EBMに基づく尿失禁診療ガイドライン
III 尿失禁診療ガイドライン |
はじめに
高齢者における尿失禁の頻度は極めて高く、在宅高齢者の約10%、病院や介護施設などに入所している高齢者では50%以上に尿失禁がみられる。わが国では、60歳以上の高齢者の50%以上に尿失禁があると報告され1)、その実数は300万人とも400万人ともいわれている。大島らも、愛知県内にある養護老人ホーム、特別養護老人ホーム、老人保健施設において、尿失禁のためおむつを装着している高齢者の頻度を調べ、それぞれ8.5%、54.5%、58.6%と報告した2)。
尿失禁は、通常、直接生命に関わることはないが、生活の質(Quality of Life ; QOL)を脅かす疾患で、精神的な苦痛や日常生活での活動性低下をもたらす。逆に、尿失禁を治療し、軽快ないしは治癒させることで、苦痛を除き、生活範囲を広げ、いきいきとした生活を取り戻させることもできる。
現実的には、恥ずかしさのため、尿失禁があることを誰にも相談できないでいる高齢者も多く、また、相談しても単に「歳のせい」として片づけられてしまうことも多い。一般内科医や泌尿器科医の高齢者尿失禁に対する関心は、残念ながら高いとはいえない。社会学的にみれば、高齢化が急速に進行しているわが国の尿失禁にかかる費用は膨大なものなりつつある3)。一方、介護保険制度の導入や高齢者の自己負担額の増大など、施設入所者の泌尿器科専門医受診も抑制がかかるようになりつつある。このような状況の中で、医学的にもコスト的にも効率良く尿失禁を診断し、治療していくシステムが必要である。すなわち、(1) 本人、介護者、看護師、一般内科医のレベルで尿失禁のタイプを診断し、タイプに合わせた対処法や介護法を実践し、(2) 尿失禁が改善しない場合に専門医を受診するシステムを形成しなければならない。
尿失禁に対する治療に関してさまざまな臨床試験が行われており、有効な治療法が示されるようになってきた。この結果をもとに、米国においては、1992年にAgency for Health Care Policy and Researchから成人の尿失禁のガイドラインが作成され、1996年にはその改訂版が示されている。しかし、わが国では、泌尿器科専門医から一般の人々や介護者、一般内科医への啓発はほとんど進んでないのが現状である。本章では、科学的な根拠に基づいて、高齢者尿失禁の適正な診断・評価、治療、介護方法を示す。