(旧版)科学的根拠に基づく 乳癌診療ガイドライン 5 疫学・予防 2005年版

 

Research Question 9
BRCA1 or 2遺伝子変異を持つ女性に対する予防的両側乳房切除は乳癌発症リスクを減少するか

エビデンスグレード II    両側の予防的乳房切除により乳癌発症リスクは減少する。


【背景・目的】

BRCA1 or 2遺伝子変異を持つ女性の生涯の乳癌発症率は90%近くに達する。よって,BRCA1 or 2遺伝子変異のあることがわかった女性では,予防法をとることが何よりも望まれる。乳癌は乳房内の上皮細胞が癌化するため両側の乳房を予防的に切除することが検討されてきた。この両側の予防的乳房切除の有用性を知る目的で文献を検索した。

【解説】

両側の予防的乳房切除(bilateral prophylactic mastectomy;BPM)後(case)群における乳癌発症リスクを対照となる非切除(control)群と前向きに比較検討した研究1)では,乳癌発生のリスク減少率は90%であった。BPM群の1.9%に術後乳癌が発生した理由は,微少な乳腺組織が残存していたことによると解釈されている。この研究では観察期間中央値がcase群とcontrol群でそれぞれ5.5年と6.7年であるため,さらなる長期観察の結果が望まれる。
乳癌の既往のないBRCA1 or 2遺伝子変異を有する女性139人に対するBPMの有効性を検証する目的で,前向きにBPMを受ける女性76人と受けない女性63人の比較が行われた。この研究では手術を受けるか受けないかは個人の意志により,無作為ではなかった。2.9年の平均観察期間中,予防切除群では0例,3.0年の平均観察期間中,非切除群では8例に乳癌が出現した。BRCA1 or 2遺伝子変異を有する女性に対するBPMは3年間の観察においては乳癌の発生を減少させると結論された2)
BPMに一期的乳房再建術を行い,前向き研究をして無病期間が中央値で2.5年という報告がある3)。短期間ではあるがBPMは有効であるとしている。別の前向き研究では高リスク女性に対してカウンセリングを行い,遺伝子検査を行うことで乳癌(卵巣癌も)検診ができ,BPMに誘導可能となる。その結果,早期乳癌の発見や予防が可能であった4)。この研究でも術後観察期間は24.8カ月と短期間である。
視触診とマンモグラフィでは異常を認めない高リスク(66%がBRCA1 or 2遺伝子変異キャリア)女性の予防的に切除された乳腺組織を調べた研究5)では,40歳以上で切除乳腺内に前癌病変,非浸潤癌,浸潤癌病変を有意に多く認めた。このことより,BPMは危険な組織学的病巣を事前に処理可能と述べられている。
アンケートにより調査した報告もあり,BPM後5年以上の観察期間でBRCA1 or 2遺伝子変異女性21人には乳癌発症は認められていない6)
高リスク群女性の乳癌発症率をモデル化してコンピュータ計算により予想した研究もいくつかみられる7),8)。いずれもBPMにより乳癌発症リスクが軽減すると結論している。
乳房温存を受けたBRCA1 or 2遺伝子変異を持つ女性(変異群)と持たない女性(散発群)の同側および対側発生率を比べたケースコントロール研究では,同側発生率(49% vs 21%),対側発生率(42% vs 9%)でともに変異群のほうが散発群よりも高率であった9)
以上,発表されているすべての研究結果が手術によるリスク軽減を示している。よって,BPMはBRCA1 or 2遺伝子変異女性の乳癌発症リスクを減少させると考えられるが,エビデンスレベル1の報告がないためエビデンスグレードとしては II に相当すると思われる。

【検索式・参考にした二次資料】

海外文献検索
MEDLINE(Dialog)1966~2004/04/30よりBRCA 4,050件
1×(PREVENTION+PROPHYLAXIS) 631件
2×HUMAN×言語ENGLISH×1995以降 553件
Cochrane Library (Web) 2004 Issue 2よりBRCA 49件
4×(PREVENTION+PROPHYLAXIS+BREAST NEOPLASMS) 27件
5×1995以降 27件
3+5-重複文献 573件
 
国内文献検索
#1  医中誌Web 1983~2004/04よりBRCA 309件
#2  #1×予防 10件
#3  #1×(乳癌+乳房+乳腺+マンモグラフィ) 197件
#4  #2+#3 198件
#5  #4-(会議録,症例報告) 50件

海外文献573件より,タイトルと抄録で75件選択,原論文査読により19件の構造化抄録を作成,本RQの解説に9件引用した。
国内文献該当50件には採択すべき論文はなかった。

