(旧版)「喘息ガイドライン作成に関する研究」平成11年度研究報告書/ガイドライン引用文献(2000年まで)簡易版抄録を掲載
6-9.気象と喘息
前文
喘息が気象と密接に関係していることは古くから言われており,臨床の場においても,喘息発作が真夏や真冬よりも,季節の変わり目,すなわち梅雨時や秋雨の頃に多いことや,移動性高気圧や台風や寒冷前線の通過するときに訴えが多いという印象を持つ。
広辞苑によれば,「気象」とは「大気の状態および雨,風,雷など大気中の諸現象」とされている。「気候」とは「長期にわたる気象の平均状態」であり,「天気」とは「任意の時刻の気象状態」である。季節により,つまり気候により,喘息の頻度は大きく異なる。例えば関東では9月から10月に大きなピークがあり,冬季の数倍の頻度に達する。また梅雨時にも小さなピークを認める。またヨーロッパでは冬季のほうが喘息が悪化することが多い。従って,気候が喘息に影響を与えるのは間違いのない事実であるが何がどういうふうに影響するのかは明確ではない。
医学文献上は「気象」もしくは「weather」「climate」という用語には,大気中の浮遊抗原や汚染物などを含めず,気温,気圧,湿度,風などの物理的因子のみを気象因子として定義している。
従ってここでの問題は,物理的気象因子が直接,他の環境因子を介さず,喘息に影響するのかどうかということと,広義の気象=大気環境の何が喘息に影響しているのかという2点だと考えられる。文献を吟味しての結論は,どの物理的気象因子も直接喘息に影響するとは断定できないということと,大気環境においては浮遊抗原や汚染物濃度は喘息に影響するが,何が影響するかは地域によって異なるということである。
科学的根拠
MEDLINEより,(weather or climate or meteorology)and(asthma)をキーワードとして,1970年〜2000年の論文を検索した。175編の論文が得られたが,title, abstractを検討して,有用と思われた31編に絞り検討した。さらに医学中央雑誌より(気象or気候or天候or季節)and(喘息)をキーワードとして,1987年〜2000年の日本語の雑誌論文を検索し,有用と思われた9編を検討した。
気象因子としては,気温,湿度,気圧,雨,風などがあり,これらの因子と喘息患者の症状との関連を調べた研究は数多い。最近のほとんどの研究がこれらの気象因子の絶対値と,他の環境因子(抗原濃度,大気汚染浮遊粒子濃度など)とを合わせて,喘息に対する影響を相関もしくは重回帰分析にて調べている。文献上は多数の相反する報告がみられる。例えば気温についてさえ,低いほど症状が悪化するとの報告が多いが1),2) ,3),関係ないとの報告4),5),高いほど症状が悪化するとの報告があり6),7),一貫していない8)。他の気象因子については関連があるとの報告はほとんどない。一方NOx,SO2,黒煙などの大気汚染浮遊物や,花粉などのアレルゲンが喘息の悪化と関連しているという結果は,いくつかの研究で報告されている。またイギリスでは,雷により救急処置を要する喘息患者が多発したという報告が多く見られるが,雷が発生する時の気象条件が草花粉の地上付近での濃度を上げていることが一因と考えられている9)。
少なくとも冷気が喘息発作を惹起することは実験的には確かめられている10),11),12)。また人工気象室での実験で,運動誘発喘息は乾燥した空気のほうが気道収縮が起こりやすいとの研究もある13)。にもかかわらず気象因子と喘息症状との間に一定の関係が得られないのは,次のような理由によると考えられる。まず気象因子は他の環境因子(大気汚染浮遊物や花粉などのアレルゲン濃度)に比較して,喘息に及ぼす影響が実際にかなり小さい可能性が考えられる。
次に解析上の問題がある。気象因子と大気汚染やアレルゲン濃度などの変数間に相関が強く,複雑に絡み合っているため,解析が非常に困難であり,各因子間のinteractionを考慮せずに解析した場合は,信頼に足る結論は得られない。例えば日本では冬季に小児喘息が少ないため7),気温は有意に喘息と正の相関を示し,因果関係があると結論する場合などである。(おそらくアレルゲンが冬季に少ないことが真の理由だと思われる)。たとえ重回帰分析を行っても,重要な説明変量(例えば,気象変化による心理的ストレスの影響など)が含まれていない場合や,説明変量間に強い相関がある場合,説明変量の変化に対して,目的変量(喘息の程度)が線型に変化しない場合などでは誤った結論を導いている可能性がある。
また気象の変化による人間の行動様式の変化が生活環境を修飾することが考えられる。例えば秋に最初の寒気団で喘息が悪化する原因のひとつとして,患者が屋内の暖房を利用し始めるため,密閉した屋内でのアレルゲンの吸入が増加することが想定されている14)。また住居の気密化や冷房の普及により,夏にも発作がみられるようになったことも,このことの一例であろう。この場合,解析で使われる外気温は室内気温を反映しない。
