(旧版)「喘息ガイドライン作成に関する研究」平成11年度研究報告書/ガイドライン引用文献(2000年まで)簡易版抄録を掲載
1.喘息の管理と治療
前文
喘息は臨床的に発作性の呼吸困難,喘鳴,咳の症状と,種々に変化する気道閉塞による気流制限を示す。生理学的には種々の刺激に対する気道過敏性が亢進した状態で,組織学的には重症度に関わらず気道の慢性炎症が特徴である。そこで現在の喘息治療は,抗炎症薬により気道炎症を鎮静化させ,気管支拡張薬により閉塞した気道を拡張させることに重点が置かれている。ダニなどの環境抗原を回避または除去することは,喘息の発症予防や慢性管理に重要である。適切な抗炎症治療には,正確な喘息の診断と重症度の評価が必要である。診断と治療の遅れや重症度の過少評価は,喘息を慢性化・重症化させ,喘息死の原因となる。喘息治療の目標を表1に示す。小児喘息では,多くの患者で環境抗原に対するIgE抗体が産生されアトピーとの関連が重要であるが,成人喘息ではIgE抗体の産生が認められない非アトピーの患者も存在し,環境抗原以外のさまざまな要因で喘息が増悪する。小児では思春期になるとしばしば軽快し,長期寛解の状態となる患者も多い。
気管支喘息の定義は好酸球,Th2細胞,肥満細胞,マクロファージ,好中球,および気道上皮細胞などの炎症細胞が関与した慢性の気道炎症に起因する疾患である。気道炎症は気道過敏性の亢進,気流制限,喘息症状を引き起こす。気流制限は軽度のものから致死的な高度のものまで存在し,多くの場合,自然にあるいは治療により回復する。気道平滑筋の収縮,気道壁の腫脹,気道分泌亢進,および気道炎症が遷延すると気道平滑筋の増殖肥厚や基底膜下網状層の肥厚などの気道壁リモデリングによる気流制限が引き起こされ,しばしば気流制限の可逆性も低下する。そして気道壁リモデリングの進行は,気道の過敏性をさらに亢進させる。
気管支喘息の診断は発作性のそして特に夜間に増悪し,反復する喘鳴,咳,呼吸困難と可逆性の気流制限の存在が必要である。また,気道過敏性や気道炎症の評価は診断に有用である。種々のアレルゲンに対する特異的IgE抗体の存在はアトピー素因の存在を示唆し,環境整備において重要な意味を持つ。診断の目安を表2に示した。器質的心肺疾患でも喘息様症状が出現するため鑑別診断が必要である。
喘息治療は,喘息症状とピークフローやスパイロメトリーによる呼吸機能から患者の重症度を正確に判断し,抗炎症薬を主体とした段階的薬物治療法を表3に示した喘息管理プログラムに基づいて行う。
科学的根拠
科学的論文検索は,National Library of Medicine(Advanced Medline Search)を情報源とした。1985年1月から2000年12月までに"喘息(asthma)"として41,108件が検索された。喘息の病態が慢性の気道炎症(airway inflammation)に起因することから,喘息と気道炎症で検索すると2,090件であった。次に個々の炎症細胞を追加して検索したところ好酸球(662件),T細胞(229件),肥満細胞(163件),好中球(187件),マクロファージ(184件),気道上皮細胞(52件),線維芽細胞(9件)であった。さらに,気道壁リモデリングでは76件であり,喘息管理・治療については喘息(asthma)と管理(management)で検索し,1996年から2000年に発表された1,582論文から48論文を選択した。さらに,喘息予防・管理ガイドライン改訂版(1998年)から57文献,米国NIHのガイドラインである喘息の診断・管理ガイドライン(1997年)から31文献を選択した。その後数回にわたり査読による検定を行い,最終的に17論文を今回の参考文献にした。
気管支喘息の病態が,気管支平滑筋の攣縮を主体とした気道狭窄だけでなく,慢性の気道炎症に起因することは,多くの気管支肺生検組織や肺胞洗浄液,または誘発喀痰による病理学的および組織学的所見から証明されている1),2),3),4)。喘息患者の気道には,好酸球,Th2細胞,肥満細胞が増加している。気道炎症は程度の差が存在するが,無症状や軽症患者においても認められ,アトピー型と非アトピー型患者においても同様な所見が認められる。気道炎症の増悪は気道過敏性を亢進させ,さらに気道炎症の遷延は,気道壁の肥厚,気道上皮下基底膜網状層の線維沈着,気管支平滑筋の肥厚などの気道壁リモデリングを形成し,気道に不可逆性の気流制限を誘導する5)。その結果喘息の重症化や難治化が招来される。以上の様な喘息病態の解明に伴い,喘息の基本長期管理薬は気管支拡張薬ではなく抗炎症薬に推移した。抗炎症薬の中でも吸入ステロイド薬は,現在ある抗喘息薬のうち抗炎症作用が最強である。実際,吸入ステロイド薬を投与すると気道炎症や気道過敏性が改善され,気流制限に基づく喘息症状は改善され,喘息発作による救急受診回数や入院回数も減少する6),7),8),9)。
本邦および諸外国において,喘息予防・管理ガイドラインが作成され,喘息の診断と抗炎症薬を中心とした重症度に応じた段階的薬物療法が明確に提示された。特に中等症から重症患者や重篤な喘息発作の既往のある患者に対しては,自覚症状とピークフローによる呼吸機能をモニターし,喘息急性増悪時の治療計画を立てておくというガイドラインに基づく喘息治療は,従来の患者の自覚症状による治療法よりも,患者の呼吸機能,気道過敏性,喘息の有症状日数,救急受診や救急入院回数を有意に減少させた10),11),12)。喘息治療の継続の重要性を患者に説明し,また患者やその家族に喘息教育と発作時の対応を指導することは,入院回数を減らし患者のQOLを向上させる13),14)。
