「科学的根拠(evidence)に基づく白内障診療ガイドラインの策定に関する研究」厚生科学研究補助金(21世紀型医療開拓推進研究事業:EBM分野)

 
III. 分担研究報告
 
2. 白内障危険因子の探索
 
厚生科学研究費補助金(21世紀型医療開拓推進研究事業:EBM分野)
分担研究報告書
科学的根拠(evidence)に基づく白内障診療ガイドラインの策定に関する研究
白内障危険因子の探索
分担研究者  小原 喜隆  獨協医科大学眼科教授
 
研究要旨 : 最も発生頻度の高い加齢白内障を対象とした。白内障発生に関与する危険因子をエビデンスレベルの高い文献から抽出し、各因子の白内障発生への影響度について分析した。多重因子が白内障の原因となっているので直接的危険因子は特定できないが、発生予防対策の可能性も含めてエビデンスを基に評価する。
 
A. 研究目的
白内障治療は手術療法が中心となっている。最も望まれるのは白内障の原因を明らかにして発生を阻止、又は予防することである。 加齢白内障は「加齢」現象だけで生じるものではなく、他の因子が関係していると思われる。 文献上から検索し、その影響度を分析して白内障発生の予防に役立てる。
 
B. 研究方法
1985年以降に報告された白内障の危険因子に関する論文をPubMed、Cochrane Library、医学中央雑誌から検索した。 そのうち、ランダム化比較試験(RCT)の論文を中心に、エビデンスレベルの高い文献を選択し、危険因子を抽出・分類した。 各危険因子を章立てとし、それぞれに該当する文献を吟味・評価した。 各文献のエビデンステーブルとアブストラクトフォームを作成してエビデンスレベルを検討した。 危険因子に関するエビデンスは「勧告」につながる性格のものではないので、勧告は行わずエビデンスのレベル評価にとどめた。 危険因子の臨床研究はRCTを厳密に行うことが難しいことから、レベルIやIIの論文が少ないのが実情である。 したがって、コホート研究が多く採用された。 エビデンスレベルの指針に準じて文献を検索して60編が適合論文となった。
 
C. 研究結果
1)喫煙 : 白内障発生危険率を上昇させ、喫煙量が相関している。混濁型は核型が多く、次いで後嚢下型である。 禁煙によって発生相対リスクが禁煙10年未満0.79、20年以上0.74(非喫煙者0.64)で、禁煙はリスクを下げるために有益である。

2)紫外線 : 日光曝露と白内障発生は関係しないとするものと、曝露指数と皮質白内障に関係があるとする報告とがある。 UV-Bでは後嚢下混濁のリスクが高い。 非白内障者では日頃から帽子を着用したり、眼の保護に対策をたてている傾向にあった。

3)抗酸化剤および栄養 : 白内障者は年齢をマッチさせた非白内障者に比べてビタミンCやEの摂取が少ない。 また、リボフラビンやβ-カロチンの血中濃度が低いといわれているが、一方ではリスクとはならないという報告もある。 アスコルビン酸を長期(10年以上)服用すると水晶体早期混濁濃度が減少したが、短期の観察ではリスクにならなかった。 白内障手術適応者と年齢をマッチさせた対照者ではビタミンC、ビタミンE、グルタチオンそして過酸化脂質に差がなく、白内障と栄養不足の関係を支持する成績ではない。 ビタミンC、Eそしてβ-カロチンの大量投与は7年間のランダム化比較試験で白内障阻止効果がないことが分かった。 栄養との関係では、野菜、カルシウム、葉酸、ビタミンEに予防作用があって、塩分と脂肪はリスクを増加させるという成績もある。

4)薬物 : 皮膚疾患の程度やその治療と白内障の関係を性や年齢をマッチさせた非白内障と比較すると、69歳以上ではヒドロコルチゾン使用者で有意に白内障が発生していた。 小児でもプレドニン使用者で後嚢混濁が30%に生じ、対照群にみられないことから有意な発生である。 発生因子として用量、累積治療期間、50歳以上の年齢がある。ステロイドの鼻腔内投与では白内障は生じない。
アロプリノールは白内障を進行させる。 向精神薬を最低12ヵ月以上服用した者では、年齢をマッチさせた対照者と比べ、前嚢下白内障が有意に多かったが、フェノチアジン群では皮質白内障のみ低値であった。 アスピリンと白内障発生ならびに進行との関係は認められない。 白内障発生に影響する薬物は原疾患の治療のために必要であって中止することはできない。 使用に当たっては、患者ならびに家族へのインフォームドコンセントと眼科検査を行うことが望まれる。


