(旧版)科学的根拠に基づく糖尿病診療ガイドライン 改訂第2版

 
2.糖尿病治療の目標と指針


解説

3.糖尿病治療の指針
インスリン依存状態(多くの1型糖尿病はこの状態にある.2型糖尿病でも代謝障害の著しいときはこの状態にある)では,ただちにインスリン治療を開始する.また,インスリン非依存状態でも,重篤な感染症,全身管理が必要な外科手術時,肝・腎などの合併症の程度によっては,インスリンで治療する.糖尿病患者の妊娠時や妊娠糖尿病においてはインスリン治療により前項に述べた目標を目指すべきである.その他のインスリン非依存状態においては,代謝障害がより高度であれば(HbA1c 8~9%以上,随時血糖値250~300mg/dL程度またはそれ以上)最初から経口血糖降下薬やインスリンによる薬物療法を食事療法,運動療法に加えて開始する.代謝障害が中等度以下の場合(HbA1c 8~9%以下,随時血糖値250~300mg/dL程度またはそれ以下),まず,患者の病態を十分に解析して,適切な食事療法と運動療法を行う.この場合,生活習慣改善に向けて患者教育を十分に行うことが大切である.治療を2~3ヵ月間程度続けても,なお,目標の血糖値を達成できない場合には,経口血糖降下薬またはインスリン製剤を用いる(図1).最近ではインスリン製剤や注射器材の進歩により,インスリン療法は,従来より患者に受け入れられやすくなってきている.薬物療法では投与量は少量からはじめ徐々に増量する.体重の減量や生活習慣の改善により,代謝状態が改善し,薬物の投与量の減少~中止が可能になることがある(経口血糖降下薬の使用に関しては「5.経口血糖降下薬による治療」の項参照,インスリン療法に関しては「6.インスリンによる治療」の項参照).
血糖コントロールのための目標値は症例により異なり一律にはできないが,一般には低血糖を頻繁に起こすことなく,コントロールの評価(表1)の優ないし良に,青壮年者ではできるだけ優を目標とすべきである.高齢の糖尿病患者では,年齢と罹病期間,合併症の状態を勘案し,血糖コントロールの目標値を緩める場合も少なくない.コントロールの評価が不可であることは,HbA1c 8.0%以上が続いていることを示し,治療方針の変更を考慮することが必要な場合である.治療変更後は約2~3ヵ月経過を観察し,改善がなければ再度変更する.このようにして血糖コントロールの目標を達成する.
なお,表1に示したHbA1cと血糖値の対応は,多数の症例から得られた平均値でのものであり,当然症例によってはこれらの目標値が対応しないこともあり,また同一症例でも病期の中でははずれることも多い.HbA1cは患者の過去の一定期間の平均血糖値を反映する指標であり,血糖日内変動など瞬時の糖代謝の状況は把握できない.したがって,HbA1cと血糖値は血糖コントロールの指標として別々に評価されるべきである.なお,前述のように血糖コントロール良のHbA1cの基準については,わが国におけるKumamoto Study4)の成績を参考にした.
肥満した糖尿病患者では体重のコントロールは重要である.なかでも内蔵脂肪の蓄積は,血圧,脂質代謝,血糖のコントロールに悪影響を及ぼし,心血管疾患発症の危険因子とされている(「付録:メタボリックシンドローム」の項参照).まず,肥満の原因を生活環境,食習慣,運動の習慣,精神的要因などの面から分析し,是正できるものを見出して減量に対する動機づけを行う.体重のコントロールの目標はBMI(body mass index=体重(kg)÷[身長(m)]2)22とすべきである.2型糖尿病患者でBMIが23以上のものは蛋白尿が出現する率が高い14).また,糖尿病患者における心血管疾患発症の危険因子の閾値はBMI≧23であると報告されている15).実際には減量のための治療の継続は困難なことも多く,一応の目標として減量前体重の約5%前後の減量を目安としつつ,徐々に行う.たとえ目標を達成できなくても,1kgでも2kgでも減量すると糖尿病代謝の改善を認めることが多い(「12.糖尿病に合併した肥満」の項参照).
血圧のコントロールに関しては,目標血圧は130/80mmHg未満である.特に糖尿病腎症がある場合には,十分な降圧をはかるべきである.血圧のコントロールにおいても食塩摂取制限も含めて生活習慣の改善を指導することが基本的に重要である.高血圧の薬物治療については,今日では作用機序の異なる降圧薬が多数市販されているので,それらの特性を吟味して使用すべきである(「13.糖尿病に合併した高血圧」の項参照).
糖尿病患者にみられる高脂血症は心血管障害の危険因子である.高脂血症に対して治療を進めなければならない.血清脂質の目標値は冠動脈疾患を有しない場合には,総コレステロール200mg/dL未満,LDLコレステロール(LDL-C)120mg/dL未満,冠動脈疾患を有する患者では総コレステロール180mg/dL未満,LDL-C100mg/dL未満である.また,中性脂肪は150mg/dL未満,HDLコレステロール(HDL-C)は40mg/dL以上を目標とする(表2).まず食事療法,運動療法の実行が基本的に重要であるが,薬物療法が必要な場合には,高LDLコレステロール血症に対してはHMG-CoA還元酵素阻害薬を,また,高中性脂肪血症に対してはフィブラート系薬剤を考慮する(「14.糖尿病に合併した高脂血症」の項参照).
糖尿病患者では動脈硬化が進みやすいことから禁煙とすべきである.アルコールの摂取は血糖や血清脂質のコントロールを乱しがちであることから,少ないほどよいが,肝疾患や合併症など問題のある症例では禁酒とする(「3.食事療法」の項参照).表3に糖尿病治療の基本を掲げる.
糖尿病は複雑な慢性疾患であり,急性の,また慢性の合併症は患者のQOLを低下させ,予後を悪化させる.それらの予防,治療のためには患者自身による自己管理によって生活習慣を適正に保つよう努力することが求められる.また,薬物療法を行っている場合には,これを適切に行うことが重要である.これらの目標のためには可能であればチーム医療を立ち上げることが望ましく,糖尿病患者はその医療チームのもとで自己管理を徹底して治療を継続すべきである.この医療チームには,糖尿病に関する十分な知識を有し,糖尿病患者に対する教育的,心理的配慮にたけた糖尿病療養指導士や看護師,管理栄養士,薬剤師,臨床検査技師,理学療法士の参加が期待され,それとともに,必要に応じ眼科医,腎臓内科医,循環器科医,神経内科医,産科医など,他分野の専門家や,他の職種にある者の協力が求められる.この包括的チームを主治医が主導する.小規模の医療機関の場合,主治医は糖尿病に精通する看護師とともに患者教育の実施を企画し,眼科医など他分野の専門家と緊密な連携を保持して最善の糖尿病医療を目指すべきである(「20.糖尿病の療養指導・患者教育」の項参照).すべての糖尿病患者が糖尿病発症時に,また,治療の経過中に,糖尿病に関する知識を広く学んでいくことは,糖尿病治療の基本をなすものである.また,よい治療成果を得るには家族の協力も大切である.


