(旧版)科学的根拠に基づく糖尿病診療ガイドライン 改訂第2版
11.糖尿病大血管症
解説
2.糖尿病大血管症の予防
細小血管症の危険因子の中では高血糖の重要性がきわめて高いが,大血管症では高血糖,高血圧,高脂血症,喫煙,肥満などの危険因子がすべて重要であり,かつ,危険因子の数が増えるにつれて大血管症のリスクはいっそう増加する.したがって,糖尿病患者における大血管症の予防のためには,血糖管理だけではなく,上記の危険因子をできるだけ取り除く必要がある.
大血管症の予防を目標とした臨床研究で,糖尿病患者を対象にした試験は少ない.しかし,大規模臨床試験のサブ解析の結果から,糖尿病患者においても大規模臨床試験の結果がそのまま適用できると考えられ,しかも,いくつかの試験から,大血管症の予防には,糖尿病患者では非糖尿病者よりも厳格に危険因子の管理を行う必要があると考えられる.
(1)血糖
1型糖尿病を対象としたDCCT(Diabetes Control and Complications Trial)と2型糖尿病患者を対象としたUKPDSでは,通常の治療よりも厳格な血糖コントロールを目指すことによって心筋梗塞発症に減少傾向が認められた31),32).DCCTでは,1983〜1993年に行われたDCCT終了後も大多数の患者が追跡された.DCCT開始時から2005年2月までの平均17年間の追跡期間中の心血管イベントは,従来療法群に比べて強化療法群で42%の有意な減少が認められた31).一方,新規に診断された2型糖尿病患者に食事療法を中心とした治療を行った従来療法群と空腹時血糖108mg/dL未満を目標にスルホニル尿素薬またはインスリンを投与した強化療法群を10年間追跡したUKPDSでは,従来療法群(平均HbA1c7.9%)に比べて強化療法群(平均HbA1c 7.0%)において心筋梗塞の発症が減少傾向が認められた(16%,p=0.052)32).また,1型糖尿病のインスリン強化療法についてのメタ解析では,インスリン強化療法により大血管症の発症患者数や大血管症による死亡率は有意に低下しなかったが,大血管症イベント数が有意に減少したことが示されている33).これらの成績に加え,疫学的に閉塞性動脈硬化症を含む心血管疾患の発症と高血糖との関連が認められ34),35),36),37),しかも,心血管イベントの発症に血糖コントロールの閾値が認められないこと35),38)から,厳格な血糖コントロールは心血管イベントの予防に有効であることが示唆される.
食後高血糖やインスリン抵抗性の増大が心血管疾患発症と関連していることが報告されている39),40),41).UKPDSでは,空腹時血糖のコントロールを治療の目標としており,強化療法群ではスルホニル尿素薬やインスリンが治療薬の中心であり,食後高血糖やインスリン抵抗性の改善が不十分であった可能性がある.実際,肥満2型糖尿病患者を対象としたUKPDSのサブ解析では,メトホルミンを併用することによってメトホルミン非使用群に比べて大血管症の発症が減少することが報告された42).この研究において,HbA1cの低下はメトホルミン治療とスルホニル尿素薬,インスリン治療とでは同程度だったが,糖尿病関連イベントと総死亡はメトホルミン治療群で有意に減少していた42).また,メトホルミン群では,他の治療群よりも体重の増加が少なかった42).
大血管症を合併した2型糖尿病患者に対するチアゾリジン薬の大血管症予防効果について検討したPROactive(PROspective pioglitAzone Clinical Trial In macroVascular Events)では,ピオグリタゾンの投与がプラセボ群に比べて心血管疾患イベントを有意に低下させることが報告されている43).しかし,大血管症の一次予防に対するチアゾリジン薬のevidenceはない.また,PROactiveでは,ピオグリタゾン群において心不全による入院が有意に多く43),心機能の低下した患者に対するチアゾリジン薬の使用は慎重に行う必要がある.
食後高血糖を改善させるαグルコシダーゼ阻害薬アカルボースを用い,IGT患者における2型糖尿病進行予防を目的としたランダム化比較試験STOP-NIDDM(Study to Prevent Non Insulin Dependent Diabetes)trialのサブ解析では,アカルボース群はプラセボ群に比べて心血管イベントを49%抑制したことが報告されている44).アカルボースが2型糖尿病患者の心血管疾患発症に及ぼす影響についてメタアナリシスを行った報告では,アカルボースの投与が心筋梗塞や心血管疾患死を有意に抑制した45).しかし,このメタアナリシスに用いられたスタディの質は不十分であり,さらなるevidenceの集積が望まれる.また,食後高血糖改善作用を有するグリニド系薬剤については,糖尿病大血管症におけるevidenceはない.
