G-I-N PUBLIC Toolkit改訂および
患者向けガイドラインの作成方法について
公益財団法人 日本医療機能評価機構
矢口明子


G-I-N PUBLIC Toolkitの改訂版公表
G-I-Nには、併存症、パフォーマンス・メジャーメントなどテーマごとのいくつかのワーキンググループがある。それらワーキンググループのひとつであるG-I-N PUBLICは、診療ガイドライン作成や活用における患者・市民の参加を効果的に支援することを主な目的としている。
第9回ベルリンで開催されたG-I-N カンファレンス(2012年)において、本ワーキンググループは、診療ガイドラインの作成および普及・活用を支援するため、患者・市民の参画に関する知見を集めたG-I-N PUBLIC Toolkit1) 2)を公表した。その対象者は、診療ガイドラインの作成者、普及・活用に関わる人々、また利用する人々である。本Toolkitは、随時更新される ’ living document ’ とされ、今回のアムステルダム大会においては、Toolkit公表後のワーキンググループでの議論や調査の結果などを盛り込み、数章の追加およびひとつの章の改訂がなされる形でupdateの報告があった。
Toolkitは以下10項目からなり、今回追加あるいは改訂されたものには下線を付した。
  1. 対象とする患者・市民からの情報収集方法(2012)
  2. 患者視点についての質的研究をガイドラインに取り込む方法(2015)
  3. ガイドライン作成に患者・市民を参集し支援する方法(2012)
  4. 参加に障壁のある人々にガイドラインに関わってもらう方法(2015)
  5. 患者・市民参加における議長の役割(2012)
  6. ウェブベース技術を活用した患者・市民参加の支援(2015)
  7. 患者向けガイドライン(2015改訂)
  8. ガイドラインの普及と活用における患者参加(2012)
  9. 臨床現場におけるガイドラインの患者関与支援(2012)
  10. ヘルステクノロジーアセスメントにおける患者関与の支援(2012)
尚、G-I-N Publicでは、患者・市民の診療ガイドラインへの参画には以下3つの方法があるとしている。
1) 情報収集(Consultation)− 患者・市民から、ニーズ、経験、視点や価値観、希望などについて、質問紙調査、フォーカスグループ、個人インタビュー、オンライン調査を通じて情報を集めることである。また、既に研究が実施されている場合は、それらの文献レビューも用いられる。数多くの個人的見解を集められ、ガイドライン作成時には根拠として役立つ。
2) 参加(Participation)− 患者・市民がガイドライン作成のメンバーとして他の専門家と双方向性に関わり、ともに討議し意思決定することである。
3) 情報提供 (Communication) − ガイドライン作成の普及・活用段階で必要となる方法で、病気や治療に関する知識の提供や、介入についての複数の選択肢から患者・市民が意思決定する際の支援となる情報提供がこれに含まれる。
Toolkitの1、2章は情報収集、3−6章は参加、また7−9章は情報提供に関する内容となっている。


G-I-N PUBLIC Toolkit第7章 患者向けガイドラインの作成方法について
G-I-N 2015では、 SIGN(Scottish Intercollegiate Guideline Network)のKaren Grahamによる患者向けガイドラインに関する消費者のインタビュー調査の結果を紹介する口頭発表を聴講した。(演題名:Using findings from DECIDE to create a new design for patient version of guidelines: what did consumers think?)本稿では、この度の発表の内容を追加して改訂された、G-I-N PUBLIC Toolkitの7章 「患者向けガイドラインの作成方法(How to develop patient versions of guidelines)」について、その概要を紹介する。
尚、DECIDE : Developing and Evaluating Communication Strategies to Support Informed Decisions and Practice Based on Evidenceとは、GRADEのワーキンググループのひとつで、欧州委員会が合同で出資した5ヵ年(2011-2015年)の計画であり、根拠に基づいた推奨について情報伝達の決断と実践を支援する戦略の開発およびその評価を医療者、政策担当者など対象者別に実施している。そのうち、WP(Work package)は患者・介護者や一般市民を対象とした取り組みで、根拠に基づくガイドラインの趣旨や内容を患者・市民(医療利用者)に効果的に提供し、その理解を深め、患者と医療者の意思決定を支援する方法の開発に重点を置いている3)
1. 患者向けガイドラインとは
診療ガイドラインは、治療の選択肢についてエビデンスのシステマティックレビューと益と害を勘案して、患者にとって最適な方法を提供する推奨を含む文書であり、何をするべきで何をすべきでないかを奨めている点で他の情報とは異なり、患者・市民の意思決定の支援となりうる。これをもとに作成される患者向けガイドラインは、医療者向けに作成された診療ガイドラインの推奨をわかりやすく「翻訳」し、患者・市民が理解し用いることができるようにしたものであり、治療の根拠を示し、意思決定における医療者との連携を深めるものになると説明されている。
2. 患者向けガイドライン作成開始のタイミング
患者向けガイドラインの作成は、診療ガイドラインの一連の推奨が確定してからガイドラインが完成するまでに行うことが提案されている。
また、診療ガイドライン作成のサブグループを編成して患者向けガイドラインを作成することが勧められている。その理由として、患者向けガイドラインは、診療ガイドラインを補足するものとして作成すると作りやすいこと、取り上げる推奨や推奨の理解を助ける付加情報や患者が重視するアウトカム、価値観や希望についてについて診療ガイドラインの作成グループと議論できることなどを挙げている。
3. 患者向けガイドライン作成における患者・市民との協働
患者向けガイドライン作成に患者・市民が参加することで、患者の経験や要望が反映され、読みやすくなって、活用されるようになると思われる。作成の全過程を通じて、患者と臨床家が協働して作成するのが望ましいが、例えば計画時や情報収集時といった段階での協働が現実的であると述べている。
また、広く患者会や市民からの患者向けガイドラインへのフィードバックを問うことは、より対象者にとって使いやすいものになるとしている。フィードバックを集める方法として、ワークショップの開催や作成グループと関連する患者・市民のネットワークに回覧してコメントを記入してもらうなどが紹介されている。また、子供や若年者は書いてもらうより話し合ってもらうと良いし、患者からの問合せや助言により様々な経験やデータを集めている患者会組織へ相談することも有用であるとしている。
4. 患者向けガイドラインに含める推奨の選択
医療者向けガイドラインには、多くの推奨が含まれているが、患者向けガイドラインにはそれらすべては必要とされておらず、患者への影響が大きい、あるいは医療者と話し合えるという点を優先すべきあるとしている。調査では、患者は自身で管理できるケアについての推奨を欲していることが示されている。
推奨が選び出された後は、広範囲の対象者が理解できるよう一般的な言葉に言い換えをするとともに、理解に必要とされる解剖学、生理学その他の情報は、推奨とともに、あるいは別に章立てをして提供することが勧められている。
5. 患者向けガイドラインの記載内容
DECIDEの取り組みにおける患者・市民へのフォーカスグループや他の質的調査より、患者向けガイドラインを用いる際、以下の点が重要と考えられていることが示されている。
  • 対象
  • 疾患の基礎的な情報(危険因子、症状の進行、症状の継続期間、疾患により生じる他の問題のリスク)
  • 治療法に関する情報(治療法と他の選択肢、治療に伴うリスク、自己管理)
  • 支援を得られる場(電話番号やウェブサイト)
患者向けガイドラインを作成する際に課題となるのは、益と害をわかりやすく示すことであり、これはときにディシジョンエイドのような形式となる。患者は研究から得られた根拠について、必ずしも多くの情報が欲しいわけではないかもしれないが、それにより、理解しやすく患者がインフォームドチョイス(情報に基づく選択)できるようになる、とされる。
この他、処方に関する情報が記載され、治療法に選択の余地がないような印象を与えかねないので、そうではないことの明記について考慮した方が良いとしている。
また、診療ガイドラインがどのように作成されるかを示すことは患者に有益であるが、複雑過ぎないことが肝要であるとし、SIGNでは、下のような図を用いている。


