EBMに基づく尿失禁診療ガイドライン

 
III 尿失禁診療ガイドライン
高齢者尿失禁ガイドライン

3. 治療
(1) 下部尿路リハビリテーション

3) 骨盤底筋訓練
骨盤底筋を強める訓練を、単独あるいはバイオフィードバックと組み合わせて行う。腟内コーンと呼ばれるトレーニング用の器具や筋肉を受動的に収縮させる電気刺激装置を用いた方法もある。まず、腟内指診を用いて患者に骨盤底筋を収縮させて、どのように収縮させるのが有効か指導する必要がある。

<1> 骨盤底筋訓練

腹圧性尿失禁のある女性には、骨盤底筋訓練は有用である。(証拠の強度 : A)
切迫性尿失禁のある女性にも、骨盤底筋訓練は有効である。(証拠の強度 : A)

骨盤底筋訓練は、Kegel 体操とか骨盤底筋体操と呼ばれることがある。この訓練は、尿道周囲、腟壁周囲の随意筋(尿道括約筋・肛門挙筋)を鍛えることにより、尿道の閉鎖圧を高め、骨盤内臓器の支持を補強し、腹圧時に反射的に尿道閉鎖圧を高めるコツを習得する。
骨盤底筋の機能を体験・学習させるのが、最初のステップである。おなかや太ももに力を入れさせないようにして、感覚としては腟周囲の筋肉や肛門括約筋を中へ引き込むようにして収縮させる。たとえば、10秒間筋肉の収縮を持続させ、10秒間弛緩させるようなトレーニングを1日に30〜80回、少なくても8週間持続させる。高齢者でも有効なことは証明されているが、長期にわたるトレーニングが必要であることも指摘されている。
正しい骨盤底筋訓練をいかに持続させるかが、よい結果を得るための重要なポイントである。定期的な骨盤底筋訓練の指導が必要であるが、薬物治療に比べるとコンプライアンスが低い。カセットテープを利用してコンプライアンスを高めた報告もある。
Klarskovら(1986)は、50人の腹圧性尿失禁を有する女性を手術群と骨盤底筋訓練群に分け、骨盤底筋訓練を受けた患者の失禁の程度の改善度は手術群に及ばなかったが、42%は治療結果に満足し手術を受けなかったと報告した16)。Boら(1990)は、腹圧性尿失禁と診断された24〜64(平均46)歳の女性52人を、通常の骨盤底筋訓練群とインストラクターによる指導を含めた強力なプログラムで行う骨盤底筋訓練群に分けて検討した結果、後者の群において尿失禁の有意な改善を認めたと報告した17)。Wellsら(1991)は、腹圧性尿失禁を有する55〜90歳までの家庭にある女性を骨盤底筋訓練と薬物治療(α刺激薬 : フェニルプロプラナミン。国内未発売)を受ける2群に分け、同等の効果が得られることを報告した18)。Galloら(1997)は、腹圧性尿失禁に対し骨盤底筋訓練を受けている86人の女性を、オーディオテープを用いて訓練の持続の動機づけを行う群と行わない群に分け、オーディオテープにより訓練持続が容易になると述べている19)。McDowellら(1999)は、家庭にいて60歳以上の痴呆のない105人をバイオフィードバックを併用した骨盤底筋訓練群と何もしないコントロール群に分け、治療群で73.9%の失禁回数の減少を認めたと報告し20)、Boら(1999)は、腹圧性尿失禁と診断された24〜70歳までの107人の女性を、骨盤底筋訓練(25人)、経腟的電気刺激(25人)、腟内コーン(27人)、何も行わない30人に分け、骨盤底筋訓練は経腟的電気刺激、腟内コーンよりも有効であるとした21)

咳嗽時に骨盤底筋を意識的に収縮させることを覚えさせると、1週間程度の短期間で 軽度から中等度の尿失禁を減じることができる。(証拠の強度 : B)

Millerら(1998)は、軽度から中等度の腹圧性尿失禁を有する60〜84歳の高齢女性に咳をする直前に骨盤底筋を締めさせることを教育し、コントロール群に比し有意に尿失禁の程度を改善したと報告した22)

骨盤底筋訓練は女性の腹圧性尿失禁に効果があることが知られているが、尿意切迫感や切迫性尿失禁の頻度を減じる可能性もある。(証拠の強度 : B)

Nygaardら(1996)は、骨盤底筋訓練持続の改善を目的に訓練用のビデオが有用かどうかを検討した無作為化試験で、ビデオは有用ではなかったが、腹圧性、切迫性、混合性尿失禁いずれでも骨盤底筋訓練により尿失禁回数の低下をみたと報告している23)。Burgioら(1998)は、切迫性、混合性尿失禁を有する55〜92歳の197人の高齢女性を骨盤底筋訓練、塩酸オキシブチニン投与、コントロール群に分け、骨盤底筋訓練の改善度がいちばん優れていること(80.7% vs 68.5% vs 39.4%)を報告した24)

男性では、排尿後、尿道に残った尿が漏れて下着を汚してしまうことがあるが、骨盤底筋訓練により、尿の漏出量を減じることができる。(証拠の強度 : B)

Patersonら(1997)は、排尿後少量の尿漏出を有する36〜83歳までの男性49人を、カウンセリングのみ、尿道のミルキング、骨盤底筋訓練の3群に分け、骨盤底筋訓練、尿道ミルキング法(陰茎の根本から先端に向かってしごく)のいずれもコントロール群より漏出量が減じていたが、骨盤底筋訓練の方がより有効であったと報告している25)

