(旧版)EBMに基づく 胃潰瘍診療ガイドライン 第2版 -H. pylori二次除菌保険適用対応-
第2部 胃潰瘍診療ガイドライン―解説― |
7.NSAID潰瘍
7-1治療
4)ステートメントの根拠
(1)収集論文の解析
検索された論文は,43編(英文論文43編,和文論文0編)であった。うち,研究採択基準により,抽出採択された論文は英文論文24編であった1),2),3),4),5),6),7),8),9),10),11),12),13),14),15),16),17),18),19),20),21),22),23),24)。また,内容は治療に関する論文が20編,再発に関する論文が12編(重複を含む)であった。治療内容は,PPI14編,PG製剤5編,H2RA10編,スクラルファート2編,H. pylori 除菌6編であった。採用した24論文のエビデンスのレベルは,レベルII23編,レベルIII1編であった。以上の文献の成績に基づき,NSAID胃潰瘍治療のステートメントについて解説を加える。
(2)NSAID胃潰瘍の治療
1)NSAID中止あるいは継続による胃潰瘍治癒(初期治療)
NSAID内服中にみられる胃潰瘍は,NSAIDを中止するとプラセボ投与によっても比較的高率に治癒する(4週治癒率47~61%,8週治癒率90%)1),2)。H2RA(塩酸ラニチジン300mg/日)は投与4週の時点でプラセボに比較して治癒を促進させるが有意差はなく2),PG製剤(ミソプロストール800µg/日)は投与4週の時点で有意に治癒を促進させる2)。また,H2RA(塩酸ラニチジン300mg/日)あるいはスクラルファート(4g/日)で治療しNSAIDを中止した場合,継続に比較して潰瘍の治癒率は有意に上昇する3),上昇するが有意差はない4),あるいは不変1)との成績があるが,低下するとの報告はない。したがって,NSAIDは可能ならば中止することが望ましいが,関節リウマチあるいは骨関節疾患などの基礎疾患をもつ多くの患者ではNSAIDの中止が困難であることより,NSAID継続投与下での治療が重要となる。
2)PG製剤の潰瘍治癒効果(NSAID継続下)
PG製剤であるエンプロスチル(70~105µg/日)5)あるいはミソプロストール(800µg/日)6)はプラセボに比較し有意に潰瘍治癒を促進することが示されている(表6)。しかしながら後述するように,高用量のPG製剤には腹痛,下痢などの副作用が多いと報告されており,臨床上の有効性はあるものの適応性に制限が加わる。
表6 PG製剤の胃潰瘍治癒効果(初期治療,NSAID継続下) |
著者(文献) | 治療 | 6週治癒率 | 9週治癒率 | 有意差 |
Sontag5) | エンプロスチル70µg | 57%(21/37)* | 68%(25/37)* | *p<0.01 vs プラセボ |
エンプロスチル105µg | 69%(27/39)* | 74%(29/39)* | N.S.(70µg vs 105µg) | |
プラセボ | 14%(6/43) | 19%(8/43) | ||
Roth6) | ミソプロストール800µg | 62%(18/29)* | 62%(18/29)* | *p<0.05 vs プラセボ |
プラセボ | 29%(8/28) | 32%(9/28) |
3)H2RAの潰瘍治癒効果
シメチジン(1,200mg/日)の8週投与はプラセボに比較してやや治癒率を上昇させるが(56%対44%),その差は有意でない7)。高用量のファモチジン(80mg/日)による4週および8週治癒率は63%,87%8),ニザチジン(300~600mg/日)のそれは63~81%,90~97%9)と高いとされるが,いずれもプラセボを対照とした比較試験はなされていない。また,ファモチジン(40mg/日)とPG製剤(ミソプロストール800µg/日)の比較試験では,8週治癒率はそれぞれ33%,46%であり,有意差はないもののファモチジンの治癒率はやや低率である10)。したがって以上の成績をみる限り,H2RAのNSAID胃潰瘍に対する臨床的有用性は実証されていないといえる。
4)PPIの潰瘍治癒効果
