Institute of Medicineのレポート(2011)に見る診療ガイドラインの方向性
――新定義と作成・普及・導入・評価――
公益財団法人 日本医療機能評価機構
畠山 洋輔
1.背景と目的
国際的に「診療ガイドライン(Clinical Practice Guidelines;CPGs)」の普及が進む中で、必ずといって良いほど言及される定義がある。それは、Institute of Medicine;IOMによる次の定義である。  診療ガイドラインは、特定の臨床状況における適切なケアについて、臨床家と患者の決定を支援するために、体系的に作成された文書である(IOM 1990: 38)。 この定義には、診療ガイドラインが、「体系的に」作成されていること、そして、「臨床家と患者の決定を支援する」ことが明記されている。診療ガイドライン作成の理念と活用の理念とをこの一文から読み取ることができる。この診療ガイドラインの定義を、後の改訂された定義と区別するために、IOM 1990の定義とする。
この定義が発表されてから現在に至るまでに、様々な国や地域、または、国際的な機関によって診療ガイドライン作成のための文書が作成されてきた。それらの文書のうち、参考文献がほとんど記載されていないもの(NICE 2012; WHO2012)を除き、New Zealand Guidelines Group(2001: 4)、Council of Europe(2002: 64)、Minds(福井他 2007)、Canadian Medical Association(2007: 2-3)、Scottish Intercollegiate Guidelines Network(2008: 2)、Swiss Centre for International Health(2008: A-4)等の中でも、IOM 1990の定義は言及されている。また、診療ガイドラインの標準的な評価方法の1つであるAGREE IIの中でもこの定義が引用されている(AGREE Next Steps Consortium 2009: 1)。このように、IOM1990の定義は、まさに国際的に標準的な定義となっているのである。
2011年、IOMはこの定義を21年ぶりに改訂した(IOM 2011a)。なぜ、標準的となった診療ガイドラインの定義を改訂したのだろうか。改訂の前提となっている問題認識はどのようなものであったか。定義の改訂とともに提示されている作成方法の基準はどのようなものか。
本稿は、この定義の改訂が行われた文脈とその定義の示す方向性を整理することを目的とする。
2.IOMと診療ガイドライン
IOMは、1970年に米国科学アカデミーの認可のもとで設立されて以降、政策決定者、医療専門職、企業家、市民リーダー、そして公衆に対して、独立した、客観的で、エビデンスに基づいたアドバイスを提供しているNPOである(IOM 2011c: 2)。IOMについては浦島による日本語の解説を読むことができる(浦島 2010)。
IOMは、合衆国議会が1989年に創設したAgency for Health Care Policy and Research;AHCPR(現Agency for Healthcare Research and Quality;AHRQ)による診療ガイドライン作成・普及・評価に関する助言の求めに応じて、1990年に診療ガイドラインに関する最初のレポートを発行した(IOM 1990)。
この背景には、医療費の高騰、医療行為のばらつきなどに対する社会的な不満があった。この状況は診療ガイドラインが求められる様々な状況の中でも典型的なものであると考えられる。
このレポートの中で、本稿の冒頭で引用した診療ガイドラインの定義を発表している。先にも触れたように、この定義には、診療ガイドラインの「作成」に関する理念と、「活用」に関する理念が含まれている。作成に関しては、体系的に作成されたと表現されているように、再現性の高い信頼できる方法で作成されることが期待されている。また、活用の観点からは、患者と臨床家の意思決定を支援することを目的とした文書とされている。患者と臨床家の意思決定を支援するということは、現在まで診療ガイドラインに欠かすことのできない機能として期待されている点である。
この定義にあわせて、IOMは診療ガイドラインを評価するための8項目の特性を挙げている(IOM 1990: 59)。
  • 妥当性
  • 信頼性/再現可能性
  • 臨床的適用可能性
  • 臨床的柔軟性
  • 明晰性
  • 多領域的過程
  • 計画的再検討
  • 文書化
この特性は、良い診療ガイドラインとそうでない診療ガイドラインとを区別する項目である。この項目は、次の1992年のレポートで提示された診療ガイドラインを評価するツールのベースとなっている。
1992年には、診療ガイドラインの内容だけでなく、その作成方法、適用、評価、改訂といった一連の過程に焦点を当てたレポートを発行した(IOM 1992)。このレポートでは2点の重要なポイントがある。
1つ目は、診療ガイドラインの活用の目的を明確にしたことである。このレポートでは、診療ガイドラインの目的として、次の5点が挙げられている。
  1. 患者と臨床家による臨床上の意思決定の支援
  2. 個人・集団の教育
  3. ケアの質に対する評価・確認
  4. 医療に対する資源配置の指針
  5. 医療過誤に対する法的責任のリスクの減少
  6. (IOM 1992: 40)
ここには、1990年のレポートで示されていた臨床家と患者の意思決定を支援すること以外に、様々な目的が挙げられていることがわかる。もちろん、臨床場面での活用がその第一義的な活用法とされているものの、診療ガイドラインの社会における広い活用法が挙げられている点で、診療ガイドラインの重要性を明確にしたレポートとなっている。
このレポートにおける重要な点の2点目は、1990年のレポートで示された評価項目をベースに、診療ガイドラインを評価するためのツール(暫定案)を提示したところにある。評価ツールは、診療ガイドラインの適切性の評価、系統的な作成を支援することを目的とし、診療ガイドラインが備えているべき7つの項目(先に触れたIOM1990のレポートで示されていた8つの項目のうち文書化を除いた7項目)に対応する節sectionsに分かれ、また、それぞれの節もそれぞれ診療ガイドラインの重要な領域に関連する下位の項segments(項は全部で46)に分かれて構成されている(IOM 1992: 346-410)。この評価ツールは、現在、標準的な診療ガイドラインの評価ツールとされているAGREE II(AGREE Next Steps Consortium 2009)のオリジナル版(AGREE)の作成の際に参照されている評価ツールの中で一番発行年が早いものである(The AGREE Collaboration 2003)。また、1966〜2003年を対象期間として行われた診療ガイドラインの評価ツールに関するシステマティックレビューの中でも、もっとも古い評価ツールとして挙げられている(Vlayen et al. 2005)。この評価項目が発表された後には、様々な診療ガイドラインの評価ツールが開発・発表されている(たとえば、The AGREE Collaboration 2003; AGREE Next Steps Consortium 2009; Cluzeau et al. 1999; Shaneyfelt et al. 1999; Shiffman et al. 2005)。その意味で、IOMは診療ガイドラインの質を評価するという先鞭をつけたといえる。
また、1995年には、診療ガイドラインで取り上げるべきトピックの選定方法に関するレポートの中で、AHCPRが担うことのできる有用な役割として、他の組織が作成したガイドラインをクリアリングハウスとして収集・普及すること、また、他の組織が作成したガイドラインの評価を行なうことを挙げている(IOM 1995)。現在、AHRQが運営する診療ガイドラインのデータベースであるNational Guidelines Clearinghouse;NGCには、約2,500の診療ガイドラインの要約(ガイドライン・サマリー)が掲載されている。
IOMは診療ガイドラインの重要性を指摘してきたが、一方でそれが十分に効果を持ちえていなかったことも認めている。2001年のレポートでは、エビデンスと実際の診療との間のギャップ、「Chasm」(裂け目)を指摘し、診療ガイドラインを単に普及させるだけでは、臨床に対して十分な効果が得られなかったと指摘している(IOM 2001: 145)。その上で、診療ガイドラインの普及の適切な方法が求められていると主張している。
また、2008年にIOMは、有効な臨床的サービスを特定するための科学的エビデンスの使用法に関するレポートをまとめた(IOM 2008)。この中で、信頼されるtrusted診療ガイドラインが作成されていくシステムを構築するために、①作成グループは診療ガイドライン作成の適切な基準を採用・文書化・公表するべきである、②多様なメンバー構成、利益相反の開示、そして、実質的な利害関係者による決定時の投票の禁止などによって、利益相反によるバイアスを最小化するべきである、③利用者は適切な基準に基づいて作成された臨床的推奨を利用すべきである、と示した。
当初、診療ガイドラインの作成が期待されていたAHCPRがどのようにガイドラインを作成すべきかという観点で報告をしていたIOMだが、診療ガイドラインの数、診療ガイドラインを作成する組織の数が増えることで、診療ガイドラインの普及や評価、診療ガイドラインそれ自体ではなく、診療ガイドラインの作成方法への支援へと視点を移してきたことが伺える。
3.診療ガイドラインを取り巻く課題と新定義
2008年に制定されたMedicare Improvements for Patients and Providers Actにおいて、合衆国議会は、保健社会福祉省(Department of Health and Human Services;HHS)の長官に対して、AHRQを通して、IOMに比較効果研究(Comparative Effectiveness Research;CER)のシステマティックレビューの基準と、診療ガイドライン作成の基準とに関する研究を実行させるように要求した。これに基づき、IOMは、CERのシステマティックレビューの基準に関する委員会と、信頼できるtrustworthy診療ガイドライン作成の基準に関する委員会とを創設した。
比較効果研究のシステマティックレビューの基準に関する委員会は、CERのシステマティックレビューの客観性や透明性、そして科学的妥当性を保証する既存の方法論的な基準を評価すること、そして、システマティックレビューを実行・報告する方法論的な基準を推奨することを目的とし、システマティックレビューについて、①準備、②個々の研究の評価、③統合、④報告のそれぞれについて推奨される方法を提示した(IOM 2011b)。
診療ガイドライン作成の基準に関する委員会は、2011年に、レポート『Clinical Practice Guidelines We Can Trust』を発表した(IOM 2011a)。このレポートの中で、IOMは、診療ガイドラインに関する現状について、個々の研究のばらつき、システマティックレビューの限界、作成過程の透明性の欠如、多様な利害関係者の参加の困難、COIの非管理、作成方法の適用の難しさ、稀な状況に対するエビデンスの不足といった問題点があり、診療ガイドラインの標準的な作成方法への関心が高まっているとしている。
このレポートの中で最も重要な記述のひとつが、診療ガイドラインの定義の改訂である。  診療ガイドラインは、患者のケアを最適化することを目的とした推奨を含む文書である。推奨は、エビデンスのシステマティックレビューと、複数の選びうるケアの選択肢についての益と害に関する評価に基づいて作成される。
(Clinical Practice Guidelines are statements that include recommendations intended to optimize patient care. They are informed by a systematic review of evidence and an assessment of the benefits and harms of alternative care options.)(IOM 2011a: 25-26)
これを先に見たIOM1990の定義と区別してIOM2011の定義と呼んでおく。
IOM 1990の定義との違いでIOM 2011の定義考えると、次のような項目が加えられていることが分かる。
①患者のケアの最適化
IOM 1990の定義でも臨床家と患者との意思決定に役立てることが目的とされていたが、その意思決定をもう一歩先に進めた目的として、患者のケアの最適化が明記された。この定義の直後で、ここでは患者の個別性や希望を適切に考慮すべきであると補足されているように、全人的な意味での患者を重視することが明確化された。
②推奨
診療ガイドラインは、単なる文章ではなく、推奨を含んだ文章であることが明記された。以前より、臨床家と患者との判断を支援することが目的とされていたが、それでは単なるエビデンス集も資料となりうる。今回の定義の改訂では、さらに一歩踏み込んで、選択しうる選択肢を複数記載し、その上で推奨する選択肢を提示することが診療ガイドラインの要件となった。
③システマティックレビュー
IOM 1990の定義においても、体系的にsystematicallyという表現があったが、それは作成が定型的、理解可能で、科学的な文献にもとづいているということを示している限りであり、IOMがIOM2011の定義と同時に出したシステマティックレビューのレポート(IOM 2011b)ほどは精緻化されていなかった。もちろん、1990年時点でシステマティックレビューという言葉はあった(ただし、IOM 1990の中でシステマティックレビューという言葉は使用されていない)が、今回の定義の改訂では、作成の方法としてエビデンスのシステマティックレビューを行うことが明示された。
④益と害の評価
また、システマティックレビューから推奨を決定する際に考慮すべき点として、益と害とについて評価するという点が明確にされた。ある介入が有効という観点だけではなく、その介入の害をも考慮して、推奨を決定すべきことが示されている。
このように、IOM 1990の定義が診療ガイドラインについての言わば理念的な定義であったのに対し、IOM 2011の定義はより作成過程を明記した具体的な定義となっている。診療ガイドラインの紹介、普及を中心とする段階から、適切な作成、適切な活用も重要視する段階へとステージが移行していると考えられる。
この定義の改訂を受けて、NGCは、2014年6月1日からこの定義に基づいた基準によって診療ガイドラインの採択を実施している(NGC 2013)。
4.信頼できる診療ガイドラインの作成の基準
同レポートの中で、IOMは、診療ガイドライン作成に関する文献を包括的に検討し、信頼できる診療ガイドラインの作成の基準を提示している(IOM 2011a)1
大きく分けて7つの基準が挙げられている。
  1. 透明性の確立
  2. 利益相反(COI)の管理
  3. ガイドライン作成グループの構成
  4. 診療ガイドラインとシステマティックレビューの連携
  5. 推奨を基礎づけるエビデンスの確立と推奨の強さの評定
  6. 推奨の明確な表現
  7. 外部評価
  8. 改訂
それぞれに下位項目が挙げられているが、詳細については原文を参照して欲しい。ここでは、ポイントとなる点だけを紹介する。
第1に、他の基準に先駆けて「透明性の確立」が挙げられている点が重要である。作成組織作りから作成過程全体を通じて透明性が要求されており、このことによって、診療ガイドラインが患者と臨床家の意思決定を支援するツールとして、その内容的な妥当性が利用者によって評価できるようにしておくことが目指されているといえよう。
また、2と3は作成組織の管理に関する基準である。作成過程をいかに正しく進めたとしても、その前提となる組織自体の妥当性の確保が配慮されるべきであるとされている。とりわけ、COIの管理や、患者参加といった、日本ではまだ普及していない点についても、多くの実例が挙げられており参考になるだろう。
4、5、そして6は、診療ガイドライン作成の中心的な作業であるシステマティックレビューから推奨の作成の過程についての基準である。この領域については、近年、様々な方法が提唱され、検討されてきた。IOM1990の定義でも、「系統的に」作成されるべきであることが含まれていたが、その内容についてより具体的に検討されてきた成果が盛り込まれている。
7、8については「より良くする」ための方法の基準を示している。外部評価も改訂も、作られた診療ガイドラインに対して常に検証を続けていくことが重要であることを示している。
これらの項目は、信頼できる診療ガイドラインが遵守すべき項目として挙げられている。しかし、Kungらが指摘するように、現状では、NGCに掲載されている診療ガイドラインでも、ほとんどの診療ガイドラインがこの項目のすべてを満たしているわけではない(Kung et al. 2012)。そのため、利用者がこのレポートの基準に見合わない診療ガイドラインの中から選択しなければならないため、それぞれの診療ガイドラインがレポートの基準とその下位項目とを遵守している程度を示す指標が必要となるだろうとされている(Ransohoff et al. 2013: 140)。
1 この基準については英語の原文を無料で入手することができるが、その重要なポイントとなる部分の日本語訳(相原 2013)も発表されている。
5.診療ガイドラインの普及・導入・評価
IOM 2011では、3.の定義、4.の作成の基準のほかに、診療ガイドラインを取り巻く社会環境において実現されるべき推奨が提示されている(IOM 2011a: 145-203)。
CPGsの影響を受けるすべての関連する集団を対象として、信頼できる診療ガイドラインの遵守が促進されるように、導入者によって効果的で多面的な導入戦略が採用されるべきである(IOM 2011a: 161)。

