III. 分担研究報告 |
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4. 白内障の手術療法 |
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厚生科学研究費補助金(21世紀型医療開拓推進研究事業:EBM分野) 分担研究報告書 科学的根拠(evidence)に基づく白内障診療ガイドラインの策定に関する研究 白内障の手術療法 分担研究者 増田 寛次郎 日本赤十字社医療センター院長 松島 博之 獨協医科大学病院眼科助手 |
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研究要旨 : 白内障手術療法についての科学的根拠を明らかにするためにエビデンスレベルの高い文献を検索し、現時点での診療ガイドラインを作成する。 |
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A. 研究目的 |
白内障手術・適応についての科学的根拠を明らかにするため、エビデンスレベルの高い文献を検索し、白内障手術の診療指針を手術療法の面から検討する。 |
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B. 研究方法 |
白内障手術における現在の問題点を提示し、検討を要すると思われる項目の章立てを行う。
章立てに従い、白内障手術療法についてエビデンスの高い文献をPubMed、医学中央雑誌のデータベースで検索する。
その後、アブストラクト・フォーム、アブストラクト・テーブルを作成し、白内障手術療法に対する現時点でのエビデンスを検討し、一般的な診療指針を検討する。 |
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C. 研究結果 |
文献検索とエビデンスレベルの検討により187件の適合する文献を抽出した。 |
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a. 術前管理(全身状態・術前処置) 目的
白内障手術前に必要とされる術前処置(消毒方法など)を検討する。
問題点
● 術後眼内炎の予防方法は?
結果
結膜嚢の細菌数減少に結膜嚢の洗浄が有用であり、結膜嚢の消毒洗浄液として塩化ベンザルコニウム、塩化ベンゼトニウム、グルコン酸クロルヘキジン、ヨウ素がある。
ヨウ素溶液の有用性は報告されているが、どの薬剤が一番有効であるかは明らかでない。
術前よりの抗菌剤の点眼、術中還流液への抗菌剤投与、術後の抗菌剤結膜注射などが感染予防に選択されるが有効性は明らかでない。
現時点では、眼内炎の頻度が少ないためか、眼内炎予防について、消毒薬・抗菌剤使用の有用性は明らかでない。 |
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b. 手術(麻酔方法・麻酔剤) 目的
白内障手術に有用な麻酔方法の検討。
問題点
● 白内障手術のための麻酔方法は多数みられるが、どの方法が有用で侵襲が少ないか?
結果
白内障手術には術後に麻酔による全身的影響の少ない局所麻酔を選択することが一般的であるが、極度に不安が強い症例、コミュニケーションのとりにくい症例や術中体位の保持が困難な症例など、症例にあわせて全身麻酔を行うことがある。
局所麻酔には、球後麻酔、眼周辺麻酔、テノン嚢麻酔、点眼麻酔、前房内麻酔がある。点眼麻酔は麻酔による侵襲は一番少ないが、術中疼痛を生じる可能性と眼球運動のコントロールが不全になる可能性があり、球後麻酔など針を使う麻酔では麻酔効果は良いが眼球穿孔や球後出血などの眼合併症を生じる可能性がある。
白内障手術の麻酔方法を選択するには、症例の難易度や術者の技量にあわせて麻酔を選択することが必要である。 |
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c. 手術方法(超音波乳化吸引術・嚢外摘出術・嚢内摘出術)
白内障症例に対して白内障手術を行うと95.5%の症例で20/40以上の視力を得ることができ、眼内レンズを使用すると患者のQuality of Lifeも上昇する。
白内障手術術式は短期間に変遷を遂げ進歩してきている。
現時点では超音波乳化吸引術が術後炎症が少なく患者の満足度も高い。
しかしながら、症例によっては水晶体嚢外摘出術、嚢内摘出術で手術を施行すべき時もあり、症例にあわせた術式の選択が必要である。
前嚢切開、眼内レンズ挿入などの手術手技を安全かつ容易に行うために粘弾性物質の使用が必要である。
粘弾性物質には凝集型、分散型の2種類があり、用途や症例に合わせた使い分けが必要である。
粘弾性物質による角膜内皮細胞の保護作用が重要である。 |
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d. 手術(切開創・眼内レンズ) 目的
白内障手術における切開創の大きさと各種眼内レンズの有用性の検討。
問題点
● 白内障手術における切開創の大きさと位置の関係は?
● どの眼内レンズが有用か?
● 多焦点(マルチフォーカル)眼内レンズは有効か?