図1. 診療ガイドライン作成方法の説明例(G-I-N Public Toolkit 7章より)

6. 推奨の強さの提示方法
推奨の強さは、例えば、「中程度の質の根拠にもとづく強い推奨」のように、エビデンスの質と分けて提示することが望ましいとしているが、こうしたガイドラインはまだほとんどないようである。
推奨の強さを患者にわかりやすく示すため、SGINでは、例えば以下のように推奨の強さを示す記号を作成し、患者に対してテストを実施した上で、これらを用いることを提案している。


図2. 患者へのテストに用いた推奨の強さを示す記号(G-I-N Public Toolkit 7章より)

また、調査から、患者は推奨の強さの理由について知りたいと思っていることがわかっている。
元になる診療ガイドラインでは推奨の強さを示すのに文章を用いられていることが多い。しかし、例えば、強い推奨は「推奨する」、弱い推奨は「提案する」などと表現されているが、医療専門家を対象に実施した調査では、こうした表現は理解されにくかったとのことである。混同を避けるため、記号や他の印を用いたり、推奨の強さの理由を明記したりするのが良い、としている。
7. 治療の選択肢についての記載
患者向けガイドラインは、元になるガイドラインと一致していなければならず、またエビデンスが弱いかもしくはないために選択肢が推奨されていなければ、それらが記載されるべきであるとしている。また、治療や検査は、「何もしない」を含むすべての選択肢について、人々がそれらの益と害を理解できるように示されなければならない、としている。
それぞれの選択肢の益と害が示されることで、患者・市民は自身の価値観や希望によりその選択肢に重み付けすることができ、医療者との会話を支援することができると説明されている。
8. 治療の効果と害についての情報提供
英語で書かれた患者向けガイドラインで、選択可能な各治療に起こりうる益と害について言及されているものはほとんどなく、また数的な情報が提供されているものはごくわずかであるとのことである。しかし、数的情報でも益と害は概ね理解されることがわかっており、また、リスクの表示について言葉より数字はその理解の助けになっていたという。
治療の益と害に関する情報提供をする際に留意するべき点について、以下の事柄が挙げられている。
  • 構造的な表示
    例えば、妊娠時、授乳時に摂取できるかについて、一覧表にして薬剤名ごとに整理し、質問形式で表示するといった方法である。

  • 益と害に関する量的表示と質的記述
    数字と言葉のどちらを好むかは人それぞれであるか、両方提示することで情報の理解は高まる。数的な情報に関しては、相対的あるいは頻度などよりも絶対的な数字の方か理解されやすい。質的な叙述に関し、その根拠の質と、益と害の重要性に着目してコクラン共同計画が整理した一覧4)が参考となる。

  • 階層的な表示
    情報を提示する順序に関して留意することは大切で、重要なものから述べることが望ましいという知見は、DECIDEプロジェクトで強く支持されている。ドイツでは、非常に重要な事項のみを取り上げて、リーフレットにした例もあるし、必要ならばトピックごとにリーフレットにするという方法もある。電子媒体では、「詳細はクリック」といった方法で情報の流れをうまく作り出すこともできよう。

  • グラフィカルな表示
    フォーカスグループやユーザーテストでは、患者・市民にはグラフィックな表現や図表が好まれることが示されている。益と害をグラフで比較する際には目盛りを同一にするなどの注意が必要である。

  • 不確実性についての記載
    患者や市民は事象の起こる確率について知りたがっていることがわかっている。診療ガイドライン作成グループはエビデンスの質や不確実性について評価できるのであるから、患者向けガイドラインにもこれらの情報をわかりやすく提供すると良い。ある治療の効果がないか少ないことと、質の高い研究がないか少ないことは区別して記載されるべきである。