エンド・ユーザーによるコンピュータを利用した臨床決断支援(Clinical Decision Support;CDS)の導入準備を促進するために、ガイドライン作成者はCPGsのフォーマット、用語、内容を構造化すべきである(IOM 2011a: 171)。

CPG作成者、CPG導入者、そして、CDS設計者は、お互いにニーズを一致させる取り組みを協力して行うべきである(IOM 2011a: 171)。

HHSの長官は、作成組織の求めに応じて、作成組織が診療ガイドラインを作成するために用いる手順を検証し、それらの作成組織が用いる作成手順が信頼できる診療ガイドラインの基準を遵守しているかどうかを明らかにするために、公―私メカニズムを確立すべきである(IOM 2011a: 202)。

AHRQは以下のことをするべきである。
  • 診療ガイドラインが信頼できる基準を遵守している程度についての明確な指標を提供するようにNGCに要求するべきである。
  • CPGs間の不一致の原因と、不一致を調整するような戦略についての調査を実行すべきである。
  • 試行によってIOMが提示した基準の強みと弱みを査定し、基準の妥当性と信頼性を推定し、基準の導入を促進するための介入の有効性、そして、CPG作成、医療の質、患者のアウトカムに対する基準の効果を評価すべきである(IOM 2011a: 202)。
このように、診療ガイドラインの作成の基準だけではなく、診療ガイドラインの普及・導入・評価を取り巻く包括的な推奨が提示されていることから、社会全体で信頼できる診療ガイドラインの確立に努める必要があることが示されている。
6.おわりに:日本の状況とIOM 2011
以上はIOM 2011の概要についての紹介である。最後に、IOM 2011で提示されている基準・推奨と、日本の診療ガイドラインの現状との関係についてふれておきたい。
IOM 1990の定義が国際的に普及していることを踏まえれば、それの改訂であるIOM 2011の定義、そこで示されている基準・推奨をまったく無視することはできないだろう。ただし、日本の診療ガイドラインの作成の現状を考えると、KungらがNGCに掲載されているCPGsでもIOM 2011の基準を満たすものがないと指摘しているように(Kung et al. 2012)、その基準に合致しているものは少ないであろうことが予想される。
また、IOM 2011が提出されているのは、あくまで米国という文脈においてである。したがって、日本でもこれらの基準・推奨が適用されるべきであるかどうかは、それ自体検討される必要があり、日本的文脈を踏まえた適用の方法についても考慮されるべきであろう。
そのためには、診療ガイドラインの作成者だけではなく、広く診療ガイドラインに関わる利害関係者全体で、診療ガイドラインに関する課題を共有し、診療ガイドラインを活用してより良い医療を実現するための基準・方法について検討していくことが必要である。
参考
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Canadian Medical Association (CMA), 2007, Handbook on Clinical Practice Guidelines, Ottawa: Canadian Medical Association.
Cluzeau, Françoise. A., Peter Littlejohns, Jeremy. M. Grimshaw, et al., 1999, “Development and Application of a Generic Methodology to Assess the Quality of Clinical Guidelines,” International Journal for Quality in Health Care, 11(1): 21-28.
Council of Europe (CoE), 2002, Developing a Methodology for Drawing up Guidelines on Best Medical Practice, Strasbourg: Council of Europe Publishing.
福井次矢・吉田雅博・山口直人編,2007,『Minds診療ガイドライン作成の手引き2007』医学書院.
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――――, 1992, Guidelines for Clinical Practice: From Development to Use, Washington, DC: National Academy Press.
――――, 1995, Setting Priorities for Clinical Practice Guidelines, Washington, DC: National Academy Press.
――――, 2001, Crossing the Quality Chasm: A New Health System for the 21st Century, Washington, DC: National Academy Press.
――――, 2008, Knowing What Works in Health Research, Education, and Practice, Washington, DC: National Academy Press.
――――, 2011a, Clinical Practice Guidelines We Can Trust, Washington, DC: National Academy Press.(=[抄訳]2013,相原守夫訳,「信頼できる診療ガイドライン」『臨床評価』41(1): 259-260.)
――――, 2011b, Finding What Works in Health Care: Standards for Systematic Reviews, Washington, DC: National Academy Press.
――――, 2011c, Informing the Future: Critical Issues in Health, 6th ed., Washington, DC: National Academy Press.
Kung, Justin, Ram R. Miller, and Philip A. Mackowiak, 2012, “Failure of clinical practice guidelines to meet Institute of Medicine standards: two more decades of little, if any, progress,” Archives on Internal Medicine, 172(21): 1628-1633.
National Guideline Clearinghouse, 2013, Inclusion Criteria. http://www.guideline.gov/about/inclusion-criteria.aspx
National Institute for Health and Clinical Excellence, 2012, The guidelines manual. London: National Institute for Health and Clinical Excellence. Available from: www.nice.org.uk.
New Zealand Guidelines Group (NZGG), 2001, Handbook for the Preparation of Explicit Evidence-Based Clinical Practice Guidelines, Wellington; New Zealand Guidelines Group.
Scottish Intercollegiate Guidelines Network (SIGN), 2011, SIGN 50: A Guideline Developer’s Handbook, Revised edition, Edinburgh; Scottish Intercollegiate Guidelines Network.
Shaneyfelt, Terrence M., Michael F. Mayo-Smith, and Johann Rothwangl, 1999, “Are Guidelines Following Guidelines?: The Methodological Quality of Clinical Practice Guidelines in the Peer-Reviewed Medical Literature,” JAMA, 281(20): 1900-1905.
Shiffman, Richard N, Jane Dixon, Cynthia Brandt, et al., 2005, “The GuideLine Implementability Appraisal (GLIA): Development of an Instrument to Identify Obstacles to Guideline Implementation,” BMC Medical Informatics and Decision Making, 5: 23.
Swiss Centre for International Health (SCIH), 2011, Handbook for Supporting the Development of Health System Guidance: Supporting Informed Judgements for Health System Policies, Basel; Swiss Topical and Public Health Institute.
The AGREE Collaboration, 2003, “Development and validation of an international appraisal instrument for assessing the quality of clinical practice guidelines: the AGREE project,” Quality & Safety in Health Care, 12(1): 18-23.
Ransohoff, David R., Michael Pignone, and Harold C. Sox, 2013, “How to Decide Whether a Clinical Practice Guideline is Trustworthy,” JAMA, 309(2): 139-140.
浦島充佳,2010,「欧米の現状――Institute of Medicine (IOM)の役割」『日本内科学会雑誌』99(12): 3047-3053.
Vlayen, Joan, Bert Aertgeerts, Karin Hannes, et al., 2005, “A Systematic Review of Appraisal Tools for Clinical Practice Guidelines: Multiple Similarities and One Common Deficit,” International Journal for Quality Health Care, 17(3): 235-242.
World Health Organization (WHO), 2012, WHO Handbook for Guideline Development, Geneva: World Health Organization.
(公開日:2015年3月31日)

 



