(旧版)科学的根拠に基づく糖尿病診療ガイドライン 改訂第2版
8.糖尿病腎症の治療
解説
4.顕性腎症の治療
この病期における血糖の管理は,腎症の進展に大きな影響を与えるとは考えられておらず,降圧薬による血圧の管理が治療の中心になる.
National Kidney Foundation Hypertension and Diabetes Executive Committees Working Groupf)は,追跡期間2年以上,患者数30人以上のRCT(randomized controlled trial)のシステマティックレビューを行い,腎機能の保持と心血管疾患の発症予防に130/80mmHg未満の降圧目標を示している.この目標に達するには,2〜3剤以上の降圧薬の併用が必要なことが明らかになり,図2に示すようなACE阻害薬を中心とした薬物療法を推奨している.
糖尿病腎症においても,他の腎疾患と同様に尿蛋白排泄量が一日1g以上の症例に対しては,より厳格な降圧(125/75mmHg未満)を目指すべきという意見もあるl),m).
2001年に,顕性腎症期の軽度腎機能が悪化している2型糖尿病患者に対し(平均血清クレアチニン1.7mg/dL27),1.9mg/dL28)),ARBが腎機能の悪化,末期腎不全への進行を抑制する効果があるという大規模臨床試験が2つのグループから同時に報告された28),29).特に,ロサルタンカリウムを用いたRENAAL Study29)は日本人が96例(全体1,513例)含まれている.これらの臨床試験の結果に基づき,2006年にロサルタンカリウムが,高血圧を伴った腎症患者において保険適用となった.今まで2型糖尿病患者顕性腎症に対するACE阻害薬の有用性を検討した大規模なRCTは存在しなかったが43),44),45),2004年に,RENNALよりは病期の進行が軽い症例が対象であるが,ACE阻害薬がARBと腎機能保護に関し同等の効果を有することが報告された30).また,ARBとACE阻害薬の併用に関して,おのおの単独療法として比較して有効がどうかは,いまだ小規模の臨床試験が行われているのみで,さらなる検討が必要である.
日本人の血清クレアチニン1.5mg/dL以上の早期腎不全2型糖尿病患者182名を約7年間追跡したコホート研究46)において,尿蛋白排泄量が末期腎不全進行への大きなリスクになることが明らかになった[ハザード比(95% CI)12.6(6.9〜23.0)].同様の結果はRENAAL Studyのサブアナリシスからも得られている47).さらに,ARB投与後最初の半年間に尿蛋白排泄量が低下した群において,腎機能の悪化が有意に抑制されたことも示されており(尿蛋白が30%減少すると腎機能低下のリスクが半減した)47),治療による尿蛋白排泄量の減少が腎機能悪化の抑制につながる可能性があると考えられている.1型糖尿病患者において,カプトプリルの投与によりネフローゼ症候群が寛解した患者では,腎機能が長期間安定し,悪化しなかったことが報告されている48).さらに,ネフローゼ症候群を呈している2型糖尿病患者においても,収縮期血圧が低下した患者に高率に蛋白尿が減少し(一日蛋白尿0.85g/日未満まで減少),腎不全進行や死亡のリスクが有意に低下した49).よって,顕性腎症期の患者に対して,腎機能の変化ばかりでなく,尿蛋白排泄量の変化も1日蓄尿もしくは随時尿を用いて測定し,治療の効果として判定・追跡すべきである.
腎機能障害患者でのACE阻害薬・ARBの使用については急激な腎機能の悪化,代謝性アシドーシス,高カリウム血症などの副作用に留意すべきである(表4).また,腎機能の悪化とともに,腎性貧血も出現するので,注意を払う必要がある.
尿蛋白が陽性になり,顕性腎症期まで進行したものでは,以後腎症の進展を防ぐため,可能な限り,腎臓専門の医師を紹介し,定期的に患者を受診させ,助言を受けるべきである.