(2)血圧
血圧の厳格なコントロールは大血管症発症のリスクを減少させる46),47),48),49),50),51).UKPDSでは,2型糖尿病患者を対象として降圧目標値を180/105mmHg以下(到達血圧154/87mmHg)とした群と150/85mmHg以下(到達血圧144/82mmHg)に厳格にコントロールした群とで比較すると,血圧管理を厳しくした群では,糖尿病関連エンドポイントと糖尿病関連死,脳卒中が有意に減少した46).ベースラインの拡張期血圧が80〜90mmHgの正常血圧2型糖尿病患者を対象としたnormotensive ABCD(Appropriate Blood Pressure Control in Diabetes)Trialでは,拡張期血圧をベースラインよりも10mmHg低下させる厳格コントロール群における脳血管障害の発症はプラセボ群に比べて有意に抑制された47).糖尿病を含む高血圧患者を対象としたランダム化比較試験のサブ解析でも,糖尿病患者における降圧療法の大血管症予防効果は,非糖尿病患者と同等かそれ以上であることが示されている48),49),50),51).
UKPDSコホートを対象とした前向き観察研究でも,収縮期血圧の上昇により心筋梗塞,脳卒中,閉塞性動脈硬化症のいずれも,その発症リスクの増加が示された.また,この収縮期血圧と大血管症発症リスクとの関係には,いわゆるJカーブ現象は認められなかった52).
降圧薬の種類によって冠動脈疾患や脳血管障害の予防効果に違いがあるかどうかについては,一定の見解が得られていない47),53),54),55),56),57),58),59),60),61),62),63),64),65),66),67)が,ジヒドロピリジン系持続性カルシウム拮抗薬とアンジオテンシン変換酵素阻害薬の併用は,欧米で頻用されているβ遮断薬と利尿薬の組み合わせよりも心血管疾患発症予防効果が高いことが報告されている63).また,レニン・アンジオテンシン系阻害薬は,他の降圧薬に比べて心不全発症予防効果に優れている55),56),63),67).大血管症発症予防のためには降圧度が最も重要であるが,インスリン抵抗性改善や臓器保護の観点からレニン・アンジオテンシン系阻害薬または持続性カルシウム拮抗薬を第一選択薬とすることが望ましい.
(3)脂質代謝異常
2型糖尿病患者の冠動脈疾患の一次予防および二次予防にはスタチンが有効である68),69),70),71).
HPS(Heart Protection Study)では,シンバスタチン投与により,2型糖尿病患者の主要血管イベント(冠動脈疾患死,非致死的心筋梗塞,すべての型の脳卒中,冠動脈もしくは冠動脈以外の血行再建術)がプラセボ群に比べて22%減少した69).シンバスタチンによる心血管イベント発症の抑制は,心血管疾患合併の有無にかかわらず認められた69).CARDS(Collaborative Atorvastatin Diabetes Study)は,LDL-C値≦160mg/dLかつ空腹時トリグリセリド値≦600mg/dLで,網膜症とアルブミン尿,喫煙,高血圧のうち1つ以上を合併するイギリス人とアイルランド人の2型糖尿病患者を対象とし,アトルバスタチンとプラセボを投与し,平均3.9年間追跡したランダム化比較試験である70).アトルバスタチン群は,プラセボ群に比べて主要血管イベント(心血管疾患死,非致死的心筋梗塞,冠血行再建術,心原性心肺蘇生,入院を要する不安定狭心症,脳卒中)が37%減少した70).スタチンによる主要血管イベントの減少は,冠動脈疾患既往の有無や性別,年齢,血糖コントロール,脂質値,高血圧治療の有無にかかわらず認められている69),70).
スタチンは冠動脈形成術(PCI)後の2型糖尿病患者の心血管イベントを抑制することが報告されている72).また,急性冠症候群発症直後からスタチンを投与することにより,心血管イベントの再発を予防することも報告されている73),74).スタチンによる冠動脈疾患の二次予防においては,LDL-Cの治療目標値を70mg/dL程度まで低下させることにより,100mg/dL前後を目標とした場合に比べて,冠動脈イベントの抑制効果74),75),76)および冠動脈病変の進展抑制が認められる77),78).
