(旧版)科学的根拠に基づく 乳癌診療ガイドライン 5 疫学・予防 2005年版

 

Research Question 12
乳房温存術は乳房切除術と比べ,クオリティ・オブ・ライフ(QOL)を向上させるか

エビデンスグレード II    身体面,精神/心理面,社会面などの健康関連QOLや性的面のQOLにおいては乳房温存術と乳房切除術の間で優劣は明らかではないが,身体イメージは乳房温存術のほうが勝っている。


【背景・目的】

近年,乳癌の手術術式は大きく変化した。すなわち,ハルステッド術に代表される胸筋合併乳房切除術は胸筋温存乳房切除術にその主座を譲り,さらに乳房温存術が早期乳癌の標準的治療法の一つとしてその地位が確立された。乳房温存術の施行頻度は年々増加し,2000年の時点で全術式の40.8%に施行されている。ここでは,乳房温存術と乳房切除術の間で術後のQOLに差があるか否かを評価する。

【解説】

乳房切除術,乳房温存術の間でQOLを比較した1966年以降のメタアナリシス,ランダム化比較試験を対象とし,1件のシステマティック・レビューとこれに含まれない8件のランダム化試験を選択した1),2),3),4),5),6),7),8),9)ここで扱われているQOLは身体面,精神/心理面,社会面などの健康関連QOLと性,身体イメージ,再発の恐れなどであるが,結果がほぼ一致しているのは身体イメージのみで,乳房温存術のほうが乳房切除術に比べ勝っている。いずれの研究でもQOLは二次エンドポイントとして評価されており,使用した調査票,評価項目,調査時期などが一貫していないこと,術後短期での比較が多く長期間での比較はなされていないなどの問題点もあるが,必ずしも健康関連QOLおよび性,再発の恐れなどの面で乳房温存術が勝っているとはいえない。

【検索式・参考にした二次資料】

MEDLINE医学文献検索結果(1966〜2003/12/31)
1.  Mastectomy 15,869件
2. 1×meta analysis 34件
3. 1×RCT 727件

2,3の中から,本RQに関連する論文を選択した。

【参考文献】

1) Irwig L, Bennetts A. Quality of life after breast conservation or mastectomy:a systematic review. Aust N Z J Surg 1997;67(11):750-4.
2) Levy SM, Herberman RB, Lee JK, Lippman ME, d' Angelo T. Breast conservation versus mastectomy:distress sequelae as a function of choice. J Clin Oncol 1989;7(3):367-75.
3) Poulsen B, Graversen HP, Beckmann J, Blichert-Toft M. A comparative study of post-operative psychosocial function in women with primary operable breast cancer randomized to breast conservation therapy or mastectomy. Eur J Surg Oncol 1997;23(4):327-34.
4) Curran D, van Dongen JP, Aaronson NK, Kiebert G, Fentiman IS, Mignolet F, et al. Quality of life of early-stage breast cancer patients treated with radical mastectomy or breast-conserving procedures:results of EORTC Trial 10801. The European Organization for Research and Treatment of Cancer(EORTC), Breast Cancer Cooperative Group(BCCG). Eur J Cancer 1998;34(3):307-14.
5) Arora NK, Gustafson DH, Hawkins RP, McTavish F, Cella DF, Pingree S, et al. Impact of surgery and chemotherapy on the quality of life of younger women with breast carcinoma:a prospective study. Cancer 2001;92(5):1288-98.
6) Yurek D, Farrar W, Andersen BL. Breast cancer surgery:comparing surgical groups and determining individual differences in postoperative sexuality and body change stress. J Consult Clin Psychol 2000;68(4):697-709.
7) Nissen MJ, Swenson KK, Ritz LJ, Farrell JB, Sladek ML, Lally RM. Quality of life after breast carcinoma surgery:a comparison of three surgical procedures. Cancer 2001;91(7):1238-46.
8) Kissane DW, Clarke DM, Ikin J, Bloch S, Smith GC, Vitetta L, et al. Psychological morbidity and quality of life in Australian women with early-stage breast cancer:a cross-sectional survey. Med J Aust 1998;169(4):192-6.
9) Ganz PA, Schag AC, Lee JJ, Polinsky ML, Tan SJ. Breast conservation versus mastectomy. Is there a difference in psychological adjustment or quality of life in the year after surgery? Cancer 1992;69(7):1729-38.