蛋白制限食について,1型糖尿病では,メタアナリシスにおいて,腎機能悪化予防効果が確認されているが38),39),それぞれの報告は症例数が少なく,かつ観察期間が短いものが多く,また至適蛋白制限量,患者のコンプライアンス,副作用などのいまだ解決されていない問題が多い.また,2型糖尿病顕性腎症を対象にした報告はほとんどなく,今後多数の症例を用いた多施設・大規模介入試験を行う必要がある.
しかし,高蛋白食は,腎機能の悪化を促進し,高リン血症・高カリウム血症を引き起こすので,顕性腎症期まで,腎症が進行した患者に対して,蛋白制限食を開始すべきである.今現在わが国において推奨されている腎症の各病期に対する一般的な食事療法については,表5にまとめた.
末期腎不全患者の透析導入に関しては,厚生省(現厚生労働省)の長期透析導入基準(厚生省科学研究・腎不全医療研究班,1991年)を参考にする(表6).これは,臨床症状,腎機能,日常生活障害度を点数化し,合計60点以上を透析導入基準としている.しかし,糖尿病腎症では,全身浮腫などの体液貯留や,心不全などの全身の血管合併症を併発し,早期導入が必要なことも多く,おのおのの症例に応じて適切な時期に透析導入を行うことが重要である.
図2 National Kidney Foundationのガイドライン(2000年)

表4 ACE阻害薬/ARB使用時の注意
表6 慢性腎不全に対する長期透析療法適応基準
National Kidney Foundation Hypertension and Diabetes Executive Committees Working Groupf)は,追跡期間2年以上,患者数30人以上のRCT(randomized controlled trial)のシステマティックレビューを行い,腎機能の保持と心血管疾患の発症予防に130/80mmHg未満の降圧目標を示している.この目標に達するには,2〜3剤以上の降圧薬の併用が必要なことが明らかになり,図2に示すようなACE阻害薬を中心とした薬物療法を推奨している.
糖尿病腎症においても,他の腎疾患と同様に尿蛋白排泄量が一日1g以上の症例に対しては,より厳格な降圧(125/75mmHg未満)を目指すべきという意見もあるl),m).
2001年に,顕性腎症期の軽度腎機能が悪化している2型糖尿病患者に対し(平均血清クレアチニン1.7mg/dL27),1.9mg/dL28)),ARBが腎機能の悪化,末期腎不全への進行を抑制する効果があるという大規模臨床試験が2つのグループから同時に報告された28),29).特に,ロサルタンカリウムを用いたRENAAL Study29)は日本人が96例(全体1,513例)含まれている.これらの臨床試験の結果に基づき,2006年にロサルタンカリウムが,高血圧を伴った腎症患者において保険適用となった.今まで2型糖尿病患者顕性腎症に対するACE阻害薬の有用性を検討した大規模なRCTは存在しなかったが43),44),45),2004年に,RENNALよりは病期の進行が軽い症例が対象であるが,ACE阻害薬がARBと腎機能保護に関し同等の効果を有することが報告された30).また,ARBとACE阻害薬の併用に関して,おのおの単独療法として比較して有効がどうかは,いまだ小規模の臨床試験が行われているのみで,さらなる検討が必要である.
日本人の血清クレアチニン1.5mg/dL以上の早期腎不全2型糖尿病患者182名を約7年間追跡したコホート研究46)において,尿蛋白排泄量が末期腎不全進行への大きなリスクになることが明らかになった[ハザード比(95% CI)12.6(6.9〜23.0)].同様の結果はRENAAL Studyのサブアナリシスからも得られている47).さらに,ARB投与後最初の半年間に尿蛋白排泄量が低下した群において,腎機能の悪化が有意に抑制されたことも示されており(尿蛋白が30%減少すると腎機能低下のリスクが半減した)47),治療による尿蛋白排泄量の減少が腎機能悪化の抑制につながる可能性があると考えられている.1型糖尿病患者において,カプトプリルの投与によりネフローゼ症候群が寛解した患者では,腎機能が長期間安定し,悪化しなかったことが報告されている48).さらに,ネフローゼ症候群を呈している2型糖尿病患者においても,収縮期血圧が低下した患者に高率に蛋白尿が減少し(一日蛋白尿0.85g/日未満まで減少),腎不全進行や死亡のリスクが有意に低下した49).よって,顕性腎症期の患者に対して,腎機能の変化ばかりでなく,尿蛋白排泄量の変化も1日蓄尿もしくは随時尿を用いて測定し,治療の効果として判定・追跡すべきである.
