(旧版)腰椎椎間板ヘルニア診療ガイドライン (改訂第2版)
第1章 疫学・自然経過
はじめに
腰椎椎間板ヘルニアの疫学に関しては,1)軽微な症状しか有さず医療施設を受診しない例や,受診はしても診断確定にいたる前に症状が軽快する例が存在すること,2)確定診断にはMRIもしくは脊髄造影検査が必要であるが,これらの検査が行われないケースが多数存在すること,など疾患特有の問題から,その実態を把握することはきわめて困難である.また自然経過に関しても,保存的治療が基本的には経過観察のみであることや,症状が軽快すれば,患者の足も自然と病院から遠のくことなどから,定期的に診察およびMRI撮影を行うことは容易でなく,信頼性の高いデータを取得することは非常に難しい.今回の改訂にあたっても,かかる状況に変化がないため新たなエビデンスレベルの高い報告は少なく,ガイドラインに加える内容も,きわめて限定されたものになることは十分に予想された.そのため初版の内容を基本的には踏襲し,同じ結論であってもエビデンスレベルの高い報告を加え,前回と相反する内容の報告があった際にそれらを取り上げることを基本方針として改訂作業を行った.
本章に該当する新たに抽出された論文の内容を吟味した結果,初版で作成されたクリニカルクエスチョンに,新たな項目の追加は必要ないと判断した.なお初版の本章で検討された「ヘルニアの脱出形態の違いによる縮小・消失傾向の差」に関しては,「病態」の章で扱い,「腰椎椎間板ヘルニアの発生に影響を及ぼす要因」に関しても,遺伝に関する内容は「病態」の章で述べることとし,本章では環境因子に絞って検討することとした.
本章のまとめ
有病率や罹患率,発生頻度についての大規模な調査報告は,初版同様,今回の改訂時においても存在しなかった.また初版では,手術で腰椎椎間板ヘルニアを確認した複数の報告から,本疾患の発生は男性に多く,好発年齢は20〜40歳代,好発高位はL4/5,L5/S1,次いでL3/4間であるとの結果であったが,今回選択された論文においても相違はなかった.ただし年齢の上昇とともにL2/3,L3/4間といった高位レべルの腰椎椎間板ヘルニアの発生率が上昇することが今回新たに示された.
発生要因に関して,労働や喫煙などの環境因子の関与が従来指摘されてきたが,初版ガイドライン策定後に関与を否定する内容の報告もなされているため,現時点では腰椎椎間板ヘルニアの発生に環境因子が関与するか否かは不明と改めた.
自然経過に関しては,ヘルニアのサイズが大きいものや,遊離脱出したもの,MRIでリング状に造影されるものは高率で自然退縮することが明らかになっているが,退縮するまでの期間や退縮するヘルニアの割合を明確にした報告は今回も存在しなかった.
今後の課題
発生要因に関しては,近年の研究から遺伝的要因が影響していることは明らかであり,今後はその影響を考慮に入れて評価を行う必要がある.また,労働によって腰椎にどれだけの負荷がかかったかに関する量的,質的な評価については,論文によって評価手順がまちまちであり,その点を統一して議論する必要があろう.自然経過に関しても,エビデンスレベルの低い後ろ向き研究が多かったため,ヘルニアの退縮時期に関しては今回も明確な結論は得られなかった.ヘルニアをタイプ別に分け,診察およびMRIの撮影時期を一定にした前向き研究が急務であろう.