Institute of Medicineのレポート(2011)に見る診療ガイドラインの方向性
――新定義と作成・普及・導入・評価――
公益財団法人 日本医療機能評価機構
畠山 洋輔
1.背景と目的
国際的に「診療ガイドライン(Clinical Practice Guidelines;CPGs)」の普及が進む中で、必ずといって良いほど言及される定義がある。それは、Institute of Medicine;IOMによる次の定義である。  診療ガイドラインは、特定の臨床状況における適切なケアについて、臨床家と患者の決定を支援するために、体系的に作成された文書である(IOM 1990: 38)。 この定義には、診療ガイドラインが、「体系的に」作成されていること、そして、「臨床家と患者の決定を支援する」ことが明記されている。診療ガイドライン作成の理念と活用の理念とをこの一文から読み取ることができる。この診療ガイドラインの定義を、後の改訂された定義と区別するために、IOM 1990の定義とする。
この定義が発表されてから現在に至るまでに、様々な国や地域、または、国際的な機関によって診療ガイドライン作成のための文書が作成されてきた。それらの文書のうち、参考文献がほとんど記載されていないもの(NICE 2012; WHO2012)を除き、New Zealand Guidelines Group(2001: 4)、Council of Europe(2002: 64)、Minds(福井他 2007)、Canadian Medical Association(2007: 2-3)、Scottish Intercollegiate Guidelines Network(2008: 2)、Swiss Centre for International Health(2008: A-4)等の中でも、IOM 1990の定義は言及されている。また、診療ガイドラインの標準的な評価方法の1つであるAGREE IIの中でもこの定義が引用されている(AGREE Next Steps Consortium 2009: 1)。このように、IOM1990の定義は、まさに国際的に標準的な定義となっているのである。
2011年、IOMはこの定義を21年ぶりに改訂した(IOM 2011a)。なぜ、標準的となった診療ガイドラインの定義を改訂したのだろうか。改訂の前提となっている問題認識はどのようなものであったか。定義の改訂とともに提示されている作成方法の基準はどのようなものか。
本稿は、この定義の改訂が行われた文脈とその定義の示す方向性を整理することを目的とする。
2.IOMと診療ガイドライン
IOMは、1970年に米国科学アカデミーの認可のもとで設立されて以降、政策決定者、医療専門職、企業家、市民リーダー、そして公衆に対して、独立した、客観的で、エビデンスに基づいたアドバイスを提供しているNPOである(IOM 2011c: 2)。IOMについては浦島による日本語の解説を読むことができる(浦島 2010)。
IOMは、合衆国議会が1989年に創設したAgency for Health Care Policy and Research;AHCPR(現Agency for Healthcare Research and Quality;AHRQ)による診療ガイドライン作成・普及・評価に関する助言の求めに応じて、1990年に診療ガイドラインに関する最初のレポートを発行した(IOM 1990)。
この背景には、医療費の高騰、医療行為のばらつきなどに対する社会的な不満があった。この状況は診療ガイドラインが求められる様々な状況の中でも典型的なものであると考えられる。
このレポートの中で、本稿の冒頭で引用した診療ガイドラインの定義を発表している。先にも触れたように、この定義には、診療ガイドラインの「作成」に関する理念と、「活用」に関する理念が含まれている。作成に関しては、体系的に作成されたと表現されているように、再現性の高い信頼できる方法で作成されることが期待されている。また、活用の観点からは、患者と臨床家の意思決定を支援することを目的とした文書とされている。患者と臨床家の意思決定を支援するということは、現在まで診療ガイドラインに欠かすことのできない機能として期待されている点である。
この定義にあわせて、IOMは診療ガイドラインを評価するための8項目の特性を挙げている(IOM 1990: 59)。
  • 妥当性
  • 信頼性/再現可能性
  • 臨床的適用可能性
  • 臨床的柔軟性
  • 明晰性
  • 多領域的過程
  • 計画的再検討
  • 文書化
この特性は、良い診療ガイドラインとそうでない診療ガイドラインとを区別する項目である。この項目は、次の1992年のレポートで提示された診療ガイドラインを評価するツールのベースとなっている。
1992年には、診療ガイドラインの内容だけでなく、その作成方法、適用、評価、改訂といった一連の過程に焦点を当てたレポートを発行した(IOM 1992)。このレポートでは2点の重要なポイントがある。
1つ目は、診療ガイドラインの活用の目的を明確にしたことである。このレポートでは、診療ガイドラインの目的として、次の5点が挙げられている。
  1. 患者と臨床家による臨床上の意思決定の支援
  2. 個人・集団の教育
  3. ケアの質に対する評価・確認
  4. 医療に対する資源配置の指針
  5. 医療過誤に対する法的責任のリスクの減少
  6. (IOM 1992: 40)
ここには、1990年のレポートで示されていた臨床家と患者の意思決定を支援すること以外に、様々な目的が挙げられていることがわかる。もちろん、臨床場面での活用がその第一義的な活用法とされているものの、診療ガイドラインの社会における広い活用法が挙げられている点で、診療ガイドラインの重要性を明確にしたレポートとなっている。
このレポートにおける重要な点の2点目は、1990年のレポートで示された評価項目をベースに、診療ガイドラインを評価するためのツール(暫定案)を提示したところにある。評価ツールは、診療ガイドラインの適切性の評価、系統的な作成を支援することを目的とし、診療ガイドラインが備えているべき7つの項目(先に触れたIOM1990のレポートで示されていた8つの項目のうち文書化を除いた7項目)に対応する節sectionsに分かれ、また、それぞれの節もそれぞれ診療ガイドラインの重要な領域に関連する下位の項segments(項は全部で46)に分かれて構成されている(IOM 1992: 346-410)。この評価ツールは、現在、標準的な診療ガイドラインの評価ツールとされているAGREE II(AGREE Next Steps Consortium 2009)のオリジナル版(AGREE)の作成の際に参照されている評価ツールの中で一番発行年が早いものである(The AGREE Collaboration 2003)。また、1966〜2003年を対象期間として行われた診療ガイドラインの評価ツールに関するシステマティックレビューの中でも、もっとも古い評価ツールとして挙げられている(Vlayen et al. 2005)。この評価項目が発表された後には、様々な診療ガイドラインの評価ツールが開発・発表されている(たとえば、The AGREE Collaboration 2003; AGREE Next Steps Consortium 2009; Cluzeau et al. 1999; Shaneyfelt et al. 1999; Shiffman et al. 2005)。その意味で、IOMは診療ガイドラインの質を評価するという先鞭をつけたといえる。
また、1995年には、診療ガイドラインで取り上げるべきトピックの選定方法に関するレポートの中で、AHCPRが担うことのできる有用な役割として、他の組織が作成したガイドラインをクリアリングハウスとして収集・普及すること、また、他の組織が作成したガイドラインの評価を行なうことを挙げている(IOM 1995)。現在、AHRQが運営する診療ガイドラインのデータベースであるNational Guidelines Clearinghouse;NGCには、約2,500の診療ガイドラインの要約(ガイドライン・サマリー)が掲載されている。
IOMは診療ガイドラインの重要性を指摘してきたが、一方でそれが十分に効果を持ちえていなかったことも認めている。2001年のレポートでは、エビデンスと実際の診療との間のギャップ、「Chasm」(裂け目)を指摘し、診療ガイドラインを単に普及させるだけでは、臨床に対して十分な効果が得られなかったと指摘している(IOM 2001: 145)。その上で、診療ガイドラインの普及の適切な方法が求められていると主張している。
また、2008年にIOMは、有効な臨床的サービスを特定するための科学的エビデンスの使用法に関するレポートをまとめた(IOM 2008)。この中で、信頼されるtrusted診療ガイドラインが作成されていくシステムを構築するために、①作成グループは診療ガイドライン作成の適切な基準を採用・文書化・公表するべきである、②多様なメンバー構成、利益相反の開示、そして、実質的な利害関係者による決定時の投票の禁止などによって、利益相反によるバイアスを最小化するべきである、③利用者は適切な基準に基づいて作成された臨床的推奨を利用すべきである、と示した。