PPIとPG製剤の比較試験が1編11),PPIとH2RAとの比較試験が3編12),13),14)報告されている(表7)。オメプラゾール20mg/日,40mg/日,ミソプロストール800μg/日投与による4週治癒率はそれぞれ70%,67%,62%,8週治癒率はそれぞれ87%,80%,73%であり,オメプラゾール20mg/日とミソプロストール間に8週治癒率で有意差がみられる11)。また,オメプラゾール20mg/日,40mg/日,塩酸ラニチジン300mg/日投与による4週治癒率はそれぞれ67%,67%,50%,8週治癒率はそれぞれ84%,87%,64%であり,オメプラゾールの8週治癒率は塩酸ラニチジンに比較して有意に高い12)。ランソプラゾール15mg/日,30mg/日,塩酸ラニチジン300mg/日投与による4週治癒率はそれぞれ47%,57%,30%,8週治癒率はそれぞれ69%,73%,53%であり,ランソプラゾールの4週および8週治癒率は塩酸ラニチジンに比較して有意に高い13)。また同様の比較試験でも,ランソプラゾール15mg/日,30mg/日投与は,塩酸ラニチジン300mg/日投与による4週および8週治癒率を有意に上回る14)。PPIの異なる用量間の比較では,オメプラゾール20mg/日および40mg/日の比較11),12),15),ランソプラゾール15mg/日および30mg/日の比較13)のいずれにおいても治癒率に有意差はない。したがって,PPIの潰瘍治癒効果はPG製剤とほぼ同等ないしやや高く,H2RAより高い。
表7 PPI,PG製剤,H2RAの胃潰瘍治癒効果(NSAID継続下) |
著者(文献) | 治療 | 4週治癒率 | 8週治癒率 | 有意差 |
Hawkey11) 1998 |
OPZ20mg | 70%(82/117) | 87%(102/117)** | **p<0.01 vs MISO |
OPZ40mg | 67%(88/132) | 80%(105/132) | ||
MISO800µg | 62%(77/125) | 73%(91/125) | ||
Yeomans12) 1998 |
OPZ20mg | 67%(47/70) | 84%(59/70)** | **p<0.01 vs RAN |
OPZ40mg | 67%(45/67) | 87%(58/67)** | ||
RAN300mg | 50%(35/70) | 64%(45/70) | ||
Agrawal13) 2000 |
LPZ15mg | 47%(56/118)*** | 69%(81/118)* | *p<0.05,**p<0.01 |
LPZ30mg | 57%(67/117)** | 73%(85/117)* | ***p<0.001 vs RAN | |
RAN300mg | 30%(34/115) | 53%(61/115) | ||
Campbell14) 2002 |
LPZ15mg | 46%(103/226)** | 74%(168/227)*** | **p<0.01 |
LPZ30mg | 54%(122/227)*** | 67%(151/226)*** | ***p<0.001 vs RAN | |
RAN300mg | 31%(70/225) | 50%(112/225) |
OPZ:オメプラゾール, MISO:ミソプロストール, RAN:塩酸ラニチジン, LPZ:ランソプラゾール |
5)粘膜防御因子増強薬の潰瘍治癒効果
粘膜防御因子増強薬のうち,臨床的検討がなされている薬剤はスクラルファートのみであった。スクラルファート4g/日と塩酸ラニチジン300mg/日の比較試験では,9週治癒率はそれぞれ83%,84%で同等であった4)。また,スクラルファート4g/日とオメプラゾール20mg/日の比較試験では,4週治癒率はそれぞれ52%,87%,8週治癒率はそれぞれ82%,100%であり,スクラルファートによる潰瘍治癒率はオメプラゾールより有意に低い16)。したがって,スクラルファートのNSAID胃潰瘍に対する有用性は実証されていない。
6)H. pylori 除菌と胃潰瘍治癒