9. 患者向けガイドラインの形式
患者向けガイドラインは、以下のような点に留意して作成することが望まれるとしている。
  • 個別化
    情報を個人的なものにしていくことの有用性が示されており、適宜対応するのが良いと言える。多くの患者向けガイドラインでは、文中や見出しで、主語を「あなた」や「私」として、読者に直接話しかけるように書かれている。個人的な語りについては、その内容に偏りが無いよう留意して選択・記載することが求められる。

  • 見つけやすく読みやすく
    見つけられやすいことが大切である。患者向けガイドラインのリンクをつくり、症状から検索できるなどの工夫をしているところもある。また、医療者が印刷して患者との会話に用いることもあるので、医療者からもアクセスしやすいことが求められる。

  • 患者・市民の診療ガイドラインの認知は非常に低いため、ほとんどの人は「ガイドライン」を求めて検索することはないと思われ、ガイドライン作成者は対象としたい人々に検索エンジンで「ヒット」されるよう専門家の助けを借りる必要があるかもしれない。
    患者向けガイドラインは想定する読者に合うようにする必要があるし、また対象者に応じて変えることもある。特に専門用語の使用に関しては、対象に応じてその量やレベルを考慮する必要がある。

  • 長さ
    現在発行されている患者向けガイドラインは短いもので2−3ページ、長いもので40ページにもなる。患者や市民は情報に圧倒されたくないと考えているので、文書の長さへの配慮は必要とされるであろう。乳がん健診の情報提供に関するドイツの調査では、15ページ以上になると「長い」と感じることが分かっている。

  • フォントと図表
    最も小さいもので12ポイント、通常のものは最低16ポイント、大きいものはそれ以上のフォントで書かれていた。

  • 色を使い分けて表現することは有効であるが、色覚異常の方に配慮し、赤と緑、青と黄色の組み合わせで用いるのは避けるべきである。

  • その他
    大きく印刷できるようにすること、また、音声や動画などでの作成の他、患者向けガイドラインを他の言語に翻訳することも考えられる。

10. 透明性
患者向けガイドラインの作成者および作成組織においても、経済的およびアカデミックCOI(Conflict of Interest)を申告することが求められ、また、患者や消費者代表も同様である。COI申告書はガイドライン作成に用いたものと同じもので良い、としている。
11. 患者向ガイドラインの評価
ガイドラインの最後に付したアンケートや、フォーカスグループおよび質問紙調査などを通じてフィードバックを収集し、改訂する際に反映させることが勧められている。 


参考文献
1) http://www.g-i-n.net/working-groups/gin-public/toolkit (2016.3.20)
2) http://www.g-i-n.net/document-store/working-groups-documents/g-i-n-public/toolkit/toolkit-2015 (2016.3.20)
3) http://www.decide-collaboration.eu/WP3 (2016.3.20)
4) Glenton Cet al. presenting the results of Cochrane systematic reviews to a consumer audience: a qualitative study. Med. Decis.Making 2010;30:566-77.


聴講して
診療ガイドラインが患者・市民に活用されその本来の目的を達するために、患者向けにガイドラインの作成は重要である。ヨーロッパにおけるその作成状況、普及の現状は日本と大きく異なってはいないようである。しかし、患者向けガイドラインの内容や提供方法について検討されたこの度の発表およびToolkitは、そのあり方の方向性を示し、日本における患者・市民への診療ガイドラインの活用促進に向け大変参考になるものであった。わが国の診療ガイドライン作成グループが、患者向けガイドラインを作成する支援として、Mindsとしても、このような情報提供を行っていくことは意義あることと思われ、日本の読者のニーズの調査も含めて、ひき続き検討したい。



(公開日:2017年1月17日)

レビュアー : 中山 健夫(京都大学)

 



G-I-N PUBLIC Toolkit改訂および
患者向けガイドラインの作成方法について
公益財団法人 日本医療機能評価機構
矢口明子


G-I-N PUBLIC Toolkitの改訂版公表
G-I-Nには、併存症、パフォーマンス・メジャーメントなどテーマごとのいくつかのワーキンググループがある。それらワーキンググループのひとつであるG-I-N PUBLICは、診療ガイドライン作成や活用における患者・市民の参加を効果的に支援することを主な目的としている。
第9回ベルリンで開催されたG-I-N カンファレンス(2012年)において、本ワーキンググループは、診療ガイドラインの作成および普及・活用を支援するため、患者・市民の参画に関する知見を集めたG-I-N PUBLIC Toolkit1) 2)を公表した。その対象者は、診療ガイドラインの作成者、普及・活用に関わる人々、また利用する人々である。本Toolkitは、随時更新される ’ living document ’ とされ、今回のアムステルダム大会においては、Toolkit公表後のワーキンググループでの議論や調査の結果などを盛り込み、数章の追加およびひとつの章の改訂がなされる形でupdateの報告があった。
Toolkitは以下10項目からなり、今回追加あるいは改訂されたものには下線を付した。
  1. 対象とする患者・市民からの情報収集方法(2012)
  2. 患者視点についての質的研究をガイドラインに取り込む方法(2015)
  3. ガイドライン作成に患者・市民を参集し支援する方法(2012)
  4. 参加に障壁のある人々にガイドラインに関わってもらう方法(2015)
  5. 患者・市民参加における議長の役割(2012)
  6. ウェブベース技術を活用した患者・市民参加の支援(2015)
  7. 患者向けガイドライン(2015改訂)
  8. ガイドラインの普及と活用における患者参加(2012)
  9. 臨床現場におけるガイドラインの患者関与支援(2012)
  10. ヘルステクノロジーアセスメントにおける患者関与の支援(2012)
尚、G-I-N Publicでは、患者・市民の診療ガイドラインへの参画には以下3つの方法があるとしている。
1) 情報収集(Consultation)− 患者・市民から、ニーズ、経験、視点や価値観、希望などについて、質問紙調査、フォーカスグループ、個人インタビュー、オンライン調査を通じて情報を集めることである。また、既に研究が実施されている場合は、それらの文献レビューも用いられる。数多くの個人的見解を集められ、ガイドライン作成時には根拠として役立つ。
2) 参加(Participation)− 患者・市民がガイドライン作成のメンバーとして他の専門家と双方向性に関わり、ともに討議し意思決定することである。
3) 情報提供 (Communication) − ガイドライン作成の普及・活用段階で必要となる方法で、病気や治療に関する知識の提供や、介入についての複数の選択肢から患者・市民が意思決定する際の支援となる情報提供がこれに含まれる。
Toolkitの1、2章は情報収集、3−6章は参加、また7−9章は情報提供に関する内容となっている。


