(旧版)「喘息ガイドライン作成に関する研究」平成11年度研究報告書/ガイドライン引用文献(2000年まで)簡易版抄録を掲載

 

6-8.喘息死

前文

世界の喘息死に関して1960年代の英国,1970年代半ばのニュージーランドにおける爆発的増加以後,比較的診断が確実な5〜34歳での調査成績をみると喘息死はやや増加傾向にあり1970年後半から1980年度後半にかけては先進各国で死亡率は緩やかな増加を示した。その後,各国とも急峻な増加はみられず米国では1988年以降,人口10万対2人前後と安定している1)。1995年以降は,スウェーデン,デンマーク,オーストラリア,カナダ,西ドイツの諸国では喘息死亡率の減少が,英国では25%の減少が報告されている2),3),4)

わが国の喘息死の動向を厚生省人口動態統計でみると,喘息死亡率は1975年頃から人口10万対5人前後とほぼ横這い状態が持続しており,最近の動向としては1994年は4.9人であったが,1995年は一時的に5.8人と上昇し1996年には4.8と復した。1997年は4.5人,1998年は4.1人と減少し史上最低となり(図1),1999年は4.3となっている。1995年の一時的増加は高年齢層の死亡が主体であった。また,1980〜90年代の喘息死亡率の増加は男性の増加が主体であった。

一方,5-34歳の年齢層の喘息死亡率をみると,1950年代に減少傾向にあったのが1960年代に増加,1970年代に入り急速に減少して1970年代後半には米国,カナダ,フランスに近いところまで低下,安定していたが,1980年頃から再び増加に転じ1985年頃から増加は明瞭となり1990年からはほぼピークに達したが1996年より減少を示し1999年には人口10万対男0.5人,女0.2人,総数0.4人となっている。

喘息死の増加を1979年と1994年の年齢階級喘息死亡率で比較してみると,男は10〜39歳,女は10〜34歳で増加し,男女とも15〜29歳の若年層で増加傾向が大きい。

近年,喘息死亡例の中に占める軽症,中等症の喘息患者の増加が成人,小児とも指摘され,最終発作では急激な経過で死亡した症例が多い。

一方,小児では,0〜19歳の小児の喘息死亡率(人口10万対)は,0〜4歳では近年順調に減少してきたが,5〜19歳では,2回の喘息死の増加があり,1960年代の第1回目の増加は10〜14歳で顕著であった。1970年代に入り喘息死亡率は急激に減少したが,1980年頃から第1回とは異なり15〜19歳の年齢層で増加傾向となり1985年頃から増加は著明になって1990年頃からほぼピークに達し,97年から急激に減少に転じた。いずれの増加も男が著明であった。喘息死の実態を周知すると同時に,その対策を講じていく必要がある。

Medlineを用いて過去20年間の喘息死関連の文献を抽出し,本邦の文献を主として検討し91文献を選択,最終的には喘息死の疫学的内容を持ったものおよび死亡の病態と特性に関して述べている10文献を採用した。

小児の喘息死に関する論文は,喘息死症例が少ないことから,限られており,特に症例対照研究は少なく,Pub Medで喘息死を検索72論文について検討した。わが国では症例対照研究は見あたらず,日本小児アレルギー学会・喘息死委員会の報告によった。

推奨:喘息死を予防するため,以下を徹底する。

  1. 喘息教育:
    患者,家族,教育関係者など患者を取り巻く人々に喘息で死亡することもあることを周知させる。喘息死の予測は重症発作の既往歴,入院歴やステロイド使用歴のみでは不可能である。重症であれば軽症より喘息死の確率は高いが,軽症の喘息死もごく稀であるがあり得る。
    発作程度に応じた具体的対処法を指導し,喘息日誌の記載,ピークフローモニタリングを奨め,その意義を十分理解させる。
    β2刺激薬MDI(定量噴霧式吸入薬,ハンドネブライザー)を使用する場合は,使用上の注意を徹底させる。β2刺激薬MDIの使用は頓用を原則とし,回数の増加は現在の治療が不十分であることを意味していることを理解させる。
  2. 急性発作への対応:
    最終発作は急激に増悪することが多く,急性発作への対応について,重症発作時の歩行禁止や酸素投与・救急活動の適切な利用の重要性を理解させる。
  3. 予防的治療の徹底:
    喘息死を防ぐためには,アレルゲン除去,定期的受診,吸入ステロイド薬など抗炎症薬による必要十分な予防的薬物療法を日頃から徹底し,発作を十分抑制する。
科学的根拠
成人の喘息死