NSAID継続投与下において,H. pylori 感染の有無は潰瘍治癒に影響を与えないとされる13)。また,H. pylori 除菌の潰瘍治癒に及ぼす影響を検討した成績は3編報告されている17),18),19)(表8)。Bianchi-Porroら17)は,H. pylori 陰性胃潰瘍,H. pylori 陽性胃潰瘍および除菌後の胃潰瘍をオメプラゾール40mg/日で治療した場合,4週治癒率はそれぞれ68%,65%,68%,8週治癒率はそれぞれ76%,90%,76%であり,3群間に有意差はないとしている。Chanら18)も,H. pylori 陽性胃潰瘍を非除菌群と除菌群に振り分けオメプラゾール20mg/日で治療しているが,8週治癒率はそれぞれ84%,72%であり,除菌により治癒率はやや低下するものの両群間に有意差を認めていない。一方Hawkeyら19)は,NSAIDを継続投与中で現在あるいは過去5カ月以内に潰瘍あるいは重症のdyspepsiaをもつ患者において,H. pylori 除菌はむしろ胃潰瘍治癒率の低下をきたした(4週治癒率は非除菌群で88%,除菌群で50%,8週治癒率はそれぞれ100%,72%)と報告している。以上のように,H. pylori 除菌は胃潰瘍治癒に有意の影響を与えない17),18)あるいは有意に遷延するとの報告19)があり見解の一致をみていないが,H. pylori 除菌が治癒を促進するとの成績はみられておらず除菌は勧められない。
表8 H. pylori 除菌と胃潰瘍治癒(NSAID継続下) |
著者(文献) | 治療 | 4週治癒率 | 8週治癒率 | 有意差 |
Bianchi-Porro17) | ![]() OPZ40mg |
68%(13/19) | 76%(13/17) | N.S.(3群間) |
![]() OPZ40mg |
65%(15/23) | 90%(19/21) | ||
![]() OPZ40mg+AMPC2g(2週) |
68%(15/22) | 76%(16/21) | ||
Chan18) | ![]() OPZ20mg |
(-) | 84%(52/62) | N.S.(P=0.14) |
![]() Triple(1週)+OPZ20mg |
(-) | 72%(36/50) | ||
Hawkey19) | ![]() OPZ40mg+プラセボ(1週) →OPZ20~40mg |
88%(15/17) | 100%(17/17) | **p<0.01 vs プラセボ |
![]() OPZ40mg+AMPC2g+CAM1g (1週)→OPZ20~40mg |
50%(9/18)** | 72%(13/18)** |
OPZ:オメプラゾール, AMPC:アモキシシリン, CAM:クラリスロマイシン |
7)NSAID継続投与下における胃潰瘍の再発
(1)維持療法の有効性
胃潰瘍治癒後の再発に関して,ファモチジン80mg/日あるいはプラセボによる維持療法を行った場合,24週以内の再発率はそれぞれ19%,41%でその差は有意であった(p<0.05)8)。また,PG製剤およびPPIにも再発防止効果が示されている11)。PPIはPG製剤11),20)あるいは常用量のH2RA12),20)より有効であるが,PPIと高用量のH2RAとの比較はなされていない。
(2)H. pylori 除菌の影響
Laiらは21),中等度以上のdyspepsiaまたは合併症(出血,穿孔,閉塞)を伴う胃潰瘍患者の潰瘍治癒後の再発は,H. pylori 除菌単独では8週の時点で47%と高率であるが,除菌に加えてランソプラゾールを投与すると再発は6%と有意に低下したとしている。
Bianchi-Porroら17)は,H. pylori 陰性胃潰瘍,H. pylori 陽性胃潰瘍および除菌後の胃潰瘍をオメプラゾール投与で治癒させた後の再発について検討し,24週後の再発率はそれぞれ27%,31%,46%であり,3群間に有意差はなかった。H. pylori 陽性の潰瘍再発に対するオッズ比(OR)は2.08(95%信頼区間(CI)0.70~6.22)であるが有意ではない(p=0.19)としている。またHawkeyら19)も,治癒後6カ月の時点で潰瘍の新たな発生あるいは再発のない確率は対照(非除菌)群で0.53(95%CI:0.44~0.62),除菌群で0.56(95%CI:0.47~0.65)であり,その差は有意ではない(p=0.80)と報告している。以上のように,除菌により潰瘍の再発率あるいは再発のオッズ比が有意に高くなるとの成績はないため,H. pylori 除菌を考慮してもよい。
(3)COX-2選択的阻害薬による再発予防
