(旧版)EBMに基づく 胃潰瘍診療ガイドライン 第2版 -H. pylori二次除菌保険適用対応-

 
第1部 胃潰瘍の基礎知識

 
6.治療
3)維持療法
消化性潰瘍は極めて再発しやすい疾患であり,薬物治療によって治癒した後,治療を終了すると高頻度に再発し,このような易再発性は「潰瘍症」として理解されていた。抗コリン薬・制酸薬配合剤の時代にはわが国では一般には治癒後1〜6カ月程度,主治医が恣意的に投薬を継続し,その後は何の根拠もなく治療を中止するというような方法がとられていた。一般に難治,易再発例には手術が選択されることが多く,H2RAの出現(わが国では1982年シメチジン)までは,維持療法という考え方は希薄であった。むしろ潰瘍症に対する継続治療の一環と考えられており,したがって潰瘍の治療薬がそのまま用いられ保険上も問題とはならなかった。当時わが国では,原39)が胃潰瘍(GU),中村40)が十二指腸潰瘍(DU)について後向き研究で,投薬継続群が中止群より再発率が低いことを報告したが,残念ながら当時わが国には前向き,対照比較試験はほとんどとられることがなく,エビデンスレベルの高いものはなかった。しかしすでに欧米ではDUを中心に,抗コリン薬についてプラセボ対照比較試験が行われ,その有効性を示す報告も1960年前後から出現している(表1240)
その後潰瘍の治療はシメチジンの登場によって大きく変貌した。その高い治癒率と,またそれゆえの中止後の高い再発率が広く認識されるようになり,治癒後の再発抑制が大きな課題となった。欧米ではシメチジン半量の維持療法の有効性が主として十二指腸潰瘍で多数報告され(表1340),維持療法という概念が定着した。わが国でもシメチジン半量の維持療法が次第に行われるようになり,今日ではH2RA半量の維持療法は広く受け入られるようになっている。しかし残念ながらわが国では,その有効性を示す前向きプラセボ対照比較試験は今日までついに行われることはなかった。
PPIの出現(わが国では1991年オメプラゾール)後も維持療法の考え方には変化がなかったが,H. pylori の除菌治療が行われるようになって(わが国では2000年に保険承認),潰瘍治療には再び大きな変革がもたらされた。H. pylori 陽性例では除菌により潰瘍症から離脱できることが明らかにされ,このことこそが潰瘍とH. pylori の関連を広く信じさせる原動力となった。潰瘍治療の第一選択として除菌治療が認められた時点から,“系統的な”維持療法は不要となって,個々の例には必要に応じて対応すればよいと考えられるようになっている。したがって維持療法の対象はこれまでに比べ大幅に限定され,今後はH. pylori 陰性潰瘍,H. pylori 除菌非適応例,除菌不成功例など少数例となろう。
しかしながら,最近H. pylori 除菌後に維持療法を推奨する動きがわが国で一部に出てきており憂慮される。活動性潰瘍を除菌治療後,潰瘍治癒までの薬物療法はこれまでも認められてきた(PPIでは計8週まで)が,治癒後維持療法を続けることは,除菌治療によって維持療法を行わなくてすむようになるという,当初の除菌治療の意義に反することになる。除菌治療によって,H. pylori 除菌に成功すれば,その後の再発率は,1年間でたかだか数パーセントである41)。この程度の再発率であれば,再発例には,再発時点で初発潰瘍と同様に対処すれば十分であろう。症状がとれない患者があるからという意見もあるが,潰瘍が治癒しているのであれば,これは維持療法としてではなく,Non-ulcer Dyspepsia(NUD)あるいはFunctional Dyspepsia(FD)として別の対処をするべきものである。除菌後しばらくは瘢痕部が脆弱であるから時期を限って維持療法を行うという主張もあるが,その有効性の根拠がない。維持療法をしなくてもほとんど再発しないということは,すでに多くの報告で明らかにされていることである。
このような低再発率のものに維持療法を行うとすれば,90数%の対象に,無駄な服薬によって患者の時間的,経済的負担を強いることになる上,薬物の副作用発現のリスクも負わせることになる。また巨額の無駄な医療費を消費することになり,医療経済的にも容認できない。このような場合,治療法として認められるには,医学的有用性の証明だけでなく,費用対効果(cost-effectiveness)の評価も必須である。

表12 抗コリン薬による再発の抑制
表12抗コリン薬による再発の抑制
中村孝司:消化性潰瘍の薬物療法 治療促進と再発の問題について.Prog in Med, 2:873-80,1982

表13 シメチジンによる再発の抑制
報告者 シメチジン
投与量
期間 シメチジン
投与中再発率
プラセボ
投与中再発率
Gray(1978) 400mg×1 6カ月 7/26(27%) 24/30(80%)
Berstad(1979) 400mg×1 1年 2/20(10%) 16/23(70%)
Bianchi Porro(1979) 400mg×1 6カ月 7/23(30%) 14/23(61%)
1年 9/23(39%) 19/23(83%)
Hansky(1979) 400mg×1 1年 1/20(5%) 18/20(90%)
Burland(1980) 400mg×1 1年 症状再発
31/179(17%)
 
無症状再発
8/83(10%)
症状再発
178/333(53%)
400mg×2 1年 症状再発
28/184(15%)
無症状再発
24/90(27%)
無症状再発
17/104(16%)
 
Bodemar(1978) 400mg×2 1年 6/32(19%) 30/36(83%)
Hetzel(1978) 400mg×2 80日 0/36(0%) 14/31(45%)
Gudmand-Høyer(1978) 400mg×2 1年 3/26(12%) 20/25(80%)
Dronfield(1979) 400mg×2 6カ月 5/20(25%) 16/22(73%)
Hetzel(1979) 400mg×2 1年 6/24(25%) 25/27(93%)
Jensen(1979) 400mg×2 1年 0/10(0%) 5/9(56%)
Hansky(1979) 400mg×2 1年 0/40(0%)  
Blackwood(1978) 800mg×1 1年 5/26(19%) 14/14(100%)
Mekel(1980) 800mg×1 6週 2/21(10%) 16/24(67%)
3カ月 4/21(19%) 21/24(88%)
6カ月 5/21(24%) 21/24(88%)
Cargill(1978) 1,000mg 1年 8/18(44%)  
中村孝司:消化性潰瘍の薬物療法 治療促進と再発の問題について,Prog in Med, 2:873-80,1982

維持療法の今後の課題
なお維持療法の今後に残された問題点として,1 維持療法不要の例が少なくない42)にもかかわらず,維持療法の必要な例,不要な例の鑑別手段がいまだないこと,2 1年以上の維持療法の効果についての証拠が少ないこと,3 わが国で維持療法に広く用いられている防御系抗潰瘍薬はスクラルファートを除きその有効性を示す客観的エビデンスが内外ともにいまだないこと,4 維持療法の有効性について,H. pylori 陽性,陰性にわけて検討した報告がなく,これまでの成績が除菌時代にもそのまま有効かどうか不明なこと,などがある。


【参照】
第2部 胃潰瘍診療ガイドライン―解説― 6.維持療法 5)ステートメントの根拠

 

 
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