EBMに基づく尿失禁診療ガイドライン
I 尿失禁診療ガイドラインの概要 |
1. なぜ、尿失禁の診療標準化と診療ガイドラインが求められるか
尿失禁は「不随意に尿が漏れる状態」で、ICS(International Continence Society ; 国際尿禁制学会)において、病的な尿失禁は「社会的、衛生的に問題となるような客観的な漏れを認める状態」と定義されている。尿失禁は、健康女性にみられる軽微なものから高齢者にみられる痴呆に伴う尿失禁まで幅広い病態を包括しており、患者のみならず介護者の日常生活の質(QOL)にも大きな影響を及ぼすものといえる。適切な管理が行われれば深刻な状態に至ることはないが、典型的なQOL疾患といえる女性尿失禁では、個人の社会・生活環境によりQOLへの影響は大きく異なり、尿失禁の重症度ならびに治療に対するニーズは、尿失禁を経験した個人の考えに大きく依存している。尿失禁自体が個人の尊厳に関わり、他人に容易に相談できない悩みであることに加えて、どの医療機関や診療科を受診すべきかわからないなどの理由から、適切な施療の恩恵を受けていない人が多数存在することが近年明らかにされてきた。
これらのことから、尿失禁の診断と治療については、社会的な啓発と第一線の医師の果たす役割が重要であるといえるが、尿失禁に対する診療自体にエビデンスとして確立したものは少なく、尿失禁の診療標準化は他疾患に比べて困難な要素が多いのも事実であることが明らかになってきた。なかでも、尿失禁の診療においては、その重症度を的確に反映する客観的なパラメータが少ないことに加えて、エビデンスに裏づけされた有効な治療方法も少なかったことが、重症度に基づいた治療指針の的確な提示を困難にした側面といえる。近年、尿失禁の診療が注目を浴びているが、その背景には、(1) 尿失禁に関与する膀胱・尿道ならびに骨盤底筋肉群などの解剖・生理機能の解明が進んだこと、(2) 尿失禁に病悩する潜在的な患者が多いことが種々の調査により明らかになったこと、(3) 抗コリン剤などの有効な薬剤が開発されたこと、(4) これらの成果に立脚した尿失禁の診断法と観血的な治療が普及しはじめたこと、(5) 尿失禁に対する認識が泌尿器科医や婦人科医などに高まり、尿失禁診療に参入する医師が増加したこと、などがあげられる。尿失禁に対する診断と治療は、このような背景を基に発展してきたが、診療パターン自体は標準化されるには至っていなかった。