当初、診療ガイドラインの作成が期待されていたAHCPRがどのようにガイドラインを作成すべきかという観点で報告をしていたIOMだが、診療ガイドラインの数、診療ガイドラインを作成する組織の数が増えることで、診療ガイドラインの普及や評価、診療ガイドラインそれ自体ではなく、診療ガイドラインの作成方法への支援へと視点を移してきたことが伺える。
3.診療ガイドラインを取り巻く課題と新定義
2008年に制定されたMedicare Improvements for Patients and Providers Actにおいて、合衆国議会は、保健社会福祉省(Department of Health and Human Services;HHS)の長官に対して、AHRQを通して、IOMに比較効果研究(Comparative Effectiveness Research;CER)のシステマティックレビューの基準と、診療ガイドライン作成の基準とに関する研究を実行させるように要求した。これに基づき、IOMは、CERのシステマティックレビューの基準に関する委員会と、信頼できるtrustworthy診療ガイドライン作成の基準に関する委員会とを創設した。
比較効果研究のシステマティックレビューの基準に関する委員会は、CERのシステマティックレビューの客観性や透明性、そして科学的妥当性を保証する既存の方法論的な基準を評価すること、そして、システマティックレビューを実行・報告する方法論的な基準を推奨することを目的とし、システマティックレビューについて、①準備、②個々の研究の評価、③統合、④報告のそれぞれについて推奨される方法を提示した(IOM 2011b)。
診療ガイドライン作成の基準に関する委員会は、2011年に、レポート『Clinical Practice Guidelines We Can Trust』を発表した(IOM 2011a)。このレポートの中で、IOMは、診療ガイドラインに関する現状について、個々の研究のばらつき、システマティックレビューの限界、作成過程の透明性の欠如、多様な利害関係者の参加の困難、COIの非管理、作成方法の適用の難しさ、稀な状況に対するエビデンスの不足といった問題点があり、診療ガイドラインの標準的な作成方法への関心が高まっているとしている。
このレポートの中で最も重要な記述のひとつが、診療ガイドラインの定義の改訂である。  診療ガイドラインは、患者のケアを最適化することを目的とした推奨を含む文書である。推奨は、エビデンスのシステマティックレビューと、複数の選びうるケアの選択肢についての益と害に関する評価に基づいて作成される。
(Clinical Practice Guidelines are statements that include recommendations intended to optimize patient care. They are informed by a systematic review of evidence and an assessment of the benefits and harms of alternative care options.)(IOM 2011a: 25-26)
これを先に見たIOM1990の定義と区別してIOM2011の定義と呼んでおく。
IOM 1990の定義との違いでIOM 2011の定義考えると、次のような項目が加えられていることが分かる。
①患者のケアの最適化
IOM 1990の定義でも臨床家と患者との意思決定に役立てることが目的とされていたが、その意思決定をもう一歩先に進めた目的として、患者のケアの最適化が明記された。この定義の直後で、ここでは患者の個別性や希望を適切に考慮すべきであると補足されているように、全人的な意味での患者を重視することが明確化された。
②推奨
診療ガイドラインは、単なる文章ではなく、推奨を含んだ文章であることが明記された。以前より、臨床家と患者との判断を支援することが目的とされていたが、それでは単なるエビデンス集も資料となりうる。今回の定義の改訂では、さらに一歩踏み込んで、選択しうる選択肢を複数記載し、その上で推奨する選択肢を提示することが診療ガイドラインの要件となった。
③システマティックレビュー
IOM 1990の定義においても、体系的にsystematicallyという表現があったが、それは作成が定型的、理解可能で、科学的な文献にもとづいているということを示している限りであり、IOMがIOM2011の定義と同時に出したシステマティックレビューのレポート(IOM 2011b)ほどは精緻化されていなかった。もちろん、1990年時点でシステマティックレビューという言葉はあった(ただし、IOM 1990の中でシステマティックレビューという言葉は使用されていない)が、今回の定義の改訂では、作成の方法としてエビデンスのシステマティックレビューを行うことが明示された。
④益と害の評価
また、システマティックレビューから推奨を決定する際に考慮すべき点として、益と害とについて評価するという点が明確にされた。ある介入が有効という観点だけではなく、その介入の害をも考慮して、推奨を決定すべきことが示されている。
このように、IOM 1990の定義が診療ガイドラインについての言わば理念的な定義であったのに対し、IOM 2011の定義はより作成過程を明記した具体的な定義となっている。診療ガイドラインの紹介、普及を中心とする段階から、適切な作成、適切な活用も重要視する段階へとステージが移行していると考えられる。
この定義の改訂を受けて、NGCは、2014年6月1日からこの定義に基づいた基準によって診療ガイドラインの採択を実施している(NGC 2013)。
4.信頼できる診療ガイドラインの作成の基準
同レポートの中で、IOMは、診療ガイドライン作成に関する文献を包括的に検討し、信頼できる診療ガイドラインの作成の基準を提示している(IOM 2011a)1
大きく分けて7つの基準が挙げられている。
  1. 透明性の確立
  2. 利益相反(COI)の管理
  3. ガイドライン作成グループの構成
  4. 診療ガイドラインとシステマティックレビューの連携
  5. 推奨を基礎づけるエビデンスの確立と推奨の強さの評定
  6. 推奨の明確な表現
  7. 外部評価
  8. 改訂
それぞれに下位項目が挙げられているが、詳細については原文を参照して欲しい。ここでは、ポイントとなる点だけを紹介する。
第1に、他の基準に先駆けて「透明性の確立」が挙げられている点が重要である。作成組織作りから作成過程全体を通じて透明性が要求されており、このことによって、診療ガイドラインが患者と臨床家の意思決定を支援するツールとして、その内容的な妥当性が利用者によって評価できるようにしておくことが目指されているといえよう。
また、2と3は作成組織の管理に関する基準である。作成過程をいかに正しく進めたとしても、その前提となる組織自体の妥当性の確保が配慮されるべきであるとされている。とりわけ、COIの管理や、患者参加といった、日本ではまだ普及していない点についても、多くの実例が挙げられており参考になるだろう。
4、5、そして6は、診療ガイドライン作成の中心的な作業であるシステマティックレビューから推奨の作成の過程についての基準である。この領域については、近年、様々な方法が提唱され、検討されてきた。IOM1990の定義でも、「系統的に」作成されるべきであることが含まれていたが、その内容についてより具体的に検討されてきた成果が盛り込まれている。
7、8については「より良くする」ための方法の基準を示している。外部評価も改訂も、作られた診療ガイドラインに対して常に検証を続けていくことが重要であることを示している。
これらの項目は、信頼できる診療ガイドラインが遵守すべき項目として挙げられている。しかし、Kungらが指摘するように、現状では、NGCに掲載されている診療ガイドラインでも、ほとんどの診療ガイドラインがこの項目のすべてを満たしているわけではない(Kung et al. 2012)。そのため、利用者がこのレポートの基準に見合わない診療ガイドラインの中から選択しなければならないため、それぞれの診療ガイドラインがレポートの基準とその下位項目とを遵守している程度を示す指標が必要となるだろうとされている(Ransohoff et al. 2013: 140)。
1 この基準については英語の原文を無料で入手することができるが、その重要なポイントとなる部分の日本語訳(相原 2013)も発表されている。
5.診療ガイドラインの普及・導入・評価
IOM 2011では、3.の定義、4.の作成の基準のほかに、診療ガイドラインを取り巻く社会環境において実現されるべき推奨が提示されている(IOM 2011a: 145-203)。
CPGsの影響を受けるすべての関連する集団を対象として、信頼できる診療ガイドラインの遵守が促進されるように、導入者によって効果的で多面的な導入戦略が採用されるべきである(IOM 2011a: 161)。

