虚血や腎機能障害などの危険性があり、これらの可能性の評価と対策が重要になる。
歯科治療中に脳卒中などの心血管病の発症があることより、歯科治療前のみならず治療中にも、高血圧患者では血圧がコントロールされている必要がある379)。降圧薬を服用している患者では、歯科治療当日も服用を忘れないように指導する。歯科治療中の血圧上昇は、疼痛や不安を伴う歯科手技の際に大きいことが報告されている379,380)。一方、エピネフリンを含む局所麻酔薬により血圧は上昇するが、その程度はわずかであることより、疼痛が予想される治療の際には、必要な歯科麻酔はむしろ確実に行うことが望ましい379,380)。強い不安を訴える患者には精神安定薬の処方も考慮する。