フィブラート系薬剤は,2型糖尿病患者の心血管イベント抑制効果を有すると考えられるが,スタチンのような明確なevidenceがない.微粉化フェノフィブラートの2型糖尿病患者における心血管イベント抑制について検討したFIELD(Fenofibrate Intervention and Event Lowering in Diabetes)studyでは,フェノフィブラート群における一次エンドポイント(冠動脈イベント;心血管疾患死または非致死的心筋梗塞)の発症はプラセボ群に比べて11%減少したが,有意ではなかった79).二次エンドポイントでみると,非致死的心筋梗塞はフェノフィブラート群で有意に低下(24%)したが,心血管疾患死についてはフェノフィブラート群で増加の傾向(119%)が認められた79).また,フェノフィブラート群では,総心血管イベントに有意な低下(11%)が認められたが,総死亡には有意な低下が認められなかった79).フィブラート系薬剤ゲムフィブロジルを平均的LDL-C値と低HDL-Cを合併する冠動脈疾患既往患者に対して投与したVA-HITでは,LDL-C値に変化は認められなかったものの,トリグリセリド値低下とHDL-C値上昇が認められ,冠動脈疾患死と非致死性心筋梗塞の発症が有意に減少した80).
脳血管障害の予防を一次エンドポイントとしたランダム化比較試験はないが,冠動脈疾患の予防を目的とした試験のサブ解析では,スタチンにより脳血管障害の発症が低下することが報告されている68),69),70).FIELDでは,フェノフィブラートに脳血管障害の有意な抑制は認められなかった79).
閉塞性動脈硬化症に対する脂質低下療法の効果をみた試験は少ないが,積極的な脂質低下療法は閉塞性動脈硬化症の発症・進展を予防する可能性がある81),82),83).
(4)抗酸化ビタミン
LDL抗酸化作用を有するビタミンEなどの抗酸化ビタミン投与の効果については,心血管疾患発症予防効果は認められていない84).糖尿病患者を対象にしたサブ解析でも同様である85),86).
(5)ライフスタイルの改善
禁煙することにより非喫煙者と同レベルまで冠動脈疾患のリスクが減少することが報告されている87),88),89).Oslo Studyでは,食事および喫煙について助言を行った介入群で非介入群に比べて心血管イベントが半減した90).運動をしている者は,心血管疾患のリスクが低い91),92),93).食事,運動などライフスタイルの改善と禁煙といった生活習慣への介入によって冠動脈病変の進展が抑制されることも報告されている94),95),96).肥満者では心血管疾患の発症リスクが増加しており,食事療法と運動療法による減量により大血管症の危険因子の改善が認められる97).
(6)抗血小板療法
アスピリンの投与は冠動脈疾患の一次98),99),100)および二次予防100)に効果が認められる.また,脳血管障害の一次99),100)および二次予防100)にも効果が認められている.抗血小板療法を行った28のランダム化比較試験を集めてメタ解析した成績では,心血管疾患の高リスク患者にアスピリンを投与することにより大血管イベント,心筋梗塞,脳卒中,心血管死は20〜30%減少した100).アスピリンの投与量としては75〜150mg/日で十分効果が認められた100).日本人を対象としたアスピリンの冠動脈疾患の二次予防試験で冠動脈疾患の発症抑制が認められているが101),一次予防試験はない.
米国人を対象とした報告では,心血管疾患のリスクが10年間で10%以上あれば,アスピリンによる心血管疾患の一次予防は有効であると報告されている98).45〜75歳の2型糖尿病患者を8年間追跡調査したJDCSの報告では,1,000人年あたりの発症率は,冠動脈疾患8.8(男性10.6,女性6.8),脳卒中7.9(男性8.5,女性7.0)であった25).したがって,45歳以上の日本人2型糖尿病患者,特に糖尿病以外の心血管疾患危険因子を有する患者に対するアスピリン投与は,冠動脈疾患の一次予防に有用である可能性がある.現在進行中の,日本人2型糖尿病患者を対象としたアスピリンによる冠動脈疾患一次予防試験JPAD(Japanese Primary Prevention of Atherosclerosis with Aspirin for Diabetes)や,糖尿病を含む心血管疾患の高リスク患者を対象としたアスピリンによる心血管疾患の一次予防試験JPPP(Japanese Primary Prevention Project with Aspirin)の結果が期待される.
