(旧版)「喘息ガイドライン作成に関する研究」平成11年度研究報告書/ガイドライン引用文献(2000年まで)簡易版抄録を掲載
6-4 高齢者喘息
6-4-1.定義・疫学・病態と診断
前文
高齢者喘息とは,60歳以上あるいは70歳以上の喘息患者,あるいは喘息発症が40歳以降あるいは60歳以降の患者とする等,報告も一定の定義に基づいたものはみられない。平成7年に実施された国病・国療共同研究「我が国の気管支喘息患者の実態調査」1)では,国病・国療施設受診中の成人喘息患者群では60歳代の患者が24%と最も多く,60歳以上が39%を占めていた。この年齢層では一般人口比からみても喘息患者数は多く,平成元年の全国調査2)の結果(50歳代が最多24.4%,60歳以上33.3%)と比較しても高齢者喘息患者は増加している。一般に成人喘息は男女比がほぼ1:1あるいは女性がやや多いといわれるが,70歳以降は実数では女性患者数が多いが一般人口比で男性が激減しているため,一般人口に占める喘息患者比は男性の方が高い。
科学的根拠
高齢者では,若年者と比べて非発作期の症状や肺機能の改善が完全でないことが多い。
60歳以上の喘息患者のアレルギー反応の面からみた特徴としては,1)即時型皮内反応陰性例が多く,陽性例においても陽性抗原数は少ない,しかし皮内反応陽性例における血中IgE抗体陽性頻度,吸入誘発反応・眼反応陽性頻度,末梢白血球ヒスタミン遊離反応陽性頻度などは若年者と変わらない3)。また,IgG1抗体高値例も認められる4)。2)ハウスダスト,ダニ,スギ等の主要な抗原に対する即時型皮内反応陽性率は年齢とともに減少し,高齢者では著減する3)。3)カンジダに対する即時型皮内反応陽性率は年齢による変動は少なく,高齢者ではかえって増加する3)。4)気道好酸球浸潤は高齢者でも明らかで,高齢者の喘息の病態も好酸球優位の気道炎症と考えてもよい4),等が知られている。
すなわち高齢者喘息患者では非アトピー型喘息の頻度が多いが,アトピー型喘息と診断される患者においては若年者と同様である。また60歳以降発症の高齢発症喘息群にも血清総IgE値が1,000IU/mLを超え,アトピー型喘息に分類される患者が少なからず存在するが,アトピー素因と気道過敏性素因が同一遺伝子上にないことを示唆する事実として興味深い5)。
呼吸機能の面からの特徴としては,1)非発作期にも症状や肺機能の改善が不完全のことが多い。2)加齢変化によって高齢者は,末梢気道が生理的に閉塞するが,特に高齢者喘息では,気道閉塞は末梢気道,なかでも細気管支閉塞型が多い。3)1秒量の減少率が健常高齢者の35mL/年に対し,喘息患者では50mL/年と大きいとされる6)。4)気道過敏性の亢進は,健常高齢者では見られないが,高齢者喘息患者では明らかである7),8),等が挙げられる。
また,高齢者では,食道への逆流の頻度が高くなり,逆流した胃内容物の気道への流入あるいは迷走神経反射による気道収縮の誘発が起きる可能性がある9)。高齢者喘息患者では,慢性閉塞性肺疾患,心疾患以外にも合併症を伴いやすく,関節炎に対する非ステロイド系消炎鎮痛薬,高血圧に対するβ遮断薬,緑内障へのβ遮断薬点眼等で症状が増悪することがあるので,合併疾患の治療薬にも十分に留意しなければならない10)。
結論
高齢者喘息については確立した定義はない。これは,高齢者とは何歳以上を対象とするかについて,同一年齢における個人差があまりにも大きいために平均値的に論議できないこと,生理的加齢変化が基礎にあること,慢性閉塞性肺疾患や心疾患その他の慢性疾患の合併が多いことなどの諸因子の競合により喘息の症状や肺機能が修飾されて,診断にもしばしば難渋することがあることなどによると考えられる。症状は,高齢者でも反復性の呼吸困難発作,喘鳴,咳発作など一般の喘息と同様であるが,若年者と比べて非発作期の症状や肺機能の改善が完全でないことが多い。小児や若年成人喘息に比べて内因型,慢性通年性喘息が多いことが知られている。慢性閉塞性肺疾患,心疾患以外にも合併症を伴いやすく,合併疾患の治療薬にも十分留意しなければならない。
参考文献
- 国立病院治療共同研究・国立療養所中央研究 共同研究報告書.「我が国の気管支喘息患者の実態調査-小児喘息及び成人喘息-」.(国病治療共同研究班[班長:秋山一男]・国療中央研究班[班長:高橋清])1998. (評価 II-2-A)
- 秋山一男,饗庭三代治,ほか.我が国における成人気管支喘息の実態.日胸疾会誌 1991; 29: 984-991. (評価 II-2)
- 秋山一男,前田裕二,ほか.アレルギー反応からみた高齢者気管支喘息の特徴.アレルギー 1994; 43: 9-15. (評価 II-2-A)
- 谷崎勝朗,高橋 清,ほか.喘息-臨床分類とその気道細胞反応の特徴-. アレルギー 1990; 39: 75-81. (評価 II-2-A)
- Atsuta R, Akiyama K, Shirasawa, T, Okumura K, Fukuchi Y, Ra C. Atopic astma is dominant in elderly onset asthmatics:Possibility for an alteration of mast cell function by aging through Fc receptor expression. Int Arch allergy Immunol 1999; 120(suppl 1): 76-81. (評価 II-3-B)
- 日本胸部疾患学会編.慢性閉塞性疾患-気管支喘息の診断と治療指針. 日本胸部疾患学会 1995; 56-62. (評価 II-1-A)
- 福地義之助,香山重則,ほか.高年喘息患者の臨床像の特徴. 呼吸 1980; 1:242-247. (評価 II-2-A)
- 石田喜義,福地義之助.気道過敏性と加齢変化. 日胸疾会誌 1992; 30: 182-186. (評価 II-1-A)
- 福地義之助,松瀬 健,ほか.感染-びまん性嚥下性細気管支炎の臨床. 日胸疾会誌 1989; 27:571-577. 評価 II-2-A)
- National Heart, Lung and Blood Institute, NAEPP Working Group Report. Considerations for Diagnosis and Managing Asthma in the Elderly. National Institute of Health pub 1996; No.96-3662. Bethesda. MD. (評価 III-B)