腎機能障害患者でのACE阻害薬・ARBの使用については急激な腎機能の悪化,代謝性アシドーシス,高カリウム血症などの副作用に留意すべきである(表4).また,腎機能の悪化とともに,腎性貧血も出現するので,注意を払う必要がある.
尿蛋白が陽性になり,顕性腎症期まで進行したものでは,以後腎症の進展を防ぐため,可能な限り,腎臓専門の医師を紹介し,定期的に患者を受診させ,助言を受けるべきである.
蛋白制限食について,1型糖尿病では,メタアナリシスにおいて,腎機能悪化予防効果が確認されているが38),39),それぞれの報告は症例数が少なく,かつ観察期間が短いものが多く,また至適蛋白制限量,患者のコンプライアンス,副作用などのいまだ解決されていない問題が多い.また,2型糖尿病顕性腎症を対象にした報告はほとんどなく,今後多数の症例を用いた多施設・大規模介入試験を行う必要がある.
しかし,高蛋白食は,腎機能の悪化を促進し,高リン血症・高カリウム血症を引き起こすので,顕性腎症期まで,腎症が進行した患者に対して,蛋白制限食を開始すべきである.今現在わが国において推奨されている腎症の各病期に対する一般的な食事療法については,表5にまとめた.
末期腎不全患者の透析導入に関しては,厚生省(現厚生労働省)の長期透析導入基準(厚生省科学研究・腎不全医療研究班,1991年)を参考にする(表6).これは,臨床症状,腎機能,日常生活障害度を点数化し,合計60点以上を透析導入基準としている.しかし,糖尿病腎症では,全身浮腫などの体液貯留や,心不全などの全身の血管合併症を併発し,早期導入が必要なことも多く,おのおのの症例に応じて適切な時期に透析導入を行うことが重要である.
図2 National Kidney Foundationのガイドライン(2000年)

表4 ACE阻害薬/ARB使用時の注意
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表5 糖尿病腎症の食事療法
*:標準体重
**:高血圧合併例では7〜8g/日以下に制限する.
(厚生省糖尿病調査研究班)
注:「高血圧治療ガイドライン2004」(日本高血圧学会編)では,高血圧患者に対しては1日6g 未満の食塩制限を勧めているl).
病期 | 総エネルギー (kcal/kg*/日) | 蛋白 (g/kg*/日) | 食塩 (g/日) | カリウム (g/日) | 備考 |
第1期 (腎症前期) | 25〜30 | 制限せず** | 制限せず | 糖尿病食を基本とし,血糖コントロールに努める. 蛋白質の過剰摂取は好ましくない. | |
第2期 (早期腎症) | 25〜30 | 1.0〜1.2 | 制限せず** | 制限せず | |
第3期A (顕性腎症前期) | 25〜30 | 0.8〜1.0 | 7〜8 | 制限せず | |
第3期B (顕性腎症後期) | 30〜35 | 0.8〜1.0 | 7〜8 | 軽度制限 | 浮腫の程度,心不全の有無により水分を適宜制限する. |
第4期 (腎不全期) | 30〜35 | 0.6〜0.8 | 5〜7 | 1.5 | |
第5期 (透析療法期) | 維持透析患者の食事療法に準じる |
**:高血圧合併例では7〜8g/日以下に制限する.
(厚生省糖尿病調査研究班)
注:「高血圧治療ガイドライン2004」(日本高血圧学会編)では,高血圧患者に対しては1日6g 未満の食塩制限を勧めているl).
表6 慢性腎不全に対する長期透析療法適応基準
保存療法では,改善できない慢性腎機能障害,臨床症状,日常生活能の障害を呈し,以下のA〜C項目の合計点数が原則として60点以上となったときに長期透析療法への導入適応とする.
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