米国糖尿病協会(AmericanDiabetesAssociation:ADA)では,大血管症の既往のある糖尿病患者全例と,大血管症のリスクが高い(冠動脈疾患の家族歴,喫煙,高血圧,肥満,アルブミン尿,総コレステロール値>200mg/dL,LDL-C値≧100mg/dL,HDL-C;男性<45mg/dL,女性<55mg/dL,年齢>30歳)1型および2型糖尿病患者に低用量(81〜325mg/日)アスピリンの投与を推奨しているa).
軽度から重度の非増殖糖尿病網膜症もしくは初期の増殖糖尿病網膜症に対するアスピリンの影響をみたETDRS(The Early Treatment Diabetic Retinopathy Study)では,硝子体出血や網膜前出血の発症にプラセボ群とアスピリン群で有意な差を認めず102),糖尿病網膜症を合併する患者に対するアスピリンの投与は禁忌とはならない.しかし,増殖糖尿病網膜症患者に対するアスピリンの投与は慎重に適応を検討する必要がある.
シロスタゾールは,閉塞性動脈硬化症患者の歩行距離を有意に延長させることが報告されており,閉塞性動脈硬化症を有する糖尿病患者に有用であると考えられる103).また,シロスタゾールは脳梗塞の二次予防に有効であることが示されている104).最近の日本人2型糖尿病患者89人を対象とした試験では,シロスタゾール群はコントロール群に比べて頸動脈内膜中膜複合体の肥厚の進行とMRIでの無症候性脳梗塞の頻度が有意に低いことが報告されている105).
(7)包括的治療
大血管症の効果的な予防のためには,各危険因子を厳格にコントロールすることが重要である.Steno-2 Studyでは,2型糖尿病患者を対象に,行動科学による生活習慣の改善と高血糖および高血圧,脂質代謝異常に対する薬物療法,微量アルブミン尿に対するACE阻害薬の投与,アスピリンの投与を行うことにより,平均7.8年間の追跡期間中における心血管疾患発症のリスクが半減することが報告された106).
●補足
最近,Mega Studyb)とJELIS(Japan EPA Lipid Intervention Study)という日本人を対象とした心血管疾患の予防試験が発表されたc).Mega Studyは,明らかな冠動脈疾患の既往・所見を認めず,総コレステロール値が220〜270mg/dLの男性(40〜70歳)と女性(閉経後〜70歳),計7,832人を対象とする心血管系疾患の一次予防試験である.食事療法単独群と食事療法+プラバスタチン10〜20mg/日併用群(プラバスタチン群)に無作為化され,平均追跡間は5.3年で,PROBE法(前向き,無作為,オープン,エンドポイントブラインド比較試験)で評価された.対象患者の平均年齢は58歳で,そのうち68%が女性であった.42%に高血圧,21%に糖尿病が合併していた.一次エンドポイントである冠動脈疾患(致死性・非致死性心筋梗塞,狭心症,心臓突然死,血行再建術)の発症は,プラバスタチン群で33%の相対リスク減少が認められた(p=0.01).二次エンドポイントである冠動脈疾患と脳梗塞の合計の発症は,プラバスタチン群で30%の相対リスク減少が認められた(p=0.005).総死亡についても,プラバスタチン群で減少傾向が認められた(相対リスク減少28%,p=0.055).糖尿病の合併の有無でプラバスタチンの冠動脈疾患予防効果に有意な差は認められなかった.JELISは,総コレステロール値が250mg/dL以上の男性(40〜75歳)と女性(閉経後〜75歳)を対象に,EPA製剤の冠動脈イベント発症予防効果をみた試験である.冠動脈疾患の一次予防群14,981人と二次予防群3,664人からなり,男性が31%,平均年齢61歳,糖尿病患者を3,001人(一次予防群2,187人,二次予防群814人)含む.PROBE法で評価され,対象者全例にプラバスタチン10mg/日もしくはシンバスタチン5mg/日を投与し,EPA群にはEPA製剤1,800mg/日を併用,平均4.6年追跡した.一次エンドポイントである冠動脈イベント(致死性心筋梗塞,非致死性心筋梗塞,突然心臓死,狭心症の新たな発症および狭心症の不安定化,心血管再建術)の発症は,EPA群で2.8%,対象群で3.5%と,対照群に比べてEPA群で19%の相対リスク減少が認められた(p=0.011).二次予防症例における冠動脈イベントの相対リスク減少は,EPA群で19%減少した(p=0.048).一次予防症例では,冠動脈イベントの相対リスク減少は,EPA群で18%の低下であったが,統計学的に有意ではなかった(p=0.132).これらの結果から,高コレステロール血症を合併した日本人糖尿病患者においても,冠動脈疾患の一次予防にスタチンが有効であることが示された.また,スタチンとPA製剤の併用は,冠動脈疾患の二次予防に有用であると考えられる.
