「科学的根拠(evidence)に基づく白内障診療ガイドラインの策定に関する研究」厚生科学研究補助金(21世紀型医療開拓推進研究事業:EBM分野)

 
III. 分担研究報告
 
1. 白内障分類別治療指針、疫学からみた白内障分類
 
厚生科学研究費補助金(21世紀型医療開拓推進研究事業:EBM分野)
分担研究報告書
科学的根拠(evidence)に基づく白内障診療ガイドラインの策定に関する研究
白内障分類別治療指針、疫学からみた白内障分類
分担研究者  佐々木 洋  金沢医科大学病院眼科講師
 
研究要旨 : 白内障分類法の有用性についてのevidenceを検索し、それらを使用した疫学調査の結果から白内障の有所見率、発症率に関するevidenceを文献で検索し、白内障分類別治療指針に関するガイドラインを作成する。
 
A. 研究目的
白内障診断を的確に行うための白内障分類法およびそれらを使用した疫学調査の結果から白内障の有所見率、発症率に関するevidenceを文献で検索し、白内障分類別治療指針を策定する。
 
B. 研究方法
白内障診断法と疫学、予後についての文献をPubMed、医学中央雑誌のデータベースで検索し、evidence適合するものを選択する。 それをもとにAbstract Formを作成し、各疑問点に関する勧告とevidenceを羅列した診療ガイドラインをまとめる。
 
C. 研究結果
白内障の診断と分類、疫学(有病率、発症率、進行率)、予後に関する文献を検索し、最終的にガイドライン策定のエビデンスとして信頼性の高い56文献を選択した。
 
a. 白内障診断法と分類
1.皮質、核、後嚢下白内障の3主病型を程度別に分類する方法が広く用いられている。現在まで疫学調査で使用されている分類に、LOCS II分類、LOCS III分類、Wisconsin分類、Wilmer分類、Oxford分類がある。本邦では日本白内障疫学研究班分類が用いられている。
2.分類の再現性はWilmer分類、日本白内障疫学研究班分類、LOCS II、LOCS III、Oxford分類で良好な結果が得られている。LOCS IIIにおける画像診断での再現性は細隙灯顕微鏡での判定より良好であるが、細隙灯顕微鏡でも十分可能である。短期間のトレーニングで診断の再現性は向上する。
3.核、皮質、後嚢下以外の水晶体異常の検出は、Oxford分類により行うことが可能である。皮質スポーク状混濁(CS)、前嚢下混濁(ASC)、線維ひだ(FF)、水隙(WC)、核周囲の徹照下点状混濁(RD)、水疱(VC)、点状混濁(FD)および冠状混濁(CF)の評価が可能。
4.混合型混濁での白内障程度判定は注意を要する。特に細隙灯顕微鏡での混合混濁中に存在する核混濁の判定(LOCS II)では一致率が低下する。写真での判定では混合混濁における後嚢下混濁の一致率は低くなる。
5.Scheimpflug白内障画像システムによる水晶体核部の散乱光強度測定の再現性はきわめて良好である。核混濁の微細な評価には画像診断が有効である。Scheimpflugスリットでの13ヶ月の観察期間で60%の症例が散乱光強度の5%以上の増加を示した。
6.徹照像からの皮質混濁領域測定の再現性は良好である。徹照像の解析により31ヶ月の観察期間で30%が混濁陰影部の有意な増加を示し、短期間での混濁進行の評価が可能である。
7.Oxford分類とLOCS III分類間には有意な相関があり、線形較正直線を用いると、一方の判定法を他方の判定法に変換することが可能であり、研究間の比較やメタアナリシスの実施に有用である。
 
b. 白内障の有所見率と発症率
1. 年齢と水晶体混濁有所見率
先に述べた白内障病型分類法を用いた横断的観察研究により水晶体混濁の有病率が報告されている。 水晶体混濁の有所見率は加齢に伴い増加する。皮質、核、後嚢下白内障の3病型いずれも加齢に伴い増加する。 本邦においても水晶体混濁は加齢に伴い増加するとの報告がある。 3主病型以外では、皮質スポーク状混濁(CS)、前嚢下混濁(ASC)、線維ひだ(FF)、水隙(WC)、核周囲の徹照下点状混濁(RD)は加齢に伴い増加するとされている。 本邦における初期混濁も含めた水晶体混濁有所見率は50歳代で37〜54%、60歳代で66〜83%、70歳代で84〜97%、80歳以上では100%、日本白内障疫学研究班分類で程度2以上の進行した水晶体混濁の有所見率は50歳代で10〜13%、60歳代で26〜33%、70歳代で51〜60%、80歳以上では67〜83%と報告されている。

2. 年齢と水晶体混濁発症率
水晶体混濁発症率は加齢に伴い増加する。本邦での混濁発症と加齢の関係は証明されてない。

3. 性別と水晶体混濁有所見率
水晶体混濁の有所見率は男性より女性に多い。皮質混濁および核混濁の有所見率は女性に多い。 3主病型以外では、水隙(WC)、冠状混濁(CF)は女性で有意に多い。 本邦においても男性に比べ女性で高い有所見率が報告されている。

4. 性別と水晶体混濁発症率
混濁発症率は男性に比べ女性で多い。本邦での混濁発症率と性別との関係は証明されていない。

5. 白内障病型別の有所見率
病型別の有所見率は白内障分類法により異なるが、核混濁が最も多いという報告と皮質混濁が最も多いという報告がある。 後嚢下混濁は3主病型のなかで最も頻度が低い。本邦では皮質混濁が最も多く、次いで核混濁、後嚢下混濁の順である。 皮質単独混濁で発症することが多く、混合型混濁は高齢者で増加する。 本邦では男女での病型別有所見率の差について報告したものはない。