G-I-N PUBLIC Toolkit第7章 患者向けガイドラインの作成方法について
G-I-N 2015では、 SIGN(Scottish Intercollegiate Guideline Network)のKaren Grahamによる患者向けガイドラインに関する消費者のインタビュー調査の結果を紹介する口頭発表を聴講した。(演題名:Using findings from DECIDE to create a new design for patient version of guidelines: what did consumers think?)本稿では、この度の発表の内容を追加して改訂された、G-I-N PUBLIC Toolkitの7章 「患者向けガイドラインの作成方法(How to develop patient versions of guidelines)」について、その概要を紹介する。
尚、DECIDE : Developing and Evaluating Communication Strategies to Support Informed Decisions and Practice Based on Evidenceとは、GRADEのワーキンググループのひとつで、欧州委員会が合同で出資した5ヵ年(2011-2015年)の計画であり、根拠に基づいた推奨について情報伝達の決断と実践を支援する戦略の開発およびその評価を医療者、政策担当者など対象者別に実施している。そのうち、WP(Work package)は患者・介護者や一般市民を対象とした取り組みで、根拠に基づくガイドラインの趣旨や内容を患者・市民(医療利用者)に効果的に提供し、その理解を深め、患者と医療者の意思決定を支援する方法の開発に重点を置いている3)
1. 患者向けガイドラインとは
診療ガイドラインは、治療の選択肢についてエビデンスのシステマティックレビューと益と害を勘案して、患者にとって最適な方法を提供する推奨を含む文書であり、何をするべきで何をすべきでないかを奨めている点で他の情報とは異なり、患者・市民の意思決定の支援となりうる。これをもとに作成される患者向けガイドラインは、医療者向けに作成された診療ガイドラインの推奨をわかりやすく「翻訳」し、患者・市民が理解し用いることができるようにしたものであり、治療の根拠を示し、意思決定における医療者との連携を深めるものになると説明されている。
2. 患者向けガイドライン作成開始のタイミング
患者向けガイドラインの作成は、診療ガイドラインの一連の推奨が確定してからガイドラインが完成するまでに行うことが提案されている。
また、診療ガイドライン作成のサブグループを編成して患者向けガイドラインを作成することが勧められている。その理由として、患者向けガイドラインは、診療ガイドラインを補足するものとして作成すると作りやすいこと、取り上げる推奨や推奨の理解を助ける付加情報や患者が重視するアウトカム、価値観や希望についてについて診療ガイドラインの作成グループと議論できることなどを挙げている。
3. 患者向けガイドライン作成における患者・市民との協働
患者向けガイドライン作成に患者・市民が参加することで、患者の経験や要望が反映され、読みやすくなって、活用されるようになると思われる。作成の全過程を通じて、患者と臨床家が協働して作成するのが望ましいが、例えば計画時や情報収集時といった段階での協働が現実的であると述べている。
また、広く患者会や市民からの患者向けガイドラインへのフィードバックを問うことは、より対象者にとって使いやすいものになるとしている。フィードバックを集める方法として、ワークショップの開催や作成グループと関連する患者・市民のネットワークに回覧してコメントを記入してもらうなどが紹介されている。また、子供や若年者は書いてもらうより話し合ってもらうと良いし、患者からの問合せや助言により様々な経験やデータを集めている患者会組織へ相談することも有用であるとしている。
4. 患者向けガイドラインに含める推奨の選択
医療者向けガイドラインには、多くの推奨が含まれているが、患者向けガイドラインにはそれらすべては必要とされておらず、患者への影響が大きい、あるいは医療者と話し合えるという点を優先すべきあるとしている。調査では、患者は自身で管理できるケアについての推奨を欲していることが示されている。
推奨が選び出された後は、広範囲の対象者が理解できるよう一般的な言葉に言い換えをするとともに、理解に必要とされる解剖学、生理学その他の情報は、推奨とともに、あるいは別に章立てをして提供することが勧められている。
5. 患者向けガイドラインの記載内容
DECIDEの取り組みにおける患者・市民へのフォーカスグループや他の質的調査より、患者向けガイドラインを用いる際、以下の点が重要と考えられていることが示されている。
  • 対象
  • 疾患の基礎的な情報(危険因子、症状の進行、症状の継続期間、疾患により生じる他の問題のリスク)
  • 治療法に関する情報(治療法と他の選択肢、治療に伴うリスク、自己管理)
  • 支援を得られる場(電話番号やウェブサイト)
患者向けガイドラインを作成する際に課題となるのは、益と害をわかりやすく示すことであり、これはときにディシジョンエイドのような形式となる。患者は研究から得られた根拠について、必ずしも多くの情報が欲しいわけではないかもしれないが、それにより、理解しやすく患者がインフォームドチョイス(情報に基づく選択)できるようになる、とされる。
この他、処方に関する情報が記載され、治療法に選択の余地がないような印象を与えかねないので、そうではないことの明記について考慮した方が良いとしている。
また、診療ガイドラインがどのように作成されるかを示すことは患者に有益であるが、複雑過ぎないことが肝要であるとし、SIGNでは、下のような図を用いている。


