(旧版)「喘息ガイドライン作成に関する研究」平成11年度研究報告書/ガイドライン引用文献(2000年まで)簡易版抄録を掲載
5.QOL(生活/生命の質)
前文
近年,喘息症例の管理においても,他の慢性疾患と同様に患者のquality of life(QOL)の評価が重要視されている。QOLはGlobal Initiative for Asthma1)によれば,全般的な健康の良好さ(general well-being)を意味し,喘息の障害の程度(morbidity)の評価に有用とされる概念である。QOLの評価は,患者のライフスタイルに関連して総合的な機能や良好な生活状況を評価するための,広汎な肉体的,心理的パラメーターを含む質問表を用いて行われる。
質問表は,信頼性や妥当性が高く,疫学的調査にも臨床研究にも簡便に使用できるものでなければならない。しかし,健康の良好さ(well-being)を正確に評価する理想的方法は,今のところはない。また,従来のQOL評価スケールは,ごく一般的な疾患非特異的評価法か,そうでなければ,喘息およびCOPD患者専用のものに分かれている。
国際的には,従来136項目からなるSickness Impact Profile2)のような全身健康調査表が使用されていたが,現在は45項目のNottingham Health ProfileやSF-36 Health Status Questionnaire4)などが広く用いられており,調査表としての妥当性が証明されている。SF-36を用いて,重症度の異なった喘息患者について調査した結果では,ほとんどの項目で重症度と相関しており,それを用いて,異なる集団との比較が可能であることが示唆されている。喘息専用に作られたQOLスケールには,Asthma Quality of Life Questionnaire(AQLQ)5)やLiving With Asthma Questionnaire(LWAQ)6) などがあり,それぞれ喘息に特有の質問項目が含まれ,欧米を中心に臨床での調査や薬剤治験に使用されている。それらの調査では,対象患者の生理学的諸指標とhealth related QOLは必ずしも一致せず,独立した指標であることが指摘されている。
また,小児気管支喘息についての調査表には,Asthma Symptoms and Disability Questionnaire やChildhood Asthma Questionnaire など9種類があり7),親あるいは患児が記入する方式となっている。しかし一般に通用するコンセンサスが得られた調査表はなく,また患児自身が記入するものでは特に10歳以下の小児は自分自身の生活についての理解や複雑な出来事を理解した上で判断や評価することについてかなり個人差があり,どの程度できるかについても推測し難い面もある。
本項では,evidence-based medicineの観点から,吸入ステロイド薬やロイコトリエン阻害薬に代表される長期管理薬がQOLに与える影響に関して,プラセボを対照として行われた検討結果を解析して述べる。
科学的根拠
1.吸入ステロイド薬(表5-1)
吸入ステロイド薬がQOLを改善させるとした論文は8編あり,その内ベクロメタゾン(BDP)が3編8),9),10),フルチカゾン(FP)が4編11),12),13),14),ブテソニド(BUD)が1編15)であった。それらによると,吸入ステロイド薬の12〜52週間投与は,プラセボ投与に比べて喘息患者のQOLを有意に改善することが示されている。また,ロイコトリエン拮抗薬モンテルカスト(本邦では未承認)(10mg/日)とBDP(400μg/日)との比較において, BDPはモンテルカストに比して肺機能や喘息症状を有意に改善したが,QOLでは有意差を認めなかった9)。なお,BDP(400μg/日)投与は,気管支拡張薬投与と比べFEV1.0を有意に改善したが,QOLを有意には改善しなかった,との報告16)もある。
以上より,吸入ステロイド薬は喘息患者のQOLを有意に改善すること,また,QOLに比べ肺機能や喘息症状における改善はより起こりやすいことが示唆されている。
文献 | 対象
| 試験デザイン
| 結果・考案・副作用 | 評価 |
Maloら8) |
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| II-A |
Juniperら10) |
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| II-A |
Okamotoら11) |
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| II-A |
Mahajanら13) |
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| II-A |
McFaddenら15) 1999 |
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| II-A |
2.ロイコトリエン阻害薬(表5-2)
ロイコトリエン阻害薬がQOLを改善させるとした論文は6編あり,その内5-リポキシゲナーゼ阻害薬(ザイルートン,本邦では未承認)が2編17),18),ロイコトリエン拮抗薬(ザフィルルカスト19),モンテルカスト20),21),22))が4編であった。それらによると,適切な用量のロイコトリエン阻害薬3〜13週間投与は,プラセボ投与に比べてQOLを有意に改善することが示されている。また,ザイルートン1,600,2,400mg/日の効果は,血中濃度を8〜15μg/mLに維持したテオフィリンの効果と同等とされている18)。なお低用量のモンテルカストはQOLは改善しなかったものの,プラセボに比して有意に肺機能を改善させたと報告21)されており,吸入ステロイド薬と同様な傾向が示されている。
