(旧版)科学的根拠に基づく 乳癌診療ガイドライン 5 疫学・予防 2005年版
Research Question 13 |
家族性乳癌家系の女性にとってカウンセリングは有用か |
推奨グレード B | カウンセリングは癌遺伝に関する知識を増加させる点で有用である。 |
推奨グレード C | カウンセリングがリスク認知をより正確にするという根拠は十分ではない。 |
推奨グレード C | カウンセリングが心理的なアウトカムに好影響を及ぼすという根拠も悪影響を及ぼすという根拠も明らかでない。 |
【背景・目的】
家族性乳癌のリスクが高い女性に対して遺伝子検査前後に行う遺伝カウンセリングは,検査結果の解釈の仕方や複雑な医学的管理について理解してもらうこと,ならびに遺伝子検査がそれを受けた女性に与えかねない心理学的影響への対処の両面から重要と思われる。遺伝カウンセリングは,女性が個別の遺伝リスク評価に基づいて遺伝子検査を受けるという決断の援助となるのみならず,そうした情報が本人や家族にどのような影響を与えるかをじっくり考える機会にもなる。以上の背景から,カウンセリングの有用性について,カウンセリングが知識を増加させるか,リスク認知の正確性を高めるか,不安・抑うつ等の心理学的なアウトカムにどのような影響を与えるか,といった点について,エビデンスを検討した〔ここでいうリスク認知(risk perception)とは,リスクの主観的な確率のことである。客観的確率であるリスクとこのリスク認知の差が認知較差(perception gap)であり,このギャップを小さくすることが,リスク認知の正確性を高めるということになる〕。
【解説】
検索の結果,メタアナリシスが行われたシステマティック・レビューが2件(エビデンスレベル2a),メタアナリシスの行われていないシステマティック・レビューが1件(エビデンスレベル3a),そして,17件のランダム化比較試験(エビデンスレベル2b)が抽出された。さらに1件のアウトカム研究(エビデンスレベル4)を検討対象に加えた。
システマティック・レビューの2件は,カウンセリングが,知識を増しリスク認知の正確性を高めるというポジティブな面と,結果として生じる各種の心理的副作用(不安,抑うつ,癌に特異的な心配)というネガティブな面に,どのような影響を与えるかを検討したものである。この2件はいずれも均質なランダム化比較試験のメタアナリシスを行っているが,評価指標が複数あることからエビデンスレベルは2aと評価した。このうち1件は乳癌に限っている1)が,もう1件は家族性癌全体のレビューではあるものの大半は乳癌に関する論文を対象としており2),ここではその乳癌部分のみを評価した。ランダム化比較試験のメタアナリシスの結果,遺伝カウンセリングは,(1)癌遺伝に関する知識の正確度(95%CI:0.15-1.26)を高めた。(2)リスク認知の正確さのレベル(95%CI:-0.23〜0.04)は変化させなかった。(3)全般的不安(95%CI:短期観察-0.06〜0.26,長期観察-0.21〜0.31)や癌特異的心配(95%CI:短期観察-0.17〜0.15,長期観察-0.35〜0.06)には影響がみられなかった2)。リスク認知の正確性を高める点では同じであるが,心理的アウトカムについては,全般的不安を減少させた1)と好影響を評価したものと,悪影響は与えなかったという評価2)に分かれた。メタアナリシスの行われていないシステマティック・レビュー3)でも,同じく,遺伝カウンセリングは心理学的な有用性とリスク認知のレベルを増すと結論づけている。この結果,「遺伝カウンセリングは遺伝性乳癌の知識の正確さを増す一方,リスク認知の正確さを増すという証拠は十分ではなく,また,全般的不安や癌特異的心配を悪化させることもない」といってよいと考えられる。
次に,カウンセリングの技法として,カウンセリング前にビデオをみることにより,理解度が高まることが報告されている4)。一方,遺伝相談の録音テープを相談者に提供することにより,女性の不安と抑うつは有意に軽減されていたが,情報処理能力には影響を与えなかった5)。同じく,カウンセリングの技法として,問題解決トレーニングと呼ばれる心理学的介入を行うことにより,第1度近親者に乳癌患者のいる女性に対してその心配を減らすことができるか否かをみたランダム化比較試験では,対照群である一般的な健康相談を受けた女性と比べて,両群とも一般的ならびに癌特異的心配を減少させたが,両群間に差はみられなかった6)。こころの専門家によるカウンセリングのほうが,効果が上がることが予想されるが,現在のところそうしたエビデンスは得られていない。カウンセリングを誰が行うのかという点についても,多職種の専門家によるのがふさわしいと予想されるが,外科医のコンサルテーションと多職種の専門家によるカウンセリングを比較したランダム化比較試験でも,両者に差はなかった7)。また,エビデンスレベルは高くないものの,カウンセリングスタイルとして,支持的コミュニケーションを多用した場合,乳癌に対する不安をかえって増す危険性も指摘されている8)。一概に心理学の専門家が行うカウンセリングが望ましいとはいえないようである。
遺伝子検査に関連するカウンセリングでもう一つ重要なのは,医学的決断の援助,すなわち,乳癌遺伝子のキャリアと判定された女性が,スクリーニングを強化するのか,予防手術を受けるのか,化学予防を行うのかという判断を行う援助としての機能である。ところが,こうした患者が医学的決断を行う場合の社会心理学的な側面に焦点を当てた研究は少ない。ランダム化比較試験による研究によれば,決断援助は,健康度(well-being)をアウトカムとした場合,BRCA1/2変異の検査を受けた女性に有益であり,またそのタイミングは遺伝子検査の結果が出る前でも後でも問題はなかった9)と報告されている。