6. 白内障病型別の発症率
発症率は核混濁が最も高いとする報告と皮質混濁が高いとする報告があり、後嚢下混濁は最も低い。 皮質混濁と核混濁の発症率は女性で高いとの報告がある。後嚢下混濁があると他のタイプの混濁発症率は高いとされている。 また、後嚢下あるいは皮質混濁を有する眼では、核混濁の発症率が高いとの報告がある。

7. 人種差
黒人と白人の混濁病型を比べると、黒人では白人に比べ4〜5倍皮質混濁が多く、白人では核混濁が2.1〜2.9倍、後嚢下混濁が2.5倍黒人に比べ多い。 日本人では、鹿児島県奄美地区と石川県在住の住民では、奄美での白内障有所見率が有意に高いと報告されている。
 
c. 予後
1.白内障病型別の進行経過
混濁進行率と年齢には明らかな関連はない。 黒人での4年間の混濁の進行率は、皮質が12.5%、核が3.6%、後嚢下が23.0%であると報告され、米国での5年間での進行率は皮質が16.2%、核が50%、後嚢下が55%であると報告されている。 他の混濁タイプを有した症例は、核混濁の進行率がより高かった。 本邦における混濁進行率のデータは全くない。

2.手術施行例の有所見率
70歳以上の30.3%は白内障手術が必要であるか白内障手術後であるとの報告がある。 70歳以上の女性が受ける白内障手術数は男性よりも有意に多い。 混濁病型別では白内障手術症例では一般住民に比べ混合型の割合が多く、なかでも核と後嚢下混濁の混合型が多い。 一方、核および皮質単独混濁は手術例で少ないとされている。手術例の有所見率は男性に比べ女性で有意に高い。 片眼の白内障手術は、他眼の白内障の発症および進行には影響しない。 オーストラリアの40歳以上の3.8%が無・偽水晶体眼を有していた。 どんな特定の人口統計因子(年齢、性別、在住場所、職業、雇用状態、健康保険状況、民族性など)も非手術白内障の存在に関連性を示さなかった。

3.白内障と死亡率
混合混濁を有する患者は、コックス比例ハザード回帰分析において年齢、男性、糖尿病、高血圧、肥満、喫煙、心血管疾患、糖尿病家族歴などの因子で調整しても死亡率が1.6倍上昇していた。 核混濁を含む混合型混濁は、有意な死亡の予測因子であり、体格指数、併存疾患、喫煙、年齢、人種、性別の影響とは独立であった(核混合型:オッズ比2.23;95%信頼区間1.26-3.95)。
 
D. 考察
白内障の診断および分類法に関する文献については、高いエビデンスレベルのものは少ないが、疫学調査において各診断法の再現性は十分証明されており日常臨床での有用性について疑う余地は無い。 今後は多くの眼科臨床医がこれらの分類法を十分に理解し使用することが望まれる。
白内障の有病率、発症率、予後については多くの文献があり、加齢、性別、病型との関連が報告されている。 これらの白内障の自然経過に関する知識をもって日常臨床を行うことは、インフォームドコンセントの点からも有用である。 本邦では有病率に関する文献はいくつか検索できたが、発症率についての文献はなく今後レベルの高い疫学調査が望まれる。
 
E. 結論
1. 白内障の診断は、核、皮質、後嚢下白内障の3主病型について程度分類を行うことが望ましい。 3主病型以外の判定は、Oxford分類で行うことが可能である。 日常臨床での診断は細隙灯顕微鏡による肉眼判定でも良好な再現性をもって行うことが可能である。 細隙灯顕微鏡写真、徹照画像写真を使用すれば、その画像解析から高い精度で進行経過を捉えることが可能である。 疫学研究、抗白内障薬の効果の評価には、画像解析による評価が有効である。

2. 白内障の有所見率はすべての人種で加齢にともない増加する。 初期混濁は早い例では50歳代から発症し、中等度以上のある程度進行した白内障は70歳代で約半数、80歳以上では70〜80%にみられる。 女性は、男性に比べ白内障の罹患率が高い。
3主病型では皮質および核混濁の有所見率が高く、後嚢下混濁は最も少ない。 日本人では皮質単独混濁で発症することが多く、高齢者では混合型混濁が多い。
透明水晶体からの混濁の発症率も加齢に伴い増加し、女性では男性に比べ皮質、核混濁発症率が高い。

3. 3主病型いずれも混濁の進行は年齢と明らかな関連はない。 単独病型を有する混濁水晶体眼は、透明水晶体眼に比べ他の病型の混濁を発症する危険性が高い。 皮質混濁は比較的ゆっくりと進行し、後嚢下混濁はいったん発症した場合、進行が早い。 核混濁の進行は人種により異なる。
白内障手術に至る症例は女性で多い。 核および後嚢下白内障の混合型では手術が必要になる例が多く、このタイプの白内障患者は手術加療を念頭において診療すべきである。 一方、皮質、核の単独混濁は手術が必要なことは少なく、厳重な経過観察は不要なことが多い。 手術適応の判断は混濁病型、視機能が最も重要であり、年齢、性別、在住場所、職業、雇用状態、健康保険状況、民族性などの影響は少ない。
白内障と死亡率には有意な相関がある。特に核混濁を含む混合型白内障でその相関が高い。
 
F. 健康危険情報
なし
 
G. 研究発表
1.論文発表
なし
2.学会発表
なし
 
H. 知的財産権の出願・登録状況
1.特許取得
なし
2.実用新案登録
なし
3.その他
なし

 

 
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