文献 | 対象
| 試験デザイン
| 結果・考案・副作用 | 評価 |
Israelら17) 1996 |
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| II-A |
Schwartzら18) 1998 |
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| II-A |
Nathanら19) 1998 |
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| II-A |
Reissら20) 1998 |
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| II-A |
Noonanら21) 1998 |
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| II-A |
Malmstroら22) 1999 |
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| II-A |
3.長時間作用性β2吸入薬(表5-3)
長時間作用性β2吸入薬もまた長期管理薬(コントローラー)に位置付けられるが,それらの内サルメテロール,フォルモテロールに関してQOLに与える影響を検討した報告が7編ある(いずれも本邦では未承認)。それらによるとサルメテロール84〜100μg/日,4〜12週間投与はプラセボ投与に比して有意にQOLを改善させる23),24),25),26),27),28)が,フォルモテロールについては定かではない29)とされている。またサルメテロールの効果はBDPやテオフィリン併用の有無27)にかかわらず認められ,かつテオフィリン(血中濃度10〜20μg/mL)のそれを上回った28)と報告されている。
文献 | 対象
| 試験デザイン
| 結果・考案・副作用 | 評価 |
van Molkenら23) 1995 |
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| II-A |
Juniperら24) 1995 |
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| II-A |
Sallyら25) 1998 |
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| II-A |
Jamesら26) 1998 |
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| サルメテロールはプラセボに比して有意にQOLを改善し,ピークフロー値を増加させ,喘息症状を軽減した | II-A |
Richardら27) 1999 |
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| サルメテロールはプラセボに比して有意にQOLを改善し,ピークフロー値を増加させ,夜間症状を軽減した | II-A |
Laurelら28) 1999 |
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| サルメテロールはテオフィリン(血中濃度10〜20μg/mL)やプラセボに比して有意に朝のピークフロー値を増加させ,PSQIを改善させ,夜間症状を軽減させた | II-A |
van der Molenら29) 1998 |
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| II-C |
4.テオフィリン
テオフィリンにも抗炎症作用が報告されているが,テオフィリンがQOLに与える影響については他剤との比較で検討した論文(前掲)が2編18),28)ある。それらによると,QOLをある程度改善させるがその効果は10〜20μg/mLの血中濃度を維持しても,サルメテロールには及ばないとされる。
5.その他(表5-4)
その他に,ヒスタミンH1拮抗薬(ロラタジン)30),PAF拮抗薬(モディパファント)31),ネドクロミル32)がQOLに与える影響を検討した論文が各々1編ずつあるが,根拠に基づいた明確な結論を出すには材料不足であろう(いずれも本邦では未承認)。
文献 | 対象
| 試験デザイン
| 結果・考案・副作用 | 評価 |
Correnら30) 1997 |
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| II-A |
Kuitertら31) 1995 |
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| II-C |
Jonesら32) 1994 |
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| II-A |
結論
吸入ステロイド薬(BDP,FP,BUD),ロイコトリエン阻害薬(ザイルートン,ザフィルルカスト,モンテルカスト),長時間作用性β2吸入薬(サルメテロール)は適切な用量で投与した時に,有意に喘息症状を軽減させ,QOLを改善させる。また至適用量を下回る量であっても,1秒量やピークフローを改善させる可能性がある。
テオフィリン,ヒスタミンH1拮抗薬(ロラタジン),ネドクロミルはQOLをある程度改善させると考えられるものの,根拠に基づいた結論を得るには今後の更なる検討が必要であろう。