(旧版)科学的根拠に基づく 乳癌診療ガイドライン 5 疫学・予防 2005年版

 

Research Question 5
放射線被曝は乳癌の発生リスクを高めるか

エビデンスグレード II    高線量の被曝は乳癌の発生リスクを高め,そのリスクは若年期に被曝した場合に最も高い。
エビデンスグレード IV    通常の医療被曝など,低線量の被曝によるリスクの増加は確認されていない。


【背景・目的】

放射線被曝には自然被曝と事故,戦争,偶発的,医療被曝,職業被曝などによる人工的なものがあり,これまで,原子爆弾(原爆)被爆者,医療用放射線で被曝した集団の追跡調査において放射線に関連する乳癌の発生が指摘されてきた。最近,乳癌検診へのマンモグラフィの導入,CTの普及などに伴い,被曝と発癌の関係が注目されている。ここでは,被曝と乳癌発生のリスクについて解説する。

【解説】

システマティック・レビュー2件,原爆被爆者に関するコホート研究4件,医療被曝に関するコホート研究1件,乳房温存療法に対する乳房照射を検討したランダム化比較試験2件を選択した。
被曝と乳癌の関連性が指摘されている原爆被爆,医療被曝などのコホートの特徴としては,比較的高線量,高線量率の被曝集団であることが挙げられる。このうち,被曝線量測定,追跡調査がほぼ完全に行われているのは原爆被爆者の追跡調査が唯一といって過言ではない。このコホート研究においては,これまでに,白血病,乳癌,肺癌,胃癌,結腸癌,多発性骨髄腫などの増加が認められている。乳癌の増加は被爆後10年以上経過してから認められたが,そのリスクは被爆時年齢が40歳以上の女性に比べ,若年であるほど高く,特に10歳未満でのリスクが最も高いことが示されている1),2)。発症年齢は通常の乳癌の好発年齢に一致しているが,高線量被曝者と低線量被曝者,非被爆者の間で,組織型などに放射線誘発乳癌を特徴づける違いは認められていない1)。一方,両側性乳癌の発生リスクの有意な増加は認められていないが,被爆時年齢が20歳未満でのリスクは高い可能性が示唆されている2),3)。原爆被爆者における乳腺線量は0〜6Gy(0〜6.08Sv,平均0.276Sv)と推定されており,被曝線量の増加とともにほぼ線形のパターンを示して乳癌発生頻度が増加することが示されている2),4)。これらのデータは被曝による乳癌の発生リスクを解析するモデル分析に使用されているのみならず,国際放射線防護委員会(International Commission on Radiological Protection;ICRP)の線量限度の勧告の基礎となっている点でも重要である。
さらに,被曝による乳癌発生のリスクの増加は結核に対する気胸術後の頻回の透視検査,乳腺炎,良性乳腺疾患,乳児期の胸腺肥大,皮膚血管腫に対する放射線照射などにおいても認められている5),6)。また,ホジキン病に対するマントル照射においても乳癌発生のリスクは年齢依存性に増加し,特に,思春期から30歳までに照射を受けた女性において高いことが報告されている7)。これらの結果から,放射線に対する感受性は女性(特に思春期以前)の未熟な乳腺組織において高いが,被曝から乳癌発生までの潜伏期間は長く,被曝後にさまざまな生活環境要因の影響を受けて乳癌が発生すると考えられる。また,若年者被爆者の中で,被曝後早期に発症する症例が存在することから,遺伝的要因により放射線感受性の高いサブグループの存在が示唆されている2),3)
一方,低線量,低線量率,あるいは高線量でも低線量率である場合の被曝の影響については科学的に明らかにされていない。このため,低線量の被曝の影響については,しきい値は存在せず,高線量の被曝と同様の線量反応関係が存在する,すなわち,総線量と相関して確率的に癌が発生するとの仮定のもと,モデル分析によりリスクが推定されているが,推定法に定説がなく,不確かさを含んでいることに注意が必要である。実際,原爆被爆者においても0.25Gy(平均0.17Sv)以下では,直線的な線量反応関係は確認されておらず2),4),さらに,乳房温存術後の乳房照射による対側乳癌の発生リスクの増加も認められていない8),9)

【検索式・参考にした二次資料】

放射線被曝者医療国際協力推進協議会編.原爆放射線の人体影響1992.文光堂;1992.
Carmichael A, Sami AS, Dixon JM. Breast cancer risk among the survivors of atomic bomb and patients exposed to therapeutic ionising radiation. EJSO 2003;29:475-9.