気温の絶対値よりも,変化のほうが喘息に影響を与えるという研究結果もある。早川は人工気象室による実験で,気温低下に併行して1秒量が低下するが,気温が上昇もしくは一定であれば(低温でも),1秒量は回復する被験者の多いことを報告している12)。また石崎らは前日と比較して気温が3℃以上低下した日に喘息症状が悪化したと報告している15)。
Jamasonらは気団を原因因子として,ニューヨーク市における気象と喘息の関係を解析して比較的明瞭な結果を報告している14)。彼らによると秋と冬の乾燥した高気圧の寒気団および春の低気圧の暖気団の到来が有意に喘息患者の入院数と相関していた。彼らは同時に大気汚染浮遊物濃度と数種類の花粉量を測定し,寒気団では冷気による直接的作用とともに室内抗原が喘息悪化に関与し,大気汚染の影響は少ないと推定している。また春の暖気団により喘息が悪化するのは,大気汚染浮遊物が増加するためであると結論している。彼らの解析法は気象と喘息の関係を調べる上で,有用な方法であると思われる。ただし,この結論はニューヨークにおいてのみ適用されるもので,普遍性はない。
文献 | 対象
| 試験デザイン
| 結果・考案・副作用 | 評価 |
de Diego ら4) 1999 |
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| IV-B |
Rossi ら1) 1993 |
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| IV-B |
Jamason ら14) 1997 |
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| IV-B |
Epton ら2) 1997 |
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| IV-B |
Holmen ら8) 1997 |
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| IV-B |
花城ら3) 1998 |
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| IV-B |
結語
気象因子と喘息の関連を調べた研究からは,報告者によって相反する結果が得られている。すなわち気温,気圧などの物理的気象因子が普遍的に,喘息症状に直接影響を与えるという結論は得られない。ただし実験室レベルでは,冷気もしくは気温の低下が喘息に影響することを示唆する報告がみられた。
喘息の頻度が季節に強く依存しているのは事実である。これは気象もしくは季節により変化するさまざまな外的内的要因(浮遊アレルゲン,大気汚染浮遊物,感染微生物,情動など)が,強く喘息に影響を及ぼすからであると考えられる。どの要因が喘息に影響するかは地域により,また季節により異なっている。従って,ある地域で得られた結果を気候の異なる他の地域に適用するのは困難である。
参考文献
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- Ramsey JM. Time course of bronchoconstrictive response in asthmatic
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temperature. Thorax 1997; 32: 26-28. (評価IV-B) - Deal EC Jr, McFadden ER Jr, Ingram RH Jr, et al. Airway reponsiveness to cold air and hyperpnea in normal subjects and in those with hay fever and asthma. American Review of Respiratory Disease 1980; 121: 621-628. (評価IV-B)
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- Jamason PF, Kalkstein LS, Gergen PJ. A synoptic evaluation of asthma hospital admissions in New York City. American Journal of Respiratory & Critical Care Medicine 1997; 156(6): 1781-8. (評価IV-B)
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(評価IV-B)