EBMに基づく尿失禁診療ガイドライン
II 尿失禁の基礎知識 |
5. 治療
(6) 外科的治療
<1> 腹圧性尿失禁に対する外科的治療
腹圧性尿失禁の手術は、大きく膀胱頸部挙上術、膀胱頸部スリング手術、尿道周囲コラーゲン注入療法に分けられる。膀胱頸部挙上術はその到達法から、恥骨後式手術、経腟式手術に分けられ、わが国ではより非侵襲的な経腟式手術が広く行われている。腹圧性尿失禁手術の有効性の評価においては、長期成績が重要であり、メタアナリシスによれば、恥骨後式手術とスリング手術の成績が最も安定している12)。コラーゲン注入術の完全消失率は低く13)、長期成績は不明である。手術方法の選択には、尿道過可動(hypermobility)と内因性括約筋不全(ISD)の病態を鑑別することが重要である。ISDにおける膀胱頸部挙上術の長期成績は不良であり14)、スリング手術を選択することが標準的である。しかし、近年では病態にかかわらず、スリング手術を選択する傾向がある。膀胱瘤を伴う患者には前腟壁形成術を併せて行う。手術治療の合併症には、頸部挙上術やスリング手術における張力過剰による下部尿路閉塞、排尿障害や新たな排尿筋過活動の発生(de novo detrusor overactivity)、針穿刺時の尿道損傷・膀胱穿通、ナイロン糸膀胱穿通による結石形成などがみられることがあり、手術時に留意すべきである。
恥骨後式膀胱頸部挙上術はMarshall-Marchetti-Kranz(MMK)手術、Burch手術に代表される、下腹部切開により直視下に膀胱頸部を挙上する手術である。Burch手術は、特に欧州においては現在でも標準的手術として広く行われており、尿道過可動症例を適応とする。最近の低侵襲治療の潮流や腹腔鏡手術手技の進歩に伴い、腹腔鏡下Burch手術の有用性が検討されているが、観血的Burch手術と比べた成績についてはまだ一定の見解が得られていない15)。
経腟式膀胱頸部挙上術にはStamey法、Gittes法、Raz法などがあるが、わが国では1980年代中頃よりStamey手術が広く行われており、尿道過可動症例を適応とする。術後短期成績は優れるが、長期成績が50〜70%台に下降することが近年指摘され16)、最近では尿道過可動症例に対してもスリング手術が選択されるようになってきている。
膀胱頸部(尿道)スリング手術には経腹的および経腟的な方法があるが、女性腹圧性尿失禁には通常侵襲の少ない経腟的スリング手術を行うことが一般的である。内因性括約筋不全や他の尿失禁手術失敗例が適応となるが、前述のごとく近年では、尿道過可動症例も適応とする傾向が強い。スリングに用いる素材としては筋膜(腹直筋筋膜や大腿筋膜張筋)などの生体組織やモノフィラメントナイロン糸、Marlex mesh、ポリテトラフロロエチレンなどの合成素材を用いる。近年では、膀胱頸部あるいは尿道をスリングで"挙上"するのではなく、"支える"という考え方が一般的で、スリングに張力をかけないような手術を行うことが標準的となっている(no-tension sling)。プロリンテープをスリングとして用い、尿道中部を支えるTVT(Tension-free Vaginal Tape)スリング手術は、局所麻酔下でできる低侵襲手術として脚光を浴び、欧米、わが国でも広まりつつあるが、3年の長期成績では91%の尿失禁消失率が報告され17)、さらにBurch手術との無作為試験においても同等の成績が示されており18)、その有効性、安全性についての確証が集積されつつある。
前腟壁形成術は膀胱瘤を伴う症例に行う。前腟壁形成のみでも尿失禁治療となりうるものの、術前尿失禁のない症例において前腟壁形成術後、約20〜25%に腹圧性尿失禁が出現することも知られている。尿失禁手術を併せて行うか否かについてのコンセンサスはいまだ得られていない。
尿道周囲(コラーゲン)注入療法は内視鏡直視下に穿刺針により、膀胱頸部・近位尿道粘膜下にGAXコラーゲンを注入し、膀胱頸部・近位尿道の密着(coaptation)を図る。内因性括約筋による腹圧性尿失禁が適応となるが、尿道過可動症例においても同等の成績が報告されている。局所麻酔下に外来手術として施行可能で低侵襲であるが、再発率が高く、安定した成績を得るには2回以上の注入を要することが多い。
<2> 切迫性尿失禁に対する外科的治療
保存的治療に抵抗性の切迫性尿失禁に対して、膀胱拡大術が行われることがあるが、手術侵襲の大きさや術後清潔間欠導尿が必要となる例が多いことから、最終的な治療手段として位置づけられるべきである。