ユニークな論文として,専門家の遺伝アセスメントについて,心理学的アウトカムのみならず,コストをランダム化比較試験で評価した10)ものがあるが,費用対便益分析を行っているものの,感度分析が行われておらず,経済研究としてのエビデンスも高くない。その結果は妥当性なし,つまり多職種による遺伝スクリーニングの健康便益はほとんど認められないと結論づけられた。
家族性乳癌家系の女性に対するカウンセリングの有用性について,カウンセリングが知識を増加させる点については,グレードBの推奨が可能であり,リスク認知のレベルを高めるという点ではそれにやや劣る推奨グレードになると思われる。不安・抑うつといった心理学的なアウトカムについては,それをカウンセリングが改善するかという点については,やはりグレードCにとどまると判断した。ただし,これを不安や抑うつの悪化を防いだという判断をすれば,家族性乳癌家系の女性に対するカウンセリングは総体として推奨グレードはBといってよいかもしれない。また,カウンセリングの技法としては心理学の専門家による介入が有用であるというエビデンスは現在のところ弱く,またその医療経済的評価も積極的にそれを支持するものではないと結論づけてよいと思われた。
【検索式・参考にした二次資料】
海外文献検索:MEDLINE(Dialog)1966〜2004/04/30 | ||
<検索式その1> | ||
S1 | BREAST CANCER×HUMAN×LA=ENGLISH | 115,378件 |
S2 | S1×(GENETIC+HEREDITARY+FAMILIAL+INHERITED) | 11,650件 |
S3 | S2×GENETIC COUNSELING | 595件 |
S4 | S2×PREVENTION+PROPHYLAXIS | 1,156件 |
S5 | S2×GENETIC SCREENING | 3,510件 |
S6 | S3+S4+S5 | 4,667件 |
S7 | S6×BREAST/TI+BREAST DISEASES/MAJ | 3,873件 |
S8 | S7×(SYSTEMATIC REVIEW+META-ANALYSIS+RCT) | 84件 |
<検索式その2> | ||
注): | 「厚生労働科学研究費補助金 医療技術評価総合研究事業 平成14年度研究報告書 科学的根拠に基づく乳がん診療ガイドライン作成に関する研究」の“癌遺伝子“の項目で使用した検索式での再現検索 |
S1 | BREAST CANCER×HUMAN×LA=ENGLISH+JAPANESE | 97,537件 |
S2 | S1×(GENETIC+INHERITED) | 11,120件 |
S3 | S1×(ETIOLOGY+EPIDEMIOLOGY+RISK)× ESTROGEN | 1,745件 |
S4 | S2+S3 | 12,631件 |
S5 | S4×(GUIDELINE+META-ANALYSIS+SYSYTEMATIC REVIEW+ RCT+CCT+COHORT+CLINICAL TRIAL+REVIEW LITERATURE) |
2,966件 |
S6 | S5×UP=20020101:20040430 | 699件 |
S7 | S6×(META-ANALYSIS+SYSYTEMATIC REVIEW+RCT) | 137件 |
S8 | S7×BREAST/TI+BREAST DISEASES/MAJ | 113件 |
<検索式その1>,<検索式その2>の合計(重複除去) | 177件 | |
海外文献検索:PsycINFO(Dialog)1887〜2004/04/30 | ||
S1 | BREAST CANCER×HUMAN×LA=ENGLISH | 6,819件 |
S2 | S1×(GENETIC+HEREDITARY+INHERITED+FAMILIAL) | 920件 |
S3 | S2×BREAST/TI+BREAST NEOPLASMS/DE | 211件 |
S4 | S2×(COUNSELING+PROPHYLAXIS+PREVENTION)/TI | 80件 |
S5 | S2×(GENETIC+HEREDITARY+INHERITED+FAMILIAL)/TI | 188件 |
S6 | S3+S4+S5 | 341件 |
MEDLINEとの重複除去 | 328件 | |
注)ti:タイトル,MAJ:major(主題),UD:データ更新日 | ||
海外文献検索:Cochrane Library (Web) 2004 Issue 2 | ||
#1 | BREAST CANCER×(GENETIC+HEREDITARY+IHNERITED+FAMILIAL) | 171件 |
#2 | #1×COUNSELING | 54件 |
#3 | #1×(PROPHYLAXIS+PREVENTION) | 77件 |
#4 | #1×GENETIC SCREENING | 35件 |
#5 | ESTOROGEN×RISK | 261件 |
#6 | (#2+#3+#4+#5)× BREAST/ti | 121件 |
#7 | #6×(#1+#2+#3+#4)/ti | 47件 |
MEDLINEとの重複除去 | 26件 | |
注)ti:タイトル | ||
国内文献検索:医中誌Web 1983〜2004/4 | ||
#1 | 家族性乳癌 | 409件 |
#2 | #1×カウンセリング | 10件 |
#3 | #1×予防 | 21件 |