MEDLINE医学文献検索結果1966〜2004/04/30
1.  risk×radiation 18,971件
2. 1×breast 2,016件
3. contralateral breast cancer 1,023件
  2,3の中から本RQに関連する9件の論文を選択した。

【参考文献】

1) Tokunaga M, Land CE, Yamamoto T, Asano M, Tokuoka S, Ezaki H, et al. Incidence of female breast cancer among atomic bomb survivors, Hiroshima and Nagasaki, 1950-1980. Radiat Res 1987;112:243-72.
2) Tokunaga M, Land CE, Tokuoka S, Nishimori I, Soda M and Akiba S. Incidence of female breast cancer among atomic bomb survivors, 1950-1985. Radiat Res 1994;138:209-23.
3) Land CE, Tokunaga M, Koyama K, Soda M, Preston DL, Nishimori I, et al. Incidence of female breast cancer among atomic bomb survivors, Hiroshima and Nagasaki, 1950-1990. Radiat Res 2003;160:707-17.
4) Thompson DE, Mabuchi K, Ron E, Soda M, Tokunaga M, Ochikubo S, et al. Cancer incidence in atomic bomb survivors. Part II:Solid tumors, 1958-1987. Radiat Res 1994;137:S17-67.
5) Preston DL, Mattsson A, Holmberg E, Shore R, Hildreth NG and Boice JD, Jr. Radiation effects on breast cancer risk:a pooled analysis of eight cohorts. Radiat Res 2002;158:220-35.
6) Morin Doody M, Lonstein JE, Stovall M, Hacker DG, Luckyanov N and Land CE. Breast cancer mortality after diagnostic radiography:findings from the U.S. Scoliosis Cohort Study. Spine 2000;25:2052-63.
7) Clemons M, Loijens L and Goss P. Breast cancer risk following irradiation for Hodgkin' s disease. Cancer Treat Rev 2000;26:291-302.
8) Veronesi U, Cascinelli N, Mariani L, Greco M, Saccozzi R, Luini A, et al. Twenty-year follow-up of a randomized study comparing breast-conserving surgery with radical mastectomy for early breast cancer. N Engl J Med 2002;347:1227-32.
9) Poggi MM, Danforth DN, Sciuto LC, Smith SL, Steinberg SM, Liewehr DJ, et al. Eighteen-year results in the treatment of early breast carcinoma with mastectomy versus breast conservation therapy:the National Cancer Institute Randomized Trial. Cancer 2003;98:697-702.