結果
小切開超音波乳化吸引術は術後惹起乱視、炎症が少ない。切開位置に関しては意見が分かれるが、切開位置と大きさで生じる乱視の性質と大きさが異なるため、症例ごとに術後惹起乱視を考慮した切開創の作成が望ましい。
小切開に対応できるfoldable眼内レンズ(アクリル、シリコーン、ハイドロジェル)は術後惹起乱視が少ない。
しかし、切開創は若干大きくなるが、術後長期の安全性、耐久性が確認されているPMMA素材の眼内レンズも有効である。
アクリル、シリコーン、ハイドロジェルなどの歴史の浅い眼内レンズについては今後長期に渡った経過観察が必要である。
眼内レンズの材質と予後および選択基準に関しては、今後更なる解析を要する。
多焦点レンズは遠近両方の視力を改善できる利点とグレア・ハローが生じる欠点があり、各症例の日常生活上の有効性を考え十分なインフォームドコンセントを得てから選択するべきである。 |
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e. 術中合併症 目的
白内障手術における術中合併症の検討。
問題点
● 白内障手術にどのような合併症が生じる可能性があるか?
結果
白内障術中合併症には切開創閉鎖不全・虹彩脱出、前房出血、虹彩損傷、後嚢破損、チン小帯断裂、硝子体脱出、硝子体出血、脈絡膜下出血、前房虚脱、後嚢混濁の残存、虹彩または毛様体断裂、皮質残存、麻酔に伴う強膜穿孔と球後出血、核硝子体内落下、眼内レンズ硝子体内落下、眼内レンズ固定異常、デスメ膜剥離、駆逐性出血などがある。
術中合併症は多岐にわたり、その予測が困難なことも少なくない。
合併症発生を考慮した白内障手術方法の選択と患者へのインフォームドコンセントが重要である。 |
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f. 術後合併症 目的
白内障手術後に生じる術後合併症の検討。
問題点
● 白内障手術術後にどのような合併症が生じる可能性があるか?
結果
白内障術後合併症には眼内炎、水疱性角膜症、術後眼内レンズ偏位、嚢胞様黄斑浮腫、網膜剥離、術後虹彩炎、眼圧上昇、後発白内障、術後前房出血、前房蓄膿、虹彩異常、角膜浮腫、創口不全、水晶体皮質残存、視神経炎、脈絡膜炎、前嚢混濁、術後屈折誤差、術後眼瞼下垂などがある。
術中合併症同様、術後合併症も多岐にわたり、その予測は困難なことが多い。
術後合併症の発生の可能性について術前に患者へのインフォームドコンセントを行うことが重要である。
術後合併症の予測ができるときには、合併症の発生を念頭に入れた手術手技、術後加療の選択が重要である。 |
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g. 術後管理 目的
白内障手術後薬物療法の有用性の検討。
問題点
● 白内障術後にはどのような加療が必要か?
結果
白内障術後の点眼には抗菌剤と消炎剤を使用する。
消炎剤として非ステロイド系消炎剤が有用であり、特にジクロフェナックナトリウムは黄斑浮腫とフレア値の変化を抑制する。
またブロモフェナックナトリウムは術後炎症を低下させることが知られておりその使用が推奨される。
術後薬物療法の組み合わせと期間については今後の検討を要する。 |
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h. 後発白内障 目的
白内障術後合併症の一つである後発白内障は術後視力低下を引き起こし、いまだに予防方法は確立されていない。後発白内障発生率、治療を検討する。
問題点
● 後発白内障の発生率および発生時期は?
● 眼内レンズの種類、形状と後発白内障発生率は?
● YAGレーザー治療の有効性は?
● 後発白内障の発生予防法は?
結果
後発白内障は高頻度に見られる白内障術後合併症である。
後発白内障の発生率は術後1年で11.8%、術後3年で20.7%、術後5年で28.4%であった。
眼内レンズ別の検討では多数の報告があるが、エビデンスのレベルが高いものが少なく、今後メタアナリシスなどの検討を要する。
眼内レンズの形状や材質で後発白内障の発生頻度が異なる可能性が高いが、その予防のため現時点では光学部エッジ形状がシャープなアクリルレンズが推奨される。
今後の実験的・臨床的検討が期待される。治療としてはNd:YAGレーザーによる後嚢切開術が有効であり、合併症も少ない。
後発白内障の発生予防に、トラニラストの点眼とマイトマイシンCの術中投薬が有効であるとの報告があるが今後の検討を要する。 |
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D. 考察 |
エビデンスに基づいた白内障手術診療ガイドラインの作成は、現時点での、白内障手術加療の位置付けおよび手術加療進歩の軌跡を明らかにする上で有益であると考えられる。
現在のエビデンスを明らかにすることで、今後の白内障診療および研究の指標となると思われる。
しかしながら、本研究で作成された診療指針は全ての患者に当てはまるものではなく、各患者にあった治療方法を各々の眼科医がさらに検討、選択していく必要がある。
また、医療は日々進歩していくため、数年後には診療ガイドラインを改定していくことが大切である。 |
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E. 結論 |
白内障手術療法について診療ガイドラインを作成し、検討することは治療方針を検討する上で有意義である。
経年に渡る改定が望まれる。 |
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F. 研究発表 |
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G. 知的財産権の出願・登録状況 (予定を含む) |
1. | 特許取得 なし | 2. | 実用新案登録 なし | 3. | その他 なし |
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