ガイドライン

(旧版)食道癌診断・治療ガイドライン 2007年4月版

書誌情報
V.術前補助療法

 
要約

術前化学療法:欧米で行われた術前化学療法と切除単独を比較したランダム化比較試験を基にするメタアナリシスは3報あるが,術前化学療法により1年生存率および2年生存率は向上しないという結論と,術前化学療法で2年生存率がやや向上するとの相反する結論が示されている。現状において切除可能例(T1-3 N0,1 M0,UICC分類 2002年版)に対する術前化学療法の効果は明確でない。
術前化学放射線療法:欧米で行われた手術単独と術前化学放射線療法後の手術のランダム化比較試験を基にしたメタアナリシスの結果では,切除可能例(T1-3 N0,1 M0,UICC分類 2002年版)に対する術前同時化学放射線療法(20〜45Gy)は,手術関連死亡率を有意に上げる一方で,3年生存率は有意に向上させる。ただし1年あるいは2年生存率をエンドポイントとすると術前化学放射線療法による生存率向上は認められない。以上,欧米でのランダム化比較試験を基にしたメタアナリシスでは術前化学放射線療法は食道癌切除例の長期生存率を向上させうる併用療法であり,わが国においても局所進行例を対象に実施している施設も多い。しかしながら,わが国での高いレベルのエビデンスはなく,わが国において術前化学放射線療法を推奨するだけの十分な根拠はない。


術前補助療法の理論的根拠は,原発病巣を縮小し,リンパ節転移や微小転移をコントロールして,病期改善後に外科的切除し遠隔成績の向上を期待するという考えである。術前補助療法の有利な点は,病期改善(down-staging)の他に,切除検体の組織学的検索により化学療法,放射線療法感受性試験が可能であることが挙げられる。一方,不利な点としては薬剤耐性誘発の可能性,無効症例では局所コントロールが遅れ転移による広がりを助長する,あるいは術前に放射線治療の行われた症例は手術操作の難易度が高まり,術後合併症のリスクを高めるなどの危険性がある。
欧米では,手術単独とのランダム化比較試験も盛んに行われているが,これらの対象となる食道癌の組織型には扁平上皮癌ではなく腺癌が多く,また施行されている手術術式も開胸切除郭清のみならず,非開胸抜去症例も多く含まれているので,これら比較試験の評価には慎重さが求められる。

術前化学療法(Neoadjuvant chemotherapy)

術前化学療法による生存率改善効果の有無を検証したランダム化比較試験は欧米では数多く行われている。代表的なランダム化比較試験を以下にまとめる。
米国での大規模なランダム化比較試験(3コースの5-FU/シスプラチン術前化学療法213例と手術単独227例の比較)の結果,生存率,無再発生存率のいずれも両群間に差を認めなかった159)。本試験では対象の54%が腺癌であった。一方,英国から報告された大規模ランダム化比較試験(2コースの5-FU/シスプラチン術前化学療法400例と手術単独402例の比較)の成績では,生存期間中央値が16.8カ月/13.3カ月,2年生存率が43%/34%で有意に術前化学療法群が良好であった160)。本試験でも腺癌が対象の66%を占めていた。このように一群200例の大規模なランダム化比較試験をみても,術前化学療法が有効という結果と有効ではないという結果とがある。食道扁平上皮癌を対象にしたランダム化比較試験(2コースの5-FU/シスプラチン術前化学療法74例と手術単独73例の比較)においても術前化学療法で病期改善はみられたものの生存率に有意差を認めなかった161)
以上の海外での術前化学療法と切除単独を比較したランダム化比較試験を基にしたメタアナリシスが3報ある162),163),164)。ランダム化比較試験6報を対象に1年生存率をエンドポイントとしたメタアナリシスでは生存率に差はなかった162)。一方,ランダム化比較試験7報を対象に2年生存率をエンドポイントとしたメタアナリシスでは術前化学療法により2年生存率が4.4%上昇した(p=0.07)163)。化学療法に5-FU/シスプラチンを用いた最近のランダム化比較試験4報に限れば,2年生存率は6.3%上昇することが明らかにされた。しかしながら,2年生存率をエンドポイントとした別のメタアナリシスでは化学療法による生存率の向上はみられていない164)。以上,切除可能例(T1-3 N0,1 M0,UICC分類 2002年版)に対する術前化学療法の効果は明確でない。