わが国の成人喘息患者の死亡総数は年間6,200-5,800人であり経年的に減少傾向を示していたが,1995年には約7,000人と急激に増加し,1996年には5,995人と再び元に復し1998年には5,064人に減少している(図2)。年齢区分では経年的には減少しているものの高齢者の死亡が多いのが特徴的であるがこれはCOPDの合併など診断面での問題も考慮すべきと思われる。1995年の突出増加現象は70歳以上の高齢者の死亡が主因と考えられる。他の年代では20歳代の特に男性の増加が目立つ。性別では約3:2と男性に多いのが特徴的であるが経年的に見ると近年の喘息死全般の減少は主に男性の死亡数の減少と想定される。死亡の時期では冬季に多い傾向がある5),6)

わが国の成人喘息死は発作開始後,1時間以内の死亡が19%と多く,3時間以内の死亡とあわせると33%であり急死が多い事が特徴的である。さらに不安定な発作が持続したのち急死する不安定急変型や不連続発作の後に高度発作となる不連続急変型もそれぞれ約20%であり臨床的には急変死が多いのが目立つ。これに対して重積発作は20%前後である。急死に関しては欧米においても同様な報告が多く,その臨床所見は時間的なものの他に,若い男性に多く,PCO2 の上昇,呼吸性アシドーシスを呈し,病理組織所見では気道の粘液栓は認められず,好酸球ではなく好中球の浸潤が目立つとされその発現機構が慢性型喘息死と異なると考えられている7),8)

死亡場所は病院内の死亡が多いが病院内死亡でも最近は救急室へ到着時死亡(CPAOA)や入院直後の死亡が多く,また自宅,搬送中の死亡が多いなど,病院以前の死亡が増加する傾向にある。発作の起こった場所は自宅が圧倒的に多い。この事実は院内の発作で死亡する場合よりも,病院以前の発作で入院し,最後は院内で死亡する症例が多いことを示唆する。

死亡に至る発作の誘因としては気道感染(特にウイルスに起因する上気道感染)が最も多く9), 次いで,ストレス,過労である。ほかにステロイドの中止・減量,アスピリンをはじめとする非ステロイド性鎮痛・解熱薬の服薬,β2刺激薬定量噴霧式吸入剤(MDI,ハンドネブライザー)の過剰使用(約半数がフェノテロール),βブローカーの使用(降圧剤,点眼薬)などがある。死亡前の喘息の重症度では重症が多いが近年は中等症や軽症が増加傾向にあり,また喘息の型ではアトピー型が15.2%,非アトピー型が46.5%,両者の混合型が38.1%であり経年的にはアトピー型が漸増傾向にある。また約半数が喫煙歴を有し,20%が肺気腫を合併している。

死亡と関連する事項としては患者側では喘息疾患に対する知識や認識不足,不定期受診,医師の指示を守らない,などのコンプライアンス不足であり,医師側では患者への教育不足,ステロイドの急激な減量や中止などの治療薬の不足,救急医療体制の不備や遅延など治療全般の不足などである。

成人喘息死の危険因子はステロイドの投与減量や中止,発作による過去の入院歴,救急外来受診,過去の高度発作(挿管の経験),加齢などが想定される。

小児の喘息死

死亡前の喘息重症度は,近年,軽症,中等症の占める割合が増加しており,日本小児アレルギー学会・喘息死委員会(以下喘息死委員会)の1998年の集計1)では,軽症18.4%,中等症21.7%,重症28.3%,不明・記載なし31.6%であった。死亡例の重症発作に関する既往歴を,喘息による入院歴,重症発作歴(意識障害を伴う重症発作),治療歴(気管内挿管歴,イソプロテレノール持続吸入又は持続点滴歴)でみると,各々54%,16%,7%,14%に過ぎず1),既往歴からは予期せぬ死亡が多かったと推測される。重症患者は軽症・中等症患者に比べ致死的発作や喘息死を起こす率は高く,過去12ヶ月入院回数は喘息死のリスクの最も信頼性の高い指標となる2)。一方,喘息死の予測は重症発作の既往歴やステロイド使用歴のみでは不可能で,軽症の喘息死も稀であるがあり得る1)