図1 2型糖尿病;インスリン非依存状態の治療図1:2型糖尿病;インスリン非依存状態の治療

表1 血糖コントロールの指標と評価
指標 コントロールの評価とその範囲
不可
不十分 不良
HbA1c(%) 5.8未満 5.8~6.5未満 6.5~7.0未満 7.0~8.0未満 8.0以上
6.5~8.0未満
空腹時血糖値(mg/dL) 80~110未満 110~130未満 130~160未満 160以上
食後2時間血糖値(mg/dL) 80~140未満 140~180未満 180~220未満 220以上
  • 注1)血糖コントロールが「可」とは,治療の徹底により「良」ないしそれ以上に向けての改善の努力を行うべき領域である.「可」の中でも7.0%未満をよりコントロールがよい「不十分」とし,他を「不良」とした(この境界の血糖値は定めない).
  • 注2)妊娠(妊娠前から分娩までの間)に際しては,HbA1c 5.8%未満,空腹時血糖値100mg/dL未満,食後2時間血糖値120mg/dL未満で,低血糖のない状態を目標とする(「15.糖尿病合併妊娠と妊娠糖尿病 」の項参照).
  • 注3)各国ごとの国内のHbA1cは標準化されている.日本におけるHbA1c値と国際標準とされるIFCC,あるいは米英の標準HbA1c値とを比較する場合には換算が必要である16),17)
  • 注4)HbA1c値は血中ヘモグロビンの半減期の変動や化学修飾によっても変動する.腎性貧血に対してエリスロポエチンを使用している場合などがこれに該当する18).このような状況ではグリコアルブミンを血糖コントロールの評価の参考とする(肝硬変,ネフローゼ症候群などにおいて,血中アルブミンの半減期の変動によりグリコアルブミンの値は変動するので注意が必要である).
  • 注5)1,5-アンヒドログルシトール(1,5-AG)はHbA1c,グリコアルブミンに比して短期の血糖変化をとらえ,食後高血糖に対して感度が高いという特徴があり,血糖コントロールの評価の参考とすることがある.


表2 血糖以外のコントロールの目標値
BMI 22  
血圧 130/80mmHg未満  
血清脂質 総コレステロール LDL コレステロール
冠動脈疾患(-) 200mg/dL未満 120mg/dL未満
冠動脈疾患(+) 180mg/dL未満 100mg/dL未満
中性脂肪 150mg/dL未満  
HDLコレステロール 40mg/dL以上  


表3 糖尿病治療の基本
  • 食事療法と運動療法を励行し,血糖値をコントロールする.また,肥満を解消する.
  • 必要があれば,経口血糖降下薬やインスリン療法を行う.
  • 血圧や脂質代謝の管理を行う.
  • 治療の目標は,急性・慢性の合併症の予防,合併症の治療とその進展抑制である.


 
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