(旧版)科学的根拠に基づく 乳癌診療ガイドライン 5 疫学・予防 2005年版

 

Research Question 3
脂肪の食餌摂取は乳癌の危険因子になるか

エビデンスグレード II    脂肪の食餌摂取は乳癌の危険因子にならない。


【背景・目的】

50年以上も前にゲッ歯類の動物実験で高脂肪摂取は乳房腫瘍への感受性を高めることが示され,米国で70年代に国民統計の推計で1人当り脂肪消費量と乳癌の罹患率および死亡率の間に正の関連性があると報告された。その後,データの質が問題視され,脂肪摂取が乳癌の危険因子になるか否かについて論争になっている。ここでは,EBMの手法に従って,対象者として特に日本人を念頭に置いて,危険因子になるか否かを評価した。

【解説】

1966年以降の乳癌関連の論文から系統立ったシステマティック・レビューを行い,ケースコントロール研究以上のエビデンスレベルで32件が選択された。次に下の明示的な基準*を用いて13件に絞り込んだ。日本人のみを対象にした論文はなかった。9件は関連性がないとし,そのうちの1件7)はデータの質をかなり厳密に検討したメタアナリシスで明確な関連性はないと述べていた。3件は関連性があるとしそのうち2件3),10)はメタアナリシスであった。1件は不確かである,としていた。日本人に言及した論文11)では,ハワイ州の白人と日系人を比較して白人には関連性が認められたが,日系人には認められなかったとしていた。一般に脂肪摂取が少ないインドネシア人を対象にした論文1)では,危険因子になるとしていた。以上,システマティック・レビューの結果ではその結果が相反したが,(1)日系人を対象にした論文では関連性がなかった,(2)関連性がないとしたメタアナリシスの論文はベースとなるコホート人数とケース数がともにほかの2つのメタアナリシスよりも多かった,という2つを根拠に,上記のRQの回答は「脂肪摂取は乳癌の危険因子にならない」とした。

【検索式・参考にした二次資料】

1.  Breast cancer 7,193件
2. 1×Fat intake 91件
3. 2×(RCT+meta analysis+cohort study+case-control) 32件
4. 3×Explicit criteria* 13件
    *「日本人またはアジア人を対象とした論文」「対象人数が多い(1,750人以上)論文」「1988年以降の論文」

【参考文献】

1) Wakai K, Dillon DS, Ohno Y, Prihartono J, Budiningsih S, Ramli M, et al. Fat intake and breast cancer risk in an area where fat intake is low:a case-control study in Indonesia. Int J Epidemiol 2000;29(1):20-8.
2) Velie E, Kulldorff M, Schairer C, Block G, Albanes D, Schatzkin A. Dietary fat, fat subtypes, and breast cancer in postmenopausal women:a prospective cohort study. J Natl Cancer Inst 2000;92(10):833-9.
3) Wu AH, Pike MC, Stram DO. Meta-analysis:dietary fat intake, serum estrogen levels, and the risk of breast cancer. J Natl Cancer Inst 1999;91(6):529-34.
4) Holmes MD, Hunter DJ, Colditz GA, Stampfer MJ, Hankinson SE, Speizer FE, et al. Association of dietary intake of fat and fatty acids with risk of breast cancer. JAMA 1999;281(10):914-20.
5) Cade J, Thomas E, Vail A. Case-control study of breast cancer in south east England:nutritional factors. J Epidemiol Community Health 1998;52(2):105-10.
6) Franceschi S, La Vecchia C, Russo A, Negri E, Favero A, Decarli A. Low-risk diet for breast cancer in Italy. Cancer Epidemiol Biomarkers Prev 1997;6(11):875-9.
7) Hunter DJ, Spiegelman D, Adami HO, Beeson L, van den Brandt PA, Folsom AR, et al. Cohort studies of fat intake and the risk of breast cancer-a pooled analysis. N Engl J Med 1996;334(6):356-61.
8) Franceschi S, Favero A, Decarli A, Negri E, La Vecchia C, Ferraroni M, et al. Intake of macronutrients and risk of breast cancer. Lancet 1996;347(9012):1351-6.
9) Martin-Moreno JM, Willett WC, Gorgojo L, Banegas JR, Rodriguez-Artalejo F, Fernandez-Rodriguez JC, et al. Dietary fat, olive oil intake and breast cancer risk. Int J Cancer 1994;58(6):774-80.
10) Boyd NF, Martin LJ, Noffel M, Lockwood GA, Trichler DL. A meta-analysis of studies of dietary fat and breast cancer risk. Br J Cancer 1993;68(3):627-36.
11) Nomura AM, Marchand LL, Kolonel LN, Hankin JH. The effect of dietary fat on breast cancer survival among Caucasian and japanese women in Hawaii. Breast Cancer Res Treat 1991;18 Suppl 1:S135-41.


