(旧版)EBMに基づく 胃潰瘍診療ガイドライン 第2版 -H. pylori二次除菌保険適用対応-

 
第2部 胃潰瘍診療ガイドライン―解説―

 
1.フローチャート概説とグレードレベルの解説
1)改訂胃潰瘍診療ガイドラインのフローチャート概説

本章ではそれぞれのクリニカルクエスチョンに対して,改訂された胃潰瘍診療ガイドラインが記載されるわけであるが,それらの個別の指針を統合した全体的な見取り図(フローチャート)があるとわかりやすい。実際に,旧胃潰瘍診療ガイドライン1)の利用状況調査では,このフローチャートの利用率,認識率が最も高いことがわかった。したがって,今回も胃潰瘍診療ガイドラインのフローチャートを作成した(図1)。基本的な骨子に大きな変更はないが,以下に述べる改訂が行われている。
患者の診療にあたって,患者が吐血あるいは下血といった緊急の初期対応を必要とするか否かを診療の出発点とした点は前回と同じである。出血性潰瘍の場合には緊急内視鏡検査でただちに胃潰瘍の診断を行い,引き続いて内視鏡的止血治療を行うわけであるが,緊急時,通常時のいずれの場合においても,胃潰瘍が良性であることがこのフローチャートの前提となっていることを理解しておいていただきたい。
出血性胃潰瘍の場合には,まず全身状態を把握し,全身的管理(輸血・輸液等)を行ったうえ,潰瘍止血を種々の内視鏡的方法を用いて試みる。止血不成功例では旧ガイドラインでは手術治療が選択されるという手順となっていたが,今回は放射線科による治療介入(interventional radiology:IVR)が利用可能な場合を考慮し,施設によってはIVRを選択できるようにフローチャートを改め,それでも不十分な場合に外科手術を選択することとした。外科的手術術式の選択等については今回のガイドラインでも記載してはいない。
止血に成功したら通常の潰瘍治療と同様の方針で治療選択を行う。この場合,潰瘍の主な成因によって治療の選択が異なってくるので,胃潰瘍の原因を検索することが必要となる。非ステロイド消炎鎮痛薬(Nonsteroidal Anti-Inflammatory Drugs:NSAID)については,その服用歴を確認すること,Helicobacter pyloriH. pylori )感染症については,日本ヘリコバクター学会が作成したH. pylori 診断と治療のガイドライン2),3)に従って感染診断を行う。ただ,実際のガイドラインで推奨されている診断指針と保険で認められている診断法とは食い違いがあることに注意すべきである。
わが国の胃潰瘍で最も多いのはNSAID服用歴のないH. pylori 陽性の潰瘍である。この場合には除菌治療が最優先される。除菌によって潰瘍治癒率が向上するばかりでなく,いったん除菌に成功すると維持療法を行わなくても潰瘍再発が著しく減少することから,医療経済的にも最も優れた治療法と考えられるからである。除菌治療が成功すると,維持療法は行わないので胃潰瘍患者の治療はひとまず終了することになる。除菌治療は現在のところ80〜90%の成功率があるが,最近はクラリスロマイシン耐性株の増加により初回の除菌治療が不成功に終わる症例も増加してきている。この場合の二次除菌については,本ガイドラインでは初回と異なる抗菌薬の組み合わせを推奨している。二次除菌にも失敗した場合には,三次除菌も選択肢としてはありうるが,現時点で三次除菌としてコンセンサスを得ている方法がないことから今回のガイドラインでも除菌によらない治療に移行するプログラムとなっている。
また,除菌治療薬に対するアレルギーや重篤な全身疾患の合併等によって除菌治療適応とならない場合も存在する。このような除菌適応のない胃潰瘍患者はH. pylori 陰性潰瘍患者と同様に除菌によらない胃潰瘍治療を行うことになる。その治療選択としてはプロトンポンプ阻害薬(PPI),H2受容体拮抗薬(H2RA),一部の防御因子増強薬が推奨されているが,特に治癒率の高いPPIが第一選択薬として推奨されている。また従来行われてきた攻撃因子抑制薬(PPIまたはH2RA)と防御因子増強薬の併用療法については明確な根拠がないという理由で推奨されていないことにも注意すべきである。これによってほとんどの潰瘍は治癒するが,ハイリスクグループ(出血性潰瘍例,高齢者,全身性疾患を合併する患者など)については維持療法を行うことが推奨される。その方法としては,H2RA,スクラルファート,PPIが有効である。未治癒の場合には潰瘍治療を継続することになるが,この場合,個々の患者の病態を十分把握したうえで対応を考える必要があるが,ここではその詳細はふれない。
一方,NSAID潰瘍の場合には,H. pylori 感染の有無にかかわらず原則としてNSAIDを中止することが原因を除くことになり最も合理的である。中止した場合には,フローチャートの手順に従ってH. pylori 陽性であれば除菌治療,陰性であればPPIなどによる抗潰瘍薬治療を行う。NSAIDを中止できない患者の場合にはインフォームドコンセントを得たうえでPPIまたはプロスタグランジン(PG)製剤を併用することになるが,潰瘍患者に対してはNSAIDは禁忌であり,潰瘍活動期における使用は極力避けるべきである。
なお,フローチャートにはNSAID潰瘍の予防は示していないが,医師は,ハイリスク患者(潰瘍既往歴のある場合,高齢者,抗血小板・抗凝固療法中の患者,全身疾患の合併症のある場合など)に対してNSAIDを処方する場合には潰瘍の予防措置を考慮すべきである。すなわち,通常型NSAIDからCOX-2選択的阻害薬への切り替え,PPIやPG製剤,高用量のH2RAの併用などである。しかし,わが国ではPPIやH2RAの予防投与は保険診療では認められていないので,どうしても必要な場合には症状詳記を行って認可を受けるなどの注意が必要である。H. pylori 陽性のNSAID潰瘍の除菌治療に関しては初回のガイドライン発表後文献が集積され,除菌によってNSAID潰瘍の発生が減少することが世界的なコンセンサスとなってきている。このため,H. pylori 陽性者に対してNSAIDの使用が予定されている場合には除菌治療を行うことを考慮すべきである。ただし,除菌のみではNSAID潰瘍の発症を完全には予防できないので,潰瘍歴のあるようなハイリスク患者には上記の予防効果の証明されている薬剤を併用する必要がある。

図1 胃潰瘍診療のフローチャート
図1胃潰瘍診療のフローチャート
(図の保険適用について出版社/著者の指示により修正しました。2009.7.8) 保険適用は8週まで
**保険適用外

 

 
ページトップへ

ガイドライン解説

close-ico
カテゴリで探す
五十音で探す

診療ガイドライン検索

close-ico
カテゴリで探す
五十音で探す