(旧版)科学的根拠に基づく 乳癌診療ガイドライン 5 疫学・予防 2005年版

 

Research Question 6
良性乳腺疾患は乳癌の危険因子になるか

エビデンスグレード II    病理学的に増殖性変化を示す病変,特に異型過形成(atypical hyperplasia)を有する症例では,その後に乳癌になるリスクが高い。


【背景・目的】

生検にて病理学的に良性乳腺疾患と診断された場合,その組織像によってその後の乳癌になるリスク判定ができれば,その患者に対するその後のフォローアップの方法あるいは行うべき予防的手段をかなり個別化できる。
この点を明らかにすべく行われた研究が世界的にみても多数存在する。これらを検索した。

【解説】

良性乳腺疾患を有する女性のその後の乳癌になるリスクが一般人より高いかもしれない,という考えは比較的古くからあり,多数の研究発表がされてきた。
下に示す検索方法により,コホート研究19件,ケースコントロール研究9件,システマティック・レビュー1件を採用した。
この種の研究のうち古くはBlackらにより1972年の論文で発表されている。その中で異型過形成(atypical hyperplasia)を有する女性の乳癌になるリスクを正常あるいは過形成の女性のそれと比較した相対リスクのデータが出されており,4.96と報告されている1)
この領域の研究を最も詳細に行ったのはPage and Dupontであり,特に異型過形成の組織学的診断基準としては,彼らの基準を用いることが世界的にも最も多い2),3),4),5)
上記の研究をまとめたものとしては,1992年にはMa and Boydが異型過形成と乳癌に関する論文を系統的にレビューしたものがあり,その中で15の研究(8つのコホート研究,2つのケースコントロール研究,5つの横断研究)をメタアナリシスしている。その結果異型過形成でのオッズ比は3.67(95%CI:3.16-4.26)と報告されている6)
米国のthe College of American Pathologistsでは,上記の情勢に対応し1986年7)と1998年8)に良性乳腺疾患とその後の乳癌のリスクに関するConsensus Statementを出している。1998年のものではその良性病変の組織像別にリスクを分けて示し,リスク上昇なし,軽度にリスク上昇(1.5〜2.0倍),中等度上昇(4.0〜5.0倍),高度上昇(8.0〜10倍)に分類している。この中の中等度上昇群に異型過形成が,高度上昇群には非浸潤癌が位置している。ただし,この内容はエビデンスレベルの高くないデータに基づくものも含まれているため,今後内容を一部変更される可能性がある8)
一方,注意が必要なのはこれらの相対リスクは海外,特に米国で得られたものであり,日本人で同程度の相対リスクになるかどうかまだ明らかでない点である。
日本人を対象とした同様の研究は2つあり,その1つではNomuraらが異型過形成での相対リスクを25.2(95%CI:3.7-173)と報告し9),もう1つはMinamiらによるもので増殖性乳腺疾患での相対リスクが8.48(95%CI:2.99-24.10)とされている10)。いずれも有意に乳癌のリスクが高いとしているが,いずれも信頼区間がかなり広いため真の相対リスクがどの程度の大きさかが明らかではなく,今後のさらなる検討が必要と思われる。

【検索式・参考にした二次資料】

海外文献検索:MEDLINE(Dialog)1966〜2004/04/30
S1  BREAST CANCER×HUMAN×LA=ENGLISH 108,236件
S2  S1×LOBULAR CARCINOMA IN SITU 595件
S3  S1×ATYPICAL HYPERPLASIA 608件
S4  S1×ATYPICAL DUCTAL HYPERPLASIA 379件
S5  S1×ATYPICAL LOBULAR HYPERPLASIA 185件
S6  S1×BENIGN BREAST DISEASE 2,903件
S6  S1×FIBROCYSTIC DISEASE 1,801件
S7  S2+S3+S4+S5+S6 5,009件
S8  S7 NOT(CASE REPORT+LETTER+COMMENT+EDITORIAL) 4,500件
     