RQ3 脂肪の食餌摂取は乳癌の危険因子になるか
アブストラクトテーブル
参考
文献
EV
レベル
目的 対象患者(数・人種) 介入
(曝露・case vs. control)
結果
1 3b 脂肪の摂取量が低いジャカルタで,脂肪摂取と乳癌との関連性をケースコントロール研究によって検討すること。 226人のケース群(初期の乳癌と診断された女性),452人のコントロール群(ケース群と年齢,社会的地位を一致させた女性)。 訓練された面接官による標準質問票を使って直接面接をした。選択栄養素は食物習慣質問票より得た。 未婚女性の脂肪摂取と乳癌とのORは8.47(95%CI:4.0-17.8)であった。未婚で閉経前の女性の脂肪摂取と乳癌とのORは10.7(95% CI:3.86-29.7)であった。未婚で閉経後の女性の脂肪摂取と乳癌とのORは4.34(95%CI:1.70-11.1)であった。
2 3b 閉経後の女性において,乳癌と脂肪(脂肪の亜類型を含む)との関連性を前向きコホート研究により検討すること。 乳癌研究プロジェクトの追跡調査に参加した女性,280,000人からスクリーニングによって選択された40,022人。 指標質問や電話による情報収集。追跡調査質問票の郵送による再確認を行った。第2次追跡調査質問票も郵送された。返答のないものには追跡調査の質問を電話により問い合わせた。 脂肪から摂取したエネルギーの最も低い五分位数以下の女性群と,最も高い五分位数以上の女性群との比較を行った結果,補正RRは1.07(95% CI:0.86-1.32)であった。
3 3a 脂肪摂取と乳癌の関連性をメタアナリシスにより検討すること。 1966〜1998年のMEDLINEデータベースで検索した,既存の脂肪摂取介入研究13件の対象者。 脂肪摂取介入研究を,血清エストロゲン基準でメタアナリシスを行った。 閉経前の女性のエストロゲン基準での蓄積推定値の変化は,-7.4%(95%CI:-11.7%〜-2.9%)であった。閉経後の女性のエストロゲン基準での蓄積推定値の変化は,-23.0%(95% CI:-27.7%〜-18.1%)であった。全体の%変化は,-13.4%(95%CI:-16.6%〜-10.0%)であった。
4 2b 脂肪と脂肪酸の摂取が,乳癌と関連性があるかどうかを検討すること。 1980年時点で癌に罹患していない女性88,795人のうち,質問票に返答したもの。 癌危険因子についての質問票を郵送し返答を得,追跡調査としての質問票を再度郵送した。食餌習慣質問票により栄養素の摂取について調査を行った。 脂肪からエネルギーの30.1%〜35%を得ている女性と20%未満の女性と比較したRRは1.15(95% CI:0.73-1.80)であった。
5 3b 乳癌と食事からの危険因子を調査すること。 胸部スクリーニングプログラムにおいて検査を行う病院に受診に来た50〜65歳の女性1,577人。 面接を行い月経状況などの個人情報を得た。また,摂取する食品の詳細は質問票に記入してもらい郵送で回収した。 飽和脂肪酸の四分位数によるORは2.46(95%CI:1.43-4.24)であった。一価不飽和脂肪酸の四分位数によるORは1.18(95% CI:0.68-2.06)であった。多価不飽和脂肪酸の四分位数によるORは0.95(95%CI:0.55-1.63)であった。
6 3b 乳癌に対しての低リスク食品を調査すること。 2,569人のケース群(乳癌組織が確認された23〜74歳の女性),2,588人のコントロール群(受診に来た23〜74歳の女性)。 食餌習慣質問票を使った面接官による面接を行った。 毎日のオリーブ油と菜種油の摂取が多いと関連危険因子は減少した。バターに関しては関連因子の減少は緩やかだった。
