(旧版)「喘息ガイドライン作成に関する研究」平成11年度研究報告書/ガイドライン引用文献(2000年まで)簡易版抄録を掲載
6-7.外科手術と喘息
前文
喘息患者では周術期に気道収縮や圧外傷などの呼吸器合併症が生じやすいとの報告が多くある1)。しかし,厳密な診断基準に基づいて喘息と診断され,メイヨクリニックで手術を受けた全患者の診療録を調査した研究では周術期の気道収縮は1.7%に認められたに過ぎず,気胸,肺炎,死亡例は1例もみられていない2)。
呼吸器合併症の発症頻度は,手術時の喘息の重症度,手術の種類(胸部と上腹部の手術の危険度が最も高い)や麻酔法(気管内挿管による全身麻酔の危険度が最も高い)などの多くの要因により左右されるので術前に,病歴,臨床症状,理学的所見,肺機能検査などから喘息の重症度を評価し,麻酔法などを決定する必要がある。できれば,追加の治療ができるように手術の数日前に患者の状態を評価すべきである。
I.術前管理
(1) 喘息症状の把握
病歴・臨床症状・理学的所見・検査所見,特に肺機能検査(ピークフロー,1秒量など),血液ガスなどにより,喘息の重症度を正確に把握する。
(2) 手術時期
術前のある一定期間(1〜2週間)に発作のないこと,あるいは,特に重症例や他の呼吸器疾患を合併する者では,十分にコントロールされていることが望ましい。ただし,緊急手術では,この限りではない。
(3) 薬物治療
a)ステロイド薬
症状が不安定な患者や1秒量が自己最良値の80%未満の場合は全身性ステロイド薬を短期間投与する必要がある。また,6ヶ月以内にステロイド薬の全身投与を行ったことがある患者には,手術前日および術中にヒドロコルチゾン100mgを8時間ごとに投与し,その後24時間以内に減量する。また,高用量の吸入ステロイド薬療法を受けている患者で,吸入が行えないような場合には経口や点滴静注など全身投与に変更するが,その投与量や期間については明確な情報に乏しい。
b)気管支拡張薬
経口や定量噴霧式β2刺激薬は手術前にはネブライザーに変更する。また,徐放性テオフィリン薬によるRTC療法を行っている患者では,血中濃度を維持するため,アミノフィリンの点滴静注に変更する。
c)前投薬
手術に際して患者は強い不安を抱くため,適切な前投薬が用いられる。ただし,呼吸抑制のない薬剤を投与することが必要である。ベラドンナ薬(アトロピン)や鎮静薬(ペチジン,ジアゼパム,ヒドロキシジンなど)が使用される。
II.麻酔
喘息患者にどのような麻酔方法,麻酔薬を用いるかは重要な問題である。患者の病態,手術の侵襲,さらには施行施設,スタッフの状況などを考慮して決定する。
(1) 局所麻酔,脊椎麻酔
呼吸器系に対する侵襲が少ない,小手術,末梢の傷などで適応となる。局所の浸潤麻酔または,神経ブロックで十分に対処できる場合に施行する。ただし,高位脊椎麻酔や硬膜外麻酔では,広範囲な交感神経ブロックにより気管支収縮や発作の誘発の危険性がある。したがって,喘息患者では一般に十分な呼吸管理が可能となる全身麻酔がより安全となる。
(2) 全身麻酔
気管内挿管を行い,万全の呼吸管理下で行われるが,挿管操作や気管内チューブは,それ自身,気管支収縮の誘因となるため,気管支拡張作用のある麻酔薬を用いて麻酔の導入と維持を行う。また,マスクにより麻酔を遂行できる例では,挿管を極力控える。直接気管内への侵襲を及ぼさないラリンジャールマスクの使用も検討されている。
(3) 麻酔薬
吸入麻酔薬としては,ハロタン,エンフルラン,イソフルラン,セボフルランなどがあるが,ハローセン麻酔下では,アミノフィリン,β2刺激薬の投与により,心室性不整脈が出現することがあるので,麻酔をイソフルランかセボフルランに変更する。静脈麻酔薬としては,サイオペンタール,ケタミンなどがあるが,前者はヒスタミン遊離,交感神経系抑制作用があるため,喘息患者には不適である。
III.術中の発作への対応
術中の発作への対応は以下の通りである。
- チューブの位置,屈曲,カフの異常などを点検する。
- 手術操作を中断する。
- 純酸素にして,揮発性麻酔薬の濃度を2〜3MACまで高める。
- アミノフィリン(2〜5mg/kg iv)投与。
- ヒドロコルチゾン(200〜1,000mg iv)投与。
- 選択的β2刺激薬の回路内ネブライザーによる投与。
- リドカイン(2mg/kg iv)投与。
IV.術後管理
術中と同様,術後も喘息患者は,種々の刺激で発作を起こすことが多いため,術後の管理が大切である。術後なお喘鳴が持続する場合には抜管前ではβ2刺激薬のネブライザーによる回路内投与と十分なステロイド薬を用いた早目の対応が必要である。
科学的根拠
Medlineにて1965年から1999年の期間の喘息と外科手術に関する文献を検索して得られた80論文のうち12論文を査読した。
喘息患者の手術に際して,ステロイドを使用することが推奨されているが,適正に用いればそれによる感染症や喘息増悪の頻度の増加,副腎機能不全,術創治癒の遷延化などは認められていない4),5)。
文献 | 対象
| 試験デザイン
| 結果・考案・副作用 | 評価 |
Pienら4) 1988 |
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| 術後,5.4%に肺炎の合併が認められたが,コントロール群と比べ有意差はなかった。 創傷治癒の遷延化,副腎不全は1例もなかった。 喘息患者への術前のステロイド薬の投与は安全である。 | II-2 |
Kabalinら5) 1995 |
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| 術後,4.5%に軽度の気道収縮,5.6%に感染症(2.2%に創傷感染)が認められた。 副腎不全はみられなかった。 術後の呼吸器系の合併症の頻度が減少するが,感染等の合併症の頻度は増加せず,喘息患者への術前のステロイド投与は安全である。 | II-2 |
参考文献
- Kumeta Y, Hattori A, Mimura M, Kishikawa K, Namiki A. A survey of perioperative bronchospasm in 105 patients with reactive airway disease. Masui Japan J 1995; 44: 396-401. (II-3)
- Warner DO, Warner MA, Barnes RD, Offord KP, Schroeder DR, Gray DT, Yunginger JW. Perioperative respiratory complications in patients with asthma. Anesthesiology 1996; 85: 460-467. (II-3)
- 厚生省免疫・アレルギー研究班.喘息予防・管理ガイドライン1998.牧野荘平,古庄巻史,宮本昭正,監修.協和企画,東京、1998. (A)
- Pien LC, Grammer LC, Patterson R. Minimal complications in a surgical population with severe asthma receiving prophylactic corticosteroids. J Allergy Clin Immunol 1988; 82: 696-700. (II-2)
- Kabalin CS, Yarnold PR, Grammer LC. Low complication rate of corticosteroid-treated asthmatics undergoing surgical procedures. Arch Intern Med 1995; 155: 1379-84. (II-2)