図1. 診療ガイドライン作成方法の説明例(G-I-N Public Toolkit 7章より)

6. 推奨の強さの提示方法
推奨の強さは、例えば、「中程度の質の根拠にもとづく強い推奨」のように、エビデンスの質と分けて提示することが望ましいとしているが、こうしたガイドラインはまだほとんどないようである。
推奨の強さを患者にわかりやすく示すため、SGINでは、例えば以下のように推奨の強さを示す記号を作成し、患者に対してテストを実施した上で、これらを用いることを提案している。


図2. 患者へのテストに用いた推奨の強さを示す記号(G-I-N Public Toolkit 7章より)

また、調査から、患者は推奨の強さの理由について知りたいと思っていることがわかっている。
元になる診療ガイドラインでは推奨の強さを示すのに文章を用いられていることが多い。しかし、例えば、強い推奨は「推奨する」、弱い推奨は「提案する」などと表現されているが、医療専門家を対象に実施した調査では、こうした表現は理解されにくかったとのことである。混同を避けるため、記号や他の印を用いたり、推奨の強さの理由を明記したりするのが良い、としている。
7. 治療の選択肢についての記載
患者向けガイドラインは、元になるガイドラインと一致していなければならず、またエビデンスが弱いかもしくはないために選択肢が推奨されていなければ、それらが記載されるべきであるとしている。また、治療や検査は、「何もしない」を含むすべての選択肢について、人々がそれらの益と害を理解できるように示されなければならない、としている。
それぞれの選択肢の益と害が示されることで、患者・市民は自身の価値観や希望によりその選択肢に重み付けすることができ、医療者との会話を支援することができると説明されている。
8. 治療の効果と害についての情報提供
英語で書かれた患者向けガイドラインで、選択可能な各治療に起こりうる益と害について言及されているものはほとんどなく、また数的な情報が提供されているものはごくわずかであるとのことである。しかし、数的情報でも益と害は概ね理解されることがわかっており、また、リスクの表示について言葉より数字はその理解の助けになっていたという。
治療の益と害に関する情報提供をする際に留意するべき点について、以下の事柄が挙げられている。
  • 構造的な表示
    例えば、妊娠時、授乳時に摂取できるかについて、一覧表にして薬剤名ごとに整理し、質問形式で表示するといった方法である。

  • 益と害に関する量的表示と質的記述
    数字と言葉のどちらを好むかは人それぞれであるか、両方提示することで情報の理解は高まる。数的な情報に関しては、相対的あるいは頻度などよりも絶対的な数字の方か理解されやすい。質的な叙述に関し、その根拠の質と、益と害の重要性に着目してコクラン共同計画が整理した一覧4)が参考となる。

  • 階層的な表示
    情報を提示する順序に関して留意することは大切で、重要なものから述べることが望ましいという知見は、DECIDEプロジェクトで強く支持されている。ドイツでは、非常に重要な事項のみを取り上げて、リーフレットにした例もあるし、必要ならばトピックごとにリーフレットにするという方法もある。電子媒体では、「詳細はクリック」といった方法で情報の流れをうまく作り出すこともできよう。

  • グラフィカルな表示
    フォーカスグループやユーザーテストでは、患者・市民にはグラフィックな表現や図表が好まれることが示されている。益と害をグラフで比較する際には目盛りを同一にするなどの注意が必要である。

  • 不確実性についての記載
    患者や市民は事象の起こる確率について知りたがっていることがわかっている。診療ガイドライン作成グループはエビデンスの質や不確実性について評価できるのであるから、患者向けガイドラインにもこれらの情報をわかりやすく提供すると良い。ある治療の効果がないか少ないことと、質の高い研究がないか少ないことは区別して記載されるべきである。

9. 患者向けガイドラインの形式
患者向けガイドラインは、以下のような点に留意して作成することが望まれるとしている。
  • 個別化
    情報を個人的なものにしていくことの有用性が示されており、適宜対応するのが良いと言える。多くの患者向けガイドラインでは、文中や見出しで、主語を「あなた」や「私」として、読者に直接話しかけるように書かれている。個人的な語りについては、その内容に偏りが無いよう留意して選択・記載することが求められる。

  • 見つけやすく読みやすく
    見つけられやすいことが大切である。患者向けガイドラインのリンクをつくり、症状から検索できるなどの工夫をしているところもある。また、医療者が印刷して患者との会話に用いることもあるので、医療者からもアクセスしやすいことが求められる。

  • 患者・市民の診療ガイドラインの認知は非常に低いため、ほとんどの人は「ガイドライン」を求めて検索することはないと思われ、ガイドライン作成者は対象としたい人々に検索エンジンで「ヒット」されるよう専門家の助けを借りる必要があるかもしれない。
    患者向けガイドラインは想定する読者に合うようにする必要があるし、また対象者に応じて変えることもある。特に専門用語の使用に関しては、対象に応じてその量やレベルを考慮する必要がある。

  • 長さ
    現在発行されている患者向けガイドラインは短いもので2−3ページ、長いもので40ページにもなる。患者や市民は情報に圧倒されたくないと考えているので、文書の長さへの配慮は必要とされるであろう。乳がん健診の情報提供に関するドイツの調査では、15ページ以上になると「長い」と感じることが分かっている。