海外文献検索:Cochrane Library(Web)2004 Issue 2
#1  BREAST CANCER 8,210件
#2  #1×LOBULAR CARCINOMA IN SITU 22件
#3  #1×ATYPICAL DUCTAL HYPERPLASIA 5件
#5  #1×ATYPICAL LOBULAR HYPERPLASIA 9件
#6  #1×BENIGN BREAST DISEASE 59件
#7  #1×FIBROCYSTIC DISEASE 41件
#8  #2+#3+#4+#5+#6+#7 110件
  MEDLINEとの重複除去 60件
 
国内文献検索:医中誌Web 1983〜2004/04
#1  乳癌 44,904件
#2  #1×小葉癌 365件
#3  #1×非定型過形成 54件
#4  #1×非定型過形成(乳房/乳管) 39件
#5  #1×非定型過形成(小葉) 6件
#6  #1×良性乳房疾患 254件
#7  #1×乳腺症 382件
#8  #2+#3+#4+#5+#6+#7 938件
#9  #8 (会議録,症例報告除く) 491件

海外文献該当4,560件より,タイトルと抄録で73件選択,原論文査読により29件の構造化抄録を作成した。この際,生検で組織学的に診断された良性乳腺疾患(非浸潤癌を除外)とその後の乳癌発生の観点から検討され,その相対リスクを示している文献のみを採用することにした。なお,単なる総説の論文は除外した。本RQの解説に上記の29件中の8件と構造化抄録を作成しなかった2件を引用した。
国内文献該当491件には採択すべき論文はなかった。

【参考文献】

1) Black MM, Barclay TH, Cutler SJ, Hankey BF, Asire AJ. Association of atypical characteristics of benign breast lesions with subsequent risk of breast cancer. Cancer 1972;29:338-43.
2) Page DL, Schuyler PA, Dupont WD, Jensen RA, Plummer WD Jr, Simpson JF. Atypical lobular hyperplasia as a unilateral predictor of breast cancer risk:a retrospective cohort study. Lancet 2003;361:125-9.
3) Page DL, Dupont WD, Jensen RA. Papillary apocrine change of the breast:associations with atypical hyperplasia and risk of breast cancer. Cancer Epidemiol Biomarkers Prev 1996;5:29-32.
4) Dupont WD, Page DL, Parl FF, Vnencak-Jones CL, Plummer WD Jr, Rados MS, et al. Long-term risk of breast cancer in women with fibroadenoma. N Engl J Med 1994;331:10-5.
5) Dupont WD, Page DL. Risk factors for breast cancer in women with proliferative breast disease. N Engl J Med 1985;312:146-51.
6) Ma L, Boyd NF. Atypical hyperplasia and breast cancer risk:a critique. Cancer Causes Control 1992;3:517-25.
7) Is ‘fibrocystic disease’ of the breast precancerous? Arch Pathol Lab Med 1986;110:171-3.
8) Fitzgibbons PL, Henson DE, Hutter RV. Benign breast changes and the risk for subsequent breast cancer:an update of the 1985 consensus statement. Cancer Committee of the College of American Pathologists. Arch Pathol Lab Med 1998;122:1053-5.
9) Nomura Y, Tashiro H, Katsuda Y. Benign breast disease as a breast cancer risk in Japanese women. Jpn J Cancer Res 1993;84:938-44.
10) Minami Y, Ohuchi N, Taeda Y, Takano A, Fukao A, Satomi S, et al. Risk of breast cancer in Japanese women with benign breast disease. Jpn J Cancer Res 1999;90:600-6.