大血管症の予防を目標とした臨床研究で,糖尿病患者を対象にした試験は少ない.しかし,大規模臨床試験のサブ解析の結果から,糖尿病患者においても大規模臨床試験の結果がそのまま適用できると考えられ,しかも,いくつかの試験から,大血管症の予防には,糖尿病患者では非糖尿病者よりも厳格に危険因子の管理を行う必要があると考えられる.
(1)血糖
1型糖尿病を対象としたDCCT(Diabetes Control and Complications Trial)と2型糖尿病患者を対象としたUKPDSでは,通常の治療よりも厳格な血糖コントロールを目指すことによって心筋梗塞発症に減少傾向が認められた31),32).DCCTでは,1983〜1993年に行われたDCCT終了後も大多数の患者が追跡された.DCCT開始時から2005年2月までの平均17年間の追跡期間中の心血管イベントは,従来療法群に比べて強化療法群で42%の有意な減少が認められた31).一方,新規に診断された2型糖尿病患者に食事療法を中心とした治療を行った従来療法群と空腹時血糖108mg/dL未満を目標にスルホニル尿素薬またはインスリンを投与した強化療法群を10年間追跡したUKPDSでは,従来療法群(平均HbA1c7.9%)に比べて強化療法群(平均HbA1c 7.0%)において心筋梗塞の発症が減少傾向が認められた(16%,p=0.052)32).また,1型糖尿病のインスリン強化療法についてのメタ解析では,インスリン強化療法により大血管症の発症患者数や大血管症による死亡率は有意に低下しなかったが,大血管症イベント数が有意に減少したことが示されている33).これらの成績に加え,疫学的に閉塞性動脈硬化症を含む心血管疾患の発症と高血糖との関連が認められ34),35),36),37),しかも,心血管イベントの発症に血糖コントロールの閾値が認められないこと35),38)から,厳格な血糖コントロールは心血管イベントの予防に有効であることが示唆される.
食後高血糖やインスリン抵抗性の増大が心血管疾患発症と関連していることが報告されている39),40),41).UKPDSでは,空腹時血糖のコントロールを治療の目標としており,強化療法群ではスルホニル尿素薬やインスリンが治療薬の中心であり,食後高血糖やインスリン抵抗性の改善が不十分であった可能性がある.実際,肥満2型糖尿病患者を対象としたUKPDSのサブ解析では,メトホルミンを併用することによってメトホルミン非使用群に比べて大血管症の発症が減少することが報告された42).この研究において,HbA1cの低下はメトホルミン治療とスルホニル尿素薬,インスリン治療とでは同程度だったが,糖尿病関連イベントと総死亡はメトホルミン治療群で有意に減少していた42).また,メトホルミン群では,他の治療群よりも体重の増加が少なかった42).
大血管症を合併した2型糖尿病患者に対するチアゾリジン薬の大血管症予防効果について検討したPROactive(PROspective pioglitAzone Clinical Trial In macroVascular Events)では,ピオグリタゾンの投与がプラセボ群に比べて心血管疾患イベントを有意に低下させることが報告されている43).しかし,大血管症の一次予防に対するチアゾリジン薬のevidenceはない.また,PROactiveでは,ピオグリタゾン群において心不全による入院が有意に多く43),心機能の低下した患者に対するチアゾリジン薬の使用は慎重に行う必要がある.
食後高血糖を改善させるαグルコシダーゼ阻害薬アカルボースを用い,IGT患者における2型糖尿病進行予防を目的としたランダム化比較試験STOP-NIDDM(Study to Prevent Non Insulin Dependent Diabetes)trialのサブ解析では,アカルボース群はプラセボ群に比べて心血管イベントを49%抑制したことが報告されている44).アカルボースが2型糖尿病患者の心血管疾患発症に及ぼす影響についてメタアナリシスを行った報告では,アカルボースの投与が心筋梗塞や心血管疾患死を有意に抑制した45).しかし,このメタアナリシスに用いられたスタディの質は不十分であり,さらなるevidenceの集積が望まれる.また,食後高血糖改善作用を有するグリニド系薬剤については,糖尿病大血管症におけるevidenceはない.
