8.根面う蝕への対応 CQ20 初期根面う蝕に対してフッ化物を用いた非侵襲的治療は有効か。
CQ/目次項目
8.根面う蝕への対応 CQ20 初期根面う蝕に対してフッ化物を用いた非侵襲的治療は有効か。
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推奨/回答
フッ化物配合歯磨剤と 0.05% NaF(約 230ppm F)配合洗口剤を日常的に併用することにより、初期活動性根面う蝕を再石灰化させ、非活動性にすることが可能である(エビデンスレベル「Ⅱ」)。また、1,100ppm F 以上のフッ化物配合歯磨剤の使用だけでも、表面の欠損の深さが 0.5mm 未満のう蝕であれば、再石灰化できる可能性がある(エビデンスレベル「Ⅲ」)。よって、欠損の浅い初期活動性根面う蝕の場合は、まずフッ化物を用いた非侵襲的治療を行って再石灰化を試み、う蝕を管理するよう推奨される。
推奨の強さ
B:科学的根拠があり、行うよう勧められる
エビデンスの確実性
エビデンスレベルII:1 つ以上のランダム化比較試験、III:非ランダム化比較試験
文献の抽出




CO20
英語論文検索 :PubMed
検索対象年 :1983 ~ 2013 年
検 索 日 :2013 年 11 月 12 日
日本語論文検索 :医学中央雑誌
検索対象年 :1983 ~ 2013 年
検 索 日 :2013 年 11 月 19 日
以上のデータベース検索より、PubMed および医学中央雑誌からそれぞれ 407 文献と 95 文献が抽出された。それらの抄録より、フッ化物による根面う蝕の再石灰化に関するヒト臨床研究を絞り込み、そのなかからシステマティックレビュー、ランダム化比較試験、非ランダム化比較試験、およびケースシリーズを選択した結果、エビデンスとして採用する可能性のある 17 英語論文が得られた。
そして、最終的に選択されたこれらの論文を精読し、研究デザインと質に基づいてエビデンスレベルを確定して各 CQ に対するエビデンスとして採用した。なお、それぞれの CQ の「推奨」の最後に、エビデンスとして採用した論文の構造化抄録を記載した。
背景・目的
超高齢社会を迎え、中~高年者の保有歯数の増加に伴って、歯根面に発生するう蝕が急増し、日常的にその治療を行う頻度がきわめて高くなっている。厚生労働省の歯科疾患実態調査でも、経年的に高齢者におけるう蝕有病者率の上昇が報告されており、また、わが国の 60 ~ 78 歳の高齢者 287 人を対象とした疫学調査では、根面う蝕の発症率(歯根面にう蝕が認められる人、および歯根面に修復処置が施されており過去に根面う蝕に罹患した既往が認められる人の被験者総数に占める割合)は 53.3%であったとされている。
根面う蝕に対しては、ステージが進行して実質欠損が大きくなっている場合は、通常、感染歯質を削除した後に充填修復処置が適用される。しかし、歯根面は、歯冠部エナメル質と比較して無機質含有量が少なく、う蝕の初期段階では、表面の脱灰軟化が生じていても大きな欠損にはなっていない場合も多い。また、酸に対する抵抗性が低い歯根面に選択的に脱灰が生じて側方に広がり、歯頚部を取り巻く広い範囲に軟化が生じることも珍しくない。このような初期根面う蝕は、病変の辺縁が不明瞭で、修復処置に際してどこまで削除すれば良いかの判定が困難であるうえ、部位的に切削や修復操作が容易でないことも多い。そのため、感染歯質の切削を行わずに、再石灰化によりその進行を抑制し、う蝕を管理することが治療法の一つとして提唱されている。このような非侵襲的な治療は、MI の理念に則った意義深いものであるうえ、在宅医療をはじめとして、全身的な問題により治療の環境や時間が制限を受ける場合にも有益な対処法であると言える。
脱灰が生じているが欠損の浅い初期活動性根面う蝕に対して再石灰化を図り、非活動性にする治療法については、これまで、欧米を中心にフッ化物の応用に関するいくつかの臨床研究がなされており、わが国でも経験的に臨床でのフッ化物応用が行われている。
また、平成 26 年度歯科診療報酬改定において、在宅等療養患者の初期根面う蝕に対するフッ化物歯面塗布処置が保険導入され、本治療法の重要性がますます増大している。しかし、非侵襲的な根面う蝕の治療法についてはなお明らかにすべき点が多く、治療指針が必要とされている。
解説