RQ6 良性乳腺疾患は乳癌の危険因子になるか
アブストラクトテーブル
参考
文献
EV
レベル
目的 対象患者(数・人種) 介入
(曝露・case vs. control)
結果
1 3b Atypical hyperplasiaを有する女性のその後に乳癌になるリスクを検討。 乳腺の生検を受け,良性と診断された女性329人(Cases 77, Controls 252)(米国人)(人種不明)。 ケースコントロール研究
Atypical hyperplasiaを有する女性のその後の乳癌になるリスクを正常あるいはhyperplasiaの女性のそれと比較。
Atypical hyperplasiaを有する女性のその後の乳癌になる相対リスクは4.96。
2 2b Atypical lobular hyperplasiaを有する女性の浸潤性乳癌になるリスクをそのlateralityを考慮して検討。 乳腺の外科的生検でAtypical lobular hyperplasiaを有することが明らかとなった女性252人(人種不明)。 後ろ向きコホート研究
外科的生検でAtypical lobular hyperplasiaを有することが明らかとなった女性の浸潤性乳癌になるリスクを浸潤性乳癌になるリスクが最も低い女性のそれと比較。
Atypical lobular hyperplasiaを有する人のハザード比は3.1(95%CI:2.3-4.3)
3 2b Papillary apocrine changeを有する女性がその後乳癌になるリスクを検討。 乳腺の外科的生検でpapillary apocrine changeを有する病理診断された女性1,613人(米国人)(人種不明)。 後ろ向きコホート研究
Papillary apocrine changeを有する女性の浸潤性乳癌になるリスクをgeneral populationのそれと比較。
Atypical hyperplasiaを伴う症例を除外すると浸潤性乳癌になるリスク比は1.2。
4 2b Fibroadenomaを有する女性のその後の浸潤性乳癌になるリスクを検討。 乳腺の外科的生検を受け,fibroadenomaの病理診断を受けた女性1,835人(米国人)(94.1%が白人)。 後ろ向きコホート研究
外科的生検を受け,fibroadenomaの病理診断を受けた女性の浸潤性乳癌になるリスクをgeneral populationのそれと比較。
Fibroadenomaの相対リスク1.61(95%CI:1.3-2.0)
Noncomplex fibroadenomaの相対リスク1.42(95%:1.1-1.8)
Complex fibroadenomaの相対リスク2.24(95%:1.6-3.2)
なお,乳癌の家族歴のないnoncomplex fibroadenomaの女性の浸潤性乳癌になるリスクは高くない。
5 2b Proliferative breast diseaseを有する女性のその後に浸潤性乳癌になるリスクを検討。 乳腺の生検で病理学的にproliferative disease without atypiaと診断された1,693人およびatypical hyperplasiaと診断された232人(米国人)(人種不明)。 後ろ向きコホート研究
Proliferative breast diseaseを有する女性のその後に浸潤性乳癌になるリスクをgeneral populationのそれと比較。
生検で病理学的にproliferative disease without atypiaと診断された女性のその後に浸潤性乳癌になる相対リスクは1.6(95%CI:1.3-2.0)
生検で病理学的にatypical hyperplasiaと診断された女性のその後に浸潤性乳癌になる相対リスクは4.4(95%CI:3.1-6.3)
さらに乳癌の家族歴があると8.9(95%CI:4.8-17)
6 2a Atypical hyperplasiaを有する女性の乳癌になるリスクの検討。 37,129人 Atypical hyperplasiaを有する女性の乳癌になるリスクを検討した文献のシステマティックレビューをし,それらのメタアナリシスをした。 15の研究(8つのコーホート研究,2つのケースコントロール研究,5つの横断研究)をメタアナリシスしている。その結果atypical hyperplasiaでのオッズ比は3.67(95%CI:3.16-4.26)
9 2b 良性乳腺疾患を有する女性のその後に乳癌になるリスクを検討。 乳腺の生検を受け,病理診断で良性乳腺疾患とされた女性428人(日本人)。 後ろ向きコホート研究。
生検を受け,病理診断で良性乳腺疾患とされた女性のその後乳癌になるリスクを正常の女性のそれと比較。
良性乳腺疾患を有する女性の相対リスクは3.5(95%CI:1.03-11.9)
Atypical hyperplasiaを有する女性の相対リスクは25.2(95%CI:3.7-173)
10 2b 外科的生検で良性乳腺疾患を有することがわかった女性の浸潤性乳癌になるリスクを検討。 乳腺の外科的生検で良性乳腺疾患を有することがわかった女性387人(日本人)。 後ろ向きコホート研究。
良性乳腺疾患を有する女性の浸潤性乳癌になるリスクを正常の女性のそれと比較。
良性乳腺疾患を有する女性の相対リスク3.26(95%CI:1.08-9.83)
増殖性良性乳腺疾患を有する女性の相対リスク8.48(95%CI:2.99-24.10)
(参考文献7,8は構造化抄録なし)

 

 
ページトップへ

ガイドライン解説

close-ico
カテゴリで探す
五十音で探す

診療ガイドライン検索

close-ico
カテゴリで探す
五十音で探す