(旧版)腰椎椎間板ヘルニア診療ガイドライン (改訂第2版)

 
 
第2章 病態

はじめに
腰椎椎間板ヘルニアは椎間板の主に変性髄核が後方の線維輪を部分的あるいは完全に穿破し,椎間板組織が脊柱管内に突出あるいは脱出して,馬尾や神経根を圧迫し,腰痛・下肢痛および下肢の神経症状などが出現したものであるが,ヘルニアとして突出あるいは脱出する組織は髄核だけとは限らず線維輪や終板の一部を伴っている.
ヘルニアは脱出程度によりいくつかのタイプに分類され,Macnabらは線維輪の断裂のない髄核膨隆(protruded),線維輪の部分断裂である髄核突出(prolapsed),線維輪の完全断裂である髄核脱出(extruded),およびヘルニアが硬膜外腔に遊離移動する髄核分離(sequestrated)の4型に分類した(Canad J Surg 14:280-289, 1971).その後1980年にAAOS(American Academy of Orthopaedic Surgeons)による改訂が行われ,髄核膨隆(intraspongy nuclear herniation),髄核突出(protrusion),髄核脱出(extrusion),および髄核分離(sequestration)と分類された.現在ではさらに髄核脱出を後縦靱帯の穿破していないsubligamentous extrusionと後縦靱帯を穿破しているtransligamentous extrusionに分け,髄核膨隆はbulgingと表現する分類が主に用いられている.また,後縦靱帯などによりヘルニア塊が硬膜外腔から隔絶されているcontained type(protrusion およびsubligamentous extrusion)と,ヘルニア塊の先端が硬膜外腔に脱出しているnoncontained type(transligamentous extrusionおよびsequestration)の二つに分ける分類も用いられている.
今回の改訂時には英語論文59件,日本語論文3件が新たに対象となった.エビデンスレベルの高い論文が数多く集まったクリニカルクエスチョンを優先して5個のscientific statementを作成した.本章は従来の高齢者の腰椎椎間板ヘルニア,若年者の腰椎椎間板ヘルニアおよびヘルニアの大きさと症状との関連,の3個に加え,新たに腰椎椎間板ヘルニアの退縮機序,腰椎椎間板ヘルニアの発症に遺伝的背景はあるのかを加え,計5個のscientific statementとした.下肢痛あるいは腰痛のみの症状と腰椎椎間板ヘルニアとの関連を検討した論文はなく,クリニカルクエスチョン「下肢痛は椎間板ヘルニアに必発の症状であるか」は除外した.それぞれに推奨の代わりに要約を付してあり,採用した論文のエビデンスの強さによりGradeを提示した.

本章のまとめ
ヘルニア塊に含まれる椎間板組織の成分については青年期では髄核を主成分とするが,断裂した線維輪を含む場合もみられる.一方,高齢者の腰椎椎間板ヘルニアでは線維輪や終板の断片が含まれることが多い特徴が指摘されており,また若年者では腰椎椎間板ヘルニアに椎体骨端核の離解を伴った症例がしばしば認められるなどの特徴が指摘されている.
臨床症状は腰痛が先行してみられることが多いが,強い下肢痛を認めることが特徴である.下肢痛は上位腰椎椎間板ヘルニアでは大腿神経痛,下位腰椎では坐骨神経痛であることが多い.坐骨神経痛の発現についてはヘルニア塊が神経根を物理的に圧迫する作用のみならず,炎症による影響が考えられており,ヘルニア塊の組織から産生される炎症性サイトカインなどが関連因子として報告されている.
SLR(straight leg raising)テストは高齢者では陽性率が低い特徴がある一方で,若年者では強陽性を示すものが多く,年齢の違いによりヘルニアの病態に違いがあることを示唆している.高齢者の腰椎椎間板ヘルニアに特徴的な臨床症状として腰椎後屈制限,Kemp徴候,歩行時の疼痛,SLRテストの陽性率の経時的減少,下肢挙上角度の増大をあげる報告がある.
腰椎椎間板ヘルニア退縮機序は,変性椎間板が脊柱管に脱出することで炎症が惹起される.腰椎椎間板ヘルニアには活性化したマクロファージを中心にリンパ球などが浸潤し,新生血管の増生がみられる.TNF-αなどの炎症性サイトカインが産生され,血管新生を促進するVEGFの発現も促進され,増生された血管から炎症性の細胞が腰椎椎間板ヘルニアへ浸潤する.この炎症の結果,MMPなどの椎間板主成分であるプロテオグリカンに対する分解能を有する酵素の産生が促進され,ヘルニアは退縮していくと考えられている.
また,腰椎椎間板ヘルニアの発症にはさまざまな原因が関与しているが,遺伝要因もその一つとしてあげられる.タイプIX,XIコラーゲンやCILP,ビタミンD受容体の多型性が関与している研究成果が報告されているが,民族間や発症頻度に差があり,今後継続した研究によって明らかにされる必要がある.

今後の課題
初版では本章の作成にあたり1982年以降の腰椎椎間板ヘルニアに関する全論文から,病態関連として抽出された論文のなかで多く取り上げられている課題から順にリサーチクエスチョンを決定した.しかし,今回の改訂で高齢者,青壮年,若年者といった年代別の腰椎椎間板ヘルニアの臨床症状の特徴に関する前向き研究や,ヘルニアの大きさと臨床症状とを比較したエビデンスレベルが高い論文はなかった.今後,この点に関する大規模多施設研究の実施が望まれる.一方,腰椎椎間板ヘルニアの遺伝的背景や自然退縮機序解明に関しては明らかな発見があったが,遺伝要因の候補となる遺伝子は種々報告されたもののヘルニアの原因と断定し得る遺伝子は特定されていない.さらに,退縮するヘルニアの特徴である脱出型でサイズが大きいヘルニアでも退縮しない症例があり,原因が未解明な部分が多い.今後のさらなる研究が期待される.
また,今回も外側ヘルニア,中心性ヘルニア,混合型脊柱管狭窄,ヘルニア高位による症状の違いに関するエビデンスレベルが高い論文はみられなかった.これについても,今後の臨床研究により明らかにされる必要がある.

 

 
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