(2)血圧
血圧の厳格なコントロールは大血管症発症のリスクを減少させる46),47),48),49),50),51).UKPDSでは,2型糖尿病患者を対象として降圧目標値を180/105mmHg以下(到達血圧154/87mmHg)とした群と150/85mmHg以下(到達血圧144/82mmHg)に厳格にコントロールした群とで比較すると,血圧管理を厳しくした群では,糖尿病関連エンドポイントと糖尿病関連死,脳卒中が有意に減少した46).ベースラインの拡張期血圧が80〜90mmHgの正常血圧2型糖尿病患者を対象としたnormotensive ABCD(Appropriate Blood Pressure Control in Diabetes)Trialでは,拡張期血圧をベースラインよりも10mmHg低下させる厳格コントロール群における脳血管障害の発症はプラセボ群に比べて有意に抑制された47).糖尿病を含む高血圧患者を対象としたランダム化比較試験のサブ解析でも,糖尿病患者における降圧療法の大血管症予防効果は,非糖尿病患者と同等かそれ以上であることが示されている48),49),50),51).
UKPDSコホートを対象とした前向き観察研究でも,収縮期血圧の上昇により心筋梗塞,脳卒中,閉塞性動脈硬化症のいずれも,その発症リスクの増加が示された.また,この収縮期血圧と大血管症発症リスクとの関係には,いわゆるJカーブ現象は認められなかった52).
降圧薬の種類によって冠動脈疾患や脳血管障害の予防効果に違いがあるかどうかについては,一定の見解が得られていない47),53),54),55),56),57),58),59),60),61),62),63),64),65),66),67)が,ジヒドロピリジン系持続性カルシウム拮抗薬とアンジオテンシン変換酵素阻害薬の併用は,欧米で頻用されているβ遮断薬と利尿薬の組み合わせよりも心血管疾患発症予防効果が高いことが報告されている63).また,レニン・アンジオテンシン系阻害薬は,他の降圧薬に比べて心不全発症予防効果に優れている55),56),63),67).大血管症発症予防のためには降圧度が最も重要であるが,インスリン抵抗性改善や臓器保護の観点からレニン・アンジオテンシン系阻害薬または持続性カルシウム拮抗薬を第一選択薬とすることが望ましい.
(3)脂質代謝異常
2型糖尿病患者の冠動脈疾患の一次予防および二次予防にはスタチンが有効である68),69),70),71).
HPS(Heart Protection Study)では,シンバスタチン投与により,2型糖尿病患者の主要血管イベント(冠動脈疾患死,非致死的心筋梗塞,すべての型の脳卒中,冠動脈もしくは冠動脈以外の血行再建術)がプラセボ群に比べて22%減少した69).シンバスタチンによる心血管イベント発症の抑制は,心血管疾患合併の有無にかかわらず認められた69).CARDS(Collaborative Atorvastatin Diabetes Study)は,LDL-C値≦160mg/dLかつ空腹時トリグリセリド値≦600mg/dLで,網膜症とアルブミン尿,喫煙,高血圧のうち1つ以上を合併するイギリス人とアイルランド人の2型糖尿病患者を対象とし,アトルバスタチンとプラセボを投与し,平均3.9年間追跡したランダム化比較試験である70).アトルバスタチン群は,プラセボ群に比べて主要血管イベント(心血管疾患死,非致死的心筋梗塞,冠血行再建術,心原性心肺蘇生,入院を要する不安定狭心症,脳卒中)が37%減少した70).スタチンによる主要血管イベントの減少は,冠動脈疾患既往の有無や性別,年齢,血糖コントロール,脂質値,高血圧治療の有無にかかわらず認められている69),70).
スタチンは冠動脈形成術(PCI)後の2型糖尿病患者の心血管イベントを抑制することが報告されている72).また,急性冠症候群発症直後からスタチンを投与することにより,心血管イベントの再発を予防することも報告されている73),74).スタチンによる冠動脈疾患の二次予防においては,LDL-Cの治療目標値を70mg/dL程度まで低下させることにより,100mg/dL前後を目標とした場合に比べて,冠動脈イベントの抑制効果74),75),76)および冠動脈病変の進展抑制が認められる77),78).
