(旧版)大腿骨頚部/転子部骨折診療ガイドライン (改訂第2版)

 
改訂第2版の序


Evidence based medicine(EBM,根拠に基づいた医療)は,「現時点で利用可能なもっとも信頼できる情報を踏まえて,目の前の患者さんにとっても最善であると考えられる治療を行うこと」と定義されています.EBMは,医療行為の妥当性を確認するための思考過程であり,以下の5つのステップからなります.
Step1 臨床的疑問点の抽出
Step2 信頼性の高い根拠を示す文献の検索
Step3 臨床疫学と生物統計学の原則に則った文献の批判的吟味
Step4 得られたエビデンスを目の前の患者へ適応してよいかどうかの判断
Step5 患者の意向と医師の判断との交渉
この思考過程は,私たちが日常診療の中でほとんど無意識に行っている思考過程と同等のものです.ただし,EBMとevidence based clinical guidelineとは別物であるという点にも注意しなければなりません.EBMは「個々の患者」に対して最善の治療を行うにはどうすればいいのかを知るための手法であるのに対して,診療ガイドラインは特定の患者に対して一番よく当てはまりそうな治療は何かを知るためのツールです.
日常診療の中で多くの文献を読み,その中から「目の前の患者さん」に適用できる内容を常に求め続けるということは,多忙な臨床医にとっては簡単なことではありません.診療ガイドラインは,臨床医がEBMを実践するための補助ツールになるものです.世の中の診療ガイドラインには,独善的なガイドラインと,根拠に基づいたガイドラインとがあります.EBMを実践するためのツールとして,診療ガイドラインが機能するためには,そのガイドラインが根拠に基づいたものでなければなりません.日本整形外科学会診療ガイドラインは,すべて根拠に基づいた診療ガイドラインです.Evidence based clinical guidelineを作成するには,必要な文献が収集できていることを担保することが大前提となります.これは,臨床の専門家と文献検索の専門家とが協力して文献検索することで初めて可能になります.このようにして収集した文献を,多くの日本整形外科学会員が精読しアブストラクトフォームを作成し,策定委員会で徹底的な議論を尽くしてこの改訂第2版は完成しました.2005年(平成17年)6月に『大腿骨頚部/転子部骨折診療ガイドライン』の初版が発刊されてから,早6年近くが,改訂作業開始から約3年が過ぎてしまいました.変化の速い領域では,診療ガイドラインの賞味期限は約3年と言われています.大腿骨頚部/転子部骨折の領域では,この6年間で革新的な治療の進歩はありませんでしたが,根拠が強化された項目や新しい知見もありました.改訂版では,Clinical Questionの項目を統廃合して整理し,より読みやすく使いやすくしました.さらに,初版で採用した文献については,そのエビデンスレベルを再度吟味し,必要なものは修正しました.
Evidence based health careは,「根拠・経験・価値」の3つの柱を重視する医療です.臨床的な疑問点に対する回答を科学論文の批判的吟味から求めることが「根拠」にあたります.医師とコメディカルの技能や技術,医療施設の設備や体制が「経験」であり,患者さんやその家族あるいは社会が求める好みが「価値」にあたります.「根拠」だけを重視した医療を標準化することがEBMの目的ではありませんが,『大腿骨頚部/転子部骨折診療ガイドライン(改訂第2版)』はevidence based health careの3つの柱のうちの「根拠」の部分を埋めるone pieceとして使用していただければ幸いです.

2011年5月

大腿骨頚部/転子部骨折診療ガイドライン策定委員会
委員長  松下  隆



 

 
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