フッ化物配合歯磨剤の使用に加えて、フッ化物配合洗口剤で毎日洗口を行うことにより、初期活動性う蝕を非活動性にすることが可能である。このことは、2 編のランダム化比較試験(エビデンスレベルⅡ)により証明されている。そのうちの 1 編においては、フッ化物配合歯磨剤を日常的に使用している 60 歳以上、466 人の高齢者を、0.05% NaF(約 230ppm F)配合洗口剤またはプラセボ洗口剤による毎日の洗口を行うグループ、ならびにプラセボ洗口剤による毎日の洗口と 1.2% F(12,000ppm F)のフッ化物配合ジェルの年 2 回塗布を行うグループの 3 群にランダムに割り付けて、4 年経過後に活動性のう蝕病変が非活動性になる割合が比較された。その結果、0.05% NaF(約 230ppm F)配合洗口剤による洗口群では、非活動性となったう蝕病変の割合が、プラセボ洗口剤使用群や年 2 回のフッ化物配合ジェル塗布群に比べて有意に高いことがわかった。また、1,400ppm F のフッ化物配合歯磨剤と 250ppm F のフッ化物配合洗口剤の併用の効果を検討したもう一つのランダム化比較試験では、フッ化物配合歯磨剤単独の使用と比べて、洗口剤を併用した場合で有意に再石灰化効果が高く、67%の活動性病変が 1 年後に非活動性に変化したとされている(エビデンスレベル「Ⅱ」)。
一方、前述のランダム化比較試験では、フッ化物配合歯磨剤とフッ化物配合洗口剤の併用よりも効果は低かったものの、フッ化物配合歯磨剤の日常使用に加えてプロフェッショナルケアとしてフッ化物局所塗布を行うことの有効性が、2 つのケースシリーズにより示されている。そのうちの 1 編は、0.32% NaF(約 1,400ppm F)配合歯磨剤での 1 日 2 回のブラッシングに加えて、試験開始時と 3 および 6 カ月後にフッ化物(22,300ppm F)含有バニッシュの塗布または 8% SnF2(約 19,000ppm F)溶液の 5 分間塗布を行うと、 いずれも 1 年後に 20 病変中 19 病変が非活動性になったことを報告している(エビデンスレベル「V」)。また、頬側歯根面に存在する 24 の活動性病変を対象にしたもう 1 編のケースシリーズでも、約 0.1% F(1,000ppm F)のフッ化物配合歯磨剤を日常的に使用しながら、試験開始時と 2 カ月後に 2% NaF(約 9,000ppm F)溶液を 2 分間塗り込む処置を行った場合、2 ~ 6 カ月のうちにすべての病変が非活動性になったことが示されている(エビデンスレベル「V」)。
さらに、1 編のケースシリーズは、1% NaF(約 4,500ppm F)が配合されたジェルを家庭で日常的に用いれば、活動性病変を高率に再石灰化できることを報告している(エビデンスレベル「V」)。すなわち、表面に欠損のない初期活動性病変に対して、カスタムトレーを用いて 1% NaF(約 4,500ppm F)ジェルをホームケアとして日常的に適用した場合、2 年後には 20 のうちの 14 病変(70%)が非活動性になり、また、0.5 mm 未満の浅い凹みを生じている活動性病変に対しては、表面の滑沢化を行った後に 1% NaF(約 4,500ppm F)ジェルを日常使用することにより、13 病変すべてが 6 カ月で非活動性に変化している。
これらに加え、高濃度のフッ化物を配合した歯磨剤の使用だけでも、初期活動性病変の再石灰化が生じることが 2 編の論文により示されている。そのうちの 1 編では、5,000ppm F の NaF 配合歯磨剤の毎日の使用で、6 カ月後に約 52%の活動性病変が非活動性になり、1,100ppm F の NaF 配合歯磨剤でも、6 カ月後に約 26%が非活動性になったとされている。さらに、当該研究では、対象とした活動性病変を、周囲の健全な歯根面よりも 0.5mm 以上の深さの欠損を生じているもの(cavitated lesion)と 0.5mm 未満のもの(non-cavitated lesion)に分け、再石灰化率の比較が行われている(エビデンスレベル「Ⅲ」)。その結果、5,000ppm F、1,100ppm F の NaF 配合歯磨剤いずれの場合でも、再石灰化した病変の割合は 2 群間で異なり、0.5mm 以上の深さの欠損となっている病変では、6 カ月後の再石灰化率は、それぞれ 19%と 9%であったのに対し、0.5mm 未満の深さの場合は、それぞれ 76%と 35%であり、non-cavitated lesion のほうが非活動性に変化しやすいと結論づけられている。