フィブラート系薬剤は,2型糖尿病患者の心血管イベント抑制効果を有すると考えられるが,スタチンのような明確なevidenceがない.微粉化フェノフィブラートの2型糖尿病患者における心血管イベント抑制について検討したFIELD(Fenofibrate Intervention and Event Lowering in Diabetes)studyでは,フェノフィブラート群における一次エンドポイント(冠動脈イベント;心血管疾患死または非致死的心筋梗塞)の発症はプラセボ群に比べて11%減少したが,有意ではなかった79).二次エンドポイントでみると,非致死的心筋梗塞はフェノフィブラート群で有意に低下(24%)したが,心血管疾患死についてはフェノフィブラート群で増加の傾向(119%)が認められた79).また,フェノフィブラート群では,総心血管イベントに有意な低下(11%)が認められたが,総死亡には有意な低下が認められなかった79).フィブラート系薬剤ゲムフィブロジルを平均的LDL-C値と低HDL-Cを合併する冠動脈疾患既往患者に対して投与したVA-HITでは,LDL-C値に変化は認められなかったものの,トリグリセリド値低下とHDL-C値上昇が認められ,冠動脈疾患死と非致死性心筋梗塞の発症が有意に減少した80).
脳血管障害の予防を一次エンドポイントとしたランダム化比較試験はないが,冠動脈疾患の予防を目的とした試験のサブ解析では,スタチンにより脳血管障害の発症が低下することが報告されている68),69),70).FIELDでは,フェノフィブラートに脳血管障害の有意な抑制は認められなかった79).
閉塞性動脈硬化症に対する脂質低下療法の効果をみた試験は少ないが,積極的な脂質低下療法は閉塞性動脈硬化症の発症・進展を予防する可能性がある81),82),83).
(4)抗酸化ビタミン
LDL抗酸化作用を有するビタミンEなどの抗酸化ビタミン投与の効果については,心血管疾患発症予防効果は認められていない84).糖尿病患者を対象にしたサブ解析でも同様である85),86).
(5)ライフスタイルの改善
禁煙することにより非喫煙者と同レベルまで冠動脈疾患のリスクが減少することが報告されている87),88),89).Oslo Studyでは,食事および喫煙について助言を行った介入群で非介入群に比べて心血管イベントが半減した90).運動をしている者は,心血管疾患のリスクが低い91),92),93).食事,運動などライフスタイルの改善と禁煙といった生活習慣への介入によって冠動脈病変の進展が抑制されることも報告されている94),95),96).肥満者では心血管疾患の発症リスクが増加しており,食事療法と運動療法による減量により大血管症の危険因子の改善が認められる97).
(6)抗血小板療法
アスピリンの投与は冠動脈疾患の一次98),99),100)および二次予防100)に効果が認められる.また,脳血管障害の一次99),100)および二次予防100)にも効果が認められている.抗血小板療法を行った28のランダム化比較試験を集めてメタ解析した成績では,心血管疾患の高リスク患者にアスピリンを投与することにより大血管イベント,心筋梗塞,脳卒中,心血管死は20〜30%減少した100).アスピリンの投与量としては75〜150mg/日で十分効果が認められた100).日本人を対象としたアスピリンの冠動脈疾患の二次予防試験で冠動脈疾患の発症抑制が認められているが101),一次予防試験はない.
米国人を対象とした報告では,心血管疾患のリスクが10年間で10%以上あれば,アスピリンによる心血管疾患の一次予防は有効であると報告されている98).45〜75歳の2型糖尿病患者を8年間追跡調査したJDCSの報告では,1,000人年あたりの発症率は,冠動脈疾患8.8(男性10.6,女性6.8),脳卒中7.9(男性8.5,女性7.0)であった25).したがって,45歳以上の日本人2型糖尿病患者,特に糖尿病以外の心血管疾患危険因子を有する患者に対するアスピリン投与は,冠動脈疾患の一次予防に有用である可能性がある.現在進行中の,日本人2型糖尿病患者を対象としたアスピリンによる冠動脈疾患一次予防試験JPAD(Japanese Primary Prevention of Atherosclerosis with Aspirin for Diabetes)や,糖尿病を含む心血管疾患の高リスク患者を対象としたアスピリンによる心血管疾患の一次予防試験JPPP(Japanese Primary Prevention Project with Aspirin)の結果が期待される.
米国糖尿病協会(AmericanDiabetesAssociation:ADA)では,大血管症の既往のある糖尿病患者全例と,大血管症のリスクが高い(冠動脈疾患の家族歴,喫煙,高血圧,肥満,アルブミン尿,総コレステロール値>200mg/dL,LDL-C値≧100mg/dL,HDL-C;男性<45mg/dL,女性<55mg/dL,年齢>30歳)1型および2型糖尿病患者に低用量(81〜325mg/日)アスピリンの投与を推奨しているa).