エンド・ユーザーによるコンピュータを利用した臨床決断支援(Clinical Decision Support;CDS)の導入準備を促進するために、ガイドライン作成者はCPGsのフォーマット、用語、内容を構造化すべきである(IOM 2011a: 171)。

CPG作成者、CPG導入者、そして、CDS設計者は、お互いにニーズを一致させる取り組みを協力して行うべきである(IOM 2011a: 171)。

HHSの長官は、作成組織の求めに応じて、作成組織が診療ガイドラインを作成するために用いる手順を検証し、それらの作成組織が用いる作成手順が信頼できる診療ガイドラインの基準を遵守しているかどうかを明らかにするために、公―私メカニズムを確立すべきである(IOM 2011a: 202)。

AHRQは以下のことをするべきである。
  • 診療ガイドラインが信頼できる基準を遵守している程度についての明確な指標を提供するようにNGCに要求するべきである。
  • CPGs間の不一致の原因と、不一致を調整するような戦略についての調査を実行すべきである。
  • 試行によってIOMが提示した基準の強みと弱みを査定し、基準の妥当性と信頼性を推定し、基準の導入を促進するための介入の有効性、そして、CPG作成、医療の質、患者のアウトカムに対する基準の効果を評価すべきである(IOM 2011a: 202)。
このように、診療ガイドラインの作成の基準だけではなく、診療ガイドラインの普及・導入・評価を取り巻く包括的な推奨が提示されていることから、社会全体で信頼できる診療ガイドラインの確立に努める必要があることが示されている。
6.おわりに:日本の状況とIOM 2011
以上はIOM 2011の概要についての紹介である。最後に、IOM 2011で提示されている基準・推奨と、日本の診療ガイドラインの現状との関係についてふれておきたい。
IOM 1990の定義が国際的に普及していることを踏まえれば、それの改訂であるIOM 2011の定義、そこで示されている基準・推奨をまったく無視することはできないだろう。ただし、日本の診療ガイドラインの作成の現状を考えると、KungらがNGCに掲載されているCPGsでもIOM 2011の基準を満たすものがないと指摘しているように(Kung et al. 2012)、その基準に合致しているものは少ないであろうことが予想される。
また、IOM 2011が提出されているのは、あくまで米国という文脈においてである。したがって、日本でもこれらの基準・推奨が適用されるべきであるかどうかは、それ自体検討される必要があり、日本的文脈を踏まえた適用の方法についても考慮されるべきであろう。
そのためには、診療ガイドラインの作成者だけではなく、広く診療ガイドラインに関わる利害関係者全体で、診療ガイドラインに関する課題を共有し、診療ガイドラインを活用してより良い医療を実現するための基準・方法について検討していくことが必要である。
参考
AGREE Next Steps Consortium, 2009, The AGREE II Instrument [Electronic version]. Retrieved January 11, 2013, from http://www.agreetrust.org.
Canadian Medical Association (CMA), 2007, Handbook on Clinical Practice Guidelines, Ottawa: Canadian Medical Association.
Cluzeau, Françoise. A., Peter Littlejohns, Jeremy. M. Grimshaw, et al., 1999, “Development and Application of a Generic Methodology to Assess the Quality of Clinical Guidelines,” International Journal for Quality in Health Care, 11(1): 21-28.
Council of Europe (CoE), 2002, Developing a Methodology for Drawing up Guidelines on Best Medical Practice, Strasbourg: Council of Europe Publishing.
福井次矢・吉田雅博・山口直人編,2007,『Minds診療ガイドライン作成の手引き2007』医学書院.
Institute of Medicine (IOM), 1990, Clinical Practice Guideline: Directions for a New Program, Washington, DC: National Academy Press.
――――, 1992, Guidelines for Clinical Practice: From Development to Use, Washington, DC: National Academy Press.
――――, 1995, Setting Priorities for Clinical Practice Guidelines, Washington, DC: National Academy Press.
――――, 2001, Crossing the Quality Chasm: A New Health System for the 21st Century, Washington, DC: National Academy Press.
――――, 2008, Knowing What Works in Health Research, Education, and Practice, Washington, DC: National Academy Press.
――――, 2011a, Clinical Practice Guidelines We Can Trust, Washington, DC: National Academy Press.(=[抄訳]2013,相原守夫訳,「信頼できる診療ガイドライン」『臨床評価』41(1): 259-260.)
――――, 2011b, Finding What Works in Health Care: Standards for Systematic Reviews, Washington, DC: National Academy Press.
――――, 2011c, Informing the Future: Critical Issues in Health, 6th ed., Washington, DC: National Academy Press.
Kung, Justin, Ram R. Miller, and Philip A. Mackowiak, 2012, “Failure of clinical practice guidelines to meet Institute of Medicine standards: two more decades of little, if any, progress,” Archives on Internal Medicine, 172(21): 1628-1633.
National Guideline Clearinghouse, 2013, Inclusion Criteria. http://www.guideline.gov/about/inclusion-criteria.aspx
National Institute for Health and Clinical Excellence, 2012, The guidelines manual. London: National Institute for Health and Clinical Excellence. Available from: www.nice.org.uk.
New Zealand Guidelines Group (NZGG), 2001, Handbook for the Preparation of Explicit Evidence-Based Clinical Practice Guidelines, Wellington; New Zealand Guidelines Group.
Scottish Intercollegiate Guidelines Network (SIGN), 2011, SIGN 50: A Guideline Developer’s Handbook, Revised edition, Edinburgh; Scottish Intercollegiate Guidelines Network.
Shaneyfelt, Terrence M., Michael F. Mayo-Smith, and Johann Rothwangl, 1999, “Are Guidelines Following Guidelines?: The Methodological Quality of Clinical Practice Guidelines in the Peer-Reviewed Medical Literature,” JAMA, 281(20): 1900-1905.
Shiffman, Richard N, Jane Dixon, Cynthia Brandt, et al., 2005, “The GuideLine Implementability Appraisal (GLIA): Development of an Instrument to Identify Obstacles to Guideline Implementation,” BMC Medical Informatics and Decision Making, 5: 23.
Swiss Centre for International Health (SCIH), 2011, Handbook for Supporting the Development of Health System Guidance: Supporting Informed Judgements for Health System Policies, Basel; Swiss Topical and Public Health Institute.
The AGREE Collaboration, 2003, “Development and validation of an international appraisal instrument for assessing the quality of clinical practice guidelines: the AGREE project,” Quality & Safety in Health Care, 12(1): 18-23.
Ransohoff, David R., Michael Pignone, and Harold C. Sox, 2013, “How to Decide Whether a Clinical Practice Guideline is Trustworthy,” JAMA, 309(2): 139-140.
浦島充佳,2010,「欧米の現状――Institute of Medicine (IOM)の役割」『日本内科学会雑誌』99(12): 3047-3053.
Vlayen, Joan, Bert Aertgeerts, Karin Hannes, et al., 2005, “A Systematic Review of Appraisal Tools for Clinical Practice Guidelines: Multiple Similarities and One Common Deficit,” International Journal for Quality Health Care, 17(3): 235-242.
World Health Organization (WHO), 2012, WHO Handbook for Guideline Development, Geneva: World Health Organization.
(公開日:2015年3月31日)

 



