(旧版)科学的根拠に基づく 乳癌診療ガイドライン 5 疫学・予防 2005年版

 

Research Question 8
経口避妊薬使用は乳癌の危険因子になるか

エビデンスグレード III    危険因子になるという強い根拠はない。


【背景・目的】

1960年代以降,性ホルモンが避妊薬として使用されるようになり,多数のコホート研究やケースコントロール研究により経口避妊薬による乳癌の発生リスクの増加が指摘されてきた。日本でも1999年9月以降,低用量ピルが承認されている。ここでは,避妊薬使用と乳癌発生のリスクについて解説する。

【解説】

検索の結果,コホート研究5件,メタアナリシス2件,アジア系人種に関連したケースコントロール研究1件を選択した。経口避妊薬が乳癌発生のリスクを増加させるとする報告と1),2),3),4),5),リスクの増加は認めないとする報告があるが6),7),8),メタアナリシス2件の結果はいずれもリスク増加を認めるとするものであった。
経口避妊薬の乳癌発生リスクに関して用量依存性の観点からみると,避妊薬の用量や使用期間延長によるリスク増加が指摘されているが1),2),3),4),無関係とする報告5),6),7)もあり,意見が分かれている。
経口避妊薬の使用中止から乳癌が発生する(乳癌と診断される)期間についてみると,用量や使用期間の延長がリスクを増加させるとする報告では中止後5年以上経過しても使用期間によるリスク増加の影響は残るとする報告もあるが1),長期使用でリスクが増加するという報告でも,使用中止からの期間が延長するにしたがってリスクは減少する傾向にある2)。避妊薬による乳癌発生リスクを報告していても使用期間によるリスク増加は認めず,使用中止後10年以上経過すればリスク増加は認められなくなるとする報告もあり5),意見の一致をみていない。
既知の乳癌発生リスクとの関係についてみると,使用開始年齢や満期妊娠以前の使用に関しては,20歳未満での使用や初回満期妊娠以前の使用によりリスクが増加するという報告があるが2),多くの報告がリスク増加は認められないとしている1),5),6),7)。乳癌の家族歴のある女性で避妊薬曝露が乳癌リスクを増加させるという報告はない。
普及している避妊薬の多くがエストロゲンとプロゲステロン類の混合剤であるが,避妊薬の組成について言及している報告ではプロゲスチン単剤でも混合剤と同様のリスク上昇を指摘する報告や2),プロゲステロンの累計は危険因子にならないとする報告があり1),避妊薬の組成と乳癌発生リスクに関する検証は不十分である。
乳癌は人種により発生率が異なることが知られている。日本人を含むアジア系アメリカ人がアメリカに移住した場合,経口避妊薬の使用および乳癌発生リスクの増加を認めるが,経口避妊薬使用と乳癌発生リスク増加には関係は認められていない8)
以上よりシステマティック・レビューのある場合はその結果を優先するとする基準に従えば,経口避妊薬は乳癌発生のリスクを増加させるという結論となるが,相対リスクは1.1〜1.6程度と比較的小さいこと,またこれら文献の対象のほとんどが白人女性について研究したものであることを考慮する必要がある。

【検索式・参考にした二次資料】

HRTに関するRQとの重複がある。

海外文献検索:MEDLINE(Dialog)1966〜2004/04/30
S1  BREAST CANCER×HUMAN×LA=ENGLISH 115,540件
S2  S1×HORMONE REPLACEMENT THERAPY×RISK 4,044件
S3  S2×(RCT+META-ANALYSIS+SYSTEMATIC REVIEW+COHORT) 1,786件
S4  S3×HORMONE REPLACEMENT THERAPY/TI, DE 935件
S5  S1×HORMONE REPLACEMENT THERAPY/TI, DE×RISK/TI, DE 694件
S6  HORMONE REPLACEMENT THERAPY×RISK×(RCT+
META-ANALYSIS+SYSTEMATIC REVIEW)
2,960件
S7  S6×HORMONE REPLACEMENT THERAPY/TI, DE 1,672件
S8  S4+S5+S7 3,044件
S9  S1×CONTRACEPTIVE AGENTS×RISK 1,404件
S10  S9×(RCT+META-ANALYSIS+SYSTEMATIC REVIEW+COHORT) 731件
S11  S10×BREAST/TI, DE 610件
S12  S8+S11 3,514件
S13  S12×PY=>1990 NOT(LETTER+EDITORIAL) 2,602件
  注)TI:タイトル,DE:MeSH索引,LA:Language,PY:Published Year
<内訳(重複を含む)>
  S8×S13 (ホルモン補充療法) 2,345件
  S11×S13 (経口避妊薬) 459件
 