死亡場所は,救命救急士制度が整備され心肺停止状態でも救急搬送するようになってから,推定が困難な場合も多い。死亡場所は,年長になるに従い自宅や病院以外,その他の場所,が多くなり,学校内のトイレ,運動中,校外授業なども散見する1)。保護者から離れて生活する時間が多くなる年長の患児には,発作時の具体的な対応を教育する必要がある。

小児の喘息死の直接死因は窒息が大部分を占めるが,稀にはアナフィラキシー・ショックなどが見られ3),食物アレルギーで重篤な症状の既往がある患児では注意が必要である。

喘息死に関与した要因として,報告医によれば,適切な受診時期の遅れ(69%),予期し得ぬ急激な悪化(69%)が多く,適切な受診時期の遅れを来した要因として,患者(48%)や家族(49%)の発作重症度判断の誤り,β2刺激薬定量噴霧式吸入剤への過度依存(29%)が多く挙げられている1)。また,これまでの同委員会の報告では,喘息死亡例の中,β2刺激薬噴霧式吸入剤使用例では過度依存による受診の遅れが喘息死に関与したとされる症例が多かった4)

β2刺激薬噴霧式吸入剤と喘息死の関係について,フェノテロール定量噴霧式吸入剤が喘息死・致死的重症発作のリスクを増加させる5)との報告と,喘息重症度を補正するとフェノテロール定量噴霧式吸入剤に限らずβ2刺激薬定量噴霧式吸入剤の頻回使用が喘息死・致死的重症発作のリスクを増加させる6)との報告がある。わが国で,現在,小児へβ2刺激薬MDIで第一選択薬とされているのは,サルブタモールとプロカテロールである。

怠薬やコンプライアンスの悪さは思春期喘息患者で多い1)

喘息死に至る最終発作は急激な経過をたどることが多く7),着院死が約半数を占め,無酵素脳症となって,意識を回復しないままに死亡した症例も多い。

二次にわたる喘息死の増加は小児では一次が10〜14歳,二次が15〜19歳のいずれも思春期の男が著明であった。思春期に喘息死が増加する要因として,服薬率・受診回数・コンプライアンスの低下,β2刺激薬定量噴霧式吸入剤への過度依存,思春期特有の心理的状況,学校や職場など社会的環境,単身生活,不充分な喘息知識での対応などが指摘8)されている。思春期喘息や若年成人では,心理的要因が喘息死9)・挿管を要する重症発作10)のリスクを高めることが指摘されており,これらに注意を払う必要がある。

中等症・重症患者の吸入ステロイド薬の使用は,喘息死のリスクを減少させる11),2)

結論

喘息死は,重症は軽症よりも死亡率は高いが,軽症であっても最初の重症発作で死亡する可能性もあり,最終発作は急激な経過をたどることも多いことを周知すべきである。

年長の患児は,保護者から離れて生活をする時間が長くなり,発作時の具体的な対応を教育する必要がある。小児へのβ2刺激薬定量式吸入薬の使用は慎重に検討し,使用にあたっては使用上の注意を徹底する必要がある。特にコンプライアンスの悪くなる思春期・若年成人で注意が必要である。

β2刺激薬定量式吸入薬の使用にあたっては,頓用,救急薬であり,使用回数の増加は対症療法が不十分で,気道炎症の増悪,治療をステップアップする必要性を示唆していることを周知する必要がある。

成人喘息死の危険因子はステロイドの投与減量や中止,発作による過去の入院歴,救急外来受診,過去の高度発作(挿管の経験),アスピリン喘息への非ステロイド性鎮痛・解熱薬投与,加齢などがあげられる。

喘息死を防ぐため,日常管理,発作時の適切な対応の重要性が強調される。適切な吸入ステロイド薬の使用は喘息死のリスクを減少させる。

 

 
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