Institute of Medicineのレポート(2011)に見る診療ガイドラインの方向性
――新定義と作成・普及・導入・評価――
公益財団法人 日本医療機能評価機構
畠山 洋輔
1.背景と目的
国際的に「診療ガイドライン(Clinical Practice Guidelines;CPGs)」の普及が進む中で、必ずといって良いほど言及される定義がある。それは、Institute of Medicine;IOMによる次の定義である。  診療ガイドラインは、特定の臨床状況における適切なケアについて、臨床家と患者の決定を支援するために、体系的に作成された文書である(IOM 1990: 38)。 この定義には、診療ガイドラインが、「体系的に」作成されていること、そして、「臨床家と患者の決定を支援する」ことが明記されている。診療ガイドライン作成の理念と活用の理念とをこの一文から読み取ることができる。この診療ガイドラインの定義を、後の改訂された定義と区別するために、IOM 1990の定義とする。
この定義が発表されてから現在に至るまでに、様々な国や地域、または、国際的な機関によって診療ガイドライン作成のための文書が作成されてきた。それらの文書のうち、参考文献がほとんど記載されていないもの(NICE 2012; WHO2012)を除き、New Zealand Guidelines Group(2001: 4)、Council of Europe(2002: 64)、Minds(福井他 2007)、Canadian Medical Association(2007: 2-3)、Scottish Intercollegiate Guidelines Network(2008: 2)、Swiss Centre for International Health(2008: A-4)等の中でも、IOM 1990の定義は言及されている。また、診療ガイドラインの標準的な評価方法の1つであるAGREE IIの中でもこの定義が引用されている(AGREE Next Steps Consortium 2009: 1)。このように、IOM1990の定義は、まさに国際的に標準的な定義となっているのである。
2011年、IOMはこの定義を21年ぶりに改訂した(IOM 2011a)。なぜ、標準的となった診療ガイドラインの定義を改訂したのだろうか。改訂の前提となっている問題認識はどのようなものであったか。定義の改訂とともに提示されている作成方法の基準はどのようなものか。
本稿は、この定義の改訂が行われた文脈とその定義の示す方向性を整理することを目的とする。
2.IOMと診療ガイドライン
IOMは、1970年に米国科学アカデミーの認可のもとで設立されて以降、政策決定者、医療専門職、企業家、市民リーダー、そして公衆に対して、独立した、客観的で、エビデンスに基づいたアドバイスを提供しているNPOである(IOM 2011c: 2)。IOMについては浦島による日本語の解説を読むことができる(浦島 2010)。
IOMは、合衆国議会が1989年に創設したAgency for Health Care Policy and Research;AHCPR(現Agency for Healthcare Research and Quality;AHRQ)による診療ガイドライン作成・普及・評価に関する助言の求めに応じて、1990年に診療ガイドラインに関する最初のレポートを発行した(IOM 1990)。
この背景には、医療費の高騰、医療行為のばらつきなどに対する社会的な不満があった。この状況は診療ガイドラインが求められる様々な状況の中でも典型的なものであると考えられる。
このレポートの中で、本稿の冒頭で引用した診療ガイドラインの定義を発表している。先にも触れたように、この定義には、診療ガイドラインの「作成」に関する理念と、「活用」に関する理念が含まれている。作成に関しては、体系的に作成されたと表現されているように、再現性の高い信頼できる方法で作成されることが期待されている。また、活用の観点からは、患者と臨床家の意思決定を支援することを目的とした文書とされている。患者と臨床家の意思決定を支援するということは、現在まで診療ガイドラインに欠かすことのできない機能として期待されている点である。
この定義にあわせて、IOMは診療ガイドラインを評価するための8項目の特性を挙げている(IOM 1990: 59)。
  • 妥当性
  • 信頼性/再現可能性
  • 臨床的適用可能性
  • 臨床的柔軟性
  • 明晰性
  • 多領域的過程
  • 計画的再検討
  • 文書化
この特性は、良い診療ガイドラインとそうでない診療ガイドラインとを区別する項目である。この項目は、次の1992年のレポートで提示された診療ガイドラインを評価するツールのベースとなっている。
1992年には、診療ガイドラインの内容だけでなく、その作成方法、適用、評価、改訂といった一連の過程に焦点を当てたレポートを発行した(IOM 1992)。このレポートでは2点の重要なポイントがある。
1つ目は、診療ガイドラインの活用の目的を明確にしたことである。このレポートでは、診療ガイドラインの目的として、次の5点が挙げられている。
  1. 患者と臨床家による臨床上の意思決定の支援
  2. 個人・集団の教育
  3. ケアの質に対する評価・確認
  4. 医療に対する資源配置の指針
  5. 医療過誤に対する法的責任のリスクの減少
  6. (IOM 1992: 40)
ここには、1990年のレポートで示されていた臨床家と患者の意思決定を支援すること以外に、様々な目的が挙げられていることがわかる。もちろん、臨床場面での活用がその第一義的な活用法とされているものの、診療ガイドラインの社会における広い活用法が挙げられている点で、診療ガイドラインの重要性を明確にしたレポートとなっている。
このレポートにおける重要な点の2点目は、1990年のレポートで示された評価項目をベースに、診療ガイドラインを評価するためのツール(暫定案)を提示したところにある。評価ツールは、診療ガイドラインの適切性の評価、系統的な作成を支援することを目的とし、診療ガイドラインが備えているべき7つの項目(先に触れたIOM1990のレポートで示されていた8つの項目のうち文書化を除いた7項目)に対応する節sectionsに分かれ、また、それぞれの節もそれぞれ診療ガイドラインの重要な領域に関連する下位の項segments(項は全部で46)に分かれて構成されている(IOM 1992: 346-410)。この評価ツールは、現在、標準的な診療ガイドラインの評価ツールとされているAGREE II(AGREE Next Steps Consortium 2009)のオリジナル版(AGREE)の作成の際に参照されている評価ツールの中で一番発行年が早いものである(The AGREE Collaboration 2003)。また、1966〜2003年を対象期間として行われた診療ガイドラインの評価ツールに関するシステマティックレビューの中でも、もっとも古い評価ツールとして挙げられている(Vlayen et al. 2005)。この評価項目が発表された後には、様々な診療ガイドラインの評価ツールが開発・発表されている(たとえば、The AGREE Collaboration 2003; AGREE Next Steps Consortium 2009; Cluzeau et al. 1999; Shaneyfelt et al. 1999; Shiffman et al. 2005)。その意味で、IOMは診療ガイドラインの質を評価するという先鞭をつけたといえる。
また、1995年には、診療ガイドラインで取り上げるべきトピックの選定方法に関するレポートの中で、AHCPRが担うことのできる有用な役割として、他の組織が作成したガイドラインをクリアリングハウスとして収集・普及すること、また、他の組織が作成したガイドラインの評価を行なうことを挙げている(IOM 1995)。現在、AHRQが運営する診療ガイドラインのデータベースであるNational Guidelines Clearinghouse;NGCには、約2,500の診療ガイドラインの要約(ガイドライン・サマリー)が掲載されている。
IOMは診療ガイドラインの重要性を指摘してきたが、一方でそれが十分に効果を持ちえていなかったことも認めている。2001年のレポートでは、エビデンスと実際の診療との間のギャップ、「Chasm」(裂け目)を指摘し、診療ガイドラインを単に普及させるだけでは、臨床に対して十分な効果が得られなかったと指摘している(IOM 2001: 145)。その上で、診療ガイドラインの普及の適切な方法が求められていると主張している。
また、2008年にIOMは、有効な臨床的サービスを特定するための科学的エビデンスの使用法に関するレポートをまとめた(IOM 2008)。この中で、信頼されるtrusted診療ガイドラインが作成されていくシステムを構築するために、①作成グループは診療ガイドライン作成の適切な基準を採用・文書化・公表するべきである、②多様なメンバー構成、利益相反の開示、そして、実質的な利害関係者による決定時の投票の禁止などによって、利益相反によるバイアスを最小化するべきである、③利用者は適切な基準に基づいて作成された臨床的推奨を利用すべきである、と示した。
