(旧版)「喘息ガイドライン作成に関する研究」平成11年度研究報告書/ガイドライン引用文献(2000年まで)簡易版抄録を掲載
3.患者教育,医師と患者のパートナーシップ
前文
患者教育の意義と重要性
気管支喘息の病態が気道の慢性炎症性疾患であることから,薬物治療としての長期管理薬と発作治療薬の役割分担が確立してきた。また的確な自己管理の手段としてのピークフローモニタリングの重要性も確立してきた。このように医療を提供する側の治療・管理手段がほぼ整った状況においては,患者がその恩恵をいかに的確に利用し受容するかが現在の課題である。そのためには患者自身や家族をはじめとした周囲の関係者が喘息についての知識を得て,自己管理法を会得することが重要である。
医師・患者間のパートナーシップの意義と重要性
気管支喘息に限らず現在の医療においては,医師,看護の側からの一方通行的な医療ではなく,医療者側と患者との間の相互の働きかけ,さらには患者家族及び患者周囲(職場・学校・保健所・住居等)の人々も含めた多角的な医療関係がより有効な治療環境の確立のために必要である。なかでも医師・看護師と患者間さらには養護教諭を含む学校教師,両親をも含めたパートナーシップの確立は,医師・看護師が治療計画を患者に示し,患者の同意を得た上で確実に遂行し,患者が安定した自己管理を行いQOLを高めるためにも,医療の根幹をなすものである。よりよい医師・患者間のパートナーシップ確立のためには,医師が患者といかに良いコミュニケーションがとれるかにかかっている。そのためには患者が何を望んでいるのかを知るとともに患者の個々の性格,生活状況,家族状況等に応じた治療計画,自己管理法等を提供しなければならない。患者が医師に好感を持ち,信頼することによりその絆が強まることにより,治療効果にも反映するのである。また定期受診等の治療のコンプライアンスの向上のためには外来待ち時間の短縮や診療内容の工夫等についても考慮する必要がある。
特に小児気管支喘息の治療に関しては,治療を周辺から支える介助者の質と関与度が年代によって異なることに留意しなければならない。
科学的根拠
Pub Medによる検索で,キーワードとしてasthma/partnership 35文献(年代制限なし),asthma education 387文献(過去2年間)が得られた。これら文献の抄録から,代表的な31文献及び患者教育の参考とすべき邦文文献2編を選択し,内容を検討して患者教育,医師と患者のパートナーシップ確立による喘息治療への影響を検索し,喘息診療における推奨(勧告)を行った。患者教育の効果については,実施群と非実施群との2群間を比較したもの1),2),3),4),5),6)と,実施群のみで前後での比較をしたもの7),8)とがあるが,どちらも患者教育の徹底が治療効果につながることを示している。効果の指標としては,ピークフローの改善,発作頻度の減少,救急外来受診回数の減少,入院回数の減少,QOLの改善等を指標としている1),2),3),9)。効果的な患者教育を実施するためには,患者の年齢,教育程度,興味等の背景因子を考慮した患者個々に適した教材の作成,教育・パートナーシップ確立のための診療体制の整備,医師等医療者側の接遇の改善等,具体的な提言が示されている10),11),12),13)。また効果的な患者教育を実施するための公的な患者教育センターの設立も必要であろう14)。このような患者教育により定期受診のコンプライアンスが向上し,さらに自己管理計画を確実に実行することで喘息のよりよいコントロールが得られる5)。
気管支喘息の治療・管理は原則的には外来診療を中心に行われる。従って診察日以外の自己管理により発作の予防・迅速かつ適切な処置が大切である。そのために患者が自分自身の喘息重症度や増悪因子を評価できるように,喘息日記記入による喘息発作の強さと頻度の評価と,ピークフローメーターを用いてのピークフローによる客観的評価の重要性を説明する。これらの記録により医師はその後の治療法,指導法の計画を作成でき,患者は自分自身の症状と薬剤の効果を実感することができる。薬剤の吸入,服用の時期,方法については具体的な文書やビデオ等による指示,教育が必要である。口頭で示してわかったと思っていても医者としての常識が患者さんにとっては非常識であることはよく経験することである。
喘息日記は日本アレルギー学会検討委員会により基本形が示されている。喘息日記を継続してつけることの意味は,(1)自分の喘息の状態を季節,時間,随伴症状,天候,治療内容,日常生活内容などとの関わりの中で客観的に評価することができる,(2)主治医が診療の際に喘息日記を見ることで患者がふだんの生活の中で喘息をどのようにコントロールしているかを判断,また薬の服用時間,量を決める場合の参考になる,(3)他医の診療を受ける場合にも喘息日記を見せることにより的確な診療を受けることができる,等である。そのような意味からも,毎日の正確な記載が必要である。特に使用薬剤については,正確な薬剤名,力価,使用錠数,吸入パフ数を記載するように指導する。
ピークフローは気道閉塞の程度に平行し,また,FEV1.0に相関する。ピークフローの日々の変動をとらえるには簡便なピークフローメーターは便利である。測定は,朝と夕の2回抗喘息薬の吸入,服用前に行う。ピークフロー測定の初期にはその他に午前11時頃と午後2時頃の2回の測定を追加する。この時間は多くの患者で換気機能が最もよいので,ピークフローの最良値を知るのによい。いくつかのピークフローメーターが市販されている。機器により測定値及び予測値が異なるから,個々の患者では同一の機器を使用する15)。ピークフローによるモニターは,正確に測定可能な5〜7歳以上で,毎日投薬を受けている中等度から重症喘息患者で考慮する。小児では,朝と夕の呼吸機能は不安定である。しかも,発作が頻発する重症例を除いては,僅かな体動(洗顔,食事など)で改善,安定することが多い。したがって小児の朝,夕のピークフローモニタリングは,単に時計が示す時間(朝7時とか朝8時)で定めてモニタリングするよりも,生活リズムを考慮した時間帯(例えば起床時とか起床20分後,ないしは朝食前等)で実施する方が持続的な状況判断に適することがある。個々の症例については,それぞれ得失があるが,いずれを取るかについて考慮する必要がある。