Chanらは22),NSAIDを内服している関節炎の患者にみられた出血性潰瘍の治癒後の再発に関して,セレコキシブ群とジクロフェナク+オメプラゾール群に分けて観察すると,潰瘍出血のほとんどは胃潰瘍から起こり,6カ月以内の潰瘍出血の再発の確率はセレコキシブ群で4.9%(95%CI,3.1~6.7),ジクロフェナク+オメプラゾール群で6.4%(95%CI,4.3~8.4)と有意差はないと報告している。しかし,NSAID潰瘍の予防の項で述べられるように,一部のCOX-2阻害薬には長期間の投与により血管イベントが増加する懸念があり,安全性については今後の検討を要する。
(4)低用量アスピリンによる胃潰瘍の再発
Chanらは23),低用量アスピリンにより上部消化管出血をきたした例において,治癒後6カ月以内の胃潰瘍からの再出血はH. pylori 除菌群では3.5%(2/57)であり,オメプラゾール投与群の1.7%(1/58)と同等であり,H. pylori 除菌が有効であるとした。しかし,その後Laiらは24),出血を伴う胃潰瘍の治癒後8週以内の再発は,H. pylori 除菌+プラセボ群で46.7%と高いが,H. pylori 除菌+ランソプラゾール群で5.6%と有意に抑制されると報告している。このように,H. pylori 除菌単独治療による出血性胃潰瘍の再発予防効果については意見が分かれているが,潰瘍出血という合併症の重篤さを考慮すれば,除菌後にPPIの投与により再発予防をはかることが妥当である。
8)初期治療における副作用
治療による副作用の発生はミソプロストールで35%,プラセボ群26%16),脱落率はプラセボと同等17)あるいはファモチジンより高い10)とされる。また,オメプラゾールによる副作用の発生率,脱落率はそれぞれ46~48%,10~11%であり,ミソプロストールの59%,17%より低い11),ランソプラゾールによる副作用の発生率8~9%は塩酸ラニチジンの11%とほぼ同等13)とされている。
9)問題点および今後の課題
消化性潰瘍の主要な病因として,H. pylori 感染,NSAIDが重要であることは,最近のメタアナリシスで明らかにされている25)。この研究では,成人のNSAID服用者における消化性潰瘍の罹患率あるいは潰瘍出血患者におけるH. pylori 感染陽性率およびNSAID使用に関する臨床研究を収集し解析を行っている。その結果,NSAID(+)/H. pylori (+)ではNSAID(-)/H. pylori (-)より潰瘍発生の危険が61.1倍であり,いずれかの因子により危険は約20倍となる。また潰瘍出血危険はH. pylori により1.79倍,NSAIDにより4.85倍,両因子により6.13倍増加することより,両者の間に共同的な相互作用が存在すると結論された25)。この結果が潰瘍の成因論および治療戦略の構築に影響を及ぼすことは十分考えられ,両者の相互作用を確認するためには,少なくとも潰瘍治療に関する限りH. pylori 除菌の潰瘍治癒に及ぼす効果を検討する介入試験が必要である。しかしながら,見解の一致をみていないのが現状である17),18),19)。
本研究で科学的根拠として採用した23編の成績は,台湾10)および香港18),21),22),23),24)の6編を除き欧米のものである。日本人の胃酸分泌は最近高くなっているものの欧米人に比較して低く,胃酸分泌動態がNSAID胃潰瘍の発生および治癒に影響を与える可能性があるため,日本人を対象としたわが国独自の検討が必要である。また,病因論的にNSAID投与中にみられる胃潰瘍のなかには,実際にはH. pylori 関連潰瘍が含まれると考えられるが,その鑑別も困難であり,このことが結果の解釈に影響を与えている可能性がある。ついで,NSAIDの種類により胃粘膜の傷害性に差がある可能性が指摘されており,個々の種類を考慮する必要もあるかもしれない。COX-2選択的阻害薬については心筋梗塞あるいは脳梗塞などの血管イベントのリスクを高める危険性も指摘されており,今後の慎重な検討が必要である(この点については「第2部 胃潰瘍診療ガイドライン―解説― 7.NSAID潰瘍 7-2予防」の項を参照されたい)。さらに,NSAIDによる胃潰瘍の予防や再発の防止をどのような患者を対象に行うべきか,またその費用対効果(cost-effectiveness)の問題についても今後検討すべき課題である。
【参照】
「第2部 胃潰瘍診療ガイドライン―解説― 7.NSAID潰瘍 7-2予防 3)ステートメントの根拠」