  • フォントと図表
    最も小さいもので12ポイント、通常のものは最低16ポイント、大きいものはそれ以上のフォントで書かれていた。

  • 色を使い分けて表現することは有効であるが、色覚異常の方に配慮し、赤と緑、青と黄色の組み合わせで用いるのは避けるべきである。

  • その他
    大きく印刷できるようにすること、また、音声や動画などでの作成の他、患者向けガイドラインを他の言語に翻訳することも考えられる。

10. 透明性
患者向けガイドラインの作成者および作成組織においても、経済的およびアカデミックCOI(Conflict of Interest)を申告することが求められ、また、患者や消費者代表も同様である。COI申告書はガイドライン作成に用いたものと同じもので良い、としている。
11. 患者向ガイドラインの評価
ガイドラインの最後に付したアンケートや、フォーカスグループおよび質問紙調査などを通じてフィードバックを収集し、改訂する際に反映させることが勧められている。 


参考文献
1) http://www.g-i-n.net/working-groups/gin-public/toolkit (2016.3.20)
2) http://www.g-i-n.net/document-store/working-groups-documents/g-i-n-public/toolkit/toolkit-2015 (2016.3.20)
3) http://www.decide-collaboration.eu/WP3 (2016.3.20)
4) Glenton Cet al. presenting the results of Cochrane systematic reviews to a consumer audience: a qualitative study. Med. Decis.Making 2010;30:566-77.


聴講して
診療ガイドラインが患者・市民に活用されその本来の目的を達するために、患者向けにガイドラインの作成は重要である。ヨーロッパにおけるその作成状況、普及の現状は日本と大きく異なってはいないようである。しかし、患者向けガイドラインの内容や提供方法について検討されたこの度の発表およびToolkitは、そのあり方の方向性を示し、日本における患者・市民への診療ガイドラインの活用促進に向け大変参考になるものであった。わが国の診療ガイドライン作成グループが、患者向けガイドラインを作成する支援として、Mindsとしても、このような情報提供を行っていくことは意義あることと思われ、日本の読者のニーズの調査も含めて、ひき続き検討したい。



(公開日:2017年1月17日)

レビュアー : 中山 健夫(京都大学)

 



G-I-N PUBLIC Toolkit改訂および
患者向けガイドラインの作成方法について
公益財団法人 日本医療機能評価機構
矢口明子


G-I-N PUBLIC Toolkitの改訂版公表
G-I-Nには、併存症、パフォーマンス・メジャーメントなどテーマごとのいくつかのワーキンググループがある。それらワーキンググループのひとつであるG-I-N PUBLICは、診療ガイドライン作成や活用における患者・市民の参加を効果的に支援することを主な目的としている。
第9回ベルリンで開催されたG-I-N カンファレンス(2012年)において、本ワーキンググループは、診療ガイドラインの作成および普及・活用を支援するため、患者・市民の参画に関する知見を集めたG-I-N PUBLIC Toolkit1) 2)を公表した。その対象者は、診療ガイドラインの作成者、普及・活用に関わる人々、また利用する人々である。本Toolkitは、随時更新される ’ living document ’ とされ、今回のアムステルダム大会においては、Toolkit公表後のワーキンググループでの議論や調査の結果などを盛り込み、数章の追加およびひとつの章の改訂がなされる形でupdateの報告があった。
Toolkitは以下10項目からなり、今回追加あるいは改訂されたものには下線を付した。
  1. 対象とする患者・市民からの情報収集方法(2012)
  2. 患者視点についての質的研究をガイドラインに取り込む方法(2015)
  3. ガイドライン作成に患者・市民を参集し支援する方法(2012)
  4. 参加に障壁のある人々にガイドラインに関わってもらう方法(2015)
  5. 患者・市民参加における議長の役割(2012)
  6. ウェブベース技術を活用した患者・市民参加の支援(2015)
  7. 患者向けガイドライン(2015改訂)
  8. ガイドラインの普及と活用における患者参加(2012)
  9. 臨床現場におけるガイドラインの患者関与支援(2012)
  10. ヘルステクノロジーアセスメントにおける患者関与の支援(2012)
尚、G-I-N Publicでは、患者・市民の診療ガイドラインへの参画には以下3つの方法があるとしている。
1) 情報収集(Consultation)− 患者・市民から、ニーズ、経験、視点や価値観、希望などについて、質問紙調査、フォーカスグループ、個人インタビュー、オンライン調査を通じて情報を集めることである。また、既に研究が実施されている場合は、それらの文献レビューも用いられる。数多くの個人的見解を集められ、ガイドライン作成時には根拠として役立つ。
2) 参加(Participation)− 患者・市民がガイドライン作成のメンバーとして他の専門家と双方向性に関わり、ともに討議し意思決定することである。
3) 情報提供 (Communication) − ガイドライン作成の普及・活用段階で必要となる方法で、病気や治療に関する知識の提供や、介入についての複数の選択肢から患者・市民が意思決定する際の支援となる情報提供がこれに含まれる。
Toolkitの1、2章は情報収集、3−6章は参加、また7−9章は情報提供に関する内容となっている。