喘息増悪の予防にはピークフローモニタリングを基本とした治療計画が症状の変化を基本とした治療計画に勝ることを示す報告は多い2),6),9)。最近はピークフロー測定値を指標としたゾーンシステムの導入により交通信号に模して治療の指針を示している場合があるが,各ゾーンにおける対応方法については個々の患者について充分に指示を与えておく必要があろう。西欧諸国のガイドラインでは医療システムの違いもあり,できるだけ病院へ来院しなくてすむような配慮が多くなされているが,我が国の医療システムにおいては,(良い悪いの論議は別として),何か問題があれば,すぐ受診するように指導する場合が多いのが現状である。また,患者への指導事項は口頭だけではなく,できるだけ書面で示すことが大事である。ピークフローモニタリングを継続することは全ての患者にとって必ずしも容易なことではない。短期間のピークフローモニタリングにおけるコンプライアンスはよくても長期間にわたる場合には測定がいい加減になる場合や喘息日記への記載が偽造されることも少なくないとの調査結果もあり,記録機能のついたピークフローメーターの使用も勧められている8)。
アレルギー疾患の治療,予防の原則は,原因アレルゲンへの曝露の回避であることは論を待たない。また喘息治療の基本としてのMDI,BDPの吸入,スペーサーの使用を日中の職場や学校で実施することが重要である。小児では液製剤のあるものについてはネブライザーによる吸入が推奨される。従って同居家族や職場の同僚,教師や同級生等の理解と協力がなければ有効な治療,予防が困難である。周りの人の好奇の目に耐えられずに吸入療法を止めてしまう人もいる。気管支喘息の有病率は小児喘息が約6%,成人喘息が約3%といわれる。このような多くの患者さんが身構えることなく治療できるような環境を作るためにも周囲の人々の喘息への理解を高めなければならない。
結論
医師・患者間のパートナーシップ確立のためには,医師が患者といかに良いコミュニケーションがとれるかにかかっている。そのためには患者が何を望んでいるのかを知るとともに患者の個々の性格,生活状況,家族状況等に応じた治療計画,自己管理法等を提供しなければならない。患者が医師に好感を持ち信頼することで,その絆が強まることにより,治療効果にも反映するのである。また定期受診等の治療のコンプライアンスの向上のためには外来待ち時間の短縮や診療内容の工夫等についても考慮する必要がある。特に小児気管支喘息の治療に関しては,治療を周辺から支える介助者の質と関与度が年代によって異なることを考慮した患者教育,パートナーシップの確立が必要である。
文献 | 対象
| 試験デザイン
| 結果・考案・副作用 | 評価 |
Gallefoss ら1) 1999 |
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| I A |
Greinederら2) 1999 |
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| I A |
Kelsoら3) 1996 |
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| II-1 A |
Moudgil4) 1998 |
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| II-1 B |
Turnerら5) 1998 |
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| I A |
Cowieら6) 1997 |
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| I A |
L Choy ら7) 1999 |
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| II-3 A |
Coteら8) 1998 |
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| II-1 B |
Leicklyら10) 1998 |
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| 親からの情報では,救急外来での指示事項に対して85.4%が概ね遵守したが,80‐90%の親が薬の副作用に関心を持ち,遵守した内の34.4%,従わなかった内の54.2%が薬の効果に疑問を持っていた。1/3の親が患児を既知の原因アレルゲンから常に遠ざけることができた。発作時にまずなすべきこととして,薬を服用させ,医師に受診させると答えたのは72%であった。治療を正しく行うには,患者-医師間のパートナーシップの改善が必要である。 | II-2 B |
Smithら13) 1998 |
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| III A |
参考文献
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