当初、診療ガイドラインの作成が期待されていたAHCPRがどのようにガイドラインを作成すべきかという観点で報告をしていたIOMだが、診療ガイドラインの数、診療ガイドラインを作成する組織の数が増えることで、診療ガイドラインの普及や評価、診療ガイドラインそれ自体ではなく、診療ガイドラインの作成方法への支援へと視点を移してきたことが伺える。
3.診療ガイドラインを取り巻く課題と新定義
2008年に制定されたMedicare Improvements for Patients and Providers Actにおいて、合衆国議会は、保健社会福祉省(Department of Health and Human Services;HHS)の長官に対して、AHRQを通して、IOMに比較効果研究(Comparative Effectiveness Research;CER)のシステマティックレビューの基準と、診療ガイドライン作成の基準とに関する研究を実行させるように要求した。これに基づき、IOMは、CERのシステマティックレビューの基準に関する委員会と、信頼できるtrustworthy診療ガイドライン作成の基準に関する委員会とを創設した。
比較効果研究のシステマティックレビューの基準に関する委員会は、CERのシステマティックレビューの客観性や透明性、そして科学的妥当性を保証する既存の方法論的な基準を評価すること、そして、システマティックレビューを実行・報告する方法論的な基準を推奨することを目的とし、システマティックレビューについて、①準備、②個々の研究の評価、③統合、④報告のそれぞれについて推奨される方法を提示した(IOM 2011b)。
診療ガイドライン作成の基準に関する委員会は、2011年に、レポート『Clinical Practice Guidelines We Can Trust』を発表した(IOM 2011a)。このレポートの中で、IOMは、診療ガイドラインに関する現状について、個々の研究のばらつき、システマティックレビューの限界、作成過程の透明性の欠如、多様な利害関係者の参加の困難、COIの非管理、作成方法の適用の難しさ、稀な状況に対するエビデンスの不足といった問題点があり、診療ガイドラインの標準的な作成方法への関心が高まっているとしている。
このレポートの中で最も重要な記述のひとつが、診療ガイドラインの定義の改訂である。  診療ガイドラインは、患者のケアを最適化することを目的とした推奨を含む文書である。推奨は、エビデンスのシステマティックレビューと、複数の選びうるケアの選択肢についての益と害に関する評価に基づいて作成される。
(Clinical Practice Guidelines are statements that include recommendations intended to optimize patient care. They are informed by a systematic review of evidence and an assessment of the benefits and harms of alternative care options.)(IOM 2011a: 25-26)
これを先に見たIOM1990の定義と区別してIOM2011の定義と呼んでおく。
IOM 1990の定義との違いでIOM 2011の定義考えると、次のような項目が加えられていることが分かる。
①患者のケアの最適化
IOM 1990の定義でも臨床家と患者との意思決定に役立てることが目的とされていたが、その意思決定をもう一歩先に進めた目的として、患者のケアの最適化が明記された。この定義の直後で、ここでは患者の個別性や希望を適切に考慮すべきであると補足されているように、全人的な意味での患者を重視することが明確化された。
②推奨
診療ガイドラインは、単なる文章ではなく、推奨を含んだ文章であることが明記された。以前より、臨床家と患者との判断を支援することが目的とされていたが、それでは単なるエビデンス集も資料となりうる。今回の定義の改訂では、さらに一歩踏み込んで、選択しうる選択肢を複数記載し、その上で推奨する選択肢を提示することが診療ガイドラインの要件となった。
③システマティックレビュー
IOM 1990の定義においても、体系的にsystematicallyという表現があったが、それは作成が定型的、理解可能で、科学的な文献にもとづいているということを示している限りであり、IOMがIOM2011の定義と同時に出したシステマティックレビューのレポート(IOM 2011b)ほどは精緻化されていなかった。もちろん、1990年時点でシステマティックレビューという言葉はあった(ただし、IOM 1990の中でシステマティックレビューという言葉は使用されていない)が、今回の定義の改訂では、作成の方法としてエビデンスのシステマティックレビューを行うことが明示された。
④益と害の評価
また、システマティックレビューから推奨を決定する際に考慮すべき点として、益と害とについて評価するという点が明確にされた。ある介入が有効という観点だけではなく、その介入の害をも考慮して、推奨を決定すべきことが示されている。
このように、IOM 1990の定義が診療ガイドラインについての言わば理念的な定義であったのに対し、IOM 2011の定義はより作成過程を明記した具体的な定義となっている。診療ガイドラインの紹介、普及を中心とする段階から、適切な作成、適切な活用も重要視する段階へとステージが移行していると考えられる。
この定義の改訂を受けて、NGCは、2014年6月1日からこの定義に基づいた基準によって診療ガイドラインの採択を実施している(NGC 2013)。
4.信頼できる診療ガイドラインの作成の基準
同レポートの中で、IOMは、診療ガイドライン作成に関する文献を包括的に検討し、信頼できる診療ガイドラインの作成の基準を提示している(IOM 2011a)1
大きく分けて7つの基準が挙げられている。
  1. 透明性の確立
  2. 利益相反(COI)の管理
  3. ガイドライン作成グループの構成
  4. 診療ガイドラインとシステマティックレビューの連携
  5. 推奨を基礎づけるエビデンスの確立と推奨の強さの評定
  6. 推奨の明確な表現
  7. 外部評価
  8. 改訂
それぞれに下位項目が挙げられているが、詳細については原文を参照して欲しい。ここでは、ポイントとなる点だけを紹介する。
第1に、他の基準に先駆けて「透明性の確立」が挙げられている点が重要である。作成組織作りから作成過程全体を通じて透明性が要求されており、このことによって、診療ガイドラインが患者と臨床家の意思決定を支援するツールとして、その内容的な妥当性が利用者によって評価できるようにしておくことが目指されているといえよう。
また、2と3は作成組織の管理に関する基準である。作成過程をいかに正しく進めたとしても、その前提となる組織自体の妥当性の確保が配慮されるべきであるとされている。とりわけ、COIの管理や、患者参加といった、日本ではまだ普及していない点についても、多くの実例が挙げられており参考になるだろう。
4、5、そして6は、診療ガイドライン作成の中心的な作業であるシステマティックレビューから推奨の作成の過程についての基準である。この領域については、近年、様々な方法が提唱され、検討されてきた。IOM1990の定義でも、「系統的に」作成されるべきであることが含まれていたが、その内容についてより具体的に検討されてきた成果が盛り込まれている。
7、8については「より良くする」ための方法の基準を示している。外部評価も改訂も、作られた診療ガイドラインに対して常に検証を続けていくことが重要であることを示している。
これらの項目は、信頼できる診療ガイドラインが遵守すべき項目として挙げられている。しかし、Kungらが指摘するように、現状では、NGCに掲載されている診療ガイドラインでも、ほとんどの診療ガイドラインがこの項目のすべてを満たしているわけではない(Kung et al. 2012)。そのため、利用者がこのレポートの基準に見合わない診療ガイドラインの中から選択しなければならないため、それぞれの診療ガイドラインがレポートの基準とその下位項目とを遵守している程度を示す指標が必要となるだろうとされている(Ransohoff et al. 2013: 140)。
1 この基準については英語の原文を無料で入手することができるが、その重要なポイントとなる部分の日本語訳(相原 2013)も発表されている。
5.診療ガイドラインの普及・導入・評価
IOM 2011では、3.の定義、4.の作成の基準のほかに、診療ガイドラインを取り巻く社会環境において実現されるべき推奨が提示されている(IOM 2011a: 145-203)。
CPGsの影響を受けるすべての関連する集団を対象として、信頼できる診療ガイドラインの遵守が促進されるように、導入者によって効果的で多面的な導入戦略が採用されるべきである(IOM 2011a: 161)。