喘息専門医は非専門医よりも,ガイドラインの存在を認知している15)。また,喘息専門医の治療を受けている患者は,非専門医と比較して喘息のコントロールが良好であることが報告されている16)。ガイドラインの目的は,喘息専門医ばかりではなく非専門医に対し喘息治療のスタンダードを示すものである。しかし現状は,非専門医においてはガイドラインの認知度や使用頻度は必ずしも高くない。そして喘息患者の多くは症状が持続していたり,抗炎症薬が使用されずに気管支拡張薬のみを使用し続けていることがヨーロッパの調査からも明らかにされている17)。今後も喘息治療ガイドラインが専門,非専門医の区別なく広く普及され,実際の喘息治療および喘息患者のQOLが向上しているかについても調査し,医師,患者,看護師,薬剤師など喘息治療に関わるすべての人々と社会全体に対する喘息病態の正確な認識と治療に必要な知識の啓発活動の継続も重要である。
結論
気管支喘息についての正確な病態把握と,ガイドラインに準じた重症度の判定とそれに応じた適切な抗炎症治療の継続は,喘息死の減少と喘息患者のQOLを向上させると考えられる。
- 健常人と変わらない日常生活ができること。正常な発育が保たれること
- 正常に近い肺機能を維持すること
ピークフローの変動が予測値の10%以内
ピークフローが予測値の80%以上 - 夜間や早朝の咳や呼吸困難がなく,夜間睡眠が十分可能なこと
- 喘息発作が起こらないこと
- 喘息死の回避
- 治療薬による副作用がないこと
- 発作性に出現し反復する,喘鳴,咳,呼吸困難
とくに夜間に増悪し,運動後,風邪をひいた後,ホコリなどの環境抗原や冷気,タバコの煙を吸入した後に出現しやすい - 可逆性の気流制限
自然にまたは治療により寛解する。ピークフローや1秒量の変化が20%以上 - 気道過敏性
アセチルコリン,ヒスタミン,メサコリンに対する気道収縮反応の亢進 - アトピー素因
環境アレルゲンに対するIgE抗体の存在 - 気道炎症の存在
喀痰中,末梢血中の好酸球の増加 - 鑑別診断疾患の除外
- 医師(看護師,薬剤師)と患者(家族)とのパートナーシップを確立する。
- 喘息増悪因子を特定し,それを避ける。
- 自覚症状とピークフローやスパイロメトリーによる呼吸機能検査から,喘息重症度を的確に判断する。
- 喘息の慢性管理は,喘息重症度に応じた長期薬物療法を行う。
- 喘息急性発作時の対応を,患者に指示しておく。
- 喘息は慢性疾患であり,定期受診する必要があることを患者に説明する。
文献 | 対象
| 試験デザイン
| 結果・考案・副作用 | 評価 |
Bousquet Jら1) 1990 |
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| II-A |
Vignola AMら2) 1998 |
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| II-A |
Robinson DSら3) 1992 |
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| II-A |
Roche WRら5) 1989 |
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| II-A |
Earnestら6) 1992 |
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| II-A |
Donahueら7) 1997 |
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| II-A |
Olivieriら9) 1997 |
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| I-A |
George MRら11) 1999 |
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| I-B |
Kauppinen Rら12) 1999 |
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| I-A |
Gergen PJら13) 1999 |
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| I-A |
Rabe KFら17) 2000 |
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| II-B |
参考文献
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- Vignola AM, Chanez P, Campbell AM, et al. Airway inflammation in mild intermittent and in persistent asthma. Am J Respir Crit Care Med 1998; 157: 403-9(評価 II-A)
- Robinson DS, Hamid Q, Ying S, et al. Predominant Th2-like bronchoalveolar T-lymphocyte population in atopic asthma. N Engl J Med 1992; 326: 298-304(評価 II-A)
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- Roche WR, Beasley R, Williams J, et al. Subepithelial fibrosis in the bronchi of asthmatics. Lancet 1989; 1: 520-4(評価 II-A)
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