【参考文献】

1) Rebbeck TR, Friebel T, Lynch HT, Neuhausen SL, van' t Veer L, Garber JE, et al. Bilateral prophylactic mastectomy reduces breast cancer risk in BRCA1 and BRCA2 mutation carriers:the PROSE Study Group. J Clin Oncol 2004;22(6):1055-62.
2) Meijers-Heijboer H, van Geel B, van Putten WL, Henzen-Logmans SC, Seynaeve C, Menke-Pluymers MB, et al. Breast cancer after prophylactic bilateral mastectomy in women with a BRCA1 or BRCA2 mutation. N Engl J Med 2001;345(3):159-64.
3) Contant CM, Menke-Pluijmers MB, Seynaeve C, Mijers-Heijboer EJ, Klijn JG, Verhoog LC, et al. Clinical experience of prophylactic mastectomy followed by immediate breast reconstruction in women at hereditary risk of breast cancer(HB(O)C)or a proven BRCA1 and BRCA2 germ-line mutation. Eur J Surg Oncol 2002;28(6):627-32.
4) Scheuer L, Kauff N, Robson M, Kelley B, Barakat R, Satagopan J, et al. Outcome of preventive surgery and screening for breast and ovarian cancer in BRCA mutation carriers. J Clin Oncol 2002;20(5):1260-8.
5) Hoogerbrugge N, Bult P, de Widt-Levert LM, Beex LV, Kiemeney LA, Ligtenberg MJ, et al. High prevalence of premalignant lesions in prophylactically removed breasts from women at hereditary risk for breast cancer. J Clin Oncol 2003;21(1):41-5.
6) van Oostrom I, Meijers-Heijboer H, Lodder LN, Duivenvoorden HJ, van Gool AR, Seynaeve C, et al. Long-term psychological impact of carrying a BRCA1/2 mutation and prophylactic surgery:a 5-year follow-up study. J Clin Oncol 2003;21(20):3867-74.
7) Metcalfe KA, Narod SA. Breast cancer risk perception among women who have undergone prophylactic bilateral mastectomy. J Natl Cancer Inst 2002;94(20):1564-9.
8) Schrag D, Kuntz KM, Garber JE, Weeks JC. Life expectancy gains from cancer prevention strategies for women with breast cancer and BRCA1 or BRCA2 mutations. JAMA 2000;283(5):617-24.
9) Haffty BG, Harrold E, Khan AJ, Pathare P, Smith TE, Turner BC, et al. Outcome of conservatively managed early-onset breast cancer by BRCA1/2 status. Lancet 2002;359(9316):1471-7.


RQ9 BRCA1 or 2遺伝子変異を持つ女性に対する予防的両側乳房切除は乳癌発症リスクを減少するか
アブストラクトテーブル
参考
文献
EV
レベル
目的 対象患者(数・人種) 介入
(曝露・case vs. control)
結果
1 2b BRCA1/2遺伝子変異を持つ婦人の予防的両側乳房切除(BPM)後における乳癌発症リスクの減少率を評価すること。 483人。Case群はBRCA遺伝子変異を有し両側の予防的乳房切除術を受けた女性。Control群はBRCA遺伝子変異を有しているが手術を受けていない年齢等をマッチさせた女性。 センターが評価をはじめた時点と手術を行った時点からの乳癌の発生状況を前向きに調べた。 BPM群1.9%,Matched Control群48.7%
2 2b 乳癌の既往のないBRCA1 or 2変異を有する女性に対する予防的両側乳房切除の有効性を検証する。 139人の女性。予防切除群76人,通常の経過観察検診のみ63人。 前向き研究,予防的両側乳房切除を受ける女性と受けない女性の比較。手術を受けるか受けないかは個人の意志による。 2.9年の平均観察期間中,予防切除群では0例。3.0年の平均観察期間中,非切除群では8例出現。非切除群の平均5年の乳癌発生頻度は17%で,毎年の頻度は2.5%と計算された。
3 4 同時再建を行った予防的乳房切除症例の前向き検討。 112人の女性。76人はBRCA1/2の遺伝子変異キャリア。 前向きの病歴調査 乳癌・卵巣癌の既往歴のない79人では予防的乳房切除後mDFIが2.5年
4 3b 予防的乳房切除と検診のBRCA遺伝子変異キャリアに対する効果。 251人 手術と検診を行った対象者の観察。ケースコントロール研究 早期乳癌を発見可能。
5 4 予防的乳房切除(PM)の乳腺組織の前癌病変の頻度を調べることによりPMの意義を見出すこと。 67人の高危険群女性
(66%はBRCA1/2遺伝子変異キャリア)
切除乳腺組織の病理組織学的検索 57%で高リスク病変が認められた。ALH37%,ADH39%,LCIS25%,DCIS15%,(IDC1例)。しかし,触診とマンモグラフィではまったくみつからなかった。40歳以上で有意に高かった。
6 4 BRCA1/2遺伝子変異キャリアの長期の精神的苦痛を知ること。 85人(118人中の承諾者) 65人にアンケート。
51人にインタビュー。
予防的乳房切除を受けた21人のキャリアでは乳癌の発症の恐怖が減少したことが精神的な利点であった。
7 4 予防的乳房切除術を以前に受けた女性が感じている乳癌リスクと客観的な評価によるリスクを比較検討すること。 75人・(カナダ人)女性 家族歴を収集し,BRCA1&2遺伝子変異状況も調べ,Gail model, Claus model, BRCAPRO modelにより対象者のリスクをコンピュータで算出する。一方,対象者からはアンケート調査により自己評価によるリスクを得る。Wilcoxon’s signed-rank test, Pearson’s product-moment correlation analysisによりこの両者のリスクを比較。 自己評価によるリスクは術前76%,術後11.4%。コンピュータでは59%。
8 2c BRCA1 or 2遺伝子変異がある乳癌患者における両側卵巣切除,対側乳癌切除とこの両者の組み合わせが生存時間の延長にどう効果があるか調べる。 仮想の30歳乳癌女性 Markov modelによる決定分析法。7つ(5年間のTAM,予防的卵巣切除(PO),予防的対側乳房切除(PCM)などとその組み合わせ)の予防法について分析。 30歳の早期乳癌患者の設定では,期待生存期間はTAMで0.4から1.3年延長,POで0.2から1.8年延長,PCMで0.6から2.1年延長。高齢に設定したり,はじめの乳癌の予後不良がこれらの生存延長を低下させる。
9 3b 乳房温存療法を受けた若年女性の新発生乳癌のリスクを知る。 290人中,BRCA変異を検索した127人。 臨床病理学的データ,BRCA1/2の検査。Sporadic(S)群とGenetic(G)群のケースコントロール研究。 G群のほうがS群に比べて同側(49% vs 21%),対側(42% vs 9%)とも発生率が高い。

 

 
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