5)アルコール : アルコール摂取量と白内障との関係について報告されているが、一定ではない。 男性の毎日飲酒者は月1回未満飲酒者に比べて相対危険度1.31(後嚢下白内障1.38)であった。 大量アルコール摂取者で核白内障が増加する成績もある。 女性では45歳以上を12年間調査した結果、アルコールによるリスクは増加していない(相対危険度1.10〜1.50)。

6)身体条件、生活習慣 : 体格指数(BMI)の高値は後嚢下混濁と核混濁の危険因子となり、手術適応の危険度とも関係する。 BMIが大きいと皮質混濁の危険度が高いとする報告もある。 我国の疫学調査では、1日7時間以上戸外で過している男性および残存歯4本以下の女性で白内障危険率が高いと報告されている。 すなわち性に関連した宿主感受性または生活習慣に関係している。

7)放射線照射 : 白内障への強い危険因子である。

8)遺伝 : 白内障の家族関連では兄弟、姉妹のどのペアにおいても1人の子供が核混濁を有した場合には他の子供の核混濁のオッズ比は3倍以上である。 水晶体混濁の発生に関する子供間での強い関連性は家族内に混濁の集団が存在することを示しており、遺伝や環境因子の関与が考えられる。
 
D. 考察
白内障発生に影響する因子を特定するために対象者をコントロールの条件設定と同一にすることは実際には不可能に近いので、正確な成績は得にくい。 各因子が単独で白内障の発生にかかわっていることは考え難いことで、多重因子として各因子が複雑に絡みあっていくのが実際の姿である。 喫煙が水晶体成分に変化をきたすことは実験的に証明されている。 喫煙量と喫煙歴に関係してリスクが高くなるが、10年以上の禁煙でリスクが低下する。 喫煙は白内障のリスクのみならず全身疾患のリスクであることから、この現象の背景には禁煙による全身臓器の機能改善もあるのかもしれない。 白内障の発生に全身状態が関与していることを意味していると思われる。 紫外線が水晶体で吸収されて混濁化を進行させることは実験的に証明されているが、その曝露量と白内障発生との関係はわかっていない。 曝露量を減らすために紫外線カット眼鏡の装用や帽子の着用が有効である。 白内障の発生に過酸化現象が強く影響していることから抗酸化剤の効果が注目される。 ビタミンCやEそしてβ-カロチンやグルタチオンの血清中濃度と白内障の関係が論じられているが、多施設からの多人数による長期間の観察による成績のもとに判定するべきである。
白内障発生に関わる薬物として代表的なものはステロイド薬や精神神経薬である。 使用量と白内障発生との関係は症例によって異なるので水晶体の観察を怠ってはならない。 アルコールやBMIそして生活習慣などを危険因子として評価するにはさまざまな因子が付随するので判断しにくい。 危険因子に関する臨床研究では研究条件の設定が難しいので質の高いRCTは少ない。 しかし、質の良い観察研究が多数存在したので、分析に利用した。
 
E. 結論
一定レベルのエビデンスをもった文献を吟味して評価した結果、喫煙、紫外線、抗酸化剤および栄養、薬物、アルコール、身体的条件や遺伝などが危険因子としてあげられた。 白内障の危険因子についての臨床研究は、ランダム化比較試験がしにくいことから因子を特定することが困難である。 今後、我国独自のしっかりとした臨床研究マニュアルを作成して危険因子の特定に挑戦したいと考える。 本ガイドラインは現時点での危険因子をあげたものである。 改訂を重ね、白内障予防につながるガイドライン作成を目指したい。
 
F. 健康危険情報
なし
 
G. 研究発表
1.論文発表
なし
2.学会発表
なし
 
H. 知的財産権の出願・登録状況
(予定を含む)
1.特許取得
なし
2.実用新案登録
なし
3.その他
なし

 

 
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