#4 | #1×(遺伝子診断 OR遺伝学的スクリーニング) | 70件 |
#5 | #2+#3+#4 | 83件 |
#6 | #5(会議録,症例報告除く) | 52件 |
海外文献該当531件より,タイトルと抄録で38件選択,原論文査読により21件の構造化抄録を作成,本RQの解説に10件引用した。
国内文献該当52件より,タイトルと抄録で4件選択したが,引用すべき論文はなかった。
【参考文献】
1) | Meiser B, Halliday JL. What is the impact of genetic counselling in women at increased risk of developing hereditary breast cancer? A meta-analytic review. Soc Sci Med 2002;54(10):1463-70. |
2) | Braithwaite D, Emery J, Walter F, Prevost AT, Sutton S. Psychological Impact of Genetic Counseling for Familial Cancer:A Systematic Review and Meta-analysis. Journal of the National Cancer Institute 2004;96(2):122-33. |
3) | Butow PN, Lobb EA, Meiser B, Barratt A, Tucker KM. Psychological outcomes and risk perception after genetic testing and counselling in breast cancer:a systematic review. Med J Aust 2003;178(2):77-81. |
4) | Cull A, Miller H, Porterfield T, Mackay J, Anderson ED, Steel CM, et al. The use of videotaped information in cancer genetic counselling:a randomized evaluation study. Br J Cancer 1998;77(5):830-7. |
5) | Lobb E, Butow P, Meiser B, Barratt A, Kirk J, Gattas M, et al. The use of audiotapes in consultations with women from high risk breast cancer families:a randomised trial. J Med Genet 2002;39(9):697-703. |
6) | Schwartz MD, Lerman C, Audrain J, Cella D, Rimer B, Stefanek M, et al. The impact of a brief problem-solving training intervention for relatives of recently diagnosed breast cancer patients. Ann Behav Med 1998;20(1):7-12. |
7) | Brain K, Norman P, Gray J, Rogers C, Mansel R, Harper P. A randomized trial of specialist genetic assessment:psychological impact on women at different levels of familial breast cancer risk. Br J Cancer 2002;86(2):233-8. |
8) | Lobb EA, Butow PN, Barratt A, Meiser B, Gaff C, Young MA, et al. Communication and information-giving in high-risk breast cancer consultations:influence on patient outcomes. Br J Cancer 2004;90(2):321-7. |
9) | van Roosmalen MS, Stalmeier PF, Verhoef LC, Hoekstra-Weebers JE, Oosterwijk JC, Hoogerbrugge N, et al. Randomised trial of a decision aid and its timing for women being tested for a BRCA1/2 mutation. Br J Cancer 2004;90(2):333-42. |
10) | Brain K, Gray J, Norman P, France E, Anglim C, Barton G, et al. Randomized trial of a specialist genetic assessment service for familial breast cancer. Journal of the National Cancer Institute 2000;92(16):1345-51. |
RQ13 家族性乳癌家系の女性にとってカウンセリングは有用か アブストラクトテーブル |
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