(旧版)「喘息ガイドライン作成に関する研究」平成11年度研究報告書/ガイドライン引用文献(2000年まで)簡易版抄録を掲載

 

4-1-3.吸入ステロイド薬

1.前文

先進諸国においては喘息罹患率は増加傾向にあり,喘息コントロール不良による日常,社会生活の阻害による個人的,社会的損失は深刻である。喘息治療は生活環境の整備,薬物療法,それを支える患者教育プログラム,救急体制の整備などの包括的対応が必要とされるが,中でもとりわけ合理的かつ強力な薬物療法が重要である。薬物療法のなかで中心的役割を果たすと思われる吸入ステロイド薬の喘息治療における位置づけを,過去の臨床研究の成果をふまえたうえで述べる。

2.推奨:

吸入ステロイド薬は局所抗炎症効果に優れ,全身的影響が少ない薬剤であり,現時点における最も効果的な喘息治療薬であり,吸入ステロイド薬中心の薬物療法により発作入院,喘息死の頻度が減少する。

吸入ステロイド薬は喘息患者の気道炎症を改善し,その結果自覚症状,肺機能,気道過敏性を改善する。軽症例においても他の喘息薬,例えば気管支拡張薬,抗ロイコトリエン薬などより有効であり,第一選択薬とすべきである。

吸入ステロイド薬は早期に導入されれば気道リモデリングをも改善し,肺機能の損失を防止する可能性がある。

吸入ステロイド薬はあらゆる喘息患者で有効であるが,中等症,重症例では,気管支拡張薬,抗ロイコトリエン薬などの併用薬の追加が有効である。

吸入ステロイド薬の骨,副腎機能などへの全身的影響に関しては鋭敏な検査手段で見ると,高用量使用例で可能性があるので,長期に使用する場合には,最少の至適投与量を求めるあらゆる努力を怠るべきではない。

その他,目,皮膚などへの影響にも留意すべきである。

3.科学的根拠:

データベースとしてPubMedを用い,主要英文雑誌(Lancet, N Eng J Med, Ann Intern Med, JAMA, Arch Intern Med, Am J Respir Crit Care Med, Chest, J. Allergy Clin Immunol, BMJ, Thorax, Eur Respir J)11誌の1995年1月〜2000年12月の間の全掲載論文を検索対象とした。

検索キーワードは(1)吸入ステロイド薬(吸入ステロイド薬,ベクロメタゾン,フルチカゾン,ブデソニド),(2)喘息死/入院(死亡,発作入院),(3)軽症喘息/初期治療(軽症喘息,初回治療,早期治療),(4)他剤併用(テオフィリン,ロイコトリエン,β2刺激薬,クロモリン,抗コリン薬,スプラタスト,インドメタシン),(5)全身性副作用(白内障,緑内障,皮膚,骨,骨粗鬆症,下垂体,副腎)を用いた。

以上の手順で検索を行い,ヒット論文325を得た。そのうち本報告書の科学的根拠として検討された46論文中38論文を本報告書の科学的根拠として採用した。

1) 吸入ステロイド薬による発作入院,喘息死の予防:

気管支喘息が気道の炎症と認識されて久しく,喘息治療も大きく進歩した。吸入ステロイド薬の導入と並行してコントロールの質は著しく向上した。コントロールの質の向上は各地域,各国での発作入院頻度の減少,喘息死亡率の低下となって表れつつあるといわれている。

吸入ステロイド薬と発作入院,喘息死亡との関連をみた大規模研究においては,吸入ステロイド薬を定期的に使用することにより発作入院が減少し1),致死的大発作,喘息死の危険性が減り2),また吸入β2刺激薬の使用頻度が高い重症例ほど吸入ステロイド薬による発作入院防止効果が高いといった結論が示されている1)

2) 吸入ステロイド薬の軽症患者治療,初期治療,早期導入:

軽症喘息患者でも気道には炎症が存在し,吸入ステロイド薬はプラセボに比較し明らかに気道炎症マーカーを,気道過敏性を改善し,長期にわたりコントロールの質を高めることから,早期の吸入ステロイド薬の導入が必要であるとの認識が一般化しつつある3),9)。しかし,その中断によりその効果が長く続かないともいわれている9)

軽症喘息例での吸入ステロイド薬と各種の気管支拡張薬10),11),抗ロイコトリエン薬12),13)の効果を比較した研究は,吸入ステロイド薬が症状,肺機能,気道過敏性,吸入β2刺激薬使用頻度などの臨床指標において優れていることを示している。テオフィリンは推奨濃度以下でも効果を示すが低用量吸入ステロイド薬との比較研究において吸入ステロイド薬を上回る効果は得られていない11)。抗ロイコトリエン薬もプラセボに比較し有意の臨床諸指標の改善を示しているが,吸入ステロイド薬には及ばない10)。軽症例をふくむ初期治療において吸入ステロイド薬が第一選択となるが,抗ロイコトリエン薬の軽症例での位置づけについての検討が必要である。

気管支喘息は適切な治療が行われないと,気道局所においては気道壁肥厚を来し,いわゆるリモデリングと呼ばれる非可逆的構造改築がもたらされる。現在では,早期の吸入ステロイド薬の導入は気道のリモデリングを防止し,喘息の難治化を防ぐと考えられている14)。また,吸入ステロイド薬開発の遅れは先行開始群の肺機能に及ばないないことも示されている4)

