(旧版)腰椎椎間板ヘルニア診療ガイドライン
第3章 診 断
はじめに
腰椎椎間板ヘルニアは、椎間板の退行性変化の中で生じる代表的な腰・下肢痛を引き起こす疾患である。 疾患の治療に際しては、まずその疾患を正確に、かつ適切に診断することが必須であり、腰椎椎間板ヘルニアにおいても例外ではない。近年、医療技術の発展と医療機器の発達、さらには椎間板ヘルニアの病態がより解明されるに従い、その診断精度は確実に向上した。 実際の臨床の現場では、椎間板ヘルニアをまず疑うために、Lasègue徴候や大腿神経伸張テストなどの理学的検査所見、および詳細な神経学的検査所見が参考にされる。 これに加え、各種検査法として、単純X線写真、脊髄腔造影、CT、MRI、椎間板造影、神経根造影(ブロック)、電気生理学的検査など数多くの検査手段が施行されてきた。 しかし、正確な診断のために必要な各検査法の意義、組合せなどが科学的かつ合理的に考慮され、実際に施行されているとは言えないのが実情である。
本章においては、腰椎椎間板ヘルニアの診断のために、如何なる診察をすればよいか、信頼のおける検査法は何かを科学的に検討することを目的とした。 それぞれの診断手技、検査方法に関して計8つのリサーチクエスチョンを設定し、それらに回答すべく約2,300編の論文のアブストラクトを吟味した。 抽出した118編の論文に関して、10人のメンバーによる綿密な査読が行われ、アブストラクトフォームを完成した。 このアブストラクトフォームを基に、あらかじめ決定されたリサーチクエスチョンに答える形で8つの「推奨」を作成した。 さらに、基盤とした論文のエビデンスの高さを根拠に、各推奨には「Grade」を設定した。 最後に、これら「推奨」を基に、腰椎椎間板ヘルニア診断のための4つのステップを提唱した。
検討された8つのリサーチクエスチョンは以下のとおりである。
- 問診や病歴だけで腰椎椎間板ヘルニアの診断は可能か?
- 腰椎椎間板ヘルニアの診断において、特徴的な所見(理学所見および神経学的所見)はあるか?
- 単純X線写真でヘルニアの診断は可能か?
- 脊髄造影は、腰椎椎間板ヘルニアの診断に必要か?
- 椎間板造影は、腰椎椎間板ヘルニアの診断に必要か?
- MRIの診断的価値はどの程度か?
- 腰椎椎間板ヘルニアと診断された患者において、障害神経根の同定のために、神経根造影・ブロックは必要か?
- 腰椎椎間板ヘルニアと診断された患者において、障害神経根の同定のために、電気生理学的検査は必要か?
もし、必要であれば如何なる症例か?
本章のまとめ
腰椎椎間板ヘルニアの診断においては、問診および理学的診察の重要性があらためて強調された。 問診では、下肢痛(坐骨神経痛)の有無の聴取、理学的所見ではLasègue徴候の確認がそれぞれ重要である。 検査法では、単純X線写真でヘルニアを診断することは不可能である。MRIはもっとも診断的意義の高い検査法であるが、無症候性のヘルニアの存在も指摘されており、その解釈には十分な注意が必要となる。 脊髄造影の診断的価値は高くないが、必要に応じて選択・施行すべきである。 神経根造影・ブロックや電気生理学的検査は、椎間板ヘルニア自体の診断には不要であるが、障害神経根の同定には有用である。
いずれにせよ、単独でヘルニアの診断が可能な検査手技、検査方法は存在しない。 腰椎椎間板ヘルニアの診断に際しては、的確な問診、理学所見、神経学的所見、および画像所見とあわせて、総合的な判断が必要とされる。
腰椎椎間板ヘルニア診断のための4つのステップを以下に記載する。
●腰椎椎間板ヘルニアの診断手順●
-4つのステップ-
-4つのステップ-
First step-問診
- 下腿まで放散する下肢痛か?
- 神経根の走行に一致する下肢痛か?
- 痛みは、咳、くしゃみで悪化するか?
- 発作性の疼痛か?
- SLRテストは陽性か?
- 神経学的所見は?
- スクリーニング的検査法
単純X線写真;腫瘍、感染、骨折(外傷)の所見はないか?
- first choice;MRI
- second choice;CT
- third choice;脊髄造影(体内金属を有する患者。閉所恐怖症の患者)
- オプション的検査法
2)神経根造影・ブロック;障害神経根の同定
3)電気生理学的検査;障害神経根の同定、術後の神経機能評価
Fourth step-適切な治療法の選択
- first choice;保存療法
- second choice;手術療法。ただし、膀胱・直腸障害のある患者や、進行する重度の神経症状を有する患者にはfirst choice)
今後の課題
科学的エビデンスの高い診療ガイドラインを作成するために、基礎となる論文として、RCT(randomized controlled trial)、RCTに関するmeta-analysisやsystematic reviewなどが不可欠である。 しかし、「治療」などの分野と異なり、「診断」の分野では、その性格上、RCTを計画・施行することはきわめて困難である。 当然、RCTに関するmeta-analysisやsystematic reviewも皆無に近い。 したがって、本項における各「推奨」のGradeはそれほど高いものにはなっていない。 しかし、過去の論文的知識、および専門家の知識と経験も参考にし、現時点で考え得るもっとも適切かつ妥当な「診断」ガイドラインを作成するように努力した。 今後は、「診断」の分野においても、困難ながらもRCTを何とか実施し、よりエビデンスの高い論文を集積することが必須である。
各論としては、問診、理学所見、検査所見のいかなる組合せがより正確に診断可能であるかに関して、更なる研究が必要であろう。 医療経済上の問題が指摘される時代に、いかに少ないコストで正確な診断が可能かという議論も必要になってくるかもしれない。 その意味では、前述した4つのステップをさらに発展させた、適切な診断アルゴリズムの策定が有意義であると思われる。 検査法としては、MRIの重要性がすでに強調されたが、多くの無症候性の「ヘルニア」が存在することも事実である。 「ヘルニア」の定義を如何にするかも含めた、診断の根本に立ち返る議論も必要かもしれない。