(旧版)高血圧治療ガイドライン2004
第6章 臓器障害を合併する高血圧 |
1)脳血管障害
a 急性期
脳卒中発症1〜2週間以内の急性期には、脳出血、脳梗塞の病型にかかわらず血圧は高値を示す。この発症に伴う血圧上昇は、ストレス、尿閉、頭痛、脳組織の虚血、浮腫や血腫による頭蓋内圧亢進などの生体防御反応によると考えられる。多くの例では安静、導尿、痛みのコントロール、脳浮腫の治療によって、降圧薬の投与なしに数日以内に降圧する187,188)。
高血圧に伴い脳血流自動調節域は右方へ偏位しているが189)、脳卒中急性期には自動調節自体が消失し、わずかな血圧の下降によっても脳血流は低下する。すなわち、降圧によって病巣部およびその周辺のペナンブラ領域(血流の回復により機能回復が期待できる可逆性障害の領域)の局所脳血流はさらに低下し、病巣(梗塞)の増大をきたす可能性がある190)。なお、虚血部は血管麻痺(vasoparalysis)の状態にあるために、血管拡張作用を有する薬物は健常部の血管のみ拡張し、病巣部の血流は逆に減少する、いわゆる脳内盗血現象(intracerebral steal)を生ずることがある。これらのことより、脳卒中急性期には積極的な降圧治療は原則として行わない191)。
しかし、著しく血圧が高い場合は脳卒中急性期であっても降圧治療を行うが、どの血圧レベルから降圧治療を開始するかについては十分な成績がないのが現状である192)。さらに、発症直後の降圧治療は、高血圧性脳症やくも膜下出血が強く疑われる場合以外は、適確な病型診断を行ったうえで、神経症候を頻回に観察しつつ慎重に行う必要がある。血圧は、5分以上の間隔をおいて2回測定し、拡張期血圧140mmHg以上が持続する場合には、静注製剤によって緊急降圧を開始する193)。拡張期血圧140mmHg以下の場合は、一応の安静が得られた後に、20分以上の間隔をおいて少なくとも2回の測定を行い、脳梗塞では、血圧220/120mmHg以上、あるいは平均血圧130mmHg以上のいずれかを満たす場合に、降圧治療を行う188)。ただし、この基準は十分なエビデンスに基づくものではない。事実、発症36から72時間以内の脳梗塞患者で、収縮期血圧200mmHg以上または拡張期血圧110mmHg以上の例、または2回の測定で平均の収縮期血圧が180mmHg以上または拡張期血圧105mmHg以上の運動麻痺を呈する例を対象に、1週間にわたりARBのカンデサルタンによる治療を実施したAcute Candesartan Cilexetil Evaluation in Stroke Survivors(ACCESS)194)では、一次エンドポイントの脳卒中の予後には有意な差がなかったものの、二次エンドポイントである1年後の死亡率や心血管イベントの発症を、プラセボ投与群に比し有意に低下(相対危険度を48%低下)させる効果が示され注目されている。ACCESSは限られた脳梗塞病型(ラクナ梗塞が主体と考えられる)での比較的少数例での検討結果であるが、脳梗塞急性期の降圧療法について臨床試験を企画実施することの重要性を示している。
なお、発症後3時間以内の超急性期に組織プラスミノーゲン活性化因子(t-PA)の静注による血栓溶解療法(本邦では保険適応外)の実施が予定される患者では、収縮期血圧180mmHg以上または拡張期血圧105mmHg以上の場合に静脈投与による降圧治療が必要とされており、治療中や治療後を含む24時間の厳格な血圧管理により収縮期180mmHg未満かつ拡張期105mmHg未満にコントロールすることが求められる186,195)。
脳出血に関してはさらに異論が多く十分なエビデンスはないが、脳卒中治療ガイドライン2004186)では、欧米のガイドライン187,188)に準じて、収縮期血圧180mmHg未満かつ拡張期血圧105mmHg未満では降圧薬を始める必要はなく、収縮期血圧180mmHg以上、拡張期血圧105mmHg以上、または平均血圧130mmHg以上のいずれかの状態が20分以上続いたら降圧治療を開始すべきであるとしている。
使用薬物は速効性で投与量の調節が容易であるものが望ましい。欧米では、注射用のαβ遮断薬ラベタロールやACE阻害薬エナラプリルの静脈内投与が推奨されているが、これらの薬物が販売されていない本邦では、Ca拮抗薬であるニカルジピン、ジルチアゼム、あるいは従来から用いられているニトログリセリンやニトロプルシドの微量点滴静注を行う。ただし、頭蓋内圧を上昇させる危険性があることに注意する。本邦ではニカルジピン、ニルバジピンなどのCa拮抗薬は「頭蓋内出血で止血が完成していない患者、脳卒中急性期で頭蓋内圧亢進」の患者には使用禁忌とされている。また、ニフェジピンカプセルの舌下投与は急激な血圧降下を引き起こす危険があるので用いない。降圧目標は病型によって異なるが、脳梗塞では前値の85〜90%を、脳出血では前値の80%を目安に降圧する。出血性梗塞の出現、急性心筋梗塞、心不全、大動脈解離の合併を認める場合は、より積極的な降圧が必要である。なお、注射による降圧治療は可能なかぎり短期間とし、経口治療に変える。
また、脳卒中患者の日常生活動作(ADL)の改善には早期からのリハビリテーションが必要であり、ベッドサイドでのリハビリテーションを行う場合にも、それに伴う血圧の変動に留意する。