EBMに基づく尿失禁診療ガイドライン
I 尿失禁診療ガイドラインの概要 |
2. 診療ガイドライン作成の背景と作成手順について
医療技術の標準化や評価には、それぞれのテクノロジー・アセスメントが不可欠である。
なぜ、尿失禁に対する医療の標準化が遅れたかについて考えると、疫学をはじめとする総合的な対応や、臨床疫学的な手法で妥当な治療法を選択する医学教育などに対する医療政策としての遅れに起因する側面もあるが、尿失禁に対する決定的な診断法や治療法がなかったことが最大の要因である。ブレイクスルー型の技術が開発されれば、それが自然に標準化されるが、尿失禁などの慢性的なQOL疾患では決定的療法がみられず、標準化が困難であったことは否めない。一方、近年、医療を取り巻く環境は、表1に示す多彩な社会的側面が大きく変化し、医療の標準化を促してきている。標準化を促進する方策として、臨床医の現場を支えるEBM(Evidence Based Medicine)が1990年代初頭から普及しはじめ、EBM の手法を用いた診療ガイドラインの作成が着手されはじめた。診療ガイドラインの作成が必要な疾患として、(1) その医療自体にばらつきがあり、(2) その医療自体に適切な裏づけが少なく、(3) 同じ医療でも個々の患者により結果が不確実で、(4) その疾患に病悩する患者数が多く医療経済への影響が大きいもの、などがあげられている。米国のAgency for Health Care Policy and Research により、診療ガイドラインの作成が求められる主な19疾患の優先順位が定められ、尿失禁は急性疼痛管理に次ぐ重要な疾患として取り上げられ、以下、褥創予防、白内障の順であり、前立腺肥大症は第8位にリストされていた。わが国においては、1999年に厚生省(現厚生労働省)の私的検討会である医療技術評価推進検討会が医療技術評価の推進のために診療ガイドラインの策定を答申し、その中で診療ガイドラインの対象47疾患の優先順位を定め、1 : 本態性高血圧、2 : 糖尿病、3 : 喘息、4 : 急性心筋梗塞およびその他の虚血性心疾患が重点疾患にあげられた。
こうした動きの中で、厚生科学研究費補助金研究に名古屋大学大島伸一教授を班長とする「泌尿器科領域の治療標準化に関する研究」が採択された。研究協力者による泌尿器科領域疾患に対する診療ガイドライン対象疾患の優先づけが行われ、その上位5疾患は1 : 前立腺肥大症、2 : 尿失禁、3 : 尿路結石、4 : 尿路感染症、5 : 前立腺癌であり、この班研究を通じて、泌尿器科領域疾患に対する診療ガイドラインの作成がスタートし、前立腺肥大症の診療ガイドラインがすでに発刊されている1)。今回作成された女性尿失禁診療ガイドラインはこの研究班における2番目のガイドライン作成であり、尿路結石についての診療ガイドラインは、日本Endourology & ESWL学会と日本尿路結石研究会が合同で作成作業を始め、最終的に日本泌尿器科学会が取りまとめて、すでに発刊されている2)。
表1 医療の標準化を促進する要素 |
・低経済成長 ・医療への第三者の介入 ・医療への市場・競争原理の導入 ・患者の権利意識の向上 ・医療訴訟の急増 ・新しい医療技術の開発 ・情報技術の発達 |