(旧版)EBMに基づく 胃潰瘍診療ガイドライン 第2版 -H. pylori二次除菌保険適用対応-

 
第1部 胃潰瘍の基礎知識

 
6.治療
6)NSAID潰瘍の予防・治療

NSAIDは発熱や痛みに対して処方される一般的な薬剤である。最近では,心筋梗塞や脳梗塞の二次予防,時には一次予防のため,抗血栓・抗血小板治療として低用量(80〜300mg/日程度)のアスピリンも広く使われるようになっている。NSAIDの消炎鎮痛効果は強力で症状を軽快させるが,一方で副作用として上部消化管粘膜傷害を起こすことが問題となっている。また,以前は診断の難しかった小腸領域の内視鏡診断(カプセル内視鏡,ダブルバルーン内視鏡)の急速な進歩に伴って,小腸を中心とした下部消化管粘膜傷害も注目を集めている。
NSAIDがどのくらいの頻度で胃潰瘍を起こすかという問題については,1991年に発表された日本リウマチ財団の調査という最も大規模なわが国での検討がある56)。この調査ではNSAIDを3カ月以上服用している関節リウマチ患者に上部消化管内視鏡検査を行うと,その15.5%に胃潰瘍が認められ,1.9%に十二指腸潰瘍が認められたとしている。この数字は消化器がん検診で診断される胃潰瘍の頻度(1〜2%)より高率であり,NSAIDが高頻度に特に胃潰瘍を引き起こすことを示している。また,最近のケースコントロール研究の結果,わが国において,上部消化管出血のリスクをアスピリン以外のNSAIDは6.1倍,アスピリンは5.5倍に高めるとされた12)。上部消化管出血の原因として出血性胃炎も含まれてはいるが,アスピリンを含むNSAIDが潰瘍および出血のリスクをいかに高めるかが示された重要な知見である。
以上の事実はわが国でも比較的よく認識されており,NSAIDを処方する場合はさまざまな抗潰瘍薬が同時に処方されることが多かった。事実,リウマチ財団の報告では,防御因子増強薬,ヒスタミンH2RAや抗コリン薬が多く処方されていた。しかしながら,それらの中で有意にNSAID潰瘍を予防していると判断される抗潰瘍薬は認められなかった。日本リウマチ財団の調査は主にNSAIDによる慢性潰瘍の調査であるが,風邪による発熱や腰痛等により処方されたNSAIDがどの程度の頻度で急性潰瘍を発生させるのかは十分には明らかにされていない。最近は欧米の検討で,PPI・PG製剤・高用量ヒスタミンH2RAの有用性が報告されているので,わが国でもどのような対象に予防を行うかを含めて検討が必要である。胃潰瘍がNSAID投与中または投与後に発見された場合には,NSAIDを中止し酸分泌抑制薬による通常の治療を行えば潰瘍はすみやかに治癒にいたる。現在,NSAIDの長期服用による胃・十二指腸潰瘍に対して適応を有する抗潰瘍薬はPG製剤のミソプロストールのみであるが,かなり高率に下痢,腹痛や腹満感等の消化器症状を起こすため,コンプライアンスの低下をまねきやすい。欧米では,PPIはNSAIDの継続投与下においてもPG製剤と同等以上の有効性が報告されているので,NSAIDの継続投与を必要とする胃潰瘍患者に対する治療薬として期待される(表16)。
NSAID潰瘍以外の胃潰瘍では,H. pylori を除菌するとその再発が有意に抑制される。しかしながら,NSAID潰瘍の予防・治療のために,H. pylori 感染が証明された場合,除菌をするべきかどうかについて一定の結論は出ていない。NSAID潰瘍かH. pylori 関連潰瘍かを正確に判断することが困難な点や,除菌によって胃潰瘍の治癒が遷延するとの報告はあるが,胃潰瘍の予防に有効であるという欧米の知見を総合すると,少なくともNSAID潰瘍の予防のために除菌は選択肢の1つになりうると考えられる。ただし,除菌単独では,胃潰瘍発生を十分抑制することは困難のようである。
以上述べたように,NSAID潰瘍の実態調査は一部あるものの,予防・治療に関してはわが国での検討はなされないまま多くの抗潰瘍薬が処方されてきたのが実情である。また,胃のCOX-1に対する抑制作用が少ないCOX-2選択的阻害薬は,胃潰瘍の発生頻度が従来のNSAIDに比較すると低く予防効果が期待されるが,このクラスの一部の薬剤(ロフェコキシブ)の長期的な使用により心血管イベントが増加することが報告された(この点については「第2部 胃潰瘍診療ガイドライン―解説― 7.NSAID潰瘍 7-2予防」の項を参照されたい)。今後はわが国のNSAID潰瘍の実態を把握するとともに,日本人の根拠に基づいた予防・治療戦略の構築が急がれるところである。

表16 NSAID潰瘍の治療・予防に使用される抗潰瘍薬
  • プロスタグランジン製剤
  • ヒスタミンH2受容体拮抗薬
  • プロトンポンプ阻害薬

 

 
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