エンド・ユーザーによるコンピュータを利用した臨床決断支援(Clinical Decision Support;CDS)の導入準備を促進するために、ガイドライン作成者はCPGsのフォーマット、用語、内容を構造化すべきである(IOM 2011a: 171)。

CPG作成者、CPG導入者、そして、CDS設計者は、お互いにニーズを一致させる取り組みを協力して行うべきである(IOM 2011a: 171)。

HHSの長官は、作成組織の求めに応じて、作成組織が診療ガイドラインを作成するために用いる手順を検証し、それらの作成組織が用いる作成手順が信頼できる診療ガイドラインの基準を遵守しているかどうかを明らかにするために、公―私メカニズムを確立すべきである(IOM 2011a: 202)。

AHRQは以下のことをするべきである。
  • 診療ガイドラインが信頼できる基準を遵守している程度についての明確な指標を提供するようにNGCに要求するべきである。
  • CPGs間の不一致の原因と、不一致を調整するような戦略についての調査を実行すべきである。
  • 試行によってIOMが提示した基準の強みと弱みを査定し、基準の妥当性と信頼性を推定し、基準の導入を促進するための介入の有効性、そして、CPG作成、医療の質、患者のアウトカムに対する基準の効果を評価すべきである(IOM 2011a: 202)。
このように、診療ガイドラインの作成の基準だけではなく、診療ガイドラインの普及・導入・評価を取り巻く包括的な推奨が提示されていることから、社会全体で信頼できる診療ガイドラインの確立に努める必要があることが示されている。
6.おわりに:日本の状況とIOM 2011
以上はIOM 2011の概要についての紹介である。最後に、IOM 2011で提示されている基準・推奨と、日本の診療ガイドラインの現状との関係についてふれておきたい。
IOM 1990の定義が国際的に普及していることを踏まえれば、それの改訂であるIOM 2011の定義、そこで示されている基準・推奨をまったく無視することはできないだろう。ただし、日本の診療ガイドラインの作成の現状を考えると、KungらがNGCに掲載されているCPGsでもIOM 2011の基準を満たすものがないと指摘しているように(Kung et al. 2012)、その基準に合致しているものは少ないであろうことが予想される。
また、IOM 2011が提出されているのは、あくまで米国という文脈においてである。したがって、日本でもこれらの基準・推奨が適用されるべきであるかどうかは、それ自体検討される必要があり、日本的文脈を踏まえた適用の方法についても考慮されるべきであろう。
そのためには、診療ガイドラインの作成者だけではなく、広く診療ガイドラインに関わる利害関係者全体で、診療ガイドラインに関する課題を共有し、診療ガイドラインを活用してより良い医療を実現するための基準・方法について検討していくことが必要である。
参考
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(公開日:2015年3月31日)

 

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