ガイドライン

(旧版)骨粗鬆症の予防と治療ガイドライン

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治療薬のコストと医療経済

【骨粗鬆症治療に対する医療経済の意義】
骨粗鬆症は他の慢性疾患と比べると,疾患としての定義・概念が確立されたのがごく最近であるため,真の重要性が社会において十分認識されていない。骨粗鬆症が社会に与えるインパクトの大きさを検証し,治療による骨折抑制が,結局は社会にとって有益であることを示すことは意義があろう。また欧米で行われているような医療経済からみた薬物療法の適応,対象群別の各薬剤の費用対効果分析も重要である。

【医療経済評価の方法】
医療経済評価は,かけた費用に対する効果判定の方法によって分類される。費用便益分析(cost benefit analysis:CBA)では効果も金銭で表すが,健康を金銭に換算することには抵抗があり,使用頻度は低い。費用効果分析(cost effectiveness analysis:CEA)では余命延長・罹病率低下などを指標とする。CEAはわかりやすいが,疾患特異的指標では異なった疾患間の比較ができず,また骨以外の作用をもつ骨粗鬆症治療薬に対する評価が難しい。このような場合に用いられるのが費用効用分析(cost utility analysis:CUA)である。完全な健康を1,最悪の状態を0とした場合,その疾病・障害状態がどの程度の値に相当するかを効用値(utility)といい,生存年×効用値にてquality adjusted life years(QALY)を求める。QALYを1年延長するのに必要な費用を比較するのがCUAであり,特定の疾患によらないので,異なった疾患間での比較が可能である。

【わが国における報告】
大腿骨頸部骨折の入院治療費用は,萩野は平均147万円,林は平均140万円と報告し,また大腿骨頸部骨折全体として,萩野は1,300億円,林は1,288億円と算出している508),509)。さらに今後患者数が増加すると2025年には2,500億円に達すると予想されている508)。大腿骨頸部骨折に関しては,医療費のみならずその後の介護に関する費用も考慮すると,社会に対するインパクトはさらに莫大なものになる。太田らは大腿骨頸部骨折に関わる年間の医療・介護費用を5,318〜6,359億円と推測している510)
椎体骨折については治療実態の把握は困難だが,萩野は入院治療例に関して平均776,000円であったと報告している508)。これら報告に基づいて,最近原田らは大腿骨頸部骨折と椎体骨折を合わせた総医療費は2,382〜3,218億円,医療・介護費用は7,974〜9,895億円と推計している511)

【骨折抑制を指標とした評価】
医療経済からみた治療薬の比較には,Markovモデルのようなモデル化に基づいた解析を要するが,わが国では従来ほとんど行われていないので,以下欧米の報告を紹介する。Kanisによると大腿骨頸部骨折の影響は確かに大きいが,ほかの骨折抑制を無視すると費用対効果が非常に悪くなる512)
最近ビスフォスフォネートに関する報告が多い。Johnellによると,65,71,77歳の低骨密度女性の場合,既存骨折の有無に関わらずアレンドロネートはcost-effectiveであったが,年齢が上昇するほど,また既存骨折なしよりありのほうが,よりcost-effectiveであった。またKanisによると1 70歳以上の女性ではT score<2.5,既存骨折ありの場合,2 65歳以上とした場合はT score=-2.5かつ既存骨折あり,または既存骨折なしでT score<-2.5の場合にはcost-effectiveだが,3 60〜80歳女性でT score=-2.5,既存骨折なしの場合,cost-effectiveとはいえなかった513)。さらにアメリカでの分析でも,T score≧-2.5で,他の危険因子をもたない閉経後女性に対する療法はcost-effectiveとはいえなかった514)。Brechtらによるドイツでの分析では,T score<-2.5,既存骨折ありの70歳女性に対して,3年間リセドロネート投与,10年間フォローはcost-effectiveであり515),Iglesiasによると75歳女性に対するリセドロネートの3年間投与はcost-effectiveであった516)。すなわち,アレンドロネート,リセドロネートに関してはよりリスクの高い例に対して費用対効果が優れている傾向であり,これは大腿骨頸部骨折に対する抑制効果の寄与が大きい。
ラロキシフェンは非椎体骨折に対する抑制のエビデンスがないにも関わらず,広い年齢層にわたってcost-effetiveであった517),518)。最近の分析でも,50歳代という比較的若い年齢も含めてcost-effectiveであった519)。これは椎体圧迫骨折予防に加えて,乳癌発生予防効果によるところが大きい。
PTHの費用対効果はリスクに大きく依存しており,通常の例ではcost-effectiveとはいえないが,LundkvistによるとたとえばT scoreが-3SDで最近骨折経験例ではcost-effectiveであった520)
イギリスのNational Health Service(NHS)からの詳細な分析では,比較的若い年齢ではラロキシフェン,高齢の高リスク群ではビスフォスフォネートが最もcost-effectiveであった519)。なおエチドロネートはRCTのみに限定すると論文数が少なく信頼区間の幅が広いことから費用対効果はよくないが,観察的研究を加えると結果が改善した519)。ただし,海外での臨床試験はほとんどがカルシウムやビタミンD欠乏を是正したうえで行われていることに留意する必要がある。同資料において,おそらくカルシウム・ビタミンD欠乏例に対してはこれらの補充はcost-effectiveであるとされている519)
他の分野にも増して経済評価は国ごとに事情が異なるので,海外のデータを日本に適用することはできない。しかし日本ではこの分野の研究はほとんどなく,分析に必要なデータベースも不十分であり,本分野の研究は緊急課題である。

【骨折抑制以外の効果】
HRT,SERMやカルシトニンは骨折抑制を唯一の評価指標とはしがたい。ラロキシフェンに対するMORE試験においては,当初から骨折抑制に加えて乳癌抑制がエンドポイントとされ,また心血管イベントに対する効果も追加の評価項目とされた。またカルシトニンは中枢・末梢神経系を介する作用によって鎮痛効果を発揮する。これら骨以外作用も含めた評価はCUAによらざるをえない。
ラロキシフェンが50,60歳代女性に対してcost-effectiveという結果は,乳癌のリスクをどう評価するかに大きく依存する519)。また鎮痛によるQOL・QALY改善を考慮すると,カルシトニンの費用対効果はビスフォスフォネートに匹敵したという論文もあるが,この結果も鎮痛の程度に大きく依存する521)

【医療経済評価をめぐる今後の問題点】
今後解決されるべき点は多い。ビスフォスフォネートの場合,投薬中止後も効果が残存すると考えられるが,その評価いかんで結果は大きく異なる。また多くの臨床試験は,80歳未満を対象に低骨密度によって対象を選んでいる。80歳以上の例に対して,本当にこれら臨床試験の成果を当てはめてよいのか不明である。
Head-to-headのトライアルを行い,一方の薬剤の優位性を示したと述べている報告もあるが,たとえば薬剤による骨折抑制率にどのデータを採用するかで結果は大きく異なるので,感度分析が必要である。費用対効果からみた薬剤選択のガイドラインは現時点では時期早尚であろう。
なお日本ではあまり研究されていないが,海外では骨粗鬆症の診断についての医療経済評価の報告もあり,リスクファクターの質問表利用522),QUSとの比較523)などが発表されている。
また本稿では紙面の関係で記載していないが,薬剤費などに要する費用に関する試算については文献524を参照されたい。


 

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