吸入ステロイド薬によって剥離した粘膜上皮は修復され,炎症細胞浸潤が改善することにより気道壁の肥厚は改善するが,さらに基底膜および基底膜下組織の肥厚も吸入ステロイド薬によって改善される可能性も示唆されている14)。今後の課題は,軽症例での吸入ステロイド薬開始時期の検討である。

3) 吸入ステロイド薬と併用薬

中等量吸入ステロイド薬使用例でかつコントロール不良例において吸入ステロイド薬の増量か他剤の併用の効果的をみた研究ではおおむね他剤併用の有効性が示されている15),16),17),18),19),20),21),22),23),24)。また高用量使用重症例への抗ロイコトリエン薬などの追加により吸入ステロイド薬の減量が可能と報告されている25),26),27)

気管支拡張薬も内服,吸入を問わず吸入ステロイド薬の併用薬として評価されている。中でもテオフィリン薬は古くから広く使用されてきた。しかし,吸入ステロイド薬との比較研究では吸入ステロイド薬の効果にはおよばず,最近では吸入ステロイド薬への併用薬として評価される傾向にある。吸入ステロイド薬を400-800μg/日使用中の中等症喘息患者においてその増量か,徐放性テオフィリンの追加のどちらが効果的かをみたいくつかの報告は,いずれも吸入ステロイド薬の増量より徐放性テオフィリンの追加効果が優れていることを示している17),18)

β2刺激薬としては現在,短時間作動型吸入薬,長時間作動型吸入薬,内服薬,貼付薬があるが,吸入ステロイド薬との併用効果においては長時間作動型吸入薬(本邦未認可)に関する知見が多く集積されている15),16),20),24)

ベクロメサゾン1,000μg/日投与してでも不十分な患者にベクロメサゾン2,000μg/日への増量か,サルメテロール(本邦未認可)の追加かを検討した報告では,このような重症例でもサルメテロール追加が有効であったと同時に重症例での吸入ステロイド薬の用量反応性の乏しさも示されている15)。メタアナリシスの結果も長時間作動型吸入薬(本邦未認可)の吸入ステロイド薬への併用薬としての有用性を明らかにしている24)

さらに,吸入ステロイド薬とサルメテロールの合剤(本邦未認可)の有効性は特筆すべきもので,気管支拡張薬と吸入ステロイド薬を合剤にすることによる肺末梢への到達性,コンプライアンスの改善などがもたらされると考えられている28),29)

内服薬の追加効果を検討した報告は少ないが,吸入ステロイド薬でもコントロール不十分な患者において経口β2刺激薬バンブテールの眠前一回投与がサルメテロールと同程度の追加効果が見られたとの報告がある19)。わが国で使用可能な数多くの内服β2刺激薬もこのような効果は期待出来るものと考えられる。

ロイコトリエン受容体拮抗薬などの抗ロイコトリエン薬は吸入ステロイド薬を使用中の中等症・重症患者に追加使用することにより一般的臨床指標の改善が21),22),また高用量吸入ステロイド薬の減量効果が確認されており25),26),吸入ステロイド薬への併用薬としての位置付けが確立されつつある。抗ロイコトリエン薬に関するこれらの成績は,吸入ステロイド薬を使用中の喘息患者においてもロイコトリエンがその病態に重要な役割を担っていると同時に,本剤の喘息治療における重要な役割をも示している。

そのほかスプラタストによる吸入ステロイド薬減量効果を認めたとする報告も見られるが27),報告が限られておりその評価には今後の検討を待たねばならない。

4) 吸入ステロイド薬による全身的影響

吸入ステロイド薬の全身的影響(副作用)として重要なものとしては眼への影響(白内障,緑内障),皮膚への影響(皮膚の被薄化,易出血性),視床下部・下垂体・副腎機能の抑制,骨(骨粗鬆症)などが挙げられる30)

吸入ステロイド薬の全身的影響を評価する臨床研究は,個人差,性差,背景の不均一性,研究期間の問題などから一定の結論を得るのが難しいことに留意が必要である。副腎機能への影響をみたメタアナリシスでは用量依存的に抑制が見られることが示唆される30)。しかし,ブデソニド3,200μg/日という高用量吸入ステロイド薬投与で明らかな抑制がみられるものの,1,600μg/日以下では顕著でなかったという報告31),通常量での検討はおおむね許容範囲にあるとする報告もある32),33),34),35)

骨への影響をみた比較的長期の研究でも使用薬剤,対象症例,評価法が異なり,一定の結論は導きだされないものの35),36),37),38),一部で高用量使用例での抑制的影響が示唆されており35),36),38),さらに長期使用例,閉経後の女性などでは骨への影響には留意しなければならない。

一般的に高用量の線引きは困難であるが,ベクロメタゾン,ブデソニドでは1,500μg/日,フルチカゾンでは750μg/日以上では副腎,骨への影響の可能性は無視できないとされ30),できる限り最小必要量で最良の治療効果を得る必要がある。

その他,皮膚,眼などへの全身的影響も吸入ステロイド薬との因果関係を証明する精度の高い臨床研究が少ないが,その可能性には十分に留意すべきである30)

4.結論

喘息コントロールの質を改善し,発作入院,喘息死亡を防止するには吸入ステロイド薬を中心とした薬物療法による気道炎症の改善が最も重要である。喘息患者が日常生活,社会生活を健康人と変わりなく営むためには吸入ステロイド薬を中心とした強力かつ合理的な薬物療法が最も現実的な手段であり,患者教育などの徹底によって薬物療法はより安全かつ効果的に遂行される必要がある。

 
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