海外文献検索:Cochrane Library (Web) 2004 Issue 2
#1  BREAST CANCER 8,632件
#2  #1×HORMONE REPLACEMENT THERAPY×RISK 411件
#3  #2×HORMONE REPLACEMENT THERAPY/ti, ky 145件
#4  #1×CONTRACEPTIVE AGENTS 286件
#5  #4×BREAST/ti, ky 210件
#6  #3+#5 334件
#7  #6(1990 to current date) 246件
  MEDLINEとの重複除去 148件
  注)ti:タイトル,ky:キーワード
<内訳(重複を含む)>
  #3×#7 (ホルモン補充療法) 78件
  #5×#7 (経口避妊薬) 86件
 
国内文献検索:医中誌Web 1983〜2004/04
#1  乳癌 44,904件
#2  #1×(エストロゲン代償+ホルモン補充) 172件
#3  #1×経口避妊 19件
#4  #2+#3 186件
#5  #4(会議録,症例報告除く) 138件
<内訳(重複を含む)>
  #2×#5 (ホルモン補充療法) 131件
  #3×#5 (経口避妊薬) 16件

海外文献該当2,750件より,タイトルと抄録で関連文献115件選択した。経口避妊薬(545件):原論文査読により8件の構造化抄録を作成,RQの解説に8件引用した。国内文献該当138件(経口避妊薬16件)には採択すべき論文はなかった。

【参考文献】

1) Dumeaux V, Alsaker E, Lund E. Breast cancer and specific types of oral contraceptives:a large Norwegian cohort study. Int J Cancer 2003;105(6):844-50.
2) Kumle M, Weiderpass E, Braaten T, Persson I, Adami HO, Lund E. Use of oral contraceptives and breast cancer risk:The Norwegian-Swedish Women' s Lifestyle and Health Cohort Study. Cancer Epidemiol Biomarkers Prev 2002;11(11):1375-81.
3) Risch HA, Howe GR. Menopausal hormone usage and breast cancer in Saskatchewan:a record-linkage cohort study. Am J Epidemiol 1994;139(7):670-83.
4) Schlesselman JJ. Net effect of oral contraceptive use on the risk of cancer in women in the United States. Obstet Gynecol 1995;85(5 Pt 1):793-801.
5) Breast cancer and hormonal contraceptives: collaborative reanalysis of individual data on 53 297 women with breast cancer and 100 239 women without breast cancer from 54 epidemiological studies. Collaborative Group on Hormonal Factors in Breast Cancer. Lancet 1996;347(9017):1713-27.
6) Schuurman AG, van den Brandt PA, Goldbohm RA. Exogenous hormone use and the risk of postmenopausal breast cancer:results from The Netherlands Cohort Study. Cancer Causes Control 1995;6(5):416-24.
7) Hankinson SE, Colditz GA, Manson JE, Willett WC, Hunter DJ, Stampfer MJ, et al. A prospective study of oral contraceptive use and risk of breast cancer(Nurses' Health Study, United States). Cancer Causes Control 1997;8(1):65-72.
8) Ursin G, Wu AH, Hoover RN, West DW, Nomura AM, Kolonel LN, et al. Breast cancer and oral contraceptive use in Asian-American women. Am J Epidemiol 1999;150(6):561-7.