RQ12 乳房温存術は乳房切除術と比べ,クオリティ・オブ・ライフ(QOL)を向上させるか
アブストラクトテーブル
参考
文献
EV
レベル
目的 対象患者(数・人種) 介入
(曝露・case vs. control)
結果
1 2a 乳房温存術と胸筋温存乳房切除術のQOLを比較したランダム化比較試験のシステマティック・レビューを行う。 北アメリカ,イギリス,オランダで施行された乳房温存術と乳房切除術のランダム化比較試験のうち独立した2人のレビューワーにより採択された6件の論文。いずれも1985〜1994年の間に発表されている。 Stage I,II の乳癌に対する乳房温存術と乳房切除術 6件の論文が選択されたが,一般的に質的には問題がある。身体イメージはそれを調査した5件の論文すべてにおいて乳房切除術よりも乳房温存術において勝っていた。心理学的,性的,身体的健康,将来の恐怖,全般的QOLについては統計学的に結論を出すには不十分であった。照射は心理学的健康,身体イメージへの悪い影響を及ぼしている可能性がある。
2 2b 乳房温存術と乳房切除術の間でdistress(苦悩・苦痛)を追跡調査する。 ランダム化比較試験(1981〜1984年のNCIトライアル)と前向き試験であるPittsburghのbehavioral study(行動科学研究:1984〜1987年)に参加した患者 乳房温存術あるいは乳房切除術 NCIトライアル93人,Pittsburghのbehavioral study 98人を評価。Pittsburgh試験において,乳房温存群は乳房切除群に比べ心理学的(distress,depression)には不良であった。一方,NCIトライアルにおいて両群ともdistressは時間の経過とともに減少した。治療法の選択という点において,少なくとも術後3カ月の時点において乳房温存群は心理学的には不良であった。
3 2c 乳房温存術と乳房切除術のランダム化比較試験に参加した乳癌患者の心理社会的適応をレトロスペクティブに調査する。 1983〜1989年の間に施行した乳房温存術と乳房切除術のランダム化比較試験に参加した乳癌患者212人に対し郵送にて参加を依頼。同意を得られた184人を対象とした。 乳房温存術と乳房切除術。 ランダム化比較試験に参加した212人中184人を評価。平均観察期間は31カ月。インタビュー,LASA,STAIによる評価では乳房温存術の心理学的メリットを認めなかった。乳房温存術では身体イメージの低下は少なかった。両者とも周術期の専門的情報は十分であるとしているにも関わらず情報を十分に理解できていなかった。両者とも治療法の選択においては外科医に依存していた。
4 2b 乳房温存術と胸筋温存乳房切除術の間でQOLを比較する。 EORTC trial 10801に登録されたstage I,II 乳癌患者のうちQOLが2年の時点で少なくとも1回調査された症例。 乳房温存術あるいは胸筋温存乳房切除術 EORTC trial 10801に登録されたstage I,II 乳癌患者902人のうち約2年の時点でQOL調査票を完結させた乳房温存術例151人と胸筋温存乳房切除術例127人を対象とした。身体イメージ,再発の恐怖に対するCronbach’s alpha coefficient(α係数)はそれぞれ0.79,0.73であった。身体イメージと満足度は乳房温存術のほうが勝っていたが,再発の恐怖には差がなかった。乳房温存術の美容評価は医師のほうが患者に比べ評価が高いが,経過とともに評価が下がる傾向にあった。多変量解析の結果,有意に美容に影響を及ぼす因子は切除方法でlumpectomy(腫瘤摘出術)に比べwide excision(乳房円上部分切除術)は美容に悪い影響を及ぼしていた。
5 2b 60歳以下の乳癌患者のQOLを乳房温存術と乳房切除術の間で比較する。 Comprehensive Health Enhancement Support System(CHESS)の意義を比較するランダム化比較試験に参加した患者。 乳房温存術あるいは乳房切除術(乳房再建術を含む)。 ランダム化比較試験に参加した乳癌患者246人中,103人を評価(乳房温存術49人,乳房切除術54人で,乳房切除術を受けた症例のうち21人が再建術を受けた)。全体では,physical functioning(身体機能),psychologic adjustment(心理的適応),functional adjustment(機能的適心),身体イメージは5カ月後には改善するが,social,sexual function(社会的,性的機能)は低下した。