7 2a 摂取する栄養素と乳癌との関連性を検討すること。 7つの前向き研究の症例からベースラインとして337,819人,そのうちケースとして4,980人。 7つの前向き研究を使ったプール解析。 エネルギー補正された脂肪摂取の最も高い五分位数と低い女性から得た,乳癌危険因子の多変量プールドRRは1.05(95% CI:0.94-1.16)であった。
8 3b 乳癌の危険因子と微量栄養素摂取との関連性を検討すること。 イタリア北東部のポルデノンとゴリツィア,都市地区のミラノとジェノバ,北部のフォルリ,中央部のラティーナ,南部の都市地区ナポリでインタビューした2,569人のケース群(乳癌と診断された女性)と2,588人のコントロール群(乳癌歴のない女性でケース群と同じ地区の病院で選択された)。 社会的地位も含む質問票を配布して回答を得た。訓練を受けた面接官によるインタビュー。食餌習慣質問票により摂取する食物の詳細を得た。 全脂肪のORは0.91であった。五分位数のORは0.81であった。エネルギー%での脂肪のORは0.88であった。エネルギー%での脂肪の五分位数のORは0.80であった。
9 3b 乳癌の危険因子としての植物油と脂肪栄養素について検討すること。 ギプスコア,サラゴサ,マドリード,ハエン,グラナダの5都市の登録簿より988人のコントロール群,762人のケース群(新たに乳癌と診断された18〜75歳の女性)。 社会的地位などの個人情報を,質問票を用いて面接官が直接に訪問するか,または質問票の郵送,電話による質問も行い入手した。食餌習慣質問票により摂取する食物の情報を得た。 脂肪のエネルギー補正と乳癌の危険因子とのORは0.98(95%CI:0.74-1.29)であった。多価不飽和脂肪酸のエネルギー補正と乳癌の危険因子とのORは1.34(95% CI:0.98-1.84)であった。オリーブオイルを摂取した場合,ORは0.66(95%CI:0.46-0.97)であった。
10 2a 乳癌の危険因子とされる脂肪に関して,症例をメタアナリシスにより検討すること。 1966〜1993年のMEDLINEデータベースで検索した既存のメタアナリシスを含む24件の疫学研究(全対象者数252,765人,全ケース群3,007人)。 女性の乳癌の危険性と脂肪の摂取との関連を検討した疫学研究24件のメタアナリシスを行った。 脂肪を栄養素として計算された23件の症例研究におけるRRは1.12(95%CI:1.04-1.21)であった。コホート研究においてRRは1.01(95% CI:0.90-1.13)であった。ケースコントロール研究においてRRは1.21(95%CI:1.10-1.34)であった。食餌の種類では,肉のRRが1.54(95% CI:1.31-1.82)であった。
11 3b 日本人と白人の乳癌女性患者の生存状況と脂肪摂取による影響を検討すること。 米国のハワイ州に居住する日系人182人と白人161人の乳癌患者。 訓練された女性面接官が対象者の家庭に訪問し,脂肪を含む代表的な43品目の食品の摂取について質問した。生存率を癌登録制度からデータを得た。 白人では,脂肪摂取量が多い場合,有意に死亡リスクが高いという関連性が示された。日本人では,その関連性は示されなかった。

 

 
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