RQ8 経口避妊薬使用は乳癌の危険因子になるか
アブストラクトテーブル
参考
文献
EV
レベル
目的 対象患者(数・人種) 介入
(曝露・case vs. control)
結果
1 2b 経口避妊薬のタイプによる乳癌発生のリスクを検討する。 ノルウェー,102,443人 経口避妊薬の使用 851人の浸潤性乳癌が発生した。経口避妊薬を使用したことのある女性は乳癌発生のリスクが25%増加しており(p=0.007),使用期間が延長するほどこの傾向は強くなった。使用を中止してからの年数はリスクと関係がなかった。使用期間で層別化した場合,使用中止してから5年以上経ってもこの使用期間に関する傾向は認められた。
第2世代の経口避妊薬(Ethinyl estradiol<50μg)では使用期間が延長するほどリスクが増加していた。Progestagenの組成で分類するとlovonorgestrel progestagen類の累計が多いほど相対リスクは有意に高かった。多変量解析ではprogesatagen類の累計は有意ではなく,エストロゲンの量(mg)×使用期間(月)が増加するほど危険度が増加していた。
2 2b 経口避妊薬と乳癌発生の関係を検討する。 ノルウェー,スウェーデン,103,027人 経口避妊薬の使用 1,008例の乳癌発生があり,過去12カ月以内に経口避妊薬を使用していた女性は乳癌発生のリスクが増加していた。(RR:1.6, 95%CI:1.2-2.1)。この中で,エストロゲンとプロゲスチンの混合剤(RR:1.5, 95%CI:1.0-2.0),プロゲスチンのみの製剤(RR:1.6, 95%CI:1.0-4.4)で同程度のリスク上昇が認められた。20歳未満での短期(13カ月以下)使用(RR:1.3, 95%CI:1.0-1.7),満期妊娠前の短期使用(RR:1.4, 95%CI:1.0-1.8)と有意なリスク増加が認められた。長期の使用は非使用者に比べ有意にリスク増加が認められた。
3 2b 閉経後エストロゲン,プロゲスチンの使用および経口避妊薬の使用と乳癌発生の関係を検討する。 32,790人 HRT,経口避妊薬の使用 742人の乳癌発生が認められた。プロゲスチン作用のないエストロゲンを使用する場合,252錠(約1年間の使用)ごとに乳癌発生リスクは7%(RR:1.072, 95%CI:1.02-1.13)増加していたがプロゲスチン作用のある場合はリスクと増加とは関係がなかった。追跡期間中に経口避妊薬を使用していた女性はリスクが高く,252錠(約1年間)ごとに14%(RR:1.144, 95%CI:1.05-1.24)のリスク増加が認められた(5年間の使用でRR:1.42)。
4 2a 経口避妊薬による乳癌,子宮頸癌,内膜癌,卵巣癌,肝癌の発生のリスクを評価する。   経口避妊薬の使用,メタアナリシス USAの経口避妊薬を使用したことのない20〜54歳の女性で乳癌発生は100,000人に対して2,782人,経口避妊薬を8年間使用するとさらに151人の新たな乳癌が発生する。
5 2a 経口避妊薬と乳癌発生のリスクを検討する。 症例53,297例,非乳癌100,239例,25カ国 経口避妊薬の使用,メタアナリシス エストロゲンとプロゲスチンの併用による経口避妊薬を使用中か,使用後10年までは(12カ月以内の使用(RR:1.24, 95%CI:1.15-1.33),1〜4年以内の使用(RR:1.16, 95%CI:1.08-1.23),5〜9年以内の使用(RR:1.07, 95%CI:1.02-1.13)) 乳癌発生のリスクがわずかに増加する。使用中止後10年以上経過していればリスクの有意な上昇はない(RR:1.01, 95%CI:0.96-1.05)。
6 2b 経口避妊薬あるいはHRTと閉経後乳癌の発生の関係を検討する。 オランダ,閉経後,62,573人 経口避妊薬やHRT使用等のホルモン曝露 553人の乳癌発生があった。経口避妊薬を使用した女性は非使用の女性に比べて有意なリスク上昇はなかった。全体(RR:1.09, 95%CI:0.97-1.48),使用期間が5年以内(RR:0.97, 95%CI:0.61-1.55),5〜9年(RR:1.20, 95%CI:0.69-2.07),10〜14年(RR:1.03 95%CI:0.60-1.77),15年以上(RR:1.96, 95%CI:0.99-3.98)。1親等以内に乳癌の家族歴がある場合でも経口避妊薬の使用歴(RR:1.51, 95%CI:0.67-3.41)と非使用者(RR:0.97, 95%CI:0.73-1.27)でリスク増加は認められなかった。
7 2b 長期あるいは初回妊娠前に経口避妊薬を使用すると乳癌のリスクが増加するかを検討する。 USA,114,880人 経口避妊薬の使用 経口避妊薬の使用と乳癌発生のリスクには関係がなく,経口避妊薬を10年以上使用していても(RR:1.11, 95%CI:0.94-1.32)同様であった。45歳以下に限っても(RR:1.07, 95%CI:0.70-1.65)リスク増加は認められなかった。初回の満期妊娠以前に5年以上の経口避妊薬を使用している女性でも(RR:0.96, 95%CI:0.65-1.43)リスク増加は認められず,45歳以下に限っても(RR:0.57, 95%CI:0.24-1.31)非使用者と比べてリスク増加は認められなかった。
8 3b アジア系アメリカ人の移植後の乳癌発生増加は経口避妊薬が原因かを検討する。 症例597例(Chinese, Filipino, Japanese-American),コントロール966例 経口避妊薬の使用 移植後の期間にしたがって経口避妊薬の使用は増加していたが,経口避妊薬の使用期間と乳癌発生リスクの増加と関係はなかった。25歳以下,あるいは満期妊娠前の経口避妊薬使用もリスク増加とは関係がなかった。45歳以下の女性に限っても結果は変わらなかった。経口避妊薬の使用期間で補正した場合には移植後8年以上の女性は,移植後2〜7年の女性のほぼ2倍の乳癌発生のリスクが認められた。

 

 
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