乳房温存術と乳房切除術の比較において,術後平均1カ月の時点では乳房切除術の身体イメージ,身体機能,functional well-being(機能的健康感)のスコアは低下したが,術後6カ月の時点では差はなかった。化学療法は性生活の満足度,physical well-being(身体的健康感)を低下させ,息切れを増加させた。化学療法の影響は手術の内容には影響されなかった。再建術との比較においてbaselineでのQOLを解析すると,乳房温存術に比べ乳房切除術のみの場合,身体イメージは有意に低下した。逆に,乳房温存術はストレスの病気への影響に対する危惧が有意に高かった。再建術は乳房温存術に比べ身体イメージを有意に低下させたが,emotional well-being(精神的健康感)は乳房温存術,乳房切除術に比べ勝っていた。術後6カ月の時点で差を認めたのは身体イメージのみで,乳房切除術のみの場合は乳房温存術に比較して悪かった。
6 2b 乳房再建を伴う乳房切除術,乳房切除術と乳房温存術の間で術後早期の性的関心(セクシュアリティ),身体変化ストレス(body change stress)を比較する。 ランダム化比較試験であるStress and Immunity Breasst Cancer Projectに参加した乳癌患者。 1期的乳房再建を伴う乳房切除術,乳房切除術,乳房温存術。 190人を評価。セクシュアリティに関して,術前にはグループ差はなかったが,術後はグループ間で異なっていた。再建群では乳房切除群,温存群に比べ大きく異なっており,活動性,反応性が有意に低下していた。性生活再開の割合は温存術では他の2群に比べ高かった。Traumatic stress,situational stressは温存術が,body satisfactionは乳房切除群が最も低かった。回帰分析の結果,個々のSexual-Self-Schemaがセクシュアリティとbody change stressに関連していた。
7 2b 乳房再建のQOLに及ぼす影響を経時的に乳房切除術,温存術と比較する。 先進的看護とケアの経費を評価するランダム化比較試験に参加した乳癌患者。 乳房温存術,乳房切除術,再建を伴う乳房切除術。 198人を評価。再建術を受けた患者は40人(1人以外は1期的再建),乳房切除術は55人,乳房温存術は103人で再建術を受けた患者は他のグループに比べ若い女性が多かった。再建は1人を除いて1期的再建で,23人が腹直筋皮弁,17人がエクスパンダー,シリコンを用いた再建であった。診断時のQOL,年齢,手術以外の治療を調整した多変量解析の結果,再建群では乳房切除群に比べ術後経過中の気分障害(mood disturbance)の頻度が高く,この効果は手術から18カ月後まで持続していた。同様に,温存群は乳房切除群に比べmood disturbanceの頻度が高かったが,術後12カ月の時点でのみ有意差を認めた。健康感に関して再建群では乳房切除群に比べ低下していたが,温存群と再建群の間では差を認めなかった。
8 2b 早期乳癌患者の心理学的疾患の有病率,QOLを評価する。 Cognitive-existential group therapyのランダム化比較試験に参加した症例。 乳房温存術あるいは乳房切除術。横断研究。 303人を評価。精神的障害を45%の症例に,抑うつ,不安を42%の症例に認めた。軽度の抑うつは27.1%,不安は8.6%,重度の抑うつを9.6%,病的恐怖を6.9%に認めた。20%の症例は複数の症状を有していた。魅力的でなくなったと感じている症例は約3分の1で,多くの症例が性生活に興味がないと答えた。脱毛に関して相当の苦痛があった。乳房温存術は身体イメージの点で勝っていた。
9 2b 乳房切除術と乳房温存術の間でQOL,performance status(PS),心理学的適応を比較する。 心理社会的研究のランダム化比較試験に参加した乳房切除術と乳房温存術を受けた患者。 乳房切除術あるいは乳房温存術。前向き試験。 ランダム化比較試験に参加した425人中,109人を評価。いずれの調査時点においても乳房切除術と乳房温存術の間でQOL,PS,心理学的適応に差はなく,これらは両群とも術後経過とともに有意に改善した。乳房切除術の場合,着衣,身体イメージで難点を訴えることが多かったが,これらはmood(気分・感情)やQOLに影響は及ぼしていなかった。

 

 
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