(旧版)EBMに基づく 胃潰瘍診療ガイドライン 第2版 -H. pylori二次除菌保険適用対応-

 
第1部 胃潰瘍の基礎知識

 
2.病態生理
3)H. pylori

古くから胃潰瘍は代表的な難治・再発性疾患であり,治療によりいったん瘢痕化しても容易に再発する病態であると理解されていた。しかし,最近の研究により胃潰瘍発症の病態にH. pylori 感染が深くかかわっていることが明らかになり,H. pylori に対する除菌治療が胃潰瘍の基本的な治療法として位置づけられ,健康保険適用のもとでの診断と治療が可能となった。
H. pylori図6)はグラム陰性のらせん状桿菌で,その強力なウレアーゼ活性によって産生される高濃度のアンモニアで胃酸を中和することにより強酸の胃内で生息している。

図6 H. pylori 透過型電子顕微鏡像(X6,600)
図6H. pylori透過型電子顕微鏡像(X6,600)

(1)H. pylori の病原因子
表3H. pylori の病原因子の一覧を示す。当初は本菌の強力なウレアーゼ活性が病原性の主体であると考えられていたが,最近になってウレアーゼ活性は本菌の運動性や接着因子などとともに,感染成立に関与する因子であると考えられるようになった。
直接的な胃粘膜傷害因子としては,CagAやVacAなどのサイトトキシンや好中球由来の活性酸素,アンモニアと活性酸素から生成されるモノクロラミンなどが強い胃粘膜傷害性を有している。特に,CagA,VacAが引き続き病原性因子研究の中心である。H. pylori の胃上皮への定着とCagA蛋白の注入によるシグナル伝達の解明は,近年の胃発癌機構に対するH. pylori 病態研究の大きな進歩である。最近ではCagAの構造の違いから,西欧株と東アジア株に分け,東アジア株の感染で炎症や萎縮が強いとされている8)
一方,本菌の定着により宿主の胃粘膜上皮細胞からIL-1,IL-6,IL-8,TNF-αなどのサイトカイン分泌を引き起こす。特に,IL-8は強力な好中球走化因子および活性化因子であり,胃粘膜での活性酸素の生成を強く誘導する。最近,外膜蛋白遺伝子のひとつであるoipAがIL-8分泌にかかわることが知られている9)。また,本菌はマクロファージからのiNOS(誘導型NOS)を誘導し,NOの産生を引き起こす。
この活性酸素とNOは強いDNA傷害能をもち,強力な胃粘膜上皮細胞傷害を引き起こす。これらの病原因子は,胃潰瘍の発症と密接に関連し10),最近では胃発癌との関連が注目されている。

表3 H. pylori の病原因子
1 感染成立に関与する因子
  • ウレアーゼ(ureAureB gene)
  • 運動性(flaAflaB gene)(尿素や重炭酸への走化性)
  • 接着因子(アドヘジン)と接着レセプター
2 直接的細胞傷害因子
  • サイトトキシン(CagA,VacA)
  • アンモニア
  • 好中球由来の活性酸素
  • モノクロラミン(アンモニアと活性酸素から生成される)
  • プロテアーゼ,ホスホリパーゼ
  • 熱ショック蛋白(HSP)
  • リポ多糖(lipopolysaccharide;LPS)
3 炎症反応惹起因子
  • 外膜蛋白(OipA)
  • 炎症性サイトカイン(IL-1,IL-6,IL-8,TNF-α)
  • 誘導性一酸化窒素合成酵素(iNOS)

(2)H. pylori と疾患
H. pylori 感染と疾患との関連は,菌側の因子と宿主側の因子に加えて日常の食生活などの環境因子や感染を受けてからの時間の経過などが関連し,異なった臨床経過をたどると考えられている(図7)。
H. pylori はほとんどの症例で小児期に感染が成立し,除菌治療を行わない限り生涯にわたり感染が持続する。
本菌の感染により慢性非萎縮性胃炎は必発するが,それ以後の長い経過での臨床的帰結は各個人で異なっている(図8)。
胃潰瘍は本菌感染の長期経過において最も頻発する疾患であり,除菌治療による胃潰瘍再発抑制効果の十分なエビデンスが得られたことから健康保険適用下で本菌陽性の胃・十二指腸潰瘍に対する除菌治療が認可された。
最近では,除菌治療により組織学的胃炎が改善し,萎縮性胃炎や胃MALTリンパ腫が改善することを示した報告が相次ぎ,除菌治療の適応追加が検討されている。
その他,最近の話題としては虚血性心疾患,貧血,皮膚疾患および特発性血小板減少性紫斑病などの消化管以外の疾患とのかかわりが注目されている。

図7 H. pylori と疾患の関係
図7H. pyloriと疾患の関係
図8 H. pylori 感染の長期経過
図8H. pylori感染の長期経過


 

 
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