(旧版)高血圧治療ガイドライン2004

 
第3章 治療の基本方針


1)治療の目的

高血圧治療の目的は、高血圧の持続によってもたらされる心臓と血管の障害に基づく心血管病の発症とそれらによる死亡を抑制することである。そして高血圧患者が充実した日常生活を送れるように支援することである。
2003年のESH-ESCガイドラインとWHO/ISH statementは、治療効果の科学的根拠として治療の絶対的効果を重視している43,73)。高血圧治療によって得られる効果は、個々の高血圧患者の心血管病発症リスクが大きければ、それだけ得られる効果も大きい92)。降圧治療(生活習慣の修正と降圧薬治療)の効果の評価については、無作為化比較対照試験から得られた成績が科学的根拠として最良のものであるが、降圧薬治療の効果は無作為化比較対照試験では過小評価される場合があること、また高血圧の治療は生涯にわたって行われるものであるが、無作為化比較対照試験の期間は数年にすぎないので、無作為化比較対照試験の成績にも限界があることを認識すべきである42)
過去に諸外国においてプラセボを対照に行われた大規模無作為化比較対照試験の結果から、降圧薬治療は高血圧患者にとって多くの有益な効果をもたらすことが明らかにされた。すなわち、降圧薬治療は心血管病の発症率と死亡率を明らかに低下させる93,94,95,96)。例えば、外国で行われた降圧薬治療に関する17の臨床試験をまとめて解析した成績97)によると、SHEP試験(Systolic Hypertension in the Elderly Program)以外は収縮期および拡張期の高血圧を対象とした試験であり、解析対象患者数は47,653人、サンプル数で重みをつけた平均年齢は56歳であった。このうち12,483人は参加時60歳以上であった。男女はほぼ同数で、追跡期間は平均4.7年である。試験方法は9試験が無作為化二重盲検、4試験が無作為化単盲検、残り4試験はオープン試験であった。これらの試験が行われた年代から明らかなように、一部を除き利尿薬あるいはβ遮断薬が主に用いられた。SHEP試験を除いて目標血圧値は拡張期血圧を90mmHg以下にコントロールするように行われた。しかし、サンプルサイズで重みをつけた実薬群の拡張期血圧の平均下降度は6.5mmHgであり、収縮期血圧のそれは16.0mmHgであった。
その結果、全脳卒中の発症患者数1,360人に対して、全虚血性心疾患は2,038人で(表3-1)、虚血性心疾患の発症率は脳卒中の約1.5倍高く、欧米人の特徴がよくあらわれている96)。しかし、降圧薬治療群は脳卒中の発症リスクを38%、虚血性心疾患発症のリスクを16%減少させた。登録時の拡張期血圧レベル別の降圧薬治療の有用性は、拡張期血圧が110mmHg未満群、110〜114mmHg群、115mmHg以上群の3群間では絶対的効果が明らかに異なる。脳卒中はそれぞれ1,000人あたり9例、19例、35例の発症が予防され、また虚血性心疾患は、それぞれ5例、12例、15例が予防された。すなわち拡張期血圧が高いほど降圧薬治療の有用性が高いことが明らかである。年齢については60歳未満の脳卒中発症の絶対的効果は1,000人あたり9例に対して60歳以上は23例、虚血性心疾患はそれぞれ5例と13例であり、高齢者ほど降圧薬治療の有用性が高い。
しかし、本邦の脳卒中と虚血性心疾患の発症率は欧米と異なるので98)、上記の成績を本邦にそのまま当てはめることはできない。ただし、血圧レベルの高い高血圧患者ほど、また60歳以上の高齢者ほど降圧薬治療の有用性が高いことは人種を問わないと思われる。
近年、リスクとしての収縮期血圧の重要性が認識されている99)。高齢者の収縮期高血圧を対象とした3つの臨床試験の成績ならびに通常の高血圧を対象とした5つの臨床試験のうち、収縮期高血圧例のみを抽出して解析した成績によると、解析対象患者数は15,693人であり、平均年齢は70歳であった。追跡期間は中間値で3.8年である。実薬群の収縮期血圧の平均下降度は10.4mmHg、拡張期血圧のそれは4.1mmHgであった。脳卒中の発症リスクは30%、虚血性心疾患の発症リスクは23%、それぞれ減少することが示されている99)(表3-2)。本邦では欧米とは異なり虚血性心疾患よりも脳卒中の発症頻度が数倍高いことから、降圧薬治療の有用性はより高いことが予想される。なお、降圧薬治療による心血管病抑制効果のメタアナリシスでは治療によるリスクの減少は男女で差がないとされている100)


表3-1 収縮期・拡張期高血圧における降圧薬治療による心血管病と死亡のリスクの低下(文献97より引用)
  発症例数 リスクの低下
%(95%Cl)
P
 実薬
(n=23,487)
プラセボ
(n=23,806)
全脳卒中 525 835 38(31〜45) <0.001
 致死性脳卒中 140 234 40(26〜51) <0.001
全虚血性心疾患 934 1,104 16( 8〜23) <0.001
 致死性虚血性心疾患 470 560 16( 5〜26)  0.006
心血管病死亡 768 964 21(13〜28) <0.001
全死亡 1,435 1,634 13( 6〜19) <0.001


表3-2 収縮期高血圧における降圧薬治療による心血菅病と死亡のリスクの低下(文献99より引用)
  発症例数 リスクの低下
%(95%Cl)
P
 実薬
(n=7,936)
プラセボ
(n=7,757)
全脳卒中 379 647 30(18〜41) <0.0001
全虚血性心疾患 486 647 30(18〜41) <0.0001
全心血管病死亡 647 835 26(17〜34) <0.0001
心血管病死亡 647 392 18(14〜29) 0.01  
全死亡 647 734 13( 2〜22) 0.02  
 
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