<2> バイオフィードバックを併用した骨盤底筋訓練

骨盤底筋訓練とバイオフィードバック治療の組み合わせは、腹圧性尿失禁、切迫性尿失禁、混合性(腹圧性+切迫性)尿失禁に有用である。(証拠の強度 : A)

Burnsら(1990)は、腹圧性あるいは混合性尿失禁を有する135例の女性患者をケーゲル体操群とケーゲル体操+バイオフィードバック療法群、コントロール群に分け、前者2群はコントロール群に比べ有意に失禁回数が減少したが、前2群間では差は認めなかったと報告した26)。また、Burnsら(1993)は、括約筋不全を有する135人の高齢女性を対象としてバイオフィードバック療法の有用性を検討し、バイオフィードバック群のみが骨盤筋電図上有意の改善を示したが、バイオフィードバック+骨盤底筋訓練、骨盤底筋訓練いずれの有効性も6カ月間は持続したと報告している27)。Berghmansら(1996)は、腹圧性尿失禁のみを有する44例の女性を対象に、骨盤底筋訓練にバイオフィードバックを組み合わせる治療の優位性を検討する無作為化試験を試み、症例数が少なかったため効果の上積みは証明されなかったものの、バイオフィードバックを組み合わせることでより高い効果が期待できるのではないかと述べている28)
Wymanら(1998)は、45歳以上で痴呆がなく、腹圧性尿失禁か切迫性尿失禁を有する204人の女性を、膀胱訓練、バイオフィードバックを用いた骨盤底筋訓練、併用の3群に分け、12週目の改善率は併用群がいちばん高かったと述べている29)

<3> 腟内コーンを用いた骨盤底筋訓練

腟内コーンを用いた骨盤底筋訓練は腹圧性尿失禁に有用である。(証拠の強度 : A)

20gから100gまでの重量のコーン(大きさと形状は同じ)を腟内に挿入し、骨盤の筋肉を収縮させて、15分間保持する。できるようになるごとに、重量をあげていく。有効性は、骨盤底筋訓練とほぼ同等か、やや低いとされる。患者がトレーニングを継続したがらず、コンプライアンスが低いのが問題である。
Cammuら(1998)は、平均56歳の腹圧性尿失禁を有する女性60人を、骨盤底筋訓練群と腟内コーン訓練群にわけ、効果に差がないことをみている。しかし、腟内コーン群の47%の患者がコーンによる訓練を早期から行わなくなってしまったと報告した30)。Boら(1999)は、腹圧性尿失禁と診断された平均49.5(24〜70)歳の女性107人を骨盤底筋訓練、電気刺激、腟内コーン、治療なしのコントロール群に分けて検討し、骨盤底筋訓練がいちばん優れていたが、腟内コーン群でも有意に社会活動性と失禁に関する自覚症状が改善していたと報告した21)

<4> 骨盤底筋の電気刺激

骨盤底筋の電気刺激は、女性の腹圧性尿失禁を軽減する。(証拠の強度 : A)
骨盤底筋の電気刺激は、切迫性、混合性尿失禁に有用である。(証拠の強度 : A)

骨盤底筋の電気刺激により、肛門挙筋、外尿道括約筋、肛門括約筋の収縮が得られる。この収縮は、仙骨にある排尿中枢を介した反射弓が温存されている場合にのみ生じる。電気刺激療法は主に腹圧性尿失禁に用いられてきたが、切迫性尿失禁にも有効性が示されつつある。作用機序の詳細は不明であるが、電気による求心性刺激を陰部神経・下腹神経に与えることにより、仙骨にある排尿中枢からの遠心性骨盤神経を抑制するとともに、遠心性下腹神経を興奮させ膀胱を弛緩させることが機序と考えられている。
非埋め込み型の刺激装置には、経腟式、経直腸式、表面電極型がある。疼痛や不快感などの副作用はありうるが、その程度は一般的に低い。埋め込み型の刺激装置の有用性も近年示されつつあるが、合併症は30%以上に認められている。
Smithら(1996)は、24〜82歳の女性で腹圧性尿失禁患者(18人)と切迫性尿失禁(38人)を有する群に対して、電気刺激療法の効果を抗コリン薬、ケーゲル体操と比較した結果、電気刺激療法は各々の群で抗コリン薬、ケーゲル体操と同程度の有効性を認めたと報告している31)。Brubakerら(1997)は、切迫性、腹圧性、混合性尿失禁を有する121人の女性を経腟的電気刺激療法群とシャム群に分け、電気刺激療法群では49%で過活動膀胱が証明されなくなったと報告している32)。Vahteraら(1997)は、蓄尿障害を訴える多発性硬化症患者80名を対象に、表面電極による電気刺激併用骨盤底筋訓練の有用性を調べ、男性では有用であると報告した33)。Bowerら(1998)は、過活動膀胱を有する48名と知覚性尿意切迫を有する31人の女性(平均年齢56.5歳)に対して、表面電極による神経刺激の尿流動態検査上の膀胱機能に対する検討を無作為化試験によりすすめ、恥骨上と仙骨部の皮膚の電気刺激により過活動膀胱の抑制を認めたと報告した34)。また、Yamanishiら(2000)は、過活動膀胱の68人(平均年齢70.0歳)を対象に無作為化試験を行い、患者自身の評価は電気刺激群においてコントロール群より優れていたと報告している35)。また、Schmidt(1999)とWeil(2000)らは、埋め込み型の刺激装置を用いた仙骨神経刺激の無作為化試験を行い、コントロール群に比べ尿失禁の程度は有意に改善したと述べている36,37)
 
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