術前化学放射線療法(Neoadjuvant chemoradiotherapy)

欧米では術前化学放射線療法は1980年代後半より積極的に行われてきた。術前化学放射線療法による生存率改善効果の有無を検証したランダム化比較試験もいくつか行われている。わが国においても局所進行例を対象に術前化学放射線療法を実施している施設も多い。しかしながら,わが国での術前化学放射線療法の有効性を示した高いレベルのエビデンスは少ない165)。以下に欧米での代表的なランダム化比較試験の結果をまとめる。
米国ミシガングループのランダム化比較試験(術前5-FU/シスプラチン/ビンブラスチン+加速過分割照射45Gy/30回/3週で治療した50例と手術単独非開胸食道抜去術での50例の比較,腺癌比率75%)の結果,生存率,無再発生存率のいずれも両群間に差を認めなかった166)。一方,アイルランドで行われた食道腺癌を対象にしたランダム化比較試験(術前5-FU/シスプラチン2コース+加速照射40Gy/15回/3週で治療した55例と手術単独58例の比較)では,3年生存率に有意差が認められた167)。しかし手術単独群の3年生存率が6%ときわめて不良でその有効性は一概に認め難い。フランスで行われた扁平上皮癌を対象にした比較試験(術前シスプラチン2コース+分離照射37Gy/10回/4週で治療した143例と手術単独139例の比較)では,術前化学放射線療法は生存期間の延長はもたらさなかったが,無再発生存期間を有意に改善させた168)。その他のランダム化比較試験でも,全体の生存率では有意差はないものの,術前化学放射線療法の有効例では生存期間の明らかな延長効果を認めたという報告が多い169),170)
術前化学放射線療法後の切除と切除単独を比較したメタアナリシスは5報ある162),163),171),172),173)。いずれのメタアナリシスも欧米で行われた遠隔転移のない切除可能例のみを対象とした手術単独と術前化学放射線療法後の手術のランダム化比較試験5〜7報を基にしている。1年生存率あるいは2年生存率をエンドポイントとしたメタアナリシスの結果では,術前化学放射線療法による生存率向上は認められない162),163)。一方,3年生存率をエンドポイントとした2件のメタアナリシスの結果では,切除可能例に対する術前化学放射線療法(20〜45Gy)は術後90日以内の手術関連死亡率を有意に上げる一方で,局所再発率を低下させ3年生存率は有意に向上させる171),172)。生存率曲線のハザード比をエンドポイントとしたメタアナリシスでは,術前化学放射線療法によって死亡確率が14%低下した(p=0.07)173)。このメタアナリシスの対象となったランダム化比較試験6報のうち,5報166),168),169),170),174)は術前化学放射線療法群の生存率が高かったが有意差はなく,1報の食道腺癌のみを対象としたランダム化比較試験167)でのみ術前化学放射線療法群の生存率が有意に高かった。一方,2005年にオーストラリアから報告されたランダム化比較試験(術前5-FU/シスプラチン+放射線治療35Gy/15回/3週で治療した128例と手術単独での128例の比較,腺癌比率62%)では175),全体としては両群の生存率に差がないものの,扁平上皮癌に限れば術前化学放射線療法群の無再発生存率が有意に高かったと報告し,組織型による違いも必ずしも一致しない。
以上欧米のデータを基にしたメタアナリシスの結果では,術前化学放射線療法は切除可能例(T1-3 N0,1 M0,UICC分類 2002年版)の3年目以降の長期生存率を向上させ得る併用療法である。しかしながら,わが国での術前化学放射線療法のランダム化比較試験はなく,術前治療として推奨するだけの十分な根拠とはいい難い。

 

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