(旧版)EBMに基づく 胃潰瘍診療ガイドライン 第2版 -H. pylori二次除菌保険適用対応-
第1部 胃潰瘍の基礎知識 |
2.病態生理病態生理
2)胃酸分泌と潰瘍
昔から「No acid No ulcer」(酸のないところに潰瘍はできない)といわれたように,胃酸は消化性潰瘍の発症に必須であり,かつ中心的役割をはたしていると考えられてきた。事実,十二指腸潰瘍は高酸であり,またガストリン産生腫瘍では高頻度に十二指腸潰瘍が発症する。さらに潰瘍治療においては,胃潰瘍,十二指腸潰瘍ともに酸分泌抑制薬が最も効果的であることは古くから知られてきた。またその治癒効果は酸分泌抑制の程度が強いほど高いことも明らかとなっている。ところがH. pylori の発見によって,消化性潰瘍の発症に中心的役割を果たしているのは実はH. pylori であって,必ずしも胃酸ではないことが明らかとなってきた。実際,胃酸が潰瘍形成に決定的な因子となっているのはZollinger-Ellison症候群ぐらいであり,逆に胃潰瘍では多くの例で高度な萎縮性胃炎を伴っており,酸分泌はむしろ低下している。
このようにH. pylori 発見以降,消化性潰瘍発症におけるH. pylori と酸分泌の関係が再検討された結果,現時点では,両者の関係は以下のように考えられている(図4)。まず十二指腸潰瘍においては,H. pylori によって主として幽門部胃炎が生じるが,その結果,H. pylori が産生するアンモニア(アルカリ化)や炎症性サイトカインなどによって幽門部粘膜のガストリン産生細胞(G細胞)が刺激されて高ガストリン血症となり,それによって胃酸分泌が亢進する。さらにH. pylori が十二指腸球部の胃上皮化生部分に生着して,セクレチンやCCKなどの胃酸分泌を抑制する因子の分泌を抑制するなど,十二指腸の酸分泌抑制機構(Duodenal break)を障害する。十二指腸潰瘍では,おそらくこの両方の機序が関与してガストリン分泌が刺激され,さらに酸分泌が亢進して潰瘍が発症すると考えられる。一方胃潰瘍では,H. pylori 感染は胃体部に広がっており,胃体部を中心に胃炎が生じ,その結果粘膜萎縮が進行するが,この炎症と萎縮の進展によって胃粘膜防御機構は著しく障害されることになる。この際胃酸分泌は,胃体部粘膜の萎縮,あるいは炎症性サイトカインなどの作用によって,むしろ抑制されているわけであるが,そのような弱い胃酸であっても,H. pylori によって傷害された粘膜に対しては十分な攻撃因子となって潰瘍が発症すると考えられる。
このように胃潰瘍と十二指腸潰瘍では,潰瘍発症における胃酸の関与は大きく異なっており,十二指腸潰瘍のほうがその重要性が高い。しかしながら実際の治療においては,胃,十二指腸潰瘍いずれにおいても,とにかく酸分泌を抑制することが最も効果的である。この事実は,どのような原因で発症した消化性潰瘍であっても,そこに少量でも酸がある限り,「傷口に塩酸をかけている」ようなものであり,治癒は障害され,結果的にはその傷害因子(酸)を除去することによって治癒が促進されることを意味している。非ステロイド系の抗炎症薬投与や,種々のストレスによって生じた胃潰瘍においても,その酸分泌は亢進しているわけではないが,同じように酸分泌抑制薬が極めて効果的な事実も,同じ理由による(図5)。
以上のように,胃酸の存在あるいは過酸状態は消化性潰瘍の根本原因ではないが,その発症には必須の因子である(特に十二指腸潰瘍)。また治療においては,いかなる原因で発症した消化性潰瘍であっても,酸分泌を抑制することによって,大半の例で治癒が得られる。
図4 H. pylori ,胃酸分泌と胃・十二指腸潰瘍発症の関係 |
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図5 消化性潰瘍発症における,H. pylori ,ストレス,NSAIDと胃酸の関係 |
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