(旧版)科学的根拠に基づく 乳癌診療ガイドライン 5 疫学・予防 2005年版
Research Question 14 |
心理社会学的介入は乳癌患者に有用か |
推奨グレード B | 原発性および転移性乳癌患者ともに,心理社会的な効果は一部に認められるが,効果の持続性は短期間にとどまる。 |
推奨グレード C | 生存期間の延長をもたらすという有力な証拠はない。 |
【背景・目的】
乳癌患者は病気のあらゆる段階において,さまざまな心理社会的苦痛を受けることが報告されている。したがって,それらの苦痛を軽減する方法が永年にわたり試みられてきた。精神科的な薬物療法は有力な手段の一つであるが,心理社会学的なサポート介入も期待されている。本方法においては,関わる専門職種(あるいは非専門職種)の種類,介入方法の種類や手段,有用性を評価するアウトカム指標の種類,によって異なる結果が得られることが予想されるため,患者に推奨できるかどうかを判断するためには詳細な検討が必要である。
【解説】
系統立った文献検索により,メタアナリシスを含むシステマティック・レビューが2件,質が高いとはいえないが重要なランダム化比較試験を11件,計13件を抽出した。これらの文献について概説する。
転移性乳癌患者への心理的介入(教育,個別認知行動療法,心理療法,あるいは集団サポート)に関するランダム化比較試験のCochrane Database Systematic Review(2004年)では1),5件の原著論文が選択された。介入方法は,2件は認知行動介入で3件は支持-実存的集団療法による介入であった。これらの研究から得られた効果は限定的であった。すなわち,短期間の心理的効果は複数の研究で認められたが,効果は数カ月も持続しなかった。また,これらの研究においては多種多様なアウトカム指標が用いられ,フォローアップ期間もさまざまであったため,心理的アウトカムの明確なパターンは明らかにならなかった。また,心理介入による生存期間延長の可能性を示唆する報告が従来なされていたが,その後行われた4つの研究(一つは最初の研究グループと同じ)では再現されなかった(Odds ratio for 5 year survival:0.83 [95%CI:0.53-1.28])。以上より,転移性乳癌患者に心理療法を勧めるための証拠は不十分であり,効果があっても心理的アウトカムの一部であり,また短期間であると結論づけられた。
同じく2004年に報告された,癌患者対象の心理社会的介入の生存期間に及ぼす効果に関するメタアナリシスによると2),生存期間の延長がやはり認められなかった。ただし,本研究の対象は8試験1,062人と,各試験の症例数が多くなかった。
上記のシステマティック・レビュー2件が取り扱った対象は主に転移性乳癌患者であるが,乳癌の診断後あまり時間を経ていない患者,あるいは早期乳癌患者に対する有用性はどうであろうか。Burtonらによる295人を対象とした,心理学者と外科医による術前心理療法の組み合わせの4群比較によるランダム化比較試験によると3),術後3カ月目と1年目の介入群は,対照群に比し,身体イメージに関する苦痛が有意に下がり,闘志が高く,不安と抑うつを訴える症例が少なかった。また多変量解析モデルでも,介入は良好な心理学的アウトカムの予測因子となっていた。一方Kissaneらの術後化学療法中の303人を対象とした,認知-実存的集団心理療法(CEGT)のランダム化比較試験によると4),介入は,有意に不安の軽減(p=0.05)と治療満足度の高さ(p<0.001)に貢献していた。次に,100人を対象とした集団的認知-行動ストレス管理介入の効果に関するランダム化比較試験によると5),中等度の抑うつが抑制されたが,気分障害や思考侵害,楽観など他の指標においては効果が明らかではなかったとされる。
一方,わが国からの優れた報告もある。Fukuiらによる,46人の日本の原発性乳癌患者を対象とした心理社会的介入(6週の構造化された健康教育,対処技術訓練,ストレス管理,心理学的サポート)のランダム化比較試験によると6),介入群は,6週目に活力,闘志において,対照群よりも有意に高いスコアを示し,6カ月目まで効果は持続した。
以上,原発性乳癌患者対象の研究においても,心理社会学的介入の方法はさまざまであり,また効果は一部の心理学的評価指標で認められるものの,評価指標の多重性の問題や,1研究の症例数を考慮すると,研究の質が高いものは多くなかった。
そのほか,ユニークな試みとしては,代替補完療法サポート7),教育介入と議論介入の効果8),電話によるサポート介入9),10),半構造化されたインターネットグループによる介入11),地方の患者を対象としたワークブックジャーナル(WBJ)による教育介入12),心理社会介入による医療費削減効果13),などの報告が認められた。いずれもエビデンスレベルは2bの論文である。
心理社会学的介入論文の限界は大きく分けて3つある。一つは,介入プログラムの信頼性・妥当性である。本件に関する記述が明確でないものが多い。二つ目は評価指標の選択基準である。患者の負担を考慮すると,最小限の,確立された尺度を用いることが望ましいが,その点の記載が十分でない文献が多い。三つ目は症例数設定根拠と解析手法,結果の多重性の扱いである。症例数の設定根拠に触れている論文は極めて少ない。また,複数の評価指標を同時に用いる研究が多いが,主エンドポイントが明確でなく,どれかで有意差が出ればよしとする姿勢が多い。そのために,エビデンスレベルを1段階下げざるを得なかった論文が多かった。
【検索式・参考にした二次資料】
海外文献検索:MEDLINE(Dialog)1966〜2004/04/30 | ||
S1 | BREAST CANCER×HUMAN×LA=ENGLISH | 117,845件 |
S2 | S1×PSYCHOLOGICAL(PSYCHOSOCIAL)INTERVENTION | 2,043件 |
S3 | S2 NOT(CASE REPORT+LETTER+EDITORIAL) | 1,918件 |
S4 | S3 ×(S1/TI, DE+S2/TI, DE) | 1,675件 |
注)LA:Language,UP:NLMデータ作成日,TI:タイトル,DE:MeSH索引 | ||
海外文献検索:PsycINFO(Dialog)1887〜2004/04/30 | ||
S1 | BREAST CANCER×HUMAN×LA=ENGLISH | 6,964件 |
S2 | S1×PSYCHOLOGICAL(PSYCHOSOCIAL)INTERVENTION | 1,587件 |
S3 | S2 NOT(CASE REPORT+COMMENT) | 1,539件 |
S4 | S3×S1/TI, DE | 433件 |
MEDLINEとの重複除去 | 291件 | |
海外文献検索:Cochrane Library (Web) 2004 Issue 2 | ||
#1 | BREAST CANCER | 8,837件 |