根面う蝕の診断基準はまだ明確に確立されているとは言えないが、厚生労働省による歯科疾患実態調査では、「根面部のう蝕については、病変部を CPI プローブで触診し、ソフト感あるいはざらついた感じがあればう蝕とする」と定められている。また、う蝕の診断基準として世界的な広がりをみせている ICDAS(International Caries Detection and Assessment System)では、根面う蝕の病態に関して以下の臨床的分類(コーディング)を提案している。
Code E:歯肉退縮がなく根面が目視できない。
Code 0:根面にう蝕を疑う色調変化が認められない。また、セメントエナメル境や根面に実質欠損が認められない。根面の実質欠損や陥凹が認められたとしても、それがう蝕によるものでない場合は Code 0 とする。
Code 1:根面やセメントエナメル境に限局した色調変化(light/dark brown、black)が認められるが、0.5mm 以上の深さの実質欠損がみられない。
Code 2:根面やセメントエナメル境に限局した色調変化(light/dark brown、black)が認められ、0.5mm 以上の深さの実質欠損がみられる。
フッ化物を用いた非侵襲的治療の適用対象となる“初期活動性根面う蝕”は、エビデンスとして採用した論文の記載内容からすれば、肉眼的に表面の陥凹が軽度な soft および leathery lesion である(表 1)。具体的には、プローブによってソフト感あるいはやや粘ついた感じが触知され、実質欠損がおよそ 0.5mm 未満の病変と考えるのが適当である(図 1 参照)。
前述のとおり、フッ化物を用いた非侵襲的治療のエビデンスを示す報告のほとんどは欧米からの発出であり、そこで使用されている材料は必ずしもわが国で入手可能なものばかりではない。表1:日本で販売されているフッ化物製剤のリスト(2014年8月調べ)に、現在わが国で市販されているフッ化物製剤の一覧を示しているが、特に、現在わが国で市販されているフッ化物配合歯磨剤中のフッ化物イオン濃度は最高でも 950ppm 程度であることから、今回、エビデンスとして採用した論文のような成果が得られにくい場合もあるかもしれない。さらに、フッ化物配合洗口剤の使用に代表されるホームケアの効果は、患者のコンプライアンス(実行性)に依存しているうえ、高齢者の唾液分泌量やブラッシングスキルの個人差は非常に大きく、根面う蝕の進行に関与するリスクファクターは複雑である。初期根面う蝕に対する非侵襲的な治療法をより成功率の高い確実なものとして定着させるためには、少なくとも、明確なエビデンスが確認されている高濃度のフッ化物配合歯磨剤を日常的に使用できるよう、医薬品医療機器法などの整備がなされることが望まれる。
平成 26 年度の歯科診療報酬改定では、在宅などで療養を行う患者の初期根面う蝕に対して、歯科医師またはその指示を受けた歯科衛生士がフッ化物歯面塗布処置を行うことに保険点数の算定が認められた。歯質を切削して修復する治療と比較した場合、非侵襲的な治療は、患者の経済的および精神的な負担も少なく、また、治療環境の制限をあまり受けることなく実施できる点でその意義は大きい。さらに、欧州ではミルクへのフッ化物の添加なども実施されており、身近な媒体を利用した簡便な方法で効果を得ることも可能である。非侵襲的な処置は一見不確実なように捉えられがちであるが、う蝕リスクに応じて定期的なフォローアップを行い、再石灰化が奏功せずにう蝕が進行した場合には速やかに修復処置に移行するプログラムを実践していれば、重篤な状態に至ってしまうことも少ない。よって、欠損の浅い初期活動性根面う蝕の場合、う蝕リスクの低減を図りつつ、まずフッ化物を用いた非侵襲的治療を実施して再石灰化を試み、う蝕を管理するよう推奨される(推奨の強さ「B」)。また、最近、高齢者・要介護者の根面う蝕の「進行止め」としてフッ化ジアンミン銀が注目されてきている。(参考資料)
参考資料
CQ20:初期根面う蝕に対してフッ化物を用いた非侵襲的治療は有効か。
う蝕治療ガイドライン作成委員会の 8 名の委員(臨床経験 20 ~ 38 年)に、上顎前歯の根面う蝕を 6 年間にわたり経過観察した図 2 の症例写真を提示した。そして、上顎右側中切歯の頬側歯根面のう蝕を対象とし、う蝕リスクの情報は提供せずに、審美性の要求はないものとして 2 つの点について質問を行った。なお、本症例では、冷水痛など痛みに関する訴えがなく、かつ審美的要求もなかったことから、患者の求めに応じ 6 年間経過観察を続けた。
質問 1:フッ化物を用いた非侵襲的治療の対象となる、欠損の浅い初期活動性う蝕(深さ 0.5mm 未満)はどの段階と考えるか?