G-I-N PUBLIC Toolkit第7章 患者向けガイドラインの作成方法について
G-I-N 2015では、 SIGN(Scottish Intercollegiate Guideline Network)のKaren Grahamによる患者向けガイドラインに関する消費者のインタビュー調査の結果を紹介する口頭発表を聴講した。(演題名:Using findings from DECIDE to create a new design for patient version of guidelines: what did consumers think?)本稿では、この度の発表の内容を追加して改訂された、G-I-N PUBLIC Toolkitの7章 「患者向けガイドラインの作成方法(How to develop patient versions of guidelines)」について、その概要を紹介する。
尚、DECIDE : Developing and Evaluating Communication Strategies to Support Informed Decisions and Practice Based on Evidenceとは、GRADEのワーキンググループのひとつで、欧州委員会が合同で出資した5ヵ年(2011-2015年)の計画であり、根拠に基づいた推奨について情報伝達の決断と実践を支援する戦略の開発およびその評価を医療者、政策担当者など対象者別に実施している。そのうち、WP(Work package)は患者・介護者や一般市民を対象とした取り組みで、根拠に基づくガイドラインの趣旨や内容を患者・市民(医療利用者)に効果的に提供し、その理解を深め、患者と医療者の意思決定を支援する方法の開発に重点を置いている3)
1. 患者向けガイドラインとは
診療ガイドラインは、治療の選択肢についてエビデンスのシステマティックレビューと益と害を勘案して、患者にとって最適な方法を提供する推奨を含む文書であり、何をするべきで何をすべきでないかを奨めている点で他の情報とは異なり、患者・市民の意思決定の支援となりうる。これをもとに作成される患者向けガイドラインは、医療者向けに作成された診療ガイドラインの推奨をわかりやすく「翻訳」し、患者・市民が理解し用いることができるようにしたものであり、治療の根拠を示し、意思決定における医療者との連携を深めるものになると説明されている。
2. 患者向けガイドライン作成開始のタイミング
患者向けガイドラインの作成は、診療ガイドラインの一連の推奨が確定してからガイドラインが完成するまでに行うことが提案されている。
また、診療ガイドライン作成のサブグループを編成して患者向けガイドラインを作成することが勧められている。その理由として、患者向けガイドラインは、診療ガイドラインを補足するものとして作成すると作りやすいこと、取り上げる推奨や推奨の理解を助ける付加情報や患者が重視するアウトカム、価値観や希望についてについて診療ガイドラインの作成グループと議論できることなどを挙げている。
3. 患者向けガイドライン作成における患者・市民との協働
患者向けガイドライン作成に患者・市民が参加することで、患者の経験や要望が反映され、読みやすくなって、活用されるようになると思われる。作成の全過程を通じて、患者と臨床家が協働して作成するのが望ましいが、例えば計画時や情報収集時といった段階での協働が現実的であると述べている。
また、広く患者会や市民からの患者向けガイドラインへのフィードバックを問うことは、より対象者にとって使いやすいものになるとしている。フィードバックを集める方法として、ワークショップの開催や作成グループと関連する患者・市民のネットワークに回覧してコメントを記入してもらうなどが紹介されている。また、子供や若年者は書いてもらうより話し合ってもらうと良いし、患者からの問合せや助言により様々な経験やデータを集めている患者会組織へ相談することも有用であるとしている。
4. 患者向けガイドラインに含める推奨の選択
医療者向けガイドラインには、多くの推奨が含まれているが、患者向けガイドラインにはそれらすべては必要とされておらず、患者への影響が大きい、あるいは医療者と話し合えるという点を優先すべきあるとしている。調査では、患者は自身で管理できるケアについての推奨を欲していることが示されている。
推奨が選び出された後は、広範囲の対象者が理解できるよう一般的な言葉に言い換えをするとともに、理解に必要とされる解剖学、生理学その他の情報は、推奨とともに、あるいは別に章立てをして提供することが勧められている。
5. 患者向けガイドラインの記載内容
DECIDEの取り組みにおける患者・市民へのフォーカスグループや他の質的調査より、患者向けガイドラインを用いる際、以下の点が重要と考えられていることが示されている。
  • 対象
  • 疾患の基礎的な情報(危険因子、症状の進行、症状の継続期間、疾患により生じる他の問題のリスク)
  • 治療法に関する情報(治療法と他の選択肢、治療に伴うリスク、自己管理)
  • 支援を得られる場(電話番号やウェブサイト)
患者向けガイドラインを作成する際に課題となるのは、益と害をわかりやすく示すことであり、これはときにディシジョンエイドのような形式となる。患者は研究から得られた根拠について、必ずしも多くの情報が欲しいわけではないかもしれないが、それにより、理解しやすく患者がインフォームドチョイス(情報に基づく選択)できるようになる、とされる。
この他、処方に関する情報が記載され、治療法に選択の余地がないような印象を与えかねないので、そうではないことの明記について考慮した方が良いとしている。
また、診療ガイドラインがどのように作成されるかを示すことは患者に有益であるが、複雑過ぎないことが肝要であるとし、SIGNでは、下のような図を用いている。


図1. 診療ガイドライン作成方法の説明例(G-I-N Public Toolkit 7章より)

6. 推奨の強さの提示方法
推奨の強さは、例えば、「中程度の質の根拠にもとづく強い推奨」のように、エビデンスの質と分けて提示することが望ましいとしているが、こうしたガイドラインはまだほとんどないようである。
推奨の強さを患者にわかりやすく示すため、SGINでは、例えば以下のように推奨の強さを示す記号を作成し、患者に対してテストを実施した上で、これらを用いることを提案している。


図2. 患者へのテストに用いた推奨の強さを示す記号(G-I-N Public Toolkit 7章より)

また、調査から、患者は推奨の強さの理由について知りたいと思っていることがわかっている。
元になる診療ガイドラインでは推奨の強さを示すのに文章を用いられていることが多い。しかし、例えば、強い推奨は「推奨する」、弱い推奨は「提案する」などと表現されているが、医療専門家を対象に実施した調査では、こうした表現は理解されにくかったとのことである。混同を避けるため、記号や他の印を用いたり、推奨の強さの理由を明記したりするのが良い、としている。
7. 治療の選択肢についての記載
患者向けガイドラインは、元になるガイドラインと一致していなければならず、またエビデンスが弱いかもしくはないために選択肢が推奨されていなければ、それらが記載されるべきであるとしている。また、治療や検査は、「何もしない」を含むすべての選択肢について、人々がそれらの益と害を理解できるように示されなければならない、としている。
それぞれの選択肢の益と害が示されることで、患者・市民は自身の価値観や希望によりその選択肢に重み付けすることができ、医療者との会話を支援することができると説明されている。
8. 治療の効果と害についての情報提供
英語で書かれた患者向けガイドラインで、選択可能な各治療に起こりうる益と害について言及されているものはほとんどなく、また数的な情報が提供されているものはごくわずかであるとのことである。しかし、数的情報でも益と害は概ね理解されることがわかっており、また、リスクの表示について言葉より数字はその理解の助けになっていたという。
治療の益と害に関する情報提供をする際に留意するべき点について、以下の事柄が挙げられている。
  • 構造的な表示
    例えば、妊娠時、授乳時に摂取できるかについて、一覧表にして薬剤名ごとに整理し、質問形式で表示するといった方法である。

