(旧版)「喘息ガイドライン作成に関する研究」平成11年度研究報告書/ガイドライン引用文献(2000年まで)簡易版抄録を掲載
6-6.職業性喘息
前文
職業性喘息は"特定の労働環境で特定の職業性物質に曝露されることにより起こる気流障害と気道反応性の亢進で特徴づけられる疾患"と定義される1)。したがって患者の発生は職場集積性を呈し,その臨床像や気道局所の病態像は非職業性喘息のそれと基本的に変わらない。一般には曝露開始後一定期間の後に発症し,その職場環境から離れれば喘息症状は軽快消失し再曝露により症状が再現する。しかし現実には曝露環境から離れても症状が変わらない場合やかえって悪化する場合もあり2),最近ではこれらも職業性喘息の範疇に入れる傾向にある。また,高濃度の塩素や硝酸などのガスや煙,蒸気を職業性に吸入した際,数時間以内に気道閉塞を生じて喘息様症状が見られ,その後数ヶ月間にわたって症状が持続する場合をRADS(reactive airways dysfunction syndrome)3)と呼ぶが,これも職業性喘息とする考え方がある。このように近年では職業性喘息は職業病の一つとしての作業関連喘息(work-related asthma)4)として,より広い概念としてとらえられる方向にある。
発生頻度は職種や作業環境により異なるが,作業者の約10%が職業性喘息とされる5),6)。米国では全喘息患者の約2〜15%が職業性喘息とされている7)。
科学的根拠
1966-1999年における職業に関わる喘息に関する文献合計1,159の中から重要性の高い89文献を選択した。その中,特に定義,病態発生,予防に関して貢献度の高い17文献を採択した。
職業性喘息の原因物質は種類,数が多岐にわたることが特徴的で表1,2に示すように低分子物質と,高分子物質とに大別される。欧米では工業性粉塵を主とする低分子物質が多いがわが国では動植物性の高分子物質が多い。形態学的,物理的,科学的性状では粒子の大きさ,蛋白組成,蒸気性などが重要となり,抗原性や刺激性なども本疾患発現に重要な要因となる。
曝露条件:比較的狭い場所での濃厚曝露による発症が多い。しかしTLV(threshold limit value)以下の微量でも発現しうる。また一部の胞子や花粉のように作業構造,方法の変化によっては曝露条件が変わり,抗原性をもつ場合もある。生体側の因子との関連では同じ曝露条件下では高分子物質の場合はアトピー素因のある人に発症しやすいが8)低分子物質の場合はアトピー素因と発症とは無関係である9)。遺伝因子では近年TDI喘息とHLA-DQとの関連性が想定されている10)。
発症機序は高分子抗原および一部の低分子抗原(プラチナ塩や無水フタル酸など)の場合は,Type I allergyに起因する。しかしTDI(Toluen diisocyanate)などの低分子抗原の場合の発症機序は明確ではない。TDI喘息で遅発反応を呈した症例のTBLBやBALFの所見では基底膜の肥厚や好酸球,リンパ球の浸潤,気道の浸出性変化などが観察され,職業性喘息の遅発反応形成にも気道炎症の関与が示唆される。しかしこの場合,IgE抗体は検出されないのでIgE-IL-4-肥満細胞系を介さずに,TDIによって活性化されたTcellからIL-5が遊離され好酸球性炎症を惹起すると想定されている11),12)。職業性物質の曝露は一時的に喘息患者の気道の反応性を高める。この亢進状態は曝露環境から離れれば元に復するが復さない場合もある。またTDIや米,スギ,ラテックスなどの職業性物質の曝露は気道の過敏性を新たに獲得させうる13),14)。
診断は病歴,特に職業歴,作業と症状発現との関連性を詳細に問診する。作業開始後や作業中,作業終了直後に症状を生じる場合(数時間後や1-2日後のこともある)あるいは症状が周期的に現れたり,作業しない日には改善される場合は職業性喘息を疑う。また最大呼気流量を測定して作業との関連性を確認する15)。必要によっては充分な監視下にて吸入誘発試験を行う。原因が明確になしえない時は患者の職場にて環境誘発試験を行う。抗原性の明確な場合はそれを用いて皮膚反応,特異IgE抗体の検出を行う。
治療は,労働衛生的観点から作業環境の整備,改善などを行って,起因物質を完全に除去することが望ましい。除去すれば喘息症状は一般に回復するが悪化状態が持続する場合もある2),16)。完全除去が不可能の場合,次善の策として曝露濃度の軽減化を図る。職場側では作業方法の改善,作業場の間取りや構造への配慮,換気(hood-dust fanや局所換気)清掃などの作業環境の整備が必要であり,作業員側ではマスクや保護衣の着用,保護具が必要となる。薬物療法は非職業性喘息のそれに準ずる。職業性喘息でも気道炎症が深く関与するので吸入ステロイドを主とする治療が必要となる。抗原が明確で回避不能のときは減感作療法も有効である17)。回避,治療が無効の場合には配置転換,転職もやむをえない場合がある。予防は,就職前に総IgEの測定や職場の粉塵に対するIgE抗体の測定,気道過敏性やアトピー素因の有無などを検査して対処法を指導する。また同様の検査を就職後にも定期的に行うことが望ましい。
参考文献
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- 城 智彦.全症例で著効を認めたホヤ喘息の精製抗原による減感作療法. アレルギー 1991; 40: 1194- 1198.