回答:すべての委員が 3 年後(図 2-c)と回答した。活動性う蝕と判定した理由はう蝕の表面が濡れて軟らかそうである、表面に凸凹がある、色調が淡い、などが活動性う蝕と判定した理由であった。
質問 2:どの段階で切削修復に踏み切るか?
回答:4 年後(図 2-d)が 1 名、5 年後(図 2-e)が 7 名であった。4 年後では再石灰化療法が功を奏せばそのまま管理に移行する。5 年後になると歯面が再石灰化しても、欠損がプラークの停滞しやすい形態なので修復に踏み切るとの意見があった。また、このアンケートではあらかじめ経過がわかっているため、実際の臨床判断より切削介入が遅くなる可能性があるとの意見もあった。
参考資料
フッ化ジアンミン銀による根面う蝕の進行抑制
日本で開発された最初の歯科用薬剤
山賀らにより開発されたフッ化ジアンミン銀 38%水溶液「サホライド」(ビーブランド・メディコーデンタル)は、1970 年厚生省中央薬事審議会において、う蝕の進行を抑制する有効な薬剤であることが判定された。フッ化ジアンミン銀は硝酸銀とフッ化物の特長を兼ね備えており、銀イオンとフッ化物イオンが歯質の有機質および無機質にそれぞれ作用してタンパク銀、リン酸銀およびフッ化カルシウムを生成することにより、石灰化の促進、軟化象牙質の再石灰化、象牙細管の封鎖、抗菌性、抗酵素性、プラークの生成抑制などの効果があるとされている。
優れたう蝕進行抑制効果
西野(1969)は、フッ化ジアンミン銀により乳歯う蝕の進行が抑制されることを明らかにした。1970 年代に歯科医師を悩ませた、歯科治療が満足に行えない低年齢児のランパントカリエスに対する救世主として、フッ化ジアンミン銀が「むし歯の進行止め」として多くの小児をむし歯の痛みから救った。その優れたう蝕進行抑制効果は、現在、海外でのランダム化比較試験(RCT)など高いレベルの臨床研究によっても検証されている(Yee ら,2009、Riu ら,2012)。特に経済発展の著しい国ではかつての日本と同じようにう蝕が増加しており、その対策として注目されている。しかし、フッ化ジアンミン銀にはう蝕病変を黒変させるという審美上の問題があり、前歯永久歯などへの使用は敬遠されている。ところが超高齢社会を迎えた現在、口腔清掃の行き届かない要介護高齢者、頭頚部腫瘍の放射線治療に伴う唾液腺障害や内服薬の副作用による口腔乾燥症患者などでは、全顎的に根面う蝕が多発することが問題になっている。診療室でさえ修復処置が難しい根面う蝕は在宅診療等の現場で満足な修復処置が行えず、歯科医師を悩ませている。このような状況のなかで、開発から約半世紀が経過したフッ化ジアンミン銀が根面う蝕の「進行止め」として再び脚光を浴びている(図 1)。最近、高齢者・要介護者の根面う蝕の 1 次予防にとって、サホライドのような高濃度のフッ化物歯面塗布の有効性が、処置の簡便さによる費用対効果も含めて、高く評価されている(Gluzman ら、2013)。
使用法
術式はいたって簡単である。製造者の添付文書に従えば、小綿球に本剤を染み込ませ、乾燥した歯面に 3 ~ 4 分間塗布し、水洗あるいは洗口する。この処置を 2 ~ 7 日間隔で 3 回程度繰り返す。以後 3 ~ 6 カ月ごとに経過観察してう蝕の進行状態を確認し、必要に応じて追加塗布を行う。
経過観察期間中にう蝕リスクを低減させる生活指導やう蝕予防処置を行い、口腔内環境の改善を図る。この間に患者の状態をみて必要に応じて修復処置を行う。ただし、この薬剤がう蝕病巣を黒変させることを事前に患者あるいは家族に説明する必要はある。本剤による処置は多数歯に及ぶ根面う蝕を応急的に進行抑制し、その間に口腔内環境の改善が行える点では有効かつ現実的な方法である。
(本文、図表の引用等については、う蝕治療ガイドライン 第2版 詳細版の本文をご参照ください。)