(旧版)EBMに基づく 胃潰瘍診療ガイドライン 第2版 -H. pylori二次除菌保険適用対応-
第1部 胃潰瘍の基礎知識 |
6.治療
7)生活指導・食事療法
はじめに
胃潰瘍の治療として,従来は原則として心身の安静,喫煙,飲酒の制限などの生活指導,食事療法,そして薬物治療が行われてきた。しかしながら,今回改訂の胃潰瘍診療ガイドラインで示しているように,もともと胃潰瘍治療における生活指導,食事療法は,よく吟味されたエビデンスに基づいたものではなく,多くの観察的な検討によるものであった。さらに,胃潰瘍の主たる病因がH. pylori 感染,NSAIDの内服によることが解明され,H. pylori 除菌治療,強力な酸分泌抑制作用を有するPPIが出現し,十分なエビデンスに基づいた適切な薬物治療が行われるようになった現状では,胃潰瘍治療における生活指導や食事療法の意義は大きく変わっている。
(1)アルコール
アルコールは,急性胃粘膜病変としての急性胃潰瘍の重要な病因のひとつにあげられるが,慢性消化性潰瘍の発症や再発に関与しているとのエビデンスは得られていない。また,H. pylori 除菌治療に関しても,除菌率に飲酒は関係しないとされている。したがって,過度の飲酒を慎む必要があることは言うまでもないが,通常の慢性胃潰瘍の治療において適度な飲酒を制限する必要があるとはいえない。ただし,今後問題となってくるクラリスロマイシン耐性H. pylori に対するメトロニダゾールを用いた二次除菌治療においては,メトロニダゾールによるアルデヒド脱水素酵素阻害作用により血中アセトアルデヒド濃度を上昇させるため,除菌期間中の禁酒が必要である。
(2)喫煙
喫煙は,胃潰瘍の発症,治癒,再発に関与し,重要な危険因子57)と考えられているが,ランダム化比較試験(RCT)による禁煙の潰瘍治癒,再発におよぼすエビデンスは得られていない。古い研究ではあるが,レントゲンで診断された胃潰瘍にて入院した患者に,禁煙を指導する群としない群に割り付け,3週間後の潰瘍の縮小率,治癒した潰瘍の数を比較検討したところ,禁煙の指導は胃潰瘍治癒を促進する効果はなかったと報告されている(表17)58)。しかしながら,H. pylori 除菌治療においては,喫煙が除菌率に悪影響を及ぼすとの報告もみられる59),60)。さらに,喫煙の重大な健康被害を考えると,胃潰瘍患者に限らず厳重な禁煙指導は適切と思われる。
表17 胃潰瘍治癒に及ぼす禁煙指導, ベッド上安静の影響 | ||||||||||||||||||||||||
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文献58)より改変 |
(3)食事療法
酸分泌抑制剤登場以前では,酸分泌を促進するようなコーヒー,紅茶,香辛料などの摂取を控え,逆に胃酸に対して緩衝作用のある牛乳などの摂取が推奨されていた。しかし,酸分泌抑制剤投与下では,食事による胃内酸度の影響はほとんどない。実際,出血性潰瘍の検討では,H2RA,または,PPI投与下では,食事を与えた群と絶食にした群で,胃内酸度に差は認められていない61)。胃潰瘍治癒における制酸剤と偽薬,食事中の繊維質の多寡の2要因でのRCTでは,繊維質の多い食事を食べるように指導した群と,少ない食事の群で,胃潰瘍治癒率に差を認めていない(表18)62)。また,H. pylori 除菌治療の効果に食事成分が関与するとの報告もみられず,現在の胃潰瘍診療における食事療法の役割は非常に低くなっている。
表18 食事中の繊維質の多寡による胃潰瘍治癒率 | ||||||||||
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両群間に有意差なし | 文献62)より改変 |
(4)入院安静
出血性胃潰瘍の初期治療に入院加療が必要なことは論を待たないが,PPI,H2RAによる治療が可能になった現状では,合併症を有しない胃潰瘍の治療に入院が必要となる場合はほとんどないと思われる。また,古い検討ではあるが,ベッド上安静は入院患者での胃潰瘍治癒を促進する効果はなかった報告されている(表17)58)。むしろ,散歩などのほどよい運動は,H. pylori 感染者における胃潰瘍の発症に防御的に働いていると報告されている57)。
おわりに
胃潰瘍治療において,十分なエビデンスに基づいたH. pylori 除菌治療,PPI投与による適切な薬物治療が行われた場合,生活指導や食事療法が必要であるとする根拠は乏しいものと考えられる。しかしながら,喫煙や過度の飲酒による重大な健康被害や,高カロリー高脂肪食の弊害は明白であり,禁煙,節酒,適切な食事指導は胃潰瘍治療とは関係なく,健康増進の上から大変重要なことであると考える。