(評価 II-B)
- Brugnami G, Marabini A, Siracusa A, Abbritti G. Work-related late asthmatic response induced by latex allergy. J Allergy Clin Immunol 1995; 96: 457-464. (評価 IV-B)
文献名,著者名 | 対象 | 方法 観察期間(導入+試験) その他(効果判定など) | 結果 | 評価 |
Chan-Yeungら 1987 | 米杉喘息症例232名。 診断後就業を続けた群(96名)と離業した群(136名) | 診断5年後の症状 肺機能,曝露期間,気道過敏性について2群で比較。 この結果と人種や喫煙,IgE抗体とを比較した | 離業群のうち40%が完全寛解したが60%は症状が残った。 作業を続けた群では症状,気道過敏性が増悪した。IgE,人種,喫煙などはこれらの結果に影響を与えなかった。 | II-A |
Brooksら 1998 | 1975-1982に受診した職業性喘息患者は約500名であり,その中30名を対象とした | 履歴や職業性物質の曝露歴について回顧的に検討し,各症例につき肺機能,気道過敏性(PC20),胸部X-Pなどを調べRADSと思われる症例を抽出した | RADSを疑った30症例のうち10症例が確診された。その根拠は高濃度の職業性ガスや煙の曝露歴がある,曝露後に急性の喘息症状がある,気道過敏性が存在することであった。 | II-B |
Tarloら 1989 | 継続的に一定の職業に従事している154名の喘息患者 | 職業性喘息患者をirritant 吸入に起因する群とそれ以外の群に分け,その履歴,曝露歴につき回顧的に検討し,症状や気道過敏性,アトピー素因を検討した |
| II-B |
職業または作業 | 原因物質 |
ポリウレタン製造,プラスチック製造塗装工, 接着剤などの生産,使用者 | イソシアネート (TDI, MDI, HDI) |
医師,看護師などのゴム手袋使用者 | ラテックス |
美容師,理容師 | 香料,化粧品ラテックス パラフェニレンジアミン |
セメント製造,皮なめし等 | クロム |
薬局調剤従事者 | 薬剤粉末(構成物質,胃腸薬,INAH,甘草,毒掃丸) |
宝飾,メッキ取扱者 | プラチナ塩,ニッケル,クロム |
超合金製造工 | コバルト,ニッケル |
皮革製造者,塗装工 | パラフェニレンジアミン |
印刷業者,印刷工 | アラビアゴム,カラヤゴム |
エポキシ樹脂製造従業員 | 酸無水物 |
塗料工場従業員 | ローダミン,シカゴ酸 |
アルミ接着工 | アミノエチエタノールアミン |
職業または作業 | 原因物質 |
製麺業,そば製造販売,製菓業,精米業,製粉業 | 穀粉(小麦粉,そば粉,米ぬか,大豆,コーヒー) |
こんにゃく製粉業,作業員 | こんにゃく舞粉 |
製材業,大工 | 木材粉塵(米杉,米松,ラワン,りょぶ,檜) |
生花業,人工授粉作業者 | 花粉(もも,菊,りんご,ぶどう) |
フレーム内栽培作業者 | 花粉(いちご,プリンスメロン) きのこ胞子(椎茸,シメジ) |
養蚕業,農業,絹織物業 | 蚕の体成分 |
養蜂業,林業 | 蜂の体成分 |
魚肉,食品製造業 | ユスリカ |
実験動物飼育者,獣医,毛筆製造従事者 | 動物の毛,毛垢,尿 |
農夫,研究者 | 昆虫(トビケラ,蝶,バッタ)の羽毛,体成分 |
馬丁,調教師 | 牛馬の毛,毛垢 |
カキの打ち子,真珠養殖業 | ホヤの体成分 |
伊勢エビ漁師 | アカウミトサカ |
牧畜業 | 牧草花粉(かもがや,イタリアンライグラス) |
醸造業 | こうじ |
養鶏業 | ヒヨコ,鶏の羽毛 |