軽度から重度の非増殖糖尿病網膜症もしくは初期の増殖糖尿病網膜症に対するアスピリンの影響をみたETDRS(The Early Treatment Diabetic Retinopathy Study)では,硝子体出血や網膜前出血の発症にプラセボ群とアスピリン群で有意な差を認めず102),糖尿病網膜症を合併する患者に対するアスピリンの投与は禁忌とはならない.しかし,増殖糖尿病網膜症患者に対するアスピリンの投与は慎重に適応を検討する必要がある.
シロスタゾールは,閉塞性動脈硬化症患者の歩行距離を有意に延長させることが報告されており,閉塞性動脈硬化症を有する糖尿病患者に有用であると考えられる103).また,シロスタゾールは脳梗塞の二次予防に有効であることが示されている104).最近の日本人2型糖尿病患者89人を対象とした試験では,シロスタゾール群はコントロール群に比べて頸動脈内膜中膜複合体の肥厚の進行とMRIでの無症候性脳梗塞の頻度が有意に低いことが報告されている105).
(7)包括的治療
大血管症の効果的な予防のためには,各危険因子を厳格にコントロールすることが重要である.Steno-2 Studyでは,2型糖尿病患者を対象に,行動科学による生活習慣の改善と高血糖および高血圧,脂質代謝異常に対する薬物療法,微量アルブミン尿に対するACE阻害薬の投与,アスピリンの投与を行うことにより,平均7.8年間の追跡期間中における心血管疾患発症のリスクが半減することが報告された106).
●補足
最近,Mega Studyb)とJELIS(Japan EPA Lipid Intervention Study)という日本人を対象とした心血管疾患の予防試験が発表されたc).Mega Studyは,明らかな冠動脈疾患の既往・所見を認めず,総コレステロール値が220〜270mg/dLの男性(40〜70歳)と女性(閉経後〜70歳),計7,832人を対象とする心血管系疾患の一次予防試験である.食事療法単独群と食事療法+プラバスタチン10〜20mg/日併用群(プラバスタチン群)に無作為化され,平均追跡間は5.3年で,PROBE法(前向き,無作為,オープン,エンドポイントブラインド比較試験)で評価された.対象患者の平均年齢は58歳で,そのうち68%が女性であった.42%に高血圧,21%に糖尿病が合併していた.一次エンドポイントである冠動脈疾患(致死性・非致死性心筋梗塞,狭心症,心臓突然死,血行再建術)の発症は,プラバスタチン群で33%の相対リスク減少が認められた(p=0.01).二次エンドポイントである冠動脈疾患と脳梗塞の合計の発症は,プラバスタチン群で30%の相対リスク減少が認められた(p=0.005).総死亡についても,プラバスタチン群で減少傾向が認められた(相対リスク減少28%,p=0.055).糖尿病の合併の有無でプラバスタチンの冠動脈疾患予防効果に有意な差は認められなかった.JELISは,総コレステロール値が250mg/dL以上の男性(40〜75歳)と女性(閉経後〜75歳)を対象に,EPA製剤の冠動脈イベント発症予防効果をみた試験である.冠動脈疾患の一次予防群14,981人と二次予防群3,664人からなり,男性が31%,平均年齢61歳,糖尿病患者を3,001人(一次予防群2,187人,二次予防群814人)含む.PROBE法で評価され,対象者全例にプラバスタチン10mg/日もしくはシンバスタチン5mg/日を投与し,EPA群にはEPA製剤1,800mg/日を併用,平均4.6年追跡した.一次エンドポイントである冠動脈イベント(致死性心筋梗塞,非致死性心筋梗塞,突然心臓死,狭心症の新たな発症および狭心症の不安定化,心血管再建術)の発症は,EPA群で2.8%,対象群で3.5%と,対照群に比べてEPA群で19%の相対リスク減少が認められた(p=0.011).二次予防症例における冠動脈イベントの相対リスク減少は,EPA群で19%減少した(p=0.048).一次予防症例では,冠動脈イベントの相対リスク減少は,EPA群で18%の低下であったが,統計学的に有意ではなかった(p=0.132).これらの結果から,高コレステロール血症を合併した日本人糖尿病患者においても,冠動脈疾患の一次予防にスタチンが有効であることが示された.また,スタチンとPA製剤の併用は,冠動脈疾患の二次予防に有用であると考えられる.