(旧版)腰椎椎間板ヘルニア診療ガイドライン

 
第4章 治 療


はじめに
腰椎椎間板ヘルニアは青壮年に好発する疾患ではあるが、その発症は若年者から高齢者まで広い範囲に及び、したがって治療法の選択も年齢を加味して検討されることが多い。 脊柱の3つの機能、すなわち(1)体重の支持、(2)関節、(3)神経のコンテナーのうち、ヘルニアの突出による神経のコンテナー機構の破綻に対して治療が計画されることが大半である。 疾患の本態である椎間板変性が著明に進行した場合には、破綻した支持機構に対する治療が検討される。 また、従来の神経への圧迫、すなわち物理的ストレス以外にも、神経ならびにその周囲への化学的影響の解析が進み、その結果に基づいた新しい治療法の報告も増加してきている。
わが国では、整形外科的治療以外にも、東洋医学、医療類似行為、民間治療が本疾患に関わる場合も多く、保存療法は実に多彩である。 また、各々の治療的背景の間のコミュニケーションが必ずしも良好ではなく、異なった治療概念が経験主義的な土台の上で長年繰り返されてきている。 また、単一の保存療法が実施されることはまれであり、単一の治療法による効果を判定する際の問題点となっている。 整形外科的治療においては、手術的治療選択の時期に関して明確な議論がいまだ不十分である。
『治療』のサイエンティフィックステートメント作成にあたり、当初、以下のごとくリサーチクエスチョンを列挙した。 すなわち、保存療法では安静、臥床、内服治療(非副腎皮質ステロイド性抗炎症薬:NSAIDs、副腎皮質ステロイド薬、ビタミン薬、筋緊張弛緩薬、精神安定薬)、体幹装具(コルセット)、牽引療法、温熱療法、低周波、超音波、鍼灸、マッサージ、硬膜外ブロック、神経根ブロック、腰痛教室、運動療法、マニプレーションなど、手術療法では経皮的椎間板摘出術、レーザー蒸散法、椎間板内注入療法、ヘルニア腫瘤後方摘出術(肉眼的、顕微鏡的、内視鏡的)、固定術の併用(前方固定、後方進入椎体間固定、後側方固定)、硬膜外脂肪移植の意義などである。
これら、あらかじめ検討されたリサーチクエスチョンの項目のなかから、保存療法では特に各種内服薬による治療、牽引療法、温熱療法、鍼灸、硬膜外ブロック、神経根ブロック、運動療法、マニプレーション、マッサージ、椎間板内注入療法などを、また手術療法のなかから髄核摘出術、経皮的椎間板摘出術、レーザー蒸散法、椎間固定術などを検討項目に含めることを前提とし、前記のリサーチクエスチョンのすべてを念頭に置きつつ抽出された1,300を超える論文のアブストラクトのすべてを吟味した。 設定したリサーチクエスチョンに答え得るか、答え得る内容で複数の論文があるか、などを基準とし、エビデンスレベル(EV level)の高い論文は単数、少数でも残す、低いものは複数の論文があれば残すこととした。 その結果選択された220論文について、10人のメンバーによる綿密な査読が行われ、アブストラクトフォームが完成された。それらを検討した結果、『治療』においては12個のサイエンティフィックステートメントを完成することとなった。 推奨が9つ、推奨に至らない要約が3つである。

本章のまとめ
保存療法に対するサイエンティフィックステートメントは4つである。 硬膜外副腎皮質ステロイド薬注入による効果に関しては、治療時期を勘案することで高いGradeのエビデンスが示された。. 一方、マニプレーションの効果については腰椎椎間板ヘルニアに焦点をあてた場合、十分な科学的根拠は示し得なかった。 日常診療において最も関心の高い非副腎皮質ステロイド性抗炎症薬や牽引療法については、腰痛に対する有効性を示す論文はみられるが、腰椎椎間板ヘルニアに対象を限定し、またその他の保存療法を併用しない形での研究はなく、したがってこの両治療法の腰椎椎間板ヘルニアに対する治療効果について十分に示すことはできなかった。
手術療法に対するサイエンティフィックステートメントは8つである。 後方進入ヘルニア摘出術に関する顕微鏡視下椎間板ヘルニア摘出術と通常のヘルニア摘出術の比較では、術野における鮮明さや手技の確実さにおいて前者が優るが、画像上、臨床上の術後結果に関しては両者間の有意差はみられなかった。 また経皮的椎間板摘出術は顕微鏡視下椎間板ヘルニア摘出術に比べ総合的に優れた方法とはいえないこと、レーザー椎間板蒸散法は経皮的椎間板摘出術に比べ安全で優れた方法とはいえないことが示された。 馬尾障害が出現した腰椎椎間板ヘルニアでは可及的早期に手術を行うことが必要であること、若年者例の椎間板切除成績は良好であり、保存療法抵抗例ではヘルニア摘出術を適応してよいことも示された。 後方進入ヘルニア摘出術における遊離脂肪移植術によって術後臨床症状は影響されないこと、閉創前の硬膜外腔への副腎皮質ステロイド薬の投与は術直後の鎮痛にある程度の効果が期待できるが、臨床結果に対する影響は明らかでないこと、閉創前の硬膜外腔へのモルヒネ投与は術後鎮痛に効果があることが示された。

今後の課題
今回の査読によって以下の問題点が浮き彫りにされた。 すなわち、腰椎椎間板ヘルニアを文献上で検討する際の最大の問題点は、(1)この疾患の定義が確定されていない、(2)和文ではエビデンスレベルの低い論文形態のものが多い、(3)単一治療法の検討論文が少ない、であった。 (1)に関しては、たとえば糖尿病の場合にその疾患としての定義は明確に示される。 しかし腰椎椎間板ヘルニアの文献、特に今回の検討の主たる対象となった欧文論文においては、そのなかに腰椎変性疾患の病態が複数含まれていることが多く、その論文の扱いに苦慮した。 たとえば腰椎椎間板ヘルニアを論じる論文のなかにdiscopathyを含むものが予想外に多数であったこと、また変性性脊柱管狭窄合併の有無を明確に示していない論文も多かった。 (2)と関連して、和文には腰椎椎間板ヘルニアの定義を行ったうえで検討した論文が少数ではなかったが、その研究デザインがcase control study、case series、case reportのものが多く、サイエンティフィックステートメント作成上、重要な役割を果たさないことが多かった。 またほとんどの論文で、複数の治療法が併用されており、個々の治療法の効果を厳密に検証することが不可能であった。 このため当初設定したリサーチクエスチョンに答え得る論文数が不足し、サイエンティフィックステートメント作成に至らない場合も多かった。 またリサーチクエスチョンによってはエビデンスレベルが低い論文が多数を占める場合もあった。
重要な事項で保存療法で日常多用され、また一定以上の効果がありと考えられていたもの(牽引療法、NSAIDs内服など)に治療法としてのエビデンスが示されなかった理由には、上記の事柄が複雑に関与している可能性がある。 したがって、腰椎椎間板ヘルニアを疾患単位として規定し、多施設参加型で、単独の治療法に焦点をあてたエビデンスレベルの高い研究デザインを設定することが急務と考えられる。
また、最小侵襲手技の1つである内視鏡的椎間板ヘルニア切除術は過去数年間で急速にその実施数が増加している。 その医学的、医療経済的、社会医学的有効性について焦点をあてたprospectiveな研究が早期に開始されることが望まれる。

 

 
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