  • 益と害に関する量的表示と質的記述
    数字と言葉のどちらを好むかは人それぞれであるか、両方提示することで情報の理解は高まる。数的な情報に関しては、相対的あるいは頻度などよりも絶対的な数字の方か理解されやすい。質的な叙述に関し、その根拠の質と、益と害の重要性に着目してコクラン共同計画が整理した一覧4)が参考となる。

  • 階層的な表示
    情報を提示する順序に関して留意することは大切で、重要なものから述べることが望ましいという知見は、DECIDEプロジェクトで強く支持されている。ドイツでは、非常に重要な事項のみを取り上げて、リーフレットにした例もあるし、必要ならばトピックごとにリーフレットにするという方法もある。電子媒体では、「詳細はクリック」といった方法で情報の流れをうまく作り出すこともできよう。

  • グラフィカルな表示
    フォーカスグループやユーザーテストでは、患者・市民にはグラフィックな表現や図表が好まれることが示されている。益と害をグラフで比較する際には目盛りを同一にするなどの注意が必要である。

  • 不確実性についての記載
    患者や市民は事象の起こる確率について知りたがっていることがわかっている。診療ガイドライン作成グループはエビデンスの質や不確実性について評価できるのであるから、患者向けガイドラインにもこれらの情報をわかりやすく提供すると良い。ある治療の効果がないか少ないことと、質の高い研究がないか少ないことは区別して記載されるべきである。

9. 患者向けガイドラインの形式
患者向けガイドラインは、以下のような点に留意して作成することが望まれるとしている。
  • 個別化
    情報を個人的なものにしていくことの有用性が示されており、適宜対応するのが良いと言える。多くの患者向けガイドラインでは、文中や見出しで、主語を「あなた」や「私」として、読者に直接話しかけるように書かれている。個人的な語りについては、その内容に偏りが無いよう留意して選択・記載することが求められる。

  • 見つけやすく読みやすく
    見つけられやすいことが大切である。患者向けガイドラインのリンクをつくり、症状から検索できるなどの工夫をしているところもある。また、医療者が印刷して患者との会話に用いることもあるので、医療者からもアクセスしやすいことが求められる。

  • 患者・市民の診療ガイドラインの認知は非常に低いため、ほとんどの人は「ガイドライン」を求めて検索することはないと思われ、ガイドライン作成者は対象としたい人々に検索エンジンで「ヒット」されるよう専門家の助けを借りる必要があるかもしれない。
    患者向けガイドラインは想定する読者に合うようにする必要があるし、また対象者に応じて変えることもある。特に専門用語の使用に関しては、対象に応じてその量やレベルを考慮する必要がある。

  • 長さ
    現在発行されている患者向けガイドラインは短いもので2−3ページ、長いもので40ページにもなる。患者や市民は情報に圧倒されたくないと考えているので、文書の長さへの配慮は必要とされるであろう。乳がん健診の情報提供に関するドイツの調査では、15ページ以上になると「長い」と感じることが分かっている。

  • フォントと図表
    最も小さいもので12ポイント、通常のものは最低16ポイント、大きいものはそれ以上のフォントで書かれていた。

  • 色を使い分けて表現することは有効であるが、色覚異常の方に配慮し、赤と緑、青と黄色の組み合わせで用いるのは避けるべきである。

  • その他
    大きく印刷できるようにすること、また、音声や動画などでの作成の他、患者向けガイドラインを他の言語に翻訳することも考えられる。

10. 透明性
患者向けガイドラインの作成者および作成組織においても、経済的およびアカデミックCOI(Conflict of Interest)を申告することが求められ、また、患者や消費者代表も同様である。COI申告書はガイドライン作成に用いたものと同じもので良い、としている。
11. 患者向ガイドラインの評価
ガイドラインの最後に付したアンケートや、フォーカスグループおよび質問紙調査などを通じてフィードバックを収集し、改訂する際に反映させることが勧められている。 


参考文献
1) http://www.g-i-n.net/working-groups/gin-public/toolkit (2016.3.20)
2) http://www.g-i-n.net/document-store/working-groups-documents/g-i-n-public/toolkit/toolkit-2015 (2016.3.20)
3) http://www.decide-collaboration.eu/WP3 (2016.3.20)
4) Glenton Cet al. presenting the results of Cochrane systematic reviews to a consumer audience: a qualitative study. Med. Decis.Making 2010;30:566-77.


聴講して
診療ガイドラインが患者・市民に活用されその本来の目的を達するために、患者向けにガイドラインの作成は重要である。ヨーロッパにおけるその作成状況、普及の現状は日本と大きく異なってはいないようである。しかし、患者向けガイドラインの内容や提供方法について検討されたこの度の発表およびToolkitは、そのあり方の方向性を示し、日本における患者・市民への診療ガイドラインの活用促進に向け大変参考になるものであった。わが国の診療ガイドライン作成グループが、患者向けガイドラインを作成する支援として、Mindsとしても、このような情報提供を行っていくことは意義あることと思われ、日本の読者のニーズの調査も含めて、ひき続き検討したい。



(公開日:2017年1月17日)

レビュアー : 中山 健夫(京都大学)

 

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