RQ5 放射線被曝は乳癌の発生リスクを高めるか
アブストラクトテーブル
参考
文献
EV
レベル
目的 対象患者(数・人種) 介入
(曝露・case vs. control)
結果
1 2b 広島,長崎の原子爆弾(原爆)被爆者における女性乳癌の罹患率を調査する。 原爆被爆者,非被爆者 広島,長崎における原爆被爆 被爆者における乳癌患者数は564人(両側は10人)。被爆線量と組織型には関連を認めない。広島,長崎とも線形の線量反応を認め,2市の間で違いを認めない。被爆時年齢が10歳以下のグループで乳癌の過剰リスクを認めるが,被爆時年齢が高齢であるほどリスクは低下する。
2 2b 広島,長崎の原子爆弾(原爆)被爆者における女性乳癌の罹患率を調査する。 原爆被爆者,非被爆者(拡大寿命調査集団70,165人) 広島,長崎における原爆被爆 被爆者における乳癌患者数は807人で,両側乳癌患者は20人。被爆者における乳腺への線量は0〜6Gyと推定されており,乳癌発生の過剰リスクは被爆時年齢20歳以下の女性において最も高く,1Sv当たりの過剰相対リスク(ERP at 1Sv)は35歳以上では2倍であるのに対し,35歳以下では13倍であった。一方,これまでの報告と異なり,被爆時年齢40歳以上の女性においてもリスクが増加する可能性が示唆された。また,若年時の被爆者が癌の好発年齢に到達して乳癌を発症する傾向が認められた。さらに,0.5Gy以下まで線形の線量反応が認められるが,0.25Gy以下では明らかでないことが示された。両側性乳癌の過剰発生は認められないが,早期発症例の存在することから,遺伝的に,放射線感受性の高い集団の存在する可能性が示唆された。
3 2b 広島,長崎の原子爆弾(原爆)被爆者における女性乳癌の罹患率を調査する。 原爆被爆者,非被爆者(1950年における拡大寿命調査E85コホート70,165人) 広島,長崎における原爆被爆 被爆者における乳癌患者数は1,059人。これまでの調査と同様,直線的な線量反応を認め,ERR1svは被爆時年齢20歳以下の女性において高く,到達年齢が増加するほど低下した。両側乳癌のリスクは全体では過剰ではないが,被爆時年齢が20歳以下の女性ではリスクが高い。推定ERR1svは1.68で90%信頼区間は1.31-2.10であった。
4 2b 広島,長崎の原子爆弾(原爆)被爆者における固形腫瘍の罹患率を調査。 原爆被爆者,非被爆者(拡大寿命調査E85コホート79,972人) 広島,長崎における原爆被爆 被爆者79,972人中,8,613人の固形腫瘍患者を同定。胃癌,結腸癌,肺癌,乳癌,卵巣癌,泌尿器系腫瘍,甲状腺癌の過剰リスクを認めた。今回,初めて,肝癌,メラノーマ以外の皮膚癌の過剰リスクが確認された。また,唾液腺癌も増加していたが,口腔咽頭癌,食道癌,直腸癌,胆嚢癌,子宮頸癌,子宮体癌,前立腺癌,腎癌の増加は認めなかった。広島と長崎の違いは認めなかった。全固形腫瘍,特に,肺癌,泌尿器癌の過剰リスクは男性よりも女性に高かった。消化器癌,メラノーマ以外の皮膚癌,乳癌,甲状腺癌のリスクは被爆時年齢が増加するほど低下した。また,加齢とともに全固形腫瘍のリスクは低下した。一方,全固形腫瘍のリスクは被爆からの経過年数の増加とともに増加していた。ERR1svは胃癌0.32,大腸癌0.72,肺癌0.95,乳癌1.59,卵巣癌0.99,尿管膀胱癌1.02,甲状腺癌1.15であった。
5 2a 被曝と乳癌の関連を調査した8個のコホート研究(1986年〜1996年に発表)に基づき被曝のリスクを評価する(プール解析)。 日本,米国,スウェーデンにおける医療被曝(結核,産褥期乳腺炎,小児胸腺腫,良性乳腺疾患,皮膚血管腫),原子爆弾(原爆)被爆者と対象(計77,527人)。 医療被曝,あるいは原子爆弾による被爆 全コホート症例77,527人中,乳癌患者は1,502人。Observed over expected value(O/E)は0.02Gy以下では0.69-1.4であったのに対し,0.02Gy以上では0.9-4.5であった。過剰リスクは高線量で減少する線形の線量反応を認めた。過剰リスクを単純にモデル化することは困難であるが,胸腺腫,結核,原爆被爆者のコホートにおける経時的パターンは類似していた。原爆被爆者は乳癌発生率の低い日本でのコホートであるにも関わらず,1Gy当たりの平均過剰リスクは他のコホートの4倍であった。また,リスクは乳腺炎,乳腺疾患のコホートで高い傾向にあり,血管腫のコホートでは低い傾向にあった。被曝による乳癌発生リスクは年齢,被爆時年齢と相関していた。急激な被曝と高線量率での分割照射は類似しているが,低線量率での繰り返し照射の影響はより小さい可能性が示唆された。また,良性乳腺疾患患者では放射線感受性が高い可能性が示唆された。
6 2b 放射線診断を受けた脊柱側弯症患者の乳癌死亡率を調査する。 脊柱側弯症(5,573人)。1912年〜1965年に発症した年齢20歳以下の米国女性患者。一般米国人を対象。 脊柱に対する放射線診断による被曝 138,000件近い照射記録に基づき調査。一人あたりの検査回数は平均24.7回で乳房への線量は10.8cGyと推定された。欠損データのない5,466人について乳癌死亡率を調査し,診断時平均年齢は10.6歳で,平均経過観察期間は40.1歳であった。予測が45.6例であるのに対し,77例の乳癌死亡患者が見出され,標準化死亡率は1.69であった。被曝線量の増加に伴い乳癌死亡リスクは増加した。1Gy当たりの過剰リスクは5.4(95%CI:1.3-2.1)であった。
7 3a ホジキン病に対する放射線治療と乳癌発生リスクを19件の後ろ向き研究に基づき評価する。 ホジキン病 ホジキン病に対する放射線照射。主にマントル照射。 乳癌発生リスクは思春期から30歳までに被曝した女性において最も高く,潜伏期間は約15年で,通常の乳癌より若年である30〜40歳で発症している。危険因子は被曝時年齢,治療後の経過年数,照射線量で,発生部位は内側が多いが,被曝を特徴づけるような組織学的所見は認められていない。また,両側性乳癌が多い傾向にある。予後に関しては,30歳までに照射を受けた女性の乳癌の予後は不良とする報告がある。一方,男性乳癌の発症は観察されていない。
8 1b 胸筋合併乳房切除術と乳房温存術の20年にわたる治療成績を検討する。 701人の腫瘤径2cm以下の乳癌患者 胸筋合併乳房切除術と乳房温存術(乳房扇状部分切除術,50Gyの乳房照射と10Gyのブースト照射) 局所再発率は乳房温存群において有意に高いが,対側乳癌,遠隔転移,二次癌の発生率には有意差を認めない(Rate/100women-Yearは胸筋合併乳房切除術で10.2,乳房温存術で8.7)。
9 1b 早期乳癌に対する乳房切除術と温存術の18年にわたる治療成績を検討する。 早期乳癌患者(237人) 乳房切除術 対 乳房温存術(45-50.4Gyの乳房照射,15-20Gyのブースト照射) 両者の間で,生存率,無病再発率,対側乳癌の発生率に差はなく,温存群における乳房内再発率は22%であった。

 

 
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