#2 | #1×PSYCHOLOGICAL(PSYCHOSOCIAL)INTERVENTION | 237件 |
#3 | #2×#1/ti, ky | 205件 |
MEDLINE,PsycINFOとの重複除去 | 23件 | |
国内文献検索:医中誌Web 1983〜2004/04 | ||
#1 | 乳癌 | 47,556件 |
#2 | #1×(精神療法+社会心理学的介入) | 241件 |
#3 | #2(会議録,症例報告除く) | 132件 |
海外文献該当1,989件より,タイトルと抄録により,RQに関連がないものや,明らかに抄録や総説とわかる論文を除き56件選択,原論文査読により,重要なシステマティック・レビューに既に含まれている文献を6件,症例数が少ない(50例以下)文献を5件,エビデンスレベルが3b以下のものを5件,抄録や総説が4件,研究目的が異なるものや,介入が心理社会学的でないもの,評価指標が免疫指標などの文献を14件除外し,最終的に22件の構造化抄録を作成した。
一方,国内文献該当132件より,タイトルと抄録で12件選択,原論文査読により,11件を除外し,最終的に1件の構造化抄録を作成した。除外基準は海外文献と同様である。
以上の結果,構造化抄録は海外と国内を含め,計23件作成した。そのうち本RQの解説に13件引用した。
【参考文献】
1) | Edwards AG, Hailey S, Maxwell M. Psychological interventions for women with metastatic breast cancer. Cochrane Database Syst Rev 2004;(2):CD004253. |
2) | Chow E, Tsao MN, Harth T. Does psychosocial intervention improve survival in cancer? A meta-analysis. Palliative Medicine 2004;18:25-31. |
3) | Burton MV, Parker RW, Farrell A, Bailey D, Conneely J, Booth S, et al. A randomized controlled trial of preoperative psychological preparation for mastectomy. Psycho oncology 1995;4(1):1-19. |
4) | Kissane DW, Bloch S, Smith GC, Miach P, Clarke DM, Ikin J, et al. Cognitive-existential group psychotherapy for women with primary breast cancer:a randomised controlled trial. Psychooncology 2003;12(6):532-46. |
5) | Antoni MH, Lehman JM, Kilbourn KM, Boyers AE, Culver JL, Alferi SM, et al. Cognitive-behavioral stress management intervention decreases the prevalence of depression and enhances benefit finding among women under treatment for early-stage breast cancer. Health Psychol 2001;20(1):20-32. |
6) | Fukui S, Kugaya A, Okamura H, Kamiya M, Koike M, Nakanishi T, et al. A psychosocial group intervention for Japanese women with primary breast carcinoma. Cancer 2000;89(5):1026-36. |
7) | Targ EF, Levine EG. The efficacy of a mind-body-spirit group for women with breast cancer:a randomized controlled trial. Gen Hosp Psychiatry 2002;24(4):238-48. |
8) | Helgeson VS, Cohen S, Schulz R, Yasko J. Long-term effects of educational and peer discussion group interventions on adjustment to breast cancer. Health Psychol 2001;20(5):387-92. |
9) | Samarel N, Tulman L, Fawcett J. Effects of two types of social support and education on adaptation to early-stage breast cancer. Res Nurs Health 2002;25(6):459-70. |
10) | Sandgren AK, McCaul KD. Short-term effects of telephone therapy for breast cancer patients. Health Psychol 2003;22(3):310-5. |
11) | Winzelberg AJ, Classen C, Alpers GW, Roberts H, Koopman C, Adams RE, et al. Evaluation of an internet support group for women with primary breast cancer. Cancer 2003;97(5):1164-73. |
12) | Angell KL, Kreshka MA, McCoy R, Donnelly P, Turner-Cobb JM, Graddy K, et al. Psychosocial intervention for rural women with breast cancer:the Sierra-Stanford Partnership. J Gen Intern Med 2003;18(7):499-507. |
13) | Simpson JS, Carlson LE, Trew ME. Effect of group therapy for breast cancer on healthcare utilization. Cancer Pract 2001;9(1):19-26. |
RQ14 心理社